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01 淀の坂を越え、二虎並び立つ ~阪神大賞典~

□有馬記念 


 【剛脚の三冠馬】マルタブライアンは伸びあぐねていた。

 

 前年に制した有馬記念に今年も参戦。怪我からの長期休養明け、叩き3走目。100%ではないが力は出せる──はずだった。


 なだれ込むようにゴール板を駆け抜ける。順位は……よくて5着くらいか。



 弾む息。重い身体。本当にこれが自分の身体なのか疑わしかった。


 ふと顔を上げてみれば、はるか先でスタンドからの賞賛の声を浴び、心地良さそうにする栗毛の馬がいた。


「……チッ」


 思わず舌打ちをしてしまった。




 秋の天皇賞からレースに復帰したが、大きな批判を浴びた。



──身体が絞れてないのは、その腹を見れば明白だ


──格下馬に調教で遅れるなんてありえない


──筋肉の張りがない、明らかにトレーニング不足だ



 結果は惨敗だった。




 次走のジャパンカップ。天皇賞に続いて一番人気に推された。鞍上に天才・椿航を迎え、今度こその機運が上がる。


 結果は外国馬に勝ちをさらわれ、2着には昨年の有馬で負かしてやったトキアマゾン。俺はそいつらから大きく離されての7着だった。




 期待してくれたファンに報いるためにも、絶対に勝たなければいけない。


 今回の有馬記念はそんな一戦だった。




『勝ったのはアヤノトップガン! 菊花賞に続き、3歳で有馬記念を制しました!!』



 歓声が爆発した。


 



「……くそ。───くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、ちくしょー!!!!!」



 ファンの期待を裏切り続けた負け馬の、虚しい叫び声が、ファンの声によって上書きされ、誰にも届かずに消えていった。







□阪神大賞典


──年が明け、新シーズンが訪れた。


 前年の年度代表馬に選ばれたアヤノトップガンは、阪神大賞典から天皇賞・春へのローテーションが発表されていた。




【変幻自在】アヤノトップガンは帰厩から順調にトレーニングを消化していた。調教後には常に多くの記者がトップガンに群がり、その後を追いかけた。


「えぇ。順調っすね。天皇賞前の肩慣らしっすけど、大賞典も勝てそうっすね」


「海外挑戦? それもいいっすねー。フランスとか行ってみたいっすね。そうだ、秋に行ってみちゃいますかぁ?」


 トップガンの一挙手一投足に注目が集まり、時折『おぉ~』と記者陣から声が上がる。



王者の貫禄漂う。


トップガン、ここにあり。


 

 連日、新聞の競馬欄はトップガンが支配していった。




     ───レース当日───

 

 8枠10番からアヤノトップガンは好スタートを切る。トップガンはいつもの先行策に出る。


 3000メートルの長距離戦らしく、ゆったりとしたペースで流れていった。



 阪神競馬場の直線には急坂が待ち構えている。長距離戦に加え、この急坂をいかに乗り切るのかが重要であった。レースの勝ち負けを決める、分水嶺がそこにはあった。



 1週目のスタンド前。スチールキャストが単騎の逃げ。スローペースの4番手をアヤノトップガンが追走。


 菊花賞で3000メートルの実績があるため、トップガンは余裕綽々の走りを見せる。


 今回走っているメンバーの中で、自分が一番強い。有馬記念で古馬を下したこともその自信に拍車をかけていた。


 勝負は次の天皇賞。仕上がりも8割ほどのデキ。それでも勝てるとトップガンは考えていた。 



 ──その考えを改めなければいけない出来事が、レース後半に待ち受けていた。

 



『アヤノトップガン、早くも動いた。まだ3コーナー!先頭に立つ勢いだ!』



 残り1000メートル地点を過ぎ、トップガンはペースアップに出た。ロングスパートで早々と勝負を着けようとした。

 



『マルタブライアン!外からマルタブライアンも上がっていった! トップガンのすぐ外にブライアン!』




 トップガンは自身の外側に、ピッタリと黒鹿毛の馬体が接近してきていることに気付く。



「……俺のスパートに付いてきて大丈夫すか?また、怪我しちゃうかもしれないっすよー」


「……」


「あれ、しゃべる余裕なんてない感じすか?無理しないでほしいすね。……まだまだスピード上がりますよ」



 4コーナー手前。アヤノトップガンがマルタブライアンの前に出る。その勢いのまま、トップガンはスパート体制に入って行った。


 徐々にトップガンとの差が開いていく。



『……追い付かない。また、負ける』


──また?


 直線に入り、前を行くトップガンの背中は──その光景は、マルタブライアンに有馬記念の、置いていかれた背中を思い出させた。




□【剛脚の三冠馬】マルタブライアン


 アイツが仕掛けたのに合わせて俺も加速する。残り800メートル。長距離戦で普通はこんな位置から仕掛けるのは自殺行為だ。


 だが。敢えてノル。


 同じ位置からスパートして、アイツに勝てば……あの時の屈辱を少し晴らせるだろう。


 だから、俺は絶対に負けらんねぇんだ!




ここからもう一度伸びるだと!?


くっ。離されてたまるか。まだ、まだだ。



俺は、俺は───マルタブライアン。


剛脚の三冠馬と呼ばれる男だ!!!!



『ブライアン食い下がる! トップガン先頭! 


その後ろは5馬身、6馬身と後方に置き去りだ!マッチレース、完全に二頭の争いになった!!』



 残り100。


 デッドヒートを演じている両馬にムチが入る。


 そして、トップガンが半馬身ほど前に出た。



「しつけぇんですよ!でも、これで、──これで、自分の勝ちっすね!」


 まもなくゴール板が見えた。トップガンはようやく振り切ったと、勝利を確信した。






 しかし、まだレースは終わらなかった。






『トップガン先頭! 外から三度、ブライアン!


ブライアン来た!ブライアン来た!


並ぶか!? ゴール前!! 


───並んだぁぁぁぁぁ!!』

 




 シンと阪神競馬場が静まり返った。

誰もがアヤノトップガンが勝ったと思った。

 

 しかし、最後の坂でマルタブライアンが差し返してきた。


 観客の目にはトップガンが残したようにも、ブライアンが差しきったようにも見えていた。




 電光掲示板には1、2着の所に写真判定を意味する『写』の文字が点滅していた。


 未だ興奮が覚めないスタンドからはざわめきが止まずに続いていた。



 なかなか『写』の文字が消えない掲示板を見つめる栗毛と黒鹿毛の二頭。


その時、掲示板の文字が消え、到着順を示す番号が灯る。それと同時に競馬場が壊れんばかりの大歓声がこだました。




「うぉおぉぉぉぉぉ!!!」



 黒鹿毛の馬が吠える。


 淀の坂を越えて、ライバルをねじ伏せた、【剛脚の三冠馬】の復活の雄叫びだった。






「ちぇ。負けちゃったっすね。まぁ、でもこれで1勝1敗なんで、勝負は天皇賞で白黒付けるっすよ」


「は。もうオマエは勝てねえよ。天皇賞も俺がいただく!せいぜいオマエは2着でも狙うんだな!!」


「そんなに息切らしてて、よく言うっすね。まぁいいっすよ。今日のところは年上を立てておくっす」



 アヤノトップガンはそう言い残して颯爽とターフを後にした。



 一頭残ったのはマルタブライアン。

ブライアンはスタンド近くで、その脚を止めた。



ブライアン、強かった!!


ブライアン復活おめでとう!!


天皇賞も勝ってくれぇぇ!!



 スタンドから届く賞賛を浴びながら、ニヤリと笑った後で、ゆっくりと三冠馬は地下道へと消えていった。


お読みいただきありがとうございました!

ぜひ、動画サイトで史実のレースもご覧ください!


※本作は連載中の『見た目と血統が悪いと生産界から追放されたダービー馬、極東の地から世界の血統図を塗り替える!』

と世界観を共有する番外編的位置づけです。


本編では描けなかった一戦を、戦記調で切り取っています。

ご興味ありましたら、本編もぜひ。

https://ncode.syosetu.com/n2297jn/

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