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*2 いつになく安心できる初日

「――ということで、今日から同じクラスの仲間になった森藤碧くんだ。卒業まで半年ちょっとくらいだが、仲良くするように」


 雑な荒木先生の紹介に合わせるように僕が軽く頭を下げていると、教室のあちこちからひそひそと囁く声がする。


「めっちゃ青い髪……眼も青くない? カラコン?」

「ウケる、中二病全開じゃん」

「学校までその格好とか重症じゃない?」

「残念イケメンってやつだな」


 青く染まったショートボブの長い前髪の狭間からは、美人と評判だった母親によく似ていると言われる大きな目が覗いている。でもそれは病気で青くなっているし、肌だって健康的に日焼けしているわけじゃない。小奇麗にはしているつもりだけれど、べつにそれらを僕は鼻にかけているつもりなんて毛頭ない。

 何とでも言うがいい。本当のこと――BLUEという奇病であること――を伝えたって、彼らはどうせ僕をつまはじきにするのは目に見えている。ヒトは、自分と違うものを怖れる。見た目という目に見えてわかりやすいものが違うなら、それはなおさらだろう。


「じゃあ、森藤はぁ……ああ、渋川の隣が空いてるから、そこに座って」


 そう言われ顔をあげた先に、さっき職員室で人懐っこく握手を求めてきた彼が軽く手を振っている。

 寄りにも寄ってあのチャラ男の隣か……と、半ばうんざりしていると、教室内が一層ざわつく。


「うわ、渋川かわいそー」

「先生も無茶言うよねぇ。渋川君面倒見いいからってさぁ」

「あー、ほら、みんな、そんなこと言うな。ほら、森藤、席について」

「……はい」


 渋川は僕が思うより友達が多いやつなのか、僕が隣に座ることをひどく同情されている。まるで僕が疫病神か何かのような言い草だ。

 腹が立たないかと言えば嘘になるけれど、いちいち目くじら立てていたら神経が持たない。苛立ちは覚えつつも、聞き流して無視するのが一番だろう。どうせ、僕はこのクラスにも渋川にも受け入れられないのは、最初からわかりきっていることなんだから。

 両親と暮らしていた頃も、何度か転校をしてきた。見た目でひどいイジメに遭い、対処策として被害者である僕に、転校することをたびたび提案されてきたからだ。


(でもきっと、ただイジメが原因ってだけで転校を繰り返したんじゃないだろうな……親はあまりにあっさり了承していたから)


 両親もきっと、周りの子どもと違う見た目と、それに向けられる周囲の奇異なものを見る視線に耐えられなかったんだろう。特に、より長く僕と一緒に過ごしていた母親には耐えかねるものがあったようで、仕事に逃げていた父親に離婚を切り出したのも、彼女からだったらしいから。

 何にしても、僕は両親のどちらからも棄てられたのだから、同じなんだけれど。


「お隣さんとしてよろしくね。碧って呼んでいい?」


 にこにこと、握手こそ求められなかったけれど、人懐っこいと先程職員室で言われていた通り、チャラい見た目にぴったりな馴れ馴れしさで僕に話しかけてくる。

 青い髪や目が珍しいのだろうけれど、あまりに遠慮がなくて、さすがにイライラする。無視するのが一番だとわかっているから相手にしないけれど、正直睨み付けてやりたい。


「……別に、好きにしなよ」

「んじゃ、改めてよろしくな、碧」


 どこまで本気なのかわからない満面の笑みを向けられたけれど、僕はそれには答えず、黙って席につく。

 その一連の様子を見ていた周囲が、眉をひそめた様子で聞こえよがしに陰口を早速たたく。


「なにあれ。もっと愛想よくしろって。感じワルー」

「ちょっと青い髪似合ってて顔イケてるからって、調子乗ってんじゃない?」


 悲しくも聞き慣れた悪口に眉一つ動かさない僕の様子が気に食わないのか、周囲は一層忌々しそうに僕を遠巻きにしている。

 もっとにこにこしたらいいのに、そう、施設の人にもよく言われる。施設でも僕はやっぱり遠巻きにされていて、入所して数か月経つ今でも話し相手がいないからだ。


(どうせ、病気を知ればみんな僕を避けるに決まっているんだから、それならもう最初から、嫌われていた方がマシだ)


 そうしていれば、きっと面倒ごとに巻き込まれることは少ない。これまでの経験から、そうやってあえて嫌われている方が、比較的楽であることを僕は知っていた。

 だから残り半年余りの高校生活も、嫌われ者になって一人で過ごしていくつもりでいた。



「んじゃあ、新しくクラスメイトも増えたことだし、改めて文化祭実行委員を決めるとするか。誰か、やろうってやつはいないか?」


 僕が自分の席にと指定された席についた途端、荒木先生は次の話題を切り出す。どうやら数か月後に文化祭が行われるらしく、その実行委員を決めようと言う話らしい。

 転校生の僕が何を出来るわけでもないだろうから、と話を半分に聴いていたのだけれど、それまで近くの席で、数人声を潜めつつ何かを話し合っていたやつらが、不意に挙手をしてこう言いだしたのだ。


「はーい、先生」

「何だ、黒田(くろだ)

「森藤君に早く学校に慣れてもらうために、実行委員やってもらうの、どうっすかぁ?」


 俯いていた顔を思わずあげ、僕を名指しして推薦した黒田、というやつの方を向く。黒い短髪にメガネ、一重の切れ長はぱっと見は真面目そうなのに、口調は軽い。とっつきにくさとのギャップを感じさせる彼の方を驚いて見つめていると、その眼が意地悪そうに細められて笑う。

 あ、これ親切じゃなくてイジメだ――そう直感し、断りの言葉を口にしようと荒木先生の方を振り返る。こういう時こそ、中立の立場で教師に間に入ってもらうべきだろうから。

 しかし、荒木先生は僕の予想とは全く違う言葉を呑気に口にして微笑む。


「ああ、それはいいかもな。誰かと組んでやってもらえれば、森藤もクラスに溶け込みやすいだろうし」


 誰か一緒にやってくれる奴はいないかぁ? と、取り繕うような調子で荒木先生が訊ねても、みんな俯いていて、手どころか顔も上げない。心なしか、くすくすと笑っている気配すらする。

 何やら面倒臭そうな仕事を押し付けられて当然なほどに、初対面から愛想なく振舞った僕が気に食わないんだろうか? これまでの経験で、ヒトなんて易々と信じられない事情があることなんて、夢にも思わない奴らばかりなのか、先生の声なんて聞こえていないかのように誰も手をあげようとしない。それでも先生は立候補者を募っているけれど、一向に埒が明かない。


「どうした、さすがに森藤だけじゃ荷が重いだろう」


 フォローのつもりなのか、そんな言葉を荒木先生が言っても、一向に状況は変わらない。

 気まずくも白けた空気が漂う中、「じゃ、やろっかなぁ」という声がした。その声の方に教室中が振り返り、視線を注ぐ。それは、僕の隣――渋川がまっすぐに手を挙げた声だった。


「おお、渋川。やってくれるか?」

「碧ひとりじゃかわいそうなんで。いいでしょ、お隣さんなんだしさ」


 またしても懐っこい笑みで馴れ馴れしくそんなことを言ってくる渋川に、僕は面食らっておずおずとうなずくしかない。

 それを快諾と取ったのか、渋川はヒマワリのような大きな笑みを浮かべ、荒木先生はあからさまにホッとした顔をする。その他の生徒たちは、なんだか腑に落ちないような、納得のいかない顔をしている。特に、僕に委員を押し付けるきっかけを作った黒田は面白くないといった顔をしていた。


(なんかよくわからないけど……僕、渋川に助けられた? なんで?)


 わかりやすいようでいて真意は見えない親切に戸惑いを覚えながらも、荒木先生からさっそく委員の招集がかかっていることを告げられ、僕らはそれを把握する。


「放課後に視聴覚室か。一緒に行こう、碧」

「あ、ああ、うん……」


 転校初日早々に知らない場所に行かなくてはならないから、必然的に行動も共にしなくてはならない。それは図らずも、僕がわずかながらに覚えていた初めての場所に対する不安を、さり気なく払しょくしていく。

 完全に安心しきれるわけではないけれど、不要に不安にならなくていい状況は、有難くはある。

 だけど同時に、なんでこんなにも親切にされるのか、彼の目的がわからない。それでなくても、初対面でいきなり髪と瞳のことを誉めてきたりしているし。


(渋川……なんかヘンな奴……本心解るまでは不用意に関わらない方がいいのかな……)


 何を考えているかわからない渋川は、僕の視線に気づき、またも愛想よく微笑みかけてくる。それに僕の胸が大きく音を立てて反応して、僕の方が驚いてしまった。


(一体何だって言うんだろう? 彼の目的は何なんだ? わからない……でも、この笑った顔は、いやじゃないかも……)


 何を考えているのかよく解らない隣人の横顔を盗み見ながら、僕はいつになく安定した気持ちで転校初日を迎えることができた。




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