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プロローグ①




 きっとこの二人は前世でも来世でもこのように仲良しなのだろう。

 誇張なしにそう思わせるだけの絆の深さが、黒川(くろかわ)カイリと吉村美月(よしむらみづき)の間にはあった。



「だーかーら! それじゃあ飛行型異形(いぎょう)は簡単に飛び越えられちゃうだろ⁉ やるならこうだ、ぎゅうぎゅうに壁を敷き詰めるんじゃなくて、柱をたくさん並べる。これであれば予算も安く済むし壁を維持する結界術の効果範囲は維持できる!」

「それじゃあ強い力を持つ異形は下を潜り抜けられちゃうでしょ! 肝心の部分を疎かにしてどうするのよ! 第一、高くすればするほど建築コストが上がるんだから、余計に予算がかかるわよ! それに飛行型なんてまだほとんど確認されてないんだから、それを考える方が非効率的じゃない!」



 十二歳とは到底思えない高度な知性を感じさせる会話だが、一切の遠慮なく意見を言い合い、時折混じる余計な一言がきっかけでまた次の言い合いが始まる様は年齢相応であるとも言える。こうなった場合、大抵は美月の方が口数では勝るものの、経験と頭の回転のキレの良さ故にカイリの方に軍配が上がる場合が多い。



「___というわけで、そもそも壁がないと対応できないレベルの異形はそもそも度外視。壁なんてあっても役に立たないんだからスルーさせてしまえばいい。異形が軍勢を率いる時の最大の強みは『数』なんだから、そこを抑えてとにかく壁、というか柱の維持を優先する。漏れ出た分は国防隊がカバーする、という具合にとにかく負担を分散するんだ。この方が持続可能性が高いし、不測の事態に強い」

「ぐぬぬぬ……まぁ考え方については一理あるけど、でもわざわざ飛行型の対策に柱を高くするのには反対! そこは譲らないわよ」

「はいはい。___ワタル? なんでボーっとしてるんだ?」

「……あぁ」



 カイリに名前を呼ばれて、少年は初めて自分がこの二人の物語に入ることを許されたように感じた。机を挟み激論をしていた二人をすぐ側から眺めていたわけだが、同い年とは思えないその知性には感服するばかりだ。

 黒川堂塾___カイリの父にして、現天政国国防隊総隊長を務める黒川通が経営するこの私塾は、美月やワタルのような曰く付きの生まれの子どもを預かり育てている。複数の古民家が立ち並ぶ一帯全てが敷地であり、外界と隔てられた豊かな自然環境の中で子どもたちがのびのびと育つ___それは黒川通が理想とした教育環境であった。



「ワタルはさ、なんでいっつも俺と美月の会話に加わらないんだ?」

「……単純についていけないだけだよ。僕は二人ほど頭がいいわけじゃない」

「本当かなぁ。父さんはいつもワタルのことばっかり褒めてるけどな。物覚えがいいって」

「ワタルはもっと積極的になりなさいよ。こっちが質問したら満点の解答ばっかりするんだから。ちなみに、さっきはどう思ったの?」



 二人の議論の題材『異形の侵入を防ぐ東北防衛線の対異形防壁の構築について』は通が三人に用意した宿題(ホームワーク)の一貫である。どんな分野の知識であっても瞬く間に身に付ける三人の才能に目を付けた通は「大人の大変さを知りなさい」と言って、実際に国防隊で進められている対異形防壁の建築計画についての意見提出を求めた。

 カイリと美月の意見は非常に深い洞察の末に導き出された結論であり、かかる予算や工期の計算といった部分の計算も済ませてある。だが、ワタルの目から見ればまだ補い切れていない部分があることも確かだ。



「……まず美月の意見だけど、『壁の上に登って戦えるようにする』のはいい案だと思う。でも、前提として戦争において『壁』はほとんど意味がない。歴史的に見ても『壁』が大きな意味を発揮したのはその存在による心理的な圧迫感、強い排外的姿勢を見せることにある。心理戦が効かない異形相手じゃこの効果は出ないし、異形だってどんどん強くなって学習する。カイリの言う通り、数を抑えるだけに留めて、負担を壁に集中させない考えを取るべきだ」

「ぐ……少しも反論の余地がない正論ね」

「次にカイリ。負担を分散させて『柱』を維持する考え方はかなり現実的だ。でも、肝心の結界術の維持が困難になるし、そもそもの目標である『防衛線で発生する戦闘回数の減少』のためには、負傷者が出やすい強い異形への対策は必須だ。スルーさせていい、という考えには反対だな」

「ほら見たことか。お前は頭がいいんだから、もっと自信満々に自分の意見を言えばいい。聞かせてくれよ、ワタルの意見を」



 自分の意見に真っ向から反論されたにも関わらず、カイリの目の中を回遊するのは不満などではなく、ひたすらに純粋な好奇心と信頼であった。美月もまた、同じように静かな目でワタルの口が開くのを待ってくれる。

 白銀ワタルは、三人で交わすこの視線が好きだ。この二人が向けてくれる目の輝きは、高尚な画家が表現するあらゆる美に勝る至上の輝きだ。

 これだけは何が在ろうとも失ってはならないと___そう思った。






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