偽りの英雄譚
遠く桃源郷から世界を眺める孤独な観測者は〈リードラン〉に紡ぐ言葉も、歌も残さなかった——残す必要が無かったのだ。
観測者の視座が産み出した、あらゆる物語、あらゆる種の営み、姿や影は彼もしくは彼女が内包した揺らぎに刻まれたから。
いつでも、望めばそこへ駆けていくことができる。
そして再びその物語を噛み締めるのだ。
広大な宙に瞬く星々。
大草原には精悍な駿馬が青い香を纏い駆け巡る。
それは季節を報せる姿そのもの。
川のせせらぎに耳を澄ます。
すると水面に跳ねた魚の音が耳を打ち刻の流れを感じた。
素晴らしき世界だった——観測者は、それを独り占めできたのだ。
その過去、現在、未来に渡り全てを。
だから、世界を語る言葉も、歌も残さなかった。
だが素晴らしき原初の〈リードラン〉は終焉を迎えた。観測者の瞳を欺く魔女が現れたのだ。実のところ、観測者であったかも知れない魔女であったが、自身の形姿を世界へ呼び込み、あたかも世界の主人のように振る舞わせると、世界へ言葉を与えた。
万物が奏でる音色へ言葉を与えたのだ。
世界が、宙が、自然が振るう猛威と摂理を、目に見える形——言葉として魔女の形姿たちへ与えた。その言葉は魔導と呼ばれ、魔女の形姿たちは、〈第四の獣〉——〈人類〉と呼ばれることとなる。
原初の種族は瞬く間に魔導を振るう〈第四の獣〉に蹂躙された。
獣の生き急ぐ姿、品位無き姿へ原初の種族は呆れたのかも知れないが、とにかくだ——第四の獣〈人類〉が魔導を汎用するべく産み出した魔術が姿を現した頃には、〈リードラン〉の地を離れ、遠く壁の向こうへ姿を消した。こうして〈リードラン〉は、人類に簒奪されると新しい時代——剣と魔力の時代を迎えた。
※ ※ ※
「僭越ながら国王陛下」
たったいま〈闘いの輝き〉の賛名を与えられた女魔導師は、深々と頭を垂れ絞り出すように言葉を放った。その声は、か細かった。だが、厳かな静寂は、その言葉に大きく波紋を描いた。岩ほどもある小石を凪に投げ込んだかのようであった。
周囲は大きく騒めき、ベルガルキー国王の脇を固めた〈世界会議〉の主要な面々は互いに顔を見合わせ国王の言葉を待った。ベルガルキー国王はこれに、片手を挙げると傍に立った枢機卿エウスタキウスへ耳打ちし、次には「白の吟遊詩人殿をここへ」と口にした。
女魔導師はこれに憤慨したのか、垂らした頭を挙げようと両肩を持ち上げたが、それはエウスタキウスの言葉に制された。「〈闘いの輝き〉ルゥ・ルーシー殿。稀代の功労者である四英雄と云えど、王命に異を唱えるというのであれば、ルーシー家、引いてはクロッサル族の総意を持って臨むべきであろう。それとも、貴殿の言葉は氏族の総意であるのかと王は懸念されているが、如何に?」
エウスタキウスの声音は、彼の薄く細い気味悪い目つきのように、暗くねっとりとしていた。だから尚更だのだろう。ルゥの胸中に渦巻くわだかまりは、嵐のように心を掻き乱した。
その、わだかまりは過日の出来事に起因した。
※ ※ ※
〈白の吟遊詩人〉と名乗った黒髪の女が、ルゥたちが滞在した迎賓館へやってきたのは祝賀会の数週間前のことだ。〈白の吟遊詩人〉の来訪の理由は〈竜殺しの英雄譚〉を唄うため、四翼のオルゴロス討伐に至るまでの道程を訊ねたいというものだった。
丁度その頃、アッシュ・グラントは用事があると迎賓館に姿はなかったが、それでも構わないから残りの四名から話を聞きたいと吟遊詩人は云った。
ルゥは、それに「アッシュの話は必要ないという意味?」と訊ねると、吟遊詩人は「その通りよ、お嬢さん。彼には彼の譚があるのだから」と冷ややかに返したのだ。つまりそれは〈竜殺しの英雄譚〉にアッシュの姿は現れないことを意味している。
その一件以来、ルゥは祝賀会の話が出る度に顔を色を変え、あからさまに機嫌を悪くしていた。
当のアッシュ・グラントは、ルゥがその話を引っ張り出すたびに「僕は——竜殺しの称号も、賛名も興味はないので気にしないでください」と、優しく笑うだけであった。あまつさえ提示された報奨金も件の騒ぎで壊滅的な被害を被ったエドラス村の復興に充ててるよう申し出るつもりだと云う始末だ。
ルゥの憤慨とは、アッシュに名誉が与えられないことにもあったが、アッシュが居なければ偉業を達することも、エドラス村の未来もなかった事実を誰も知らないまま、後世に伝えようとしていることだった。加えてあの吟遊詩人の言い草にも引っかかっていた。
彼には彼の譚がある。
それは、一体どのような意味なのか。
※ ※ ※
「いいえ。失礼をいたしました。非礼をお赦しください」
ルゥは再び絞り出すよう、か細い声でそう答えた。そう答えるしかなかったのだ。見れば王座の右斜め後ろへ用意された豪奢な木製の椅子へ、あの〈白の吟遊詩人〉が腰を下ろしリュートを構えたからだ。
女魔導師は頭を垂れたまま、下唇を強く噛み締めた——そして、首から下げられた質素な首飾りを握りしめ、他の三人がそうしたように体を上げると国王へ一礼し吟遊詩人の方へ顔を向けた。
※ ※ ※
ほどなく〈白の吟遊詩人〉が竜殺しの英雄譚を奏で始めた。
迎賓館で顔を合わせてから数日でこの英雄譚を仕上げたのか、それともあの来訪は英雄譚の裏付けを取るためだったのか。いずれにせよ、吟遊詩人が抱えたリュートから流れ出る音色は聴衆を魅了し、高低を上手く使い分けた彼女の甘い声は確実に聴衆の耳元に届けられた。謁見の間の隅々まで。
だが、ルゥ・ルーシーは終始、眉間に皺を寄せると歌がエドラス村での惨事を語り始めた頃には、あからさまに嫌悪の表情を露わにした。「嘘ばっかりの英雄譚じゃない」
「おい、ルゥ。いい加減にしておけよ」
ギャスパルは自分の胸元ほどに見える、綺麗に結われたブロンドを露わにしたルゥへ、ことさら小さく囁いた。女魔導師の声が、ありありと周囲のお偉方に届くよう発せられているのを察したからだ。
それにルゥは「だって」と声を小さく改め続けた。「村で〈屍喰らい〉が大勢に感染したのも、大空洞で全滅しかけたのも……」
「判ってるぜルーシー。それもひっくるめてだ。あのお人好しは興味がないって云ってんだ。打算でもなんでもねえぜ」ギャスパルはルゥが態度を改めたのに胸を撫で下ろすと、そう返した。
「なんで、あんたが判るのよ」
「俺とグラントは、ある意味で親友だからな」
「そうは見えないけれどね。あんたが弱味を握られているようにしか見えないし」
ルゥが嫌味を吐いた頃、英雄譚はいよいよ四翼のオルゴロスと対峙する緊迫した場面に差し掛かった。するとルゥは童顔な顔に苦々しい表情を浮かべ、両拳を強く握った。
声には出さなかったが、女魔導師にとってこの場面を語られることは苦痛でしかなかったに違いない。
ギャスパルの位置からルゥの苦悶の表情を見ることはできない。だが、この大盗賊は全ての挙動から人心を察し、そして掌握する術を持っている。だから、その見立ては十中八九、的を得ている。「俺がか? 馬鹿も休み休み云えよルゥ。逆だ逆。俺が掴んでいるんだぜ。そうだ、ひとつ情報を買えよ魔導師。お代はお前が、この情報をお前なりに活かすだけ。それでいいぜ。どうだ? 破格の条件じゃあねえか?」ギャスパルは双眸を鋭く細めると、ルゥの心へ忍び込むように囁いた。
「耳障りな言葉……」ルゥはそう答えた。
それが偽りの英雄譚に向けられたものなのか、それとも大盗賊の囁きへ向けられたものかは判らない。だが、ギャスパルはそれを前者だろうと踏んだのか、双眸を鋭くすると口を開いた。「そうだな、俺もそう思うぜ。あの物語にアッシュはいねえからな。アイツはどこまでも孤独なんだ。あんだけの力を持っているってのに〈無〉なんだ。本当の強者や王ってヤツは、それだけで孤独なんだぜ。誰とも交わらない。いいや、交われない。知ってたか? で、どうする? 買うのか、買わないのか」
「聞いてから決める……」ルゥはギャスパルが投げかけた謎かけじみた言葉へ、怪訝な顔で返した。
だが、どうしてもギャスパルの言葉にアッシュ・グラントの姿を重ねてしまう。するとどうだろう——ルゥは薄らと茶色の瞳を濡らしていた。誰とも交わらない。いいや、交われない。人々の——世界の彩りを孤独に眺めるだけ。それがアッシュ・グラントだと云うのか。それであるならば、あまりにも不憫すぎる。そう思ったのだ。
「お前、本当にチョロイ女だな」
「どう云う意味よ、それ」
「可愛げがあって好ましいってことだぜ、ルゥ」
「あっそ。それで、情報って?」
魔導師ルゥ・ルーシーと盗賊ギャスパル・ランドウォーカーは、結局のところ披露された英雄譚をまともに聴くことなく、場の進行に合わせ謁見の間を後にすると、さきの大広間へと戻ってきた。その他の一行も思い思いに戻ってきた。ここから先の時間は祝賀会が催される。
※ ※ ※
大広間に戻るまでの間も、何やら話し込んでいる様子の二人——ルゥとギャスパル——を背後に感じた〈光輝〉のカミーユ・グスタフは、横を歩く〈宵闇〉のアラン・フォスターへ苦情めいたことを云った。勿論、後ろの二人や、今どこを歩いているのかも判らないアッシュ・グラントに聞かれないようにだ。「あの二人、さっきから何を云ってるの? またアッシュのこと?」
声を抑えてはいるものの、カミーユの声音は凛としている。
それが彼女特有の気質なのかは判らないが、ともあれ物怖じをしない性格だからこそ、そうなのだろう。
それは、彼女の外見からも見てとれる。
草原の民らしい少しばかり浅黒い肌。
馬上の姿勢が染み付いたのであろう、頸から背中、腰へと流れるシルエットはスッと流れ清らかな朝の稜線を思わせる。そして小柄な顔に浮かんだ力強く大きな瞳。今はそれらが、鮮やかな赤のドレスで飾られている。
カミーユが口を開けば、誰でも耳をそばたてるだろう。そう云った意味でも凛としていると云って良い。
※ ※ ※
アランは、そんな隠し事をするには不向きなカミーユを気に入っている。だから、それを嗜めることはせず「さあな——」と、興味なさそうに答えたが、彼女を見る黒瞳はどこか複雑な光を輝かせている。「——お前はどうなんだよカミーユ」
「何が?」カミーユは突飛もないアランの質問に面食らった様子を見せた。
「いや、経過はどうであれ、俺はこの采配に満足している。アッシュには悪いが、これで俺をコケにしてきた奴らを見返してやれる。お前はどうなんだ? お前もアッシュのことは気にしていただろ?」アランは少々重たく、そう答えた。この両手剣使いが、本当に気にしているのは、おそらく後者のことだ。カミーユがアッシュをどう思っているのか? 今日この日を迎えるまでにアランとカミーユは親密さを随分と深めていた。だが、どこかカミーユの素ぶりにアランは引っ掛かりを覚えていたのだ。
「もしかして、あたしがアッシュをどう思っているのかを訊いてる?」
「ああ」生一本なカミーユの言葉にアランは、幾許か、たじろぎながら、ぶっきらぼうに答えた。すると、その答えを聞くなりカミーユは眉をひそめ「それに、あんたをコケにした奴らの中には奥さんと娘のことも含まれているの?」と、詰め寄ると重ねて訊ねた。並んで歩いた二人の距離は更に詰め寄ったように見えた。
カミーユは純粋で気が強い。力量云々の前にそうなのだ。故に詰められた距離はカミーユの気の強さが詰めた距離だった。賛名を与えられ、今や英雄と呼ばれるようになったアランが情けなさを滲ませたのに苛立ちを覚えたのだ。今や、二人は腕が触れるほどの距離で歩き、カミーユは頭ひとつ上にあるアランの顔を睨みつけていた。
アランは、この気丈夫な女剣術士の苛立ちに気圧されたのか、またもや「ああ」と短く答えることしかできなかった。これにカミーユは、更に苛立ちを募らせたのか、豪奢な真紅のドレスの袖を少しばかり上げると、アランの腕を殴りつけた。
「アッシュにはアッシュの事情がある。それはあの吟遊詩人も云っていたでしょ? だから、あたしはもう気にしていない。それに、あんたがまだ奥さんに拘っているって云うならゲンナリするし娘の気持ちを考えないで恥をかかせるって云うなら、次は尻を蹴り上げて、サヨナラよ。だから、ちゃんと話はしなよ。骨は拾ってあげる。今日、来てるんでしょ?」カミーユは、そこまでを一気に捲し立てると行列の随分と先に歩いた、純白のドレスを身に纏った一人の女性と子供に目をやった。
カミーユは、暗に自分と一緒になりたいのなら、身の回りを整理しろと云い、そしてアッシュのことは——どうとも思っていないと云っている。その言葉にアランは精悍な顔に浮かんだ黒瞳を丸くすると、どこか安堵した様子を見せ「ああ」と、やはり短く答えた。
※ ※ ※
四英雄とアッシュが戻った頃には〈大草原の広間〉は随分と様変わりをしていた。
さきの賛名授与式典の前は、そこは、がらんとした白亜の大広間であったはずだ。
規則正しく並んだ白亜の大柱は二十を数え——そしてこの大柱は〈魔力の光〉が届かないほど頭上で大きな弧を描き、やはり白亜の大天井を支えている。昼間であれば、大天井に描かれたベルガルキー建国の神話、草原の巫女の画をのぞむことが出来るが、平時の夜であれば薄らとしか見ることができない。
そんな大広間であるが、今は〈魔力の灯り〉を施した照明器具があちこちで輝き、昼間とはまた違った豪奢な雰囲気に照らし出されている。
大広間の東西には多くの長テーブルが用意され、ベルガルキー特産の馬肉の料理を中心とした食事が準備された。北側——謁見の間から戻る際に通ったアーチを挟んで——には楽師団が陣取り、草原の伝統曲を奏でている。そのうち、刻が来れば曲も変わりポッカリと空いた中央部で、絢爛な面々が思い思いに踊りに興じるだろう。
よく見れば、謁見の間に姿のなかった面々も大勢やって来ていた。それはきっと、明日から始まる〈会議〉へ出席をする面々の残りだ。さもなければ、これから〈世界会議〉に取り入ろうと考え、この場への切符を、どうにか手に入れた地方貴族か商人貴族の何れかだ。
※ ※ ※
「なあグラント。そんなに、あの心臓ってのは重要なのか?」
西側の中央あたりに陣取った五人は、思い思いに食事を口に運び、草原の国特有の白く濁った甘い酒で胃へ流し込んだ。そしてギャスパルは、アランとカミーユ、ルゥがほどよく酔ったのを目ざとく確認すると隣に並んだアッシュへ、そう耳打ちをした。
アッシュ——と、いうよりも〈外環の狩人〉は呑み食いをしなくとも数日は何ともないそうだ。それにだ。酒を呑んだとしても酔うことはない。だから、ギャスパルは素面のアッシュから情報を引き出すため、酒は呑んだが解毒薬にも似た薬を事前に胃へ流し込み、酔ったていで話を切り出した。
「そうだね。四翼のオルゴロスは自然の源泉。それを管理監視するのは、六翼のヴァノック。でも、今は色々とあって休眠中。無翼のエキトルは外界から〈リードラン〉へ異物が混入しないよう防壁を担っている。ってこれだけ云えば充分かな?」
アッシュはフードを後ろに、黒髪黒瞳の平々凡々とした顔を露わにしていた。平凡というのも、同じ黒髪黒瞳のアランと比べると彫りが浅いがゆえに、そんな印象を受けると云うのが正確だろう。ギャスパルの問いに答える声も平坦で抑揚がない。だからいっそう、そんな印象を受けるのだ。
アッシュの答えにギャスパルは肩を竦め、そして眼光を鋭くすると口を開いた。「勿論だぜ。充分だ。つまり重要ってことなんだよな。でだ、お前はアレをそのままにしておくのか? 名も無き世界の王」次の刹那。重ねて質問をしたことに若干の後悔をすることとなった。予め準備した質問であったにも関わらずだ。
※ ※ ※
ギャスパルは、これまでにアッシュが激情したのを三度、目にしている。その度に、アッシュは人智を超えた力を振るった。ギャスパル以外の三人は、そのうちの二度を目にしている。激情したアッシュは、普段は潜めている氷のように冷徹な双眸を見せ、発する言葉も、それそのものに魔力が篭っているのか心を斬り裂く音を孕んだ。そして今、ギャスパルが重ねた質問を耳にしたアッシュは、その双眸を返してきたのだ。
おそらくだ——このままアッシュが「この場で自害しろ」と云えば、ギャスパルは従うしかないだろう。抗うことのできない呪縛の視線。それをアッシュは放っている。
ギャスパルが発した言葉を掻き消すことはできない。
大盗賊の背中に嫌な汗が流れたのを感じた。
「いいえ。そのうちに聖霊たちが処理をします。〈人類〉に委ねる気は無いでしょうね」答えたアッシュの声は鋭かった。だが、それ以上のことはなく、機嫌を損ねたわけでもない様子で静かにその場を立ち去った。見れば大広間の南側へ姿を消していた。
ギャスパルは、それに大きな息を吐き、酒を運んできた給仕から乱暴に杯をひったくると一気にそれを呑み干した。そして先に胃へ入れておいた薬を呪った。
こんなときは、さっさと酔ってしまった方が良いに決まっている。
生きた心地がしなかったのだ。
※ ※ ※
「ギャス。アッシュはどこに?」
胸を撫で下ろしたギャスパルに声をかけたのは、ルゥだった。そこはかとなくアランとカミーユの会話に馴染めないでいた女魔導師は、黒のふたりのやり取りをぼんやりと眺めていたのだ。
「ああ、手筈通り、一人にしてやったぜルーシー。しけこむなら王宮を回って大聖堂のほうだ。教えてやった秘密の小部屋。あそこなら邪魔は、入らないねえぜ」唐突に声をかけられたギャスパルは不覚にも驚き、両肩を跳ね上げたが、どうにかこうにか平静を保ちそう返した。「後はうまくやれよ。俺が出来るのはここまでだルゥ。お前の思いが成就するのを心底願ってるぜ」
「嘘でも嬉しいよ。ありがとう」
そう答えたルゥだったが、ギャスパルの顔を見れば最後の言葉には、裏があるように思える——だがそれでもだ。ギャスパルから買った情報が真実なのであれば、アッシュ・グラントは悠久の刻を巡る旅を続け、孤独に苛まれ、この場に立っている。
その旅の理由は、過去・現在・未来に渡り連綿と続く〈人類〉の記録へ綻びが生じたことに起因しているとギャスパルは云った。人知れず〈人類〉の滅亡を防ぐため、とある人物を探しているのだと。 そして、ギャスパルはこうも云った。アッシュ・グラントを留めることができるのは孤独を癒す何かだとも。
それは、ギャスパルお得意の誇張もあっただろうし、にわかには信じがたい話だった。だが、アッシュ・グラントの脅威を二度も目にした女魔導師は、ギャスパルの話を与太話だと断じることはできなかった。
実際、竜の首を落としたのはアッシュの驚異的な力によるものだったのだから。




