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カミーユ・グスタフと草原の暁



 〈焔の王子〉顕現より二年と少し前——。

 

 魔導大国フォーセットへ併呑され属国となった騎馬民族国家ベルガルキー王国。彼の国は起源を同じくした隣国アムルダム王国との抗争に明け暮れていた。

 アムルダム王国は中央の大国フリンフロン王国に併呑された草原の民の国だ。属国となったのは、奇しくもベルガルキー王国と刻を同じくする。

 つまるところ、この抗争は血の起源を共にする草原の民たちが他国の国益のため命を捧げ、血生臭い地平線を草原へ描く醜悪(しゅうあく)陋劣(ろうれつ)賎劣(せんれつ)な代理戦争だ。互いに本国の意向に左右され盤上の駒のように扱われる、誇りも、名誉もない悪趣味な戦争遊戯でもある。

 

 これに猛反発をしたベルガルキー国内過激派は徒党を組み、反フォーセット王国組織〈草原の暁〉を結成する。〈(あかつき)〉と呼ばれた彼らは、草原を統べる風の精霊の名を高らかに叫び「我らの草原を取り戻せ」と、まことしやかに精霊の意志を代弁した。

 しかし、本来は狩に長ける民族である彼らは、組織だった大規模な兵卒運用に馴れてはおらず、すぐさまに形骸化した。そのうちに物資が乏しくなれば、野盗よろしく商隊を襲い「精霊様へ供物を捧げよ」と精霊の名を免罪符に、蛮行を繰り返したのだ。遂には民衆から志を問われると〈(あかつき)〉の名は、タチの悪い盗賊団を意味するようになる。


 そんな彼らであったが最後の決死の猛攻は()()()()()を得たのか、デンブルグの丘の北にある<灯台砦>を攻め落とすことに成功をした。

 〈灯台砦〉は海を挟だ向こう側、北の軍事大国アークレイリ王国属州ロドリアの動向を監視するという重要な役割を担う軍事拠点であり、おいそれとそこを落とされたベルガルキー王国は一日でも早く砦を奪い返さなければならなかった。


 

 ※ ※ ※


 

〈灯台砦〉奪還作戦当日——デンブルグの丘。

 

 春先の風が夜空と草原の間へ潮の香りを運んだ。

 それは鼻先を掠めると、(わず)に青々とした草の香や花々の香りも乗せ鼻腔を抜けていく。本来であればこの丘の一面は瑠璃唐草(ネモフィラ)が咲き乱れ、片隅では芝桜がひっそりと自らの版図を主張をする。

 いい香りだ——胸一杯にそれを吸い込めば、そう感じるのだろうが今は違った。

 息を吸えば魔力の硝煙が無慈悲に鼻の奥を襲い、瞬く間に喉の奥へ血と鉄が焼けた味を届けた。そう——デンブルグの丘は死屍累々が彩る地獄の園であった。喉の奥に感じた気色の悪い味の正体は、その光景が放つ臭味による錯覚だ。丘に蔓延した酷い臭いが臭覚を狂わせ味覚を刺激する。


 

 グスタフ騎馬戦士師団・第一から第三連隊は、デンブルグの丘北側へ陣を張り、日中の激戦を生き延びた戦士たちが休息をとっていた。

 主力となる第一、第二、第三連隊に課せられた任務は本国の魔導師大隊が到着するまでには砦を攻め落とすというものであった。あの魔導師共は、どういうわけか戦場にやってきては屍を漁り程度の良い骸を拐っていく。連隊はその準備を終えておかなければならないと云うわけだ。

 

 連隊は、そんな本国の奇行から少なくとも同族を遠ざけようと、夕刻には降伏勧告の親書を早馬に持たせ砦へ向かわせるも帰ってくる様子はなかった。つまり相手は屍を晒し冒涜を受けることを厭わない。そういった気概なのだろう。


 ともあれ、デンブルグの丘が騒がしくなり始めたのは夜半を迎えた頃だった。



 ※ ※ ※



「グスタフ! 起きろ! 夜襲だ!」

 歩哨に蹴り起こされたカミーユ・グスタフは「蹴ることないでしょ!」と毒突き、傍に置かれた剣を乱暴に腰にぶら下げるとブロンドの長髪を器用に上で纏めなおした。

 歩哨の後を追いかけるよう陣の北側に急いだカミーユは、胸鎧の内で揺れ動く豊満な双丘に不快さを覚え「外すんじゃなかった」と吐き捨て舌打ちする頃には、草原の荒くれ共が集まる陣営へ到着をした。


「遅いぞグスタフ!」カミーユは壮年の連隊長の一喝に「すみません」と短く返すと、胸鎧をきつく締め直し幾許か身体を揺らした。

 顔ぶれに目を配れば、どの戦士も準備万端である。

 かたやカミーユは到着した後も胸鎧を触っていることに、バツを悪くすると再び舌打ちをして見せた。どんな野次が飛んでくるのか容易に想像できたからだ。戦士たちの視線から察するに胸がどうのなどと、しょうもない野次が飛んでくるに違いない。


 

「おうおう、胸ばっかり育ちやがって! 胸帯(きょうたい)が役にたたないってか!?」カミーユが想像した通りの野次が飛ぶと、ウワハハハ! と下衆な笑い声が挙がった。だが、カミーユはそれに、くりっとした双眸をキッと細め戦士達を一瞥すると、しょうもない野次をねじ伏せる程度にやり返した。「あんたらね、あたしが歩哨のときは覚悟しなよ。股にぶら下げてる短小を斬り飛ばして起こしてあげるからね。最高の目覚めすぎて胸鎧どころの話じゃないだろうけどね」


 やり返した声音は、まだ幼さの残る顔立ちのカミーユには似つかわしくなく、鋭く低かった。歴戦の戦士の()()を斬り飛ばすなどと云う暴言も、まったく似つかわしくない。

 それもこれも、若くして主力連隊に身を置くということは実力もさる事ながら、(したた)かさも試され認められなければならないのだろう。そうでなければ、()()()()()は剣を振るうことさえ許してくれない。その前に骸の前で膝を折り、頸を跳ねられ野犬か魔物に喰われるのがオチなのだ。


「カミーユ、戦場で装備を緩めるなと、アレほど云ってるだろう」壮年の連隊長はカミーユの二の腕を拳で小突き注意をうながすと、鎧が甲高い音をたてた。女戦士は、それに「すみません」と直立不動で答え、再び周囲をみまわすが、野次をもう一度飛ばす輩はいなかった——鎧のたてた音が空気を一変したのだ。それが連隊長の気遣いだったのか、どうかはカミーユには判らなかったが、気が引き締まったこと違いはなかった。



 ※ ※ ※



「よし! 先ほど早馬は戻ってきたがヌドバックの頸はなかった! 袋に詰められ、ご丁寧に鞍に括りつけてあった!」連隊長は踵を返し戦士達の前に陣取ると、首無しのヌドバックが功績を挙げたかのような調子で、そう叫んだ。それに戦士達は、口笛で茶化す者もいれば「おおおう」と戯けた感嘆を挙げるものもいた。


 それは死者を冒涜してのことではない。これで同胞の死を悼み涙を浮かべ士気を——心を折るわけにはいかない。ましてや、落命した歴戦の草原の戦士は、それを望んでいないだろう。そう思えばこそのことだった。

 ヌドバックは日中の激戦では敵の頸を十は斬り跳ばしていた。だが、こうやって生きた戦場は猛者の命を呆気なく奪っていく。悲しみに呑まれてしまえば、次に頸を袋に詰められるのは悲嘆に呑まれた者の役割となる。

 だから今は、同胞の死を糧に高揚しなければならない。そうやって、勝ち戦を納め同胞の墓前へ敵の頸を無数に捧げることこそが最上の弔いだと、残された草原の戦士たちは信じているのだ。


 連隊長は戦士たちの顔を見渡すと更に言葉を荒々しく続けた。

「この意味はわかるな!」それに戦士達は思い思いに得物を手に掲げ互いにそれを軽く打ち付け合うと、耳障りな金属音で応じた。言葉を口にする者はいなかった。

 ヌドバックが望んだものは勝鬨。

 悲嘆の嗚咽でも同情の祈りでもない。

 だから、皆そうしたのだ。

 勝鬨の前払い——それは武具の音でなされた。

 

「お前らの阿呆な頭でも理解できたようで何よりだ! いいかよく聞け! 早馬が戻る少し前だ。砦に動きがあった! どうやらあの下衆どもは俺達を夜這いに来る魂胆だ!」連隊長は出来うる限り腹の底から声を出すと、最後には声音へ侮蔑の色を乗せた。敵は同族である。だが、その同族は精霊の名を穢し、草原の民である誇りを捨てた輩だ。軽蔑するに値する。

 そして、さらに続けた。

「奴らは丘下の森を進軍中とのことだ! よかったなお前ら! 魔導師様さまだ!——」今度も連隊長は、同じように叫んだが、一呼吸置くと「——後はわかるな!? ヌドバックの墓前に千の頸を手向けてやれ!」と、打って変わって高揚した声で叫んだ。

 草原の民にとっての魔導や魔術は呪いでしかない。

 それに価値を見出すのは王都住まいの貴族もどきか、本国の傀儡となった王族。どちらにせよ、今この場で重要なのはヌドバックの死に報いることであり、索敵をした魔導師への礼ではない。早いところ同胞の魂を草原の精霊の元へ、送り届けてやらなければならない。


「行くぞお前ら! 出陣! 色男共を蹴散らすぞ! 間違っても味方の矢にケツを射抜かれるなよ!」

 最後にそう発破をかけた連隊長の顔は——いたって厳しい色を浮かべていた。



 ※ ※ ※



 鬨の声を挙げ、騎馬連隊が闇夜の中を出撃する。

 森の中をひそひそと進軍をする<暁>軍に奇襲の失敗をしらしめる為だ。ああやって発破をかけはしたものの連隊長は、そうすることで逃げ出す敵は今のうちに逃げ出して貰いたいと考えているのだろう。


 カミーユはそんなことを想いながら馬を駆った。

 

 敵に情けをかける。そこまで上等な心意気ではなかったにせよ、カミーユの父は常日頃から「敵が人である限りそこには家族があるのだ、そのことを考えろ」と云っていた。連隊長は自分の父のことを良く知り、そして慕った男の一人だ。だからきっと、同じように想っているに違いない。

 

 その父はつい先日、南のフォルダール連邦ナルダール国との国境戦線で連隊長を庇って命を散らした。それ以来、口にはしないが連隊長はカミーユのことを気に掛けてくれていた。カミーユはそれに気遣いは不要ですと云ってはいるのだが、連隊長は「それとこれは別だ」と云うばかりだった。


 

 そろそろ森が視界に入ってきた。

 ボヤっとそんなことを考えていたカミーユは頭を振り、半兜の面頬を勢いよく落とすと「あたしが強いって見せれば連隊長も安心するってことだよね」と、小さく溢し、スラリと鞘から白刃を抜き放った。


 その刹那だ。

 飴色の瞳に青い輝きが映し出された。

 輝きは確かに森の中にあった。薄く細く幾つもの尾を引いて素早く動いている。陣形を保ち最高速度で丘を駆け下りる同胞は、どうやらそれには気が付いていないようだった。


「あれは魔術?」カミーユは落としたばかりの面頬を今度は勢いよく弾き、しっかりと森を見ようと少しばかり隊列から外れた。


「おい! グスタフ!」連隊長は肩越しに叱咤したがカミーユはそれに構わず、もう少し隊列から外れ「連隊長ヤツら魔術を!」と叫んだ。


「寝言は寝てか——」カミーユを叱咤するよう叫んだ連隊長であったが、言葉を言い終えることはなかった。カミーユの視界から突然と消えたのだ。いや——正確には頭だけが姿を消した。

 嫌な予感というものは、嫌な時にこそよく当たる。

 カミーユが目にしたものは確かに魔術の輝きだ。そして今、目の前で連隊長の頭を吹き飛ばしたのは<魔力の矢>だった。気がつけば森の中から、弧を描くことなく直進する無数の青い閃光が、ヒュオン! と音を引っ張り連隊に襲いかかってきたのだ。


 カミーユは、言葉途中に途絶えた連隊長の返り血を浴び「クソッ!」と、面頬を落とすと身体を低く構え隊列から離れた。

 

 鬨の声を挙げ全速力で駆けた別の戦士たちは、馬を射抜かれた者は前につんのめった馬体から放り出され追撃の<魔力の矢>の餌食となり、馬上で身体を射抜かれた者は断末魔の声を挙げる間もなく臓物を豪快に撒き散らし闇夜に転がると、流れる背景に溶けて消えた。


「散れ! 散れ! 固まるとやられるよ!」カミーユは必死に叫んだ。


 脚を止めれば格好の的。

 丘を駆け下りる軍勢は森の中から容易に狙いを定められたし、勢いに乗った軍馬を急に回頭することはほぼ不可能だ。だから、カミーユは器用に手綱をさばき軍馬を左右に振りながら走らせ襲いくる無数の<魔力の矢>を掻い潜らせるほかなかった。


 それでもやはり格好の的であることに違いはない。

 しばらくは器用に掻い潜ったものの、数十本もの青の閃光がカミーユの愛馬を連続に捉え貫いた。前脚を揃え勢いよく膝を折った軍馬は後ろ脚を天へ向け縦向きに転がると、カミーユを投石器から岩を投げ出すよう前方に射出した。

 カミーユは咄嗟に身体を畳み込むと地面への衝突に備えた。

 猿のような器用さで、空中で体勢を立て直したカミーユは着地をすると未だやまない<魔力の矢>の音を耳元に何回か感じながら脚を止めることなく丘を駆け降り最後には草むらに飛び込んだ。


 周囲では同胞が<魔力の矢>に転がされ緩やかな丘の斜面を落ちていく光景が広がっている。さらに向こう遠くからは断末魔の叫びが耳に届く。

 カミーユはそれに「クソ! なんだって魔術師がこんなにいるの!?」と寝転がりながら地団駄を踏んだ。

 背の高い草むらへ身体を投げ込んだおかげで<魔力の矢>の的となることは無くなった。しかし、見上げた夜空との間に迸る閃光が止むことはなく敵の術者の数の多さに内心慄き、直ぐには身体を起こすことができなかったのだ。それに、次第に人の気配までもが迫って来るのも感じる。だから、次には踏んだ地団駄を抑えると唇を強く噛み、ひとりごちた。「これじゃ、ジリ貧じゃん」

 馬から放り出された際に剣を手放してしまったカミーユは、腰から自前の短剣を抜き放つと、それを天に掲げ瞼を降ろすと言葉を続けた。「父上——あたし——」


 

 カミーユはそう呟くと、更に小ぶりな唇を強く噛み鼻から大きく息を吸い込んだ。その間も相変わらず遠くから同胞の悲痛の叫びに、馬の最期の嘶きが耳に届いてくる。その合間を縫い青い閃光が、相変わらず飛び交っている。頭上を過ぎ去っていく閃光はヒュオン! ヒュオン! ヒュオン! と音を引っ張り次には新たな断末魔を造りあげた。


 そしてカミーユは閉じていた瞼を勢いよく開くと、何か意を決したのか「本の蟲に()られてる場合じゃないのよね! ぶっ殺してやる!」と叫ぶと、身体を小さく跳ね起こし、草むらの中を低く疾風の如く駆け抜けた。次には丘下から続く森の中へ滑り込むと、地を這うよう木々の合間を縫いながら走り抜ける——向かう先は相手の魔術師達が陣取る丘下の森だ。



 ※ ※ ※



 <魔力の矢>が飛び交い宙を斬り裂く音は森の中に滑りこんでしまえば、だいぶ遠くで聞こえるようになった。

 だが、それに引き替え第三連隊の同胞が轟かす断末魔の叫び、怒声、祈りと呪いの言葉といったものはカミーユの鼓膜にこびりついて離れることはなかった。それに、苦悶したカミーユは大木に寄りかかり宙を仰ぎ見た。

 

 すると、心臓が早鐘を打っているのがわかる。

 それに合わせ、視界の端が暗くなってきた。

 鼓動が耳元で聞こえると、こめかみあたりがドクドクと脈を打っているのも判った。

 耳にから離れない喧騒は、心臓の早鐘の調子に合わせ縫い合わされると、頭の中へ見てもいない惨劇を造り出した。それは戦場が産み出す悪夢と幻想。同胞の無惨な骸の山。それに心を折れば宙から降り立つ戦女神に祝福され聖霊の原へ導かれるのだろう。だがしかし、心を折らなければ、そこにあるのは変わらず血反吐まみれの現実だ。

 

 カミーユは、胸に手を添え深く息をついた。

 かぶりを強く横にふり感覚を戻すことに集中をした——仰ぎ見た宙に戦女神の姿は現れなかった。どうやら無事に地獄へ戻ってこれたようだ。そしてカミーユは、もう一度、瞼を閉じ深く息を吸い込みゆっくりと巨木越しに南を一瞥した。


 状況を把握するためだ。



 ※ ※ ※



 丘下に広がった森と草原の境界に魔術師達の即席の陣は構えられていた。

 ざっと三十程の純白外套の魔術師達は皆おなじく純白の頭巾を目深に被り、小振の魔法杖を振り乱し<魔力の矢>を撃ち続けている。

 カミーユはそれに目を疑った。

 戦士である彼女であっても魔術の予備知識はある。これほどに連続した魔術の行使は術者の体力を著しく消耗をするはずだから、疲れを知らずに撃ち続ける彼らの姿に不自然さを感じたのだ。


 よく見れば彼らの足元には大きな円環の幾何学模様が描かれ、それはうっすらと青い輝きを放っている。その円環の中心から一本伸ばされた、やはり青い線は直ぐ傍に描かれた小振りな幾つかの円環の中心に途中枝分かれをし合流をしていた。

 小振りな円環の中央には小さな影が見てとれた——カミーユは、それに目を疑った。「子供? あれ子供なの?」


 そこに在ったのは大雑把な純白の貫頭衣に身体を包んだ少年少女だった。

 その場に座り込み両腕で身を包み込み、小刻みに震えている。それが苦痛ゆえのものなのか、寒さゆえのものなのかがわからない。しかし、それが子供にとって良いかどうかと訊かれれば、きっと悪い状況であるに違いない。と、カミーユが瞬きをする間に一つの円環の少年がパタンと身体を前に折ると青く輝きパッと粒子を飛散させたのだ。すると子供の姿はまるっきり粒子と化し宙へ霧散していった。


 それを監視していたのか、森の暗がりから<暁>の戦士が姿を現した。

 戦士の片手には別の少年の腕が握られ、円環の中央に連れゆくとそこに座らせた。


「痛い!」座った途端に少年が悲鳴を上げると足元に血がゆっくりと広がった。おそらく戦士は少年の足の腱を斬ったのだ——その光景はカミーユの胸中を揺さぶられた。

 狂った光景だった。

 あれは、魔術を撃ち続ける魔術師たちの魔力を子供たちの魔力で補完をする術式だ。

 極限まで体力を魔力へ変換された子供は蒸発するよう宙に霧散する。そして、それを補填するように別の子供がつれられ逃げ出さないよう足の腱を斬り飛ばすのだ。

 これにカミーユの心臓は再び早鐘を打ち、張り裂けそうになった。

 頭では無謀だとはわかっていた。しかし、まともな判断はもうできない。次の刹那、カミーユは「あの蟲野郎どもが!」と巨木から勢いよく躍り出ようとした。

 


 ※ ※ ※


 

 草原の部族は大きく二十四部族に別けることができる。

 カミーユのグスタフ族は、その中でも取り分け大きな部族——三大部族の一つとし君臨し、フォーセットへ併呑され属国化後も権威を誇示していた。三大部族の一つは王族を名乗ると、残りの部族は本国から爵位を与えられベルガルキー王国軍の中核を担った。その内の一つがグスタフ族であり、権威を誇示する基盤となっている。

 

 属国化前から各部族は存続を担保するため、あらゆる手段を講じてきた。小さな部族ともなれば、躍起になったのは云うまでもない。

 もっとも判りやすい方法は血縁を結ぶことであった。

 酷い場合は、(よわい)九つの娘が別部族へ嫁がされることもあったが——フォーセット王国の手が入る前までは——少なくとも、そこに祝福の念はあった。どんな形にせよ幸せを願い祝福のもと送り出されたのだ。

 しかし属国化して直ぐ、グスタフ族は王国軍の片翼を拝命すると残りの片翼を担ったツァーン族との契りを本国から迫られ、それに応じたが、そこには祝福はなかった。ツァーン族の後ろ楯となったのは、本国のメルクルス神派枢機卿。求められた者——カミーユの弟や妹たち——の末路は明白だった。不審な死を遂げた弟もいれば、異形をその身に宿し浄化されたという妹。どの末路も耳を疑うものばかり。以来、カミーユは力なき幼い命を弄ぶ輩を見逃すことができない性分となった。



 ※ ※ ※



 ガシャン!


 カミーユが飛び出した瞬間だった。

 突如として背面から強い力が働き、獣のように飛び出した女戦士は地面に這いつくばった。背中に覆いかぶさる気配を感じると大きな掌で口を強く抑えられた。その間にも視線の先で次々と身体を折っていく子供たちが青く輝き、命を宙に散らし続けている。このまま、あの所業を見逃すわけにはいかない。そうカミーユの矜持が胸中で叫んでいた。


「んー! んー! んー!」しかし、喉を斬り裂く程に「離せ!」と叫ぼうとカミーユは争ったが、それは阻まれた。双眸を大きく見開き、瞳は極限まで引き絞られた。背後にのしかかった()()を踵で撃とうするが膝も抑えられ、身動き一つ取れない状態となり、それも叶わない。


「グスタフ、堪えろ。まだ駄目だ」押し殺した男の声が頭上から降ってきた。聞き覚えのある声だった。それは、先ほど自分を蹴り起こした歩哨役の戦士のものだった。


「んー! んー! んー!」カミーユは、そうだと判っても抵抗を続けた。視線の先では新たに連れて来られた少年少女が、やはり小さな円環の中央に座らされ足の腱を斬られ踠き苦しんでいる。なんとかしなければならない。そう、カミーユの矜持が身体を突き動かしている。


 

「今は駄目だ。もうすぐ本隊が突っ込む、それまで待て」カミーユの無謀な突撃を抑えつけた戦士も、よくカミーユの性格を知っているのだろう。出来るだけ彼女の激情を抑えるよう冷静さを取り戻させるため、宥めるよう何度もその類の言葉を繰り返した。しかしだ——カミーユの口を抑えた掌は籠手の皮部分を喰い千切られ血が滲み出している。それでも、戦士は躍起になった。「痛えな畜生め。どんな歯をしてやがるんだお前は……」


 カミーユの戒めを解いてしまえば、今にでも猛獣のように駆け出し魔術師達の喉笛に喰らいつこうとするだろう。カミーユを抑えた戦士は、それだけは駄目だと更に拘束の力を強めた。カミーユの馬鹿力は戦士を今にもひっくり返そうとしたのだから仕方がない。この戦士も連隊長と同じく、彼女の父エストール・グスタフを慕った男の一人だ——エストールの忘れ形見をむざむざ死地へ向かわせるわけにはいかないのだ。



 ※ ※ ※


 

 男が待てと云った矢先、その言葉通り第三連隊の生き残りは決死の覚悟で魔術師の陣に襲いかかった。青の閃光が戦士達のかぶりに胸を撃ち抜ぬくと、脳漿をばら撒き、肋骨は背面に突き出て破れた肺袋をぶちまけた。

 その蛮行とも思えた幾重にも重ねられた戦士の死は、とうとう魔術の脅威を封殺し魔術師共の喉笛を掻き切った。

 それは、一瞬の出来事だった。雪崩れ込んだ第三連隊は最初の魔術師を斬り伏せると勢いにのり、這々の体となった魔術師たちを瞬く間に斬り伏せていく。

 しかしそれでも魔術の脅威は戦士たちを暗がりから襲い、馬の脚を絡め取り転倒させると<暁>の戦士が落馬をした戦士の頸を斬った。ここまで来ても、命の消耗戦は一進一退を繰り返すのみだ。

 その光景にとうとう我を忘れたカミーユは、「離せ!」と背中の戦士を、あらんばかりの力で振り落とすと戦士の鞘から剣を奪いとり駆け出したのだ。


「グスタフ! 魔術師! 魔術師だけは一人は生かしておけよ! 魔術師だぞ、残すのは! いいな!」振り落とされた戦士は「イテテテ」と偶然に顎にはいったカミーユの肘打ちの跡を抑え立ち上がると、そう叫んでいた。このままカミーユを闘わせては<暁>の戦士も所属不明の魔術師も全て殺してしまう勢いだったからだ。少なくとも魔術師を生け取りにし、背後関係を吐かせなければならない。そうでなければ、この奪還作戦の目的の半分は無意味なものとなってしまう。



 ※ ※ ※


 

 飛び出したカミーユは一目散に魔術師の陣へ全速力で駆けた。

 散り散りになった魔術師の一人は、背を低くぐんぐんと駆ける女戦士に気がつくと「この蛮族が!」と侮蔑の叫びを投げつけ、魔術師の杖をヒュンヒュンと振るった。

 杖の軌跡に青白く輝く閃光が走り目にも留まらぬ勢いでカミーユへ襲い掛かる。しかし彼女はそれを「ちょろい!」と一喝し、ひらりと身体を回転し躱すと、次の閃光は白刃を振るい地面に叩き落とし叫んだ。いや、雄叫びと云っても良かっただろう。「沈みな、ひょろ男!」


 そう叫んだカミーユは、低い体勢から一足飛びで魔術師に身体を寄せ左肩で吹き飛ばした。そのまま身体を捻り右足を軸にすると、体を浮かせた魔術師を追いかけ跳躍すると、構えた剣で水平に円を描ききる頃には、魔術師の身体を腰のあたりで斬り分けていた。

 鮮血を噴き上げ臓物をぶちまけた魔術師の骸はカミーユのブロンドを赤く染め上げ、森の暗がりに勢いよくゴロゴロと姿を消した。


 

 カミーユは疲れてはいなかった——ハッハッハッと肩で息をするのは興奮を抑えられない証左であって、ただただ収まらぬ怒りに我を忘れ次の獲物を探す原動力がそうさせた。

 絞られた飴色の瞳は()()()などという様子は微塵もなく、獲物を探す野獣のそれだ。そして、狂おしい視線は主戦場を見つけると、斬り伏せるべき蟲とそれに従属したであろう裏切り者を求め駆け出した。



 ※ ※ ※


 

 第三連隊の突撃は実に半数の戦士を魔術の餌食に持っていかれた。

 しかしそれは<草原の暁>軍を正面へ釘付けにし、一人駆けをしたカミーユの存在を包み隠す結果となった。森を疾風の如く駆け抜けた女戦士は、ガラ空きの左翼土手っ腹へ喰らい付き敵を蹂躙した。

 これには第三連隊の面々も面食らったが、一斉に総崩れをした<暁>軍を正面突破し見事に壊滅に追い込んだ。そうして魔術師団は()()。生き残った<暁>の戦士達は魔力の生贄とした子供達を詰め込んだ馬車を放り出し<灯台砦>へと逃げ帰った。



 ※ ※ ※


 


「この首飾り——」

「お前さあ。全員やっちまいやがて馬鹿野郎。耳が悪いのか、頭が悪いのか、どっちなんだよ。一人残しとけって云っただろ。——ああ、こりゃ<光の学徒>のものだな」


 本国からやってくる魔導師大隊が死体漁りを始める前にと、カミーユは接敵から抱いた疑念を明かすべく魔術師の骸を漁った。三十体もの骸の全てから、外套からその下のローブに至るまでを()()()()()と、最後の骸が纏った外套から小さな銀細工の首飾りが転げ落ちたのに気が付き拾い上げた。


 カミーユはそれを手に取り繁々と観察をした。

 二匹の蛇が互いに絡み合い互いの尻尾を喰らう意匠。それは魔術の、いや、魔力を起源とした業(カニングクラフト)の無限の可能性を示した<光の学徒>が掲げる尊大な理念の象徴だ。

 魔術学院の机にへばりついた穴倉の蟲共は、そこから世界を見渡し我こそは世界の理であると首飾りに語り聞かせるのだ。

 カミーユの傍で首飾りに視線を落とした戦士は、彼女から剣を受け取り鞘に戻すと「それで、どうすんだ。これ報告したら大事(おおごと)になるぜ」と、周囲に気を払い小声で訊ねた。


「でもさ、本国はこのことを知らなかったのかな?」

「なんだって? どういう意味だ」

「だからさ、魔導師共は知っていたんじゃないかって。暁の裏で学院が糸を引いている可能性を。考えてもみなよ。あんなに都合良く夜襲に気づく? それに、バッチリと陣取っていたわよね、あの蟲たち。あんな子供まで用意してさ——」


 カミーユはそう云うと救出された子供たちへ憐れみの眼を投げた。


 よく彼らを見れば、特徴的な栗色の毛髪は恐らくブレイナット公国の何れかの国が出自であるはずだ。つまり魔術師達はベルガルキーで奴隷を買ってしまうと足が付くと踏み、ブレイナットで調達をしここまで連れてきたことになる。であれば、国境を越える際に奴隷の頭数(あたまかず)は申告されなければならないが、そういった形跡が報告されることは、少なくともここ数ヶ月はなかった。


「なるほどな。身体つきに似合わず賢いなお前」

「は? 身体つきと賢さになんの関係があんのよ! あたしは普通に賢いんだ!」


 無礼な同胞に一喝をしたカミーユは顔をしかめ戦士の尻を蹴り上げた。

 騎馬の戦士は地を征く盾兵や槍兵とは異なり、身を固める装備は比較的に軽い。所謂、軽鎧と呼ばれる部類のものを装備する。

 それは鞍に跨っても邪魔をしないように造られるから、腰鎧の尻の部分は布のスボンが剥き出しだ。だからカミーユの渾身の蹴りを受けた戦士は堪らず「痛ってえーな!」と声を張り上げた。


 すると、どこからともなく「グスタフ! 遊んでるなよ! 次に行くぞ!」と連隊長代理から叱咤混じりに呼ばれ「はい!」と、カミーユは答える。もう一度、今度は握り拳で蹴り上げた戦士の背中を小突き「いくよ!」と、馬を拾い陣形に戻った。



 もうその頃には第一、第二連隊も合流を果たし<灯台砦>攻略の準備が整っていた。それからほどなく、陣頭指揮を執る第一連隊長の掛け声のもと<灯台砦>への攻勢が開始された。


 魔術師団の壊滅に浮き足だった<草原の暁>軍は籠城に打って出るのだが、連隊長の弔い合戦だと士気を高めた猛攻に成す術もなかった。ほとんどの<暁>の戦士は装備を投げ打って、海に飛び込み<灯台砦>を開け渡した。かくして、カミーユ達は本国の死体漁りがやってくる前に砦を奪還した。


 しかしだ——任務完了ではあるが、どうにも胸糞が悪い。カミーユはそう思うと、顰めっ面を東の空へやった。

 東の空から帷が上がっていく。

 カミーユは砦の胸壁から海を眺め、もう一度先程拾った<光の学徒>の首飾りに目をやった。「やっぱ、報告しておかなきゃ駄目だよね——」




 灯台砦奪還後——胸壁。

 その日の朝はよく晴れ渡り冬の気配を残した冷たい風がカミーユのブロンドを乱暴に撫で付けた。

 それに父親譲りのくりんとした双眸を細めたカミーユは胸壁をぐるりと歩き、昨晩の惨劇の痕跡を眼下に眺めた。朝日が浮き彫りにした戦場の跡は死屍累々の地獄絵図だった。太陽がてっぺんに昇る頃には本国から魔導師たちが到着をする。そして、この地獄絵図からお気に入りの骸を漁りに来るのだ。それは実に気色の悪い話である。

 カミーユをそう想いを巡らせると、顔をハッとさせ「連隊長を拾いに行かなきゃ!」と声を挙げ慌てて胸壁を降りて行った。


 あんな卑劣な逆賊にまで情けをかけるようなお人好しの骸をこのまま魔導師の怪しげな儀式に使われたら——目覚めが悪いというものだ。頸が吹き飛んで無くなっていようが家族の元へなんとか骸は届けてやりたい。


 カミーユの父——エストールならばきっとそうした筈だ。


 

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