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カミーユ・グスタフの密命



〈灯台砦〉奪還から数日後。


 カミーユは無事に連隊長の骸を見つけ出し葬送のための手筈を終えていた。明日には連隊長の遺体は腐らぬよう魔導師の業が施され王都へ送り出される。

 そんなカミーユは、砦のあちこちで行われている補修作業の喧騒を耳に、胸壁で、ぼんやりと空を眺めていた。目を落とせば手の空いた者から食事を摂る光景も見てとれる。刻は昼を向かえていた。あのような惨劇の後でも、こうやって人は食事を口にし、仕事に励む。手足を止めることなく。しかし——それは、そう訓練された人間の屈強な心がなせる事なのか、はたまたは何かしらか諦めにも似た惰性でそうなのかも知れない。

 

 カミーユは胸に手を当て、瞼を閉じた。

 自分はどちらなのだろうか。そう自問自答したが、答えは得られなかった。

 だが、少なくとも連隊長の遺族はどちらでもないだろう。彼らは夫——父の死を受け入れられるのだろうか。兵卒である限り命の保証はどこにもない。だから覚悟はしていると口にするだろう。だが、それが現実となったとき、その口にした覚悟は無力な言い訳であったことに気が付く。そして、何かしらか理由を求めるだろう。夫の死を、父の死を受け入れるために。

 

 連隊長の上官であったカミーユの父エストールは、連隊長を庇い南の戦線で命を落とした。連隊長の家族は勿論それを知っている。連隊長自身も、それを気にしカミーユを気にかけていた。だから——もし、カミーユが隊列を離れずにいたら、連隊長はカミーユに気を取られ頭を吹き飛ばされることなく生き延びていたのだろうか。

 

 カミーユは、かぶりを強く振り両手で頬をパン!と叩いた。

 

 違う——そうではない。

 あれは、どちらにしても間違いなく連隊長の命を奪ったはずだ。しかし遺族には事実を伝えるのが良いだろう。事実がどうであれ、それでカミーユが恨まれるのであれば、それでも良い。とくに残された子供たちは辛い思いをするだろう。恨むことで憎むことで、それを心の添木に折れることなく前へ進めるのであればカミーユも幾分か気が紛れる。そういうのには慣れている。

 だから、カミーユは搬送の部隊へ事実を記した手紙を持たせた。

 その手紙には、全てを終えたら墓前に出向くこと、そこで幾ら罵倒されようとも甘んじて受け入れることを書き添え、自分を恨んでくれて構わないと文を締めてある。


 

 ※ ※ ※



 陽が西へ傾き始める頃には、本国からの魔導大隊の姿が遠くに見えた。カミーユは補修作業に手を貸し気を紛らわせていたが、遠くの黒い塊を目にすると、さっさと砦の中へ姿を消した。アレが砦の門をくぐれば早速と骸漁りを始めるだろう。その様子を目にするのは胸糞悪い。誰もがそう思うだろう。補修に駆り出されていた他の戦士たちも道具を放り出し砦の中へ続いた。

 中庭に残されたのは本国から派遣された紋章官とその取り巻きだけとなった。

 本国の魔導大隊が砦の門をくぐったのは、それから少ししてからのこと。陽はすっかりと西に落ち朱と藍色が空をぼんやりと滲んで見せる頃だった。大隊は帷に紛れた闇のように薄気味悪く、砦で夕食の準備をした給仕たちは、小窓からその姿を目にすると震え上がっていた。悪魔がやってきたのではないか? そう思う者もいたそうだ。


 

 ※ ※ ※


 

 到着した魔導大隊は<灯台砦>に逗留をすると、ご多分に漏れず敵味方を問わず骸を漁った。

 そして、魔術師の骸を見つけ出すと特に興味を持った様子で砦の地下牢獄へ仮設の儀式場を準備し数日をかけ骸を調査すると云い出したそうだ。

 敵であったにせよ死して骸となった者を冒涜するような行為にベルガルキー軍は反発する者もいたが聞き入れらる筈もなく断腸の思いで儀式場とやらの準備を進めた。


 戦場に連れられた子供達の素性もはっきりとした。子供たちは、ブレイナット公国出身の遺児であった。公王領公王都エイムズベリーの奴隷商で買われた彼らは何の理由も、目的も聞かされずベルガルキーへ連れてこられたのだ。そして、命そのものを魔力の源とされた。随分と酷い仕打ちであった。それならまだ貴族にでも買われ慰み者のなっている方が幾分かはマシであったのではないかとカミーユは思ってしまう——命あっての何とやらだ。


 

 ※ ※ ※


 

 それから、さらに数日後。

 儀式場の任務から逃れたカミーユ・グスタフは上官との面会の約束を取り付け、奪還作戦時の状況報告をしに執務室へやってきていた。

 カミーユは、とおり一辺倒な報告を済ませたが、上官はそれに違和感を覚えた——わざわざカミーユが報告をするためだけに来たと云うことはないだろう。彼女は、そんな行儀の良い戦士ではない。だから「それで、本題はなんだ? お前の見立てを話してみろ」と切り出した。


 私的な見解を求められたカミーユは、件の首飾りを渡し魔術学院の関与ないしはブレイナット公国の関与の可能性を伝えると、上官は酷く顔をしかめて見せ続けた。「お前の見解では少なくとも魔術学院が関与していると? たかだか小国の内乱に魔術師が興味を持つほどの何かがあると?」

 カミーユは直立不動でその問いに「はい。学院のことも、国の都合もよく判りませんが、クソな魔術師共と〈暁〉を皆殺しにする必要はあります」と答え、執務室の簡素な机に肘をついた上官の少し上を凝視した。


 執務室の西側の窓は外に開け放たれており、昼下がりの心地よい風が緩やかに吹き込んでくる。レース仕立ての薄いカーテンが裾を軽やかに揺らし穏やかな季節を感じさせた。

 だがその傍、外からは砦の補修作業の音、足元からは不気味な作業音が聞こえてきてくる。そしてカミーユが口にした聞き捨てならない物騒な物云い。それは、ここが未だ戦場であり混沌の最中であることを思い出すのに十分だった。

 

 上官は顔を引き締めたが、あまりにも潔い回答に目を瞬かせカミーユの続きを待った。聞きたいのは皆殺しにする理由だ。だが——目前の女戦士は胸を反らせ突っ立っているだけで口を開く様子がない。


 それに呆れ顔の上官は「ハァ」と大きく溜め息をつくと両腕を頭の後ろに回し「お前な——」とほとほと気の抜けた声で言葉足らずの女戦士の視線を奪おうと云った。それで、これまでの緊張感が幾分か和らいだ。「——グスタフ。いいや、カミーユ。楽にしてくれ。お前の云いたいことは理解しているつもりだ。怒るのは無理もない。今回の暁の連中の動きには奇妙な点が多すぎる。紋章官の報告によると、奴らが砦を落とした際にも魔術が使われている。まず、そこからおかしい。俺たち草原の民は魔術や魔導を嫌っていると云ってもいい。それは暁の連中だって同じだ」


 カミーユは上官の言が終わる前から片眉を吊り上げ、どこか不服そうな表情を顔に滲ませていた。きっと、彼女が云いたいのはソコではない。そう云いたいのだろう。だからなのか、幾許か上官の言葉尻へ被せ気味に口を開いた。

「あの蟲野郎は連隊長の頭を吹き飛ばしました。同胞の臓物を抉り出しました——」そこまで口にするとカミーユは一歩踏み出し続けた。「——子供を生贄にしていました。我々草原の民はそんなクソなことをしません。草原の精霊に誓って、世界の聖霊に誓ってしません。なので、あいつらは草原の民でもなんでもありません。情けをかける必要が?」

 言葉を終える頃にはカミーユの顔はだいぶ紅潮していた。


 

 ※ ※ ※


 

 カミーユの上官——ナレン・グスタフは、今にも怒りを爆発させようとする女戦士の叔父に当たる。だからこそなのか、カミーユの癇癪に困り果てた顔をした。これが血縁でもなければ罰則ものの言動だ。

 

 ナレンはカミーユが幼い頃のことを知っている。

 彼女の成長を傍で見守って来たのも確かだ。幼い頃は虫も殺せないような少女であったカミーユが、こんなにも気性を荒くしたのは弟や妹たちの不審な死に直面してから。いや、兄の戦死からだろうか。ともかくカミーユは身内の死に直面し兄弟の死を受け入れられなかったのだ。理不尽を受け入れる。それにはカミーユは若過ぎたのだ。兄弟の死後しばらくカミーユは塞ぎ込んだ。

 しかし、そう時間を置くことなく次に顔を合わせる頃には、すっかりと変わっていたのを良く覚えている——練兵場で本国から配属された戦士を半殺しにしていたのだ。その戦士は本国からやってくる前、英気を養うためと若い子供をしこたま抱いてきたと酒場で自慢げに話をしたそうだ。それにカミーユは「だったら、次は女神様の胸を貪ってみせろ」と、戦士をコテンパンにし練兵場の土と草を口に突っ込んでみせた。

 

 ナレンは、その時のことを思い出すと苦笑しカミーユへ言葉を返した。

 とにかく、今はこの暴れ馬を宥めなければならない。「そうカリカリするな。それもわかっている。子供たちから証言も得られた。しかし、まだ本国への報告は待て。物証が少なすぎる」


 

 ※ ※ ※


 

「物証……ですか?」

「ああ、そうだ。首飾りだけでは駄目だ。暁を狩るのに本国は動かせん。ブレイナットなのか学院なのかは解らんが、その尻尾を捕まえなければ無駄足になる——」ナレンはそこまで云うと、一呼吸置き続けた。「——それにだ。その尻尾を握ったとしたら大事(おおごと)だ。俺らの領分ではない。判るな? 国の問題だ」

 カミーユはナレンの回答は想定済みだった。

 実際、奪還作戦の日も同じことを耳にしている。だから、カミーユは次の疑念をナレンへ突きつけた。「わかっています。でも魔導師達も薄々勘付いているのではないのですか? だからあんな——頓珍漢な儀式場を造らせているのでは?」


「ああ、そうだな。そうだ。しかしそれを調べるのは俺らの仕事じゃない。俺らは敵の頸を敬意を持って斬り落とすことだ。調べるのは、魔導師と紋章官の仕事。いいな——余計なことはするなよ」ナレンもカミーユと同じ疑念は抱いていた。だから、尚更カミーユに釘を刺すよう、語尾を強めにそう告げた。そうでもしなければ、この可憐さという皮を被った野獣は明日にでも砦を飛び出すのは目に見えている。


 それにカミーユは、ぎろりとナレンを一瞥し、ぼんやりとした空間を再び凝視した。そして——空白無言の時間が流れた。ことさら、カミーユはナレンの言葉に返事をしなかったのだ。余計なことはしません。その一言がカミーユの口を突くことはなかった。

 それに、またぞろナレンは大きく溜息をついた。

 

 外からは未だ砦を補修する木工師達の声と、それに手を貸す草原の戦士たちの声が聞こえてくる。その合間を縫ってトンタントンタンと杭を打ち付ける音もだ。暫くすると開かれた窓の枠へ小鳥が二羽、翼を休めにやって来た。しかし外に向かって揺らいだカーテンに驚き、チチチと囀り飛びたった。


「なあ、カミーユ。返事は?」

「何に対しての返事でありますか? 敵討(かたきうち)に出るなと云う師団長代理のクソな命令に対してですか? それとも、師団長代理が連隊の女に手を出していることを知っているか? と云う質問に対しての返事でありますか?」カミーユの一瞥に、いささか憤慨をしたナレンは強めに返事を求めたが、返ってきた言葉は全く予想外のものだった。ナレンは、それに目を白黒させると、次第に顔を紅潮させ続けた。「な! お前今なんて——いや、え!?」


 叔父がここまで慌てる様子を見れば、奪還作戦の前夜に酒場で拾った情報は確かなものだったのだろう。だから、畳み掛けるように言葉を重ねた。それは、意地の悪い追撃と云ってもいい。「それとも、あたしがそれを奥様に告げ口しようとしているのか? と、いう質問に対する回答でしょうか? それであれば答えは『はい』です。妾をとれるのは爵位持ちからだと覚えています。叔父上はいつ爵位持ちに?」

 

「わかった! わかった! わかった! わかった! そんな事で上官を脅すな。お前、他の奴らに同じことはするなよ? 厳罰だぞ。それでどうしたいんだ」ナレンはあっさりとカミーユの追撃に尻を叩かれ陥落した。

 

 カミーユとナレンの妻は仲が良い——それが、どれほどかと云えば姉妹のようにだ。おとなしい姉役の——妻——は、奔放な妹役の——カミーユ——の土産話にいつでも目を丸くしコロコロと笑っている。その様子は互いを上手く補う組み木のような姉妹を想像させる。それが意味するものは、血縁ではないものの、確かにカミーユは家族の一員だと云うことだ。


「はい、叔父上。それでは、質問にお答えください。何をご存知なのですか? あの儀式場は何の為に準備をしているのですか?」


「お前には、敵わんよ」唐突に声音が和らいだカミーユの言葉にナレンは目を丸くし、そう返した。


 外からは木工師と草原の戦士が、怒鳴りあう声が聞こえてきた。

 戦士が運んできた木材の番号が違うことに木工師が腹をたて、怒鳴り散らしているようだ。どうやら、草原の戦士が運んだ木材は南の胸壁へ使うものだったらしい。怒鳴り散らしている木工師が頼んだのは、地下の儀式場に使うもののようだ。だから、尚更腹を立てたのだろう。こんな忌々しい仕事は早く終わらせたいと思っているに違いない。


 

 ※ ※ ※


 

 ナレンとカミーユの話から半月が経過した。


 カミーユ・グスタフは、まだまだ補修の喧騒が止まない砦の正門に佇んでいた。南に在る<サタナキア砦>に向かうためだ。

 暖かな風がカミーユを撫でつけ頭の上で纏められたブロンドをふわっと揺らした。もう硝煙の臭いも、血と鉄の臭いもしない。少し前までは、あちらこちらに屍が寝転がっていたが、その姿はもう目にすることはない。敵味方、関係なく土に還すため砦の少し先にある岬へ埋めてやったのだ。カミーユも少し前まで、埋葬に手を貸していた。死した者は土へ還り再び命の糧となる——それが草原の民の心得であるからだ。

 

 カミーユは周囲を見渡し瞼を閉じ、胸中に弔いの言葉を浮かべると、土へ還った者にそれを手向た。そして、次にはナレンがあの日に語った話を思い返していた。正確には、ナレンから受けた密命を振り返った——その密命を果たさなければならない理由は実に信じ難いものであったからだ。



 ※ ※ ※

 

 

 魔導師たちが調べようとしているのは〈草原の暁〉を背後で操る者の所在だった。

 魔導師たちは、そのために魔術師の骸を利用し、〈魔力の鴉〉を飛ばそうとしていた。あの頓珍漢な儀式場は、それに必要な物とのことだった。

 そして、ともかく——飛ばした鴉が向かう先こそが〈草原の暁〉の背後で糸を引く者の所在だと断言できると魔導師は云ったそうだ。理屈は判らない。だが、非道な魔術師の魂が還る場所ともなれば、そうなのだろう。いずれにしても、所在が判るのであれば即刻と頸を落としに行けば良い。単純明快だ。しかし、ナレンがカミーユに釘を刺したかったのは、それが理由ではなかった。


 そもそも、魔導師たちが予測した所在は二つに絞られていた。

 一つは、カミーユが云った通りでブレイナット公国ないしは魔術師学院。もう一つは〈サタナキア砦〉——つまり自国内、それも国境付近の砦である。


 小高い丘に構えられた〈サタナキア砦〉は国境を守護する要ではあったが、ここ最近は隣接するフリンフロン王国との小競り合いは沈静化していた。それもそのはずで、直接的な抗争はベルガルキー王国とアムルダム王国で行われている。フリンフロンがベルガルキーへ手を出すことは〈世界会議〉から認められていない。それ故の沈静化であった。

 その状態は長く続いており、今では大貿易都市セントバを出た商隊が野盗に襲われぬよう目を光らせることが主な役割となっている。

 

 〈灯台砦〉奪還作戦の少し前のことだ。

 そんな〈サタナキア砦〉の麓に広がった幾つかの村のうちの一つ〈エドラス村〉で疫病が蔓延したとの報告が王都にあがったのだ。

 これは、随分と奇妙な話であった。

 小さな村の騒動であれば、地元の教会なり警備隊が処理をするだろう。だが、ことさら王都へその報告があがり事態の収拾を求められたのだ。実に奇妙な話である。更に奇妙——いや、耳を疑ったのは、それに応じ王都から出立したのがベルガルキー王国軍将軍オセであったことだ。魔導師も連れず、息子が率いる大隊のみを連れた将軍オセはエドラス村へ向かうと、すぐさま〈サタナキア砦〉へ逗留したのだそうだ。エドラス村で何をするわけでもなくだ。


 それであれば、万が一にも〈魔力の鴉〉が砦へ向かえば、首謀者は将軍オセということとなる。半ば強引に王都を出立した将軍オセの言動は、途端に〈草原の暁〉を裏から操る裏切り者という姿へ集約されていく。


 そして、カミーユがナレンから云い渡された密命とは「エドラス村で湯治をして来い」という奪還作戦完遂の立役者への報奨のようなものであったが、実のところは〈サタナキア砦〉へ向かい、鴉が飛ぶ前に将軍の動向を探れというものであった。

 無論、カミーユが与えられた任務は〈サタナキア砦〉へ逗留する将軍オセへの奪還成功の報告のためと周知されている。もっともそれは、事あるごとにナレンへ噛み付く厄介者が放り出されたと周囲は思い込んでいた。つまり、カミーユが〈灯台砦〉を後にすることへ疑念を抱くものは居ないということだ。カミーユ自身は、それに些か憤慨もしたが都合が良いことに変わりはない。


 

 ※ ※ ※



「グスタフ先輩、お待たせしました!」

「遅くなりました!」


 過日に想いを馳せたカミーユに声をかけたのは、三頭の馬を連れた二人の女戦士であった。先日の激戦を見事に生き残った優秀な草原の民だ。

 

 カミーユの馬も連れた小柄の女戦士はカミーユに手綱を渡すと「先輩の馬は、何でこう云うことを聞いてくれないんです?」と頬を膨らませた。すると、それを分かってなのかカミーユの馬は鼻を大きく鳴らし、小柄の女戦士の背中を小突いて見せた。


「ほら、もう! さっきからこうなんですよ」

「キシリアのことが好きなんでしょ? 嬉しいんだよきっと」とカミーユ。

 キシリア・アズポートはカミーユにそう云われても尚、憮然と頬を膨らませ「そうなんですかねぇ」と背負った弓に絡まった栗色の髪を整えた。


「自分もさっき、その子に小突かれましたよ」

 淡々と云ったのはキシリアと一緒にやってきたクロエ・ドラシエルだ。彼女はそう云うと鉄製の(あぶみ)に足を掛け颯爽と騎乗をした。

 キシリアとは正反対に長身のクロエが騎乗する様子は赤茶色の長髪も相俟って、まるで眉目秀麗なアークレイリ人の男性を彷彿させるのだが、なめし革の軽鎧の上からでもそうだとわかる胸の膨らみを見れば、彼女が歴とした女性であることがわかる。


 カミーユはそれに自分の胸に両手をあて「クロエの方が大きい?」と、小さくキシリアに訊ねた。童顔な顔の双眸を丸くしたキシリアは飴色の瞳をくりくりさせ「そんなの知りませんよ!」と、自分の胸を片手で抑えそっぽを向いてしまった。


 表向きは将軍への早馬の任務であったが、その実の内容が内容なだけにカミーユはこの二人を連れて行くことにした。ナレンからも「好きなのを二人連れて行け」と云われていた。

 キシリアとクロエはカミーユの少し後に入隊をしてきた戦士であったが、年齢も近いことから随分と仲が良い。カミーユは師団長の娘であると云う事実もあり、同期からは煙たがられていたが、この二人は気兼ねなく「先輩」と自分を慕ってくれた。今でもそうだ。だからと云うことでもないが、この二人と一緒に居るのが楽であったし、何よりも気の置けない友人であるとカミーユは思っている。勿論、実戦でも頼りになる仲間だ。


 

「それじゃ行こうか。人様の金でいく旅は最高に気分がいいわ」

 カミーユは、そう云うと手綱を器用に捌き馬を回頭させ颯爽と馬を走らせた。三頭の馬は砦を下り南に伸びた街道へ合流すると、土煙をあげ、ぐんぐんと速度を増して行った。


〈サタナキア砦〉にほど近いエドラスの村へ到着するのは、それから四日後のことだ。



 

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