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*4 非協力的に嗤うクラスメイトの言葉と彼の言葉

 どうにかセットに使う段ボールやベニヤ板を、僕のいる施設をはじめ、あちこちで調達することができ、早速翌日の放課後からセット作りに入る。

 数日前に完成予想図などを美術部員有志が考えてきてくれて、それを元に僕が制作スケジュールを立て、みんなに指示をする。もちろん、僕も渋川も作業に加わる。


「暗幕足りる?」

「足らせないと。もう化学室のないって言われたもん」

「こっち持ってて。このレンガ模様の貼っちゃうから」


 本格的にセットするのはあと二週間後だけれど、細かい小道具は作らなきゃだし、お化け用の衣装も、謎解きの問題も、動画も用意しないといけない。

 制作の中心は美術部のクラスメイトなんだけれど、それでも手が足りないのは明らかだ。そもそもうちのクラスは、出し物の内容を決めるのだって、渋川の案がなかったらいつまでも決まらなかったし、実行委員だって僕らに押し付けるような、他人任せなところがある。

 だから、クラスの半数くらいが非協力的なのも無理はない気がする。


「ちょっとー、ちゃんとやってよー。スケジュール迫ってるんだからさぁ」

「ヘンな動画作ってないでちゃんとやってよ」

「いいじゃん、まだ日にちあるんだしさ」

「息抜きだよ、息抜き」


 確かにまだ日にちはあるけれど、謎解きもまだ全部で揃っていないし、そもそもそれが上手くいくのかも確認しないといけない。悠長なことは言っていられないのだ。

 中でも、黒田とそのグループのやつらが、作業もしないくせに放課後に残っていてすごく邪魔だ。動画撮影の係りなので、一見すると作業をしているようなんだけれど、その実カメラで遊んでいるのだ。協力的なクラスメイトがいる中、作業に顔を出さないではなく、あえて目の前でサボったり遊んだりする黒田の神経を疑いたくなる。

 バカ笑いをして女子たちに睨まれても、全く意に介していない。流石に、腹に据えかねるものがあって、僕は衣装を作っていた手を停め、遊んでいる黒田たちの許へ歩み寄って言い放った。


「真面目に作業する気がないなら帰れよ、迷惑なんだよ」


 それまでバカ笑いをしていた黒田たちの声がやみ、一斉に数人の目がこちらを振り返る。眼差しが、僕を明らかに敵視しているか、馬鹿にしているのかがわかる。

 僕が黒田たちに文句を言ったことで教室の空気が凍り付き、作業をしているみんなの目が注がれて僕はすごく鼓動が速くなっていく。それでも、黒田をにらみ付けるのはやめなかった。

 黒田はそれでも怯むことなく、薄く笑ったままでこう返してきた。


「なんで? 俺らちゃんと動画作ってんじゃん」

「バカ笑いして、遊んでるだけだろ」

「息抜きだよ。見た目によらず頭堅いなぁ、森藤は」


 見た目によらず、の言葉に黒田を取巻いているやつらはくすくすと笑い、「中二病にはおれらみたいなやつらが我慢ならないんじゃねーの?」などとこちらの神経を逆なでるようなことを言う。

 あくまで黒田たちは動画を作っているだけだというが、それならそれを証拠として見せてもらわないといけない。出来ていないなら、ちゃんと作業をしろと言えるのだから。


「じゃあ、作った動画見せてよ。出来てるから遊んでるんでしょ?」


 どうせ、動画を取っているなんて出まかせだろうと思って僕がそう言うと、黒田はにやにやしながらすぐ傍の生徒に声をかけ、スマホを持って来させ、僕の前に突き付け再生をした。

 再生されたそれは。編集される前とは言え、僕と渋川と黒田で決めた台本通り、取り巻きの一人の生徒が謎解きのルール説明をしている動画だった。しかも、思っていたよりもちゃんと真面目に作られている。

 僕が呆気に取られている様を、黒田たちはくすくす笑いながら見ていて、僕がどう出るかを窺っている。何せ僕は、ハナから彼らをなにもやっていないサボりだと疑ってかかったのだから。


「もう撮ったんだよね、動画。だから次の指示あるまで遊んでただけなんだけど、それが何か悪いの?」

「それは……」

「そっちが作業の進捗把握してないだけなのにさぁ、勝手にサボりとか決めつけられて、マジ、ムカつくんだけど」

「……悪かったよ」


 僕はそれだけを返すのが精いっぱいで、黒田にスマホを返し、背を向ける。くすくすとした忍び笑いがずっと僕のあとをつけてくる。


「そもそも、企画二つ合わせるとか無理があるんじゃね? 自分の力量把握してなさすぎ」

「それな、言えてる」

「その上ヒト疑うとかありえなくね?」


 彼らはちゃんと自分の課せられた作業をこなしていたのを、ハナから疑ってかかって決めつけたのは僕だ。それは確かに僕の落ち度だし、責められても仕方ないかもしれない。だけど、なんでこんなに腑に落ちなくて悔しいんだろう。

 自分の持ち場に戻る僕の背中に、黒田が聞こえよがしに追い打ちをかけるような言葉を投げつける。


「実行委員押し付けられた腹いせかなんか知らないけど、ハナから俺ら敵視してくんの、ヒトとしてどうかと思うわ」


 黒田の言葉に取巻き達は声をあげて笑い、「言い過ぎだって」と、心にもないフォローを入れつつまだ笑っている。

 腹立たしくて、悔しくて、視界がどんどん深く青くなっていく。どういう原理か知らないけれど、感情が昂ったりすると、視界を蝕む青さが濃くなる気がする。余計に見えづらくなっていく視界にも苛立ちを覚え、作業をしている机を叩きつけたい衝動に駆られる。そんなことしても、無意味なのに。

 泣きたいくらいに悔しい。こんな想い、イジメられてきて慣れているはずなのに、なんだかやけに癪に障る。

 教室内の空気が重苦しくなっている中、「ただいま~、暗幕もらってきたよ~」という、場にそぐわないほど明るいマヌケな声がした。顔をあげると、渋川が数枚の暗幕を抱えて教室の入り口に立っている。

 渋川は澱んだ空気の教室にずかずか入り、教卓の上に暗幕を下ろし、辺りを見渡し、「これ誰か前に借りた暗幕と一緒にしといてくれる?」と言い、僕は慌てて受け取りに向かう。受け取った暗幕はしっとりと重く、まるで今の忸怩たる思いをしている僕の心の重さのようだ。

 暗幕を受け取りながら視線を感じ、ふと顔をあげると、少し心配そうな顔をして渋川が僕を見ている。何だろう……と、首を傾げていると、渋川は僕にだけ聞こえる声で呟いた。


「気にすんな、あんな奴らのこと。誤解されるようなことしてる方が悪いんだから」


 さっきのひと悶着を見られていたんだ……という、恥ずかしさで顔が赤くなったけれど、彼から向けられる眼差しに避難するような感情は読み取れない。寧ろ、慰めるような優しさを感じる。


「……ありがと」


 だから僕も彼にだけ聞こえる声でそう答え、暗幕を引き取り、再び顔を向ける。もう一度向かい合った渋川はすでにいつもの懐っこい顔をしていて、すぐに他のクラスメイトと話を始めていた。


(もしかして、本当に慰められたのかな、いまの……)


 確かめるのも野暮と言うかダサい気がして、僕はそのまま暗幕を持って教室の隅に向かった。



 翌日も翌々日も、放課後は作業を行い、何とか遅れ気味のスケジュールに沿って進めていく。気が付けば学校全体がもう文化祭モードで、僕らのクラスだけじゃないあちこちで、作られた小道具などが覗いている。

 僕らのクラスのお化け屋敷の内装と外装は古い洋館をイメージされていて、レンガ模様の模造紙を廊下や教室の壁に張り巡らせ、みんなで拾ってきた落ち葉を毛糸でつないで垂らしてツタの代わりにもするつもりだ。


「はい、次ー」

「あと10本あるよー」

「マジか。人使い荒いな」


 廊下側の壁沿いの天井や窓枠に落ち葉付きの毛糸をつけるために、背が高いか身が軽い生徒に飾りつけをお願いしている。しかしどうやら壁や天井に画びょうが刺さりにくいらしく、足場が脚立で不安定なこともあって、なかなか作業がはかどらない。


「くっそ、マジで硬ぇな、ここ……!」


 文句を言いながらその男子がぐっと手許に力を込めた時だった。不安定でグラグラしていた脚立が傾き、足許を救われた彼はそのまま落下してしまったのだ。

 飾りや画びょうが飛び散り、事故を目撃した女子が悲鳴を上げて辺りは騒然とする。それを聞きつけて他のクラスからも野次馬がやってくる。

 僕も慌てて駆け付け、事態を把握しようとしたのだけれど、そこに向けて、冷たい一言が言い放たれた。




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