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03 芦毛のヒーロー、最後の嘶き ~有馬記念~


──もう、あの馬は燃え尽きたんだ。


──走らせすぎた反動だ。


──ケガの影響が残っている。引退させるべきだ。



 そんな声が、いつからか当たり前のように耳に入るようになった。


 異変は、三つ目のタイトルを手にした直後からだった。



 春のマイル王決定戦、安田記念。


 圧倒的人気に応え、レコードで制した。アグリ強し、を印象つけた一戦だった。


 それから、わずか中二週で挑んだ春のグランプリ・宝塚記念。


 ファン投票第一位。単勝一・二倍。誰もが疑わなかった。しかし、走ってみれば何かがおかしかった。


 いつもの伸びがみられない。粘るマサイチジョージを、どうしても捕まえられなかった。

 

 何とか二着は守ったが、『格下に取りこぼした』一戦となった。




 秋の天皇賞。休み明けでも一番人気に推された。


 四コーナーで先頭集団に並びかけた瞬間、胸が焼けるように苦しくなった。


 直線の坂で、脚がピタリと止まった。振るわれるムチに、身体が反応できない。


 人気に応えられず、初めて掲示板を外した。





 敗戦の傷が癒えないまま迎えたジャパンカップ。


 前年、世界に届きかけた舞台。今日こそは。───そう思ってゲートを出た。

 スタート後、出足がつかず後方からの競馬となる。行きっぷりが悪く、身体が前へ進んでいかない。何もできず、十一着と大敗を喫した。



 どうしてしまったんだ、オレの身体は?



 惨敗に困惑しながらターフを引き上げた。その時のスタンドのため息が、胸に突き刺さった。





 これまでを振り返れば、決して順風とは言えなかった。ライバルに遅れをとったゴール前が、今でも脳裏に焼き付いている。



 オレは地方競馬出身。中央に来てもクラシックは走れない。裏開催を、ただひたすら走り続けた。


 連勝して初めて挑んだ天皇賞秋。

そこにいた芦毛の先輩───タマノクロスは、強かった。


 何度も、何度も、その背中を追いかけた。


 その年の暮れの有馬記念。

引退レースのライバルを、ようやく倒した。初めて味わう頂点の味は、格別だった。



 有馬記念の激走の影響で、復帰したのは四歳の秋だった。


 秋の天皇賞。オレの前に立ちはだかったのは、春の天皇賞馬スーパークレープと若き天才・椿航。


 先行するスーパークレープを捕らえきれず、クビ差で勝利を逃した。



 天皇賞から中二週。オレは京都にいた。


 マイルチャンピオンシップのゴール前、先に抜け出したバンブーメロディーをどうにか交わす。その背にも、椿がいた。

 ハナ差で手にした二つ目のタイトル。


 身体はキツかったが、ファンの喜びが心に染みた。


 その翌週には府中で外国馬とも戦った。世界レコードで駆ける牝馬に競り負けたジャパンカップ。

そして二度目の有馬記念。




 走り続けた。


 気づけば三十一戦。


 凌ぎを削ったライバルたちは去り、気づけば自分だけが、ターフに残っていた。


───五歳で走る三度目の有馬記念。

これが、最後だ。


 鞍上は、ライバル達に騎乗していた椿航。安田記念以来の騎乗だ。


 椿のことは不思議と、嫌な気はしなかった。


 ファン投票一位だそうだ。

オレもこれで引退だ、ご祝儀代わりだろう。落ちぶれた馬の、最後だから。



 レース当日。四番人気だ。それでも、まだ信じてくれる者がいることに驚いた。


 調教の時計は悪くない。だが、気持ちが、脚が前に出ない。


 こんなんじゃ、勝ちはないだろう。



 だが、───せめて掲示板に載って、人気分くらいは走りたい。




 ゲートが開いた。悪くないスタートだ。

オレは六番手につける。



 その位置のまま周りのペースに合わせて走る。その時、椿が声をかけてきた。



「アグリ。お前には、この声が届いてへんのか?」



 ちょうど一周目のスタンド前を通るところだった。



『アグリ~、がんばれー!』


『引退なんて、まだ早いぞぉ!』


『もう一度勝ってくれや!』


『お前見たさに三日並んだんやで!』




 声。声。声。


 四方から、自分の名前が降ってくる。


───アグリキャップ。



「今日はな、十七万人や。みんな、お前を見に来とるで」



椿は、静かに続けた。



「俺は、お前と勝ちたい。

競走馬アグリキャップの最後を、勝って終わらせたい。

……お前は、どうなんや?」




 向こう正面に入る。オレを求める声は、ここまで届いている。 


 オレは……オレは、どうしたい? 



 最終コーナー。


『先頭はマサイチジョージ!ミスターシクラメン並びかける!アグリキャップ三番手!』



 最後の直線。


 無我夢中で四肢を動かす。肺が苦しい。でも、あの声が、背中を押してくれる。オレは、



───まだ、走れる!!




『アグリキャップ先頭!外からメグロアイアン! アグリ、頑張れ!!』



 内で粘る馬を交わし、追いかけてくる若馬を押さえ込もうと、必死に前を向く。



───なんだ。まだ、ちゃんと脚が動くじゃないか。




『アグリ先頭!! アグリキャップだぁぁぁ!!!』




 オレは誰にも譲らず、ゴール板を駆け抜けた。走りきった。出しきった。



 どっと疲労感がオレを襲う。そんなオレに向かって椿が、笑った。



「やったやん。やっぱり、お前はヒーローや」



 陽の傾いた中山競馬場。寒風の中、誰も帰らない。


『ア・グ・リ!』


『ア・グ・リ!』



 少し離れたスタンドからは十七万人のアグリコール。


 椿に促され、オレは駆け足でスタンド前に戻る。


 胸が、温かい。


 オレは、空に向かって嘶いた。


 その声に応えるように、歓声が爆発して競馬場を包み込んだ。



───これで、いい。



 【灰翼不死】アグリキャップは、その日、ヒーローとしての最後の役目を終え、ターフを去った。


お読みいただきありがとうございました!

ぜひ、動画サイトで史実のレースもご覧ください!


※本作は連載中の『見た目と血統が悪いと生産界から追放されたダービー馬、極東の地から世界の血統図を塗り替える!』

と世界観を共有する番外編的位置づけです。


本編では描けなかった一戦を、戦記調で切り取っています。


ご興味ありましたら、本編もぜひ。

https://ncode.syosetu.com/n2297jn/


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番外編用に、おすすめのレースがあれば教えてください!

リアクションくれると作者が喜びます(・ω・`人)

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