みんな、きらい
通行人が、笑ってる。
おなじ制服の子が、笑ってる。
みんな、きらい。みんな、不幸になればいい。
だって私がこんなにイラついてるのに、みんな楽しそうなんだもん。
制服が可愛くて入った高校は、私の思い通りにならなかった。
私はのけもので、置いてけぼり。
勉強もむずかしくて、私は赤点常習者。
イライラする。
今日は電車で知らない人に声かけられたし。
「あの、リュックのチャックが開いて、中身が零れそうですよ?」
私は舌打ちする。
なんで、私の失敗を指摘するの? 感謝されたいだけの、偽善者が。
たしかにファスナーが開いてるのはアレだから、ちゃんと閉じてあげたけどさ。
そんなようすを、同高の子がジロジロ見てる。
ほら、私を笑うために見てるんでしょ? あとでみんなにネタとして話すために観察しているにちがいない。
ああ、イライラする。
どうして、みんなわかってくれないの?
私は数ヶ月前のことを、思い出す。
入学したらまずは私に声をかけるべきなのに、みんな私を遠巻きに見てたし。
「ねぇ、橋本さんだよね? 私、村田っていうの。よろしくね」
うわ、地味子はないわ。なんでまず、すっぴんで学校、来れんの? 恥ずかしくない? なんかニキビだらけで汚いし。
「…………」
村田とかいうブスにそっぽを向いて、私はスマホに集中した。
そしたら村田は気まずそうに他の地味子に声をかけ始めた。
「橋本さん、なんか怖い子だった……」
「気にしないほうがいいよ。なんか不機嫌そうだし」
私は声のする方に、ガンを飛ばす。
すると、地味子たちは慌てて教室から出ていった。
周りを見ると、みんな私の方に注目をしている。
「うわ、怖っ……」
「なにあれ、こっち見てる……」
私は視線をスマホに戻し、インスタの投稿の通知を眺めていた。
『入学式☆ かわちい制服、アガる』
イイネもあんまりついてない。
なんでうまくいかないの? 私の思い通りになれば、しあわせになれるのに!
今日も推しの配信者の動画を見て、心を落ち着かせる。
学校はつまんないし、ガス抜きは必要でしょ?
家に帰ってご飯とお風呂を済ませたあと、ツイキャスに行く。
「来てくれてありがと。マイちゃん、愛してるよ」
アキトはガチ恋営業することで有名だけど、私はそれを手玉にとってる。アキトの方が私を好きなのは、当たり前のことだし。
「ほらね、下の名前で『愛してる』って言ってるし、絶対、私のこと好きじゃん」
鼻高々に呟くと、アキトは金づるにも声をかける。
「あ、ミキちゃん! おはよう。ツイッター見たよ。今日もかわいいね」
は? 信じられないんだけど。
そういえば、雑談たぬきにもミキって子、晒されてたっけ。
ガチ恋、勘違いおばさんって。これは私が晒してあげたんだけどね。だって、アキトと距離近いし、ずっとはっついててキモいし。
アキトも迷惑そうだし、金だけある賞味期限切れより、私みたいな若い子のほうがずっと価値があるし。
『アキト♡♡ 見てくれてありがちょ♡ あとでDMするね♡』
はー? DMとかふざけんなよ。
「ミキおば、調子乗ってんなぁ」
配信者とは距離をおくモンでしょ。DMとか、距離なしにもほどがあんだろ。
私はツイキャスをバクグラにして、たぬきに行く。
『ミキおば、距離なしじゃんwww おばさん、調子乗りすぎww』
投稿して数分で返信がつく。
『オフイベでもベタベタしてた。なんかアキト、迷惑そうだった』
『ガチ恋営業なのに、勘違いしてんじゃね?』
私はアキトの声を聞きながら、追撃する。
『アキトだって四六時中おばにまとわりつかれて、かわいそうだよねww』
スレは大盛りあがり。
『それな。ストーカーおば、やばくね』
ふふ、叩かれてる、叩かれてる。
『お茶爆イベでもめっちゃ投げて、五位にしたってツイッターで自慢してたはw』
バッカじゃないの。金だけはあるんでちゅねー。
「最近、とあるところでリスナーが晒されてるみたいだから、行かないようにね。それより、俺のことだけ考えていてほしいな」
ほら、アキトも話題にしてるじゃん。ミキおば、言われてんぞ。アンタが私と同じく、たぬきに出入りしてんの知ってるんだから。
「マイー! いつまで起きてんの。早く寝なさい!」
うわ、ママが怒ってるわ。今、二十三時? まだ早いって。
しかたなく部屋の電気を消して、イヤホンしながらスマホを見つめる。
アキト、かっこいいなぁ。銀髪碧眼の王子様系なのに、ちゃんと私のこと見てくれてるし。
『もう寝ろって怒られちゃた。アキト、離れたくないよー』
私はコメントで、少しの自我を出す。
「マイちゃん、もう寝るの? じゃあ、夢の中でも会おうね。おやすみ、チュ」
きゃー! キスされたんだけどぉー。どうしよう、眠れないじゃん!
それからはもう有頂天だった。
ママからも「最近、いいことあった?」って聞かれるくらいには、顔に出ていたみたい。
だって、お小遣いを貯めて、やっとアキトのオフイベに参加できるんだから!
「明日は地雷系の病みカワ系で行こっかな? アキトって清楚系が好みかなぁ?」
好きな人のためにオシャレしたい。
ミキおばみたいな厄介金づるとは違うとこを見せなくちゃね。
「よし、地雷系で行こ!」
これならおばさんにはできないし、若い子って感じをアピールできるし。
「あら、オシャレしてどこ行くの? マイもおでかけ?」
ママもなんだかオシャレしてる。
テーラードにニット、ワイドパンツにネックレス。ママ友とおでかけなのかな?
「うん。ちょっとイベントに行くんだ。ママは?」
視線を上に向け、ママは言葉をつまらせた。
「うーん。ちょっと、イイとこに行くから。途中まで一緒に行こっか」
「うん!」
オシャレなママと、地雷系の娘。これってみんなに仲がいいアピールできるよね?
家を出て電車に乗り、目的の最寄り駅に着く。――ママも。
「あれ? ママ、ここが最寄りなの?」
ママの顔はこわばっている。
「あら、マイもなの? ママはここからタクシーだから、お別れね」
なんだかようすが変だ。まぁ、どうでもいいかと、手鏡で前髪を整える。
今日は風が強いから、いやになるなぁ。
会場、といっても雑居ビルの一室には数名の女の子たちがいた。
アキトのアクスタを痛バにしている子や、厚化粧で頑張っている子、地味な子、おばさんと様々だった。
「うわ、ブスとおばばっかじゃん。私が一番、ビジュいいまであるわ」
手鏡を取り出し、前髪とツインテを整える。
つけま、ちょっと取れてる……。私は会場のトイレに駆け込んだ。
「一回、外したほうがよさげ? うーん?」
右目のつけまを外し、グルーで再接着。乾かしている時に見知った人が声をかけてきた。
「……マイ、よね?」
ママだ。同じ雑居ビルに用事なんて、偶然がすぎない?
「あれ? ママ、なんでここにいるの?」
私たちはお互い無言になった。
「嫌な予感はしてたのよね。アキトくんのイベントに来たんでしょ?」
聞きたくない。
「ママもなの」
きらい。
「まさか親子で同じ人の配信を見ているなんてね」
言わないで。
「ママね、ミキって名前でアキトくんを応援しているのよ」
やめて。
オフイベは、親子の地獄の邂逅になってしまったのだ。
てか、よりによってミキおばがママとか、出来すぎてない? 世間狭すぎ、笑えないよ。
「は? なんでママがミキおばなわけ?」
「おばって……。そんな言い方しないで。雑談たぬきでも見て影響受けたの?」
外ではアキトが来たのか、歓声があがっている。
「てかパパがいるのに、他の男に貢いで恥ずかしくないわけ?」
ママは片腕をこすり、目を下にやる。
「それとこれとは、別よ。私の小遣いの範疇でやってることだし」
ありえない。
「浮気じゃん! パパに言いつけるからね!」
私は声を荒げる。
「それじゃあ言わせてもらうけど、雑談たぬきにママのこと誹謗中傷したこともパパに言うからね」
なんで知ってるの?
「は? なんでそうなるの? だいたい、私がママのこと書いたって証拠でもあるの?」
「分かるわよ、それくらい。マイの自由時間とたぬきの書き込み時間で予測できるし、開示請求すればいいことよ」
実の娘になんでそんなことが言えるの?
「ママなんて、知らない! 今日はおばあちゃん家に泊まるから」
私はトイレを出て、会場をあとにした。
ミキおばがママだった。
ハートマークいっぱいつけて、若い男にキモコメする厄介おばがママだった!
もう、どうしたらいいかわかんない。
みんな、きらい! 誰も信じられない!
ママのせいで入場料もパァだし、アキトにも会えなかったし、もう知らない!
おばあちゃん家に今日は泊まるとして、これからどうしたらいいの?
トー横にでも行って、自活する? そんなのやだ。あんな底辺の集まりに私はふさわしくない!
ふらふらと駅のロータリーのベンチに座る。
鏡を見ると、かわいいナメクジ涙袋は涙で取れて、ボロボロになっている。
「……っ! もう、サイアク」
通行人がちらりとこちらを見ては、そらす。
かわいそうな私。誰からも心配されない。
私は雑談たぬきのアキトスレを開く。これはもう自然に身についたしぐさだ。
『ミキおば、今日のオフイベ不参加なうww』
ママも参加しなかったんだ。
「嫌な予感はしてたのよね。アキトくんのイベントに来たんでしょ?」
ママの言葉が頭の中で反響する。
そして私の書き込みも頭の中に浮かんでくる。
『ミキおば、距離なしじゃんwww おばさん、調子乗りすぎww』
そうだよ。ママはおばさんで、パパがいるのにアキトに心酔しちゃって、投げ銭までしているクズじゃん。
私は若いし、かわいいし、あんなババアとは違うもん。
通行人が楽しそうに笑ってる。
スマホを見ながら、みんな誰かを笑ってる。
みんな、みんな、きらいだよ。
私だけ、正しくてきれいだもん。




