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*1 “青い”僕とチャラい彼

「どうしてお空もおうちも、パパもママも青いの?」


 小学校に上がるか上がらないかの頃、不意に僕が発した言葉で、僕を取巻くすべてが変わってしまった。

 BLUE。遺伝性疾患の一種と言われるその病気は、詳しい要因はわからず、特徴的なのは罹患者の視界が輪郭をあいまいにしながら報うように視界のところどころを青く染めていくことと、時間経過とともに罹患者自身の体の一部が青くなることだ。国内でも発症例が少なく、数千万人に一人の割合でしか報告例がない。

 空気感染や接触感染しないことは確認されているが、いかんせん発症例が少ないため、触ればうつると思われていることが多い。

 発症後に青くなる部分は様々で、視界が青くなると、程度差はあれ瞳が青くなるという。僕の場合はそれが髪と瞳が顕著な例だった。

 服で隠れる部分であればごまかしがきくのに、なんでそんな目立つ部位なのか。案の定僕は周りの子ども達に不気味がられ、時に陰口をたたかれた。


(あおい)は悪魔の子だから青い髪で眼なんだって」


 症例が少ないことに加え、幼いが故の無知さが加わって、僕はそう呼ばれるようになった。

 BLUEを発症したことにより両親は互いの遺伝子のせいだと責任を押し付け合い、ケンカばかりをするようになり、やがて離婚。その際、どちらも僕の親権を取りたがらず、養護施設に預けられる身となった。それが、つい半年前の話。もうすぐ18歳の成人を迎える半年前の話だった。


「せめて高校を出るまで待ってくれてもいいだろうにねぇ」


 新しい高校に向かう車の中、担当職員の石井先生が同情にそう言ってくれたけれど、顔を合わせれば四六時中、僕のことで互いを罵り合うような親の姿を見せられるよりはマシだったから、それにはうなずけなかった。

 そうして僕は、18歳を目前にして住み慣れた街を離れ、東京のベッドタウンにある施設へと引き取られ、新しい学校に通うことになる。転校は通算5度目だ。


(どんなに新しい学校に行こうとも、この髪と眼じゃ……きっとまた気味悪がられるだけだろうな……)


 友達なんてとっくに諦めている。そんなもの、同情と好奇の目で近寄り、思い通りの反応をしなかったら罵って捨てていくだけの偽善者だから。

 この先僕を愛してくれるような人間なんていないだろう。親でさえ僕を棄てたのだから。たとえ施設の人たちは僕にやさしくしてくれるとしても、それは仕事だから止む無くやっているに過ぎないんだろうし、いまさらに誰かに愛されたいなんて言うのも恥ずかしい。小さな子どもや赤ん坊じゃないんだし……僕はこの先ずっと、青く巣食うように染まる視界で世界をひとり見つめていくしかないんだ。

 青く染まる奇病のせいで人生のすべてを諦めていた僕は、転校先にと連れて行かれた学校を前に、溜め息交じりに呟く。


「もう何もかもどうでもいいや……どうせみんな青いんだし」


 校舎の中へ一方踏み込み、今日からお世話になる先生方に施設の人と一緒に挨拶をする。事前に僕の話を聞いているのか、一見表面上は平静をよそっているように見える。けれど、対面している教師たちの目は明らかに僕の奇妙とも言える見た目を気にしている。


「――で、クラスのみんなには、森藤(もりふじ)くんの病気のことは話した方がいいかな?」


 一通りの話し合いが終わったのか、最後に担任の教師だという荒木という中年の男からそう訊ねられる。

 小さい子どもの頃であれば、みんなと仲良くなりたい一心で、「ぜひみんなに話して、わかってもらいたい」なんて言ったかもしれない。話をすればわかり合えるなんて幻想を信じられるほど純粋であった頃なら。

 でも、そんなものはありえない。ヒトは、異質なものを、どうしたって受け入れられないのだから。


「いや、いいです。好きで染めてるとかカラコンしてるとか、そんなんでいいです」

「でも、それじゃあ友達ができなくない?」

「……べつに、あと半年くらいだし」


 高校三年の夏休み明けという妙なタイミングで転校してくる奴なんて、きっとワケありに決まっているのは、この年頃になればみんなきっと察しが付くはずだ。だから、あえてそこにBLUEなんて奇妙な病気の話を持ち込む必要はない。余計な心遣いを強いるのは、かえって状況を悪化させるだけだから。

 荒木先生は何か言いたげにしていたけれど、僕がそれ以降口をつぐんでしまったからか、「じゃあ、そうしようか」とだけ言って、保護者代わりの石井先生と再び話し始める。

 今日はきっと好奇の視線にさらされるだけだろうから、それをどう乗り切ろうか……そう、考えていると、「荒木せんせぇ」と、間の抜けた声で荒木先生を呼ぶ声がする。荒木先生と、釣られるように僕と職員さんも顔をあげると、そこにはひょろりと背の高い、明るい髪色と思われる男子生徒が立っていた。

 通った鼻筋にシャープなあごのライン、僕と違って健康的に程よく日に焼けた肌に、奥二重に切れ長の目許が人懐っこそうにほどけている。制服であるブレザーとポロシャツを着崩しているのに、それがおしゃれに見えてしまう不思議な魅力があった。きれいな顔をしているな、というのが、第一印象で、それと同じくらい、チャラそうな見た目だな、とも思った。


「おい渋川(しぶかわ)。いまごろ登校か? もうホームルーム始まるぞ」

「まだ始業前じゃないっすか。それに、先生だってまだ職員室いるし……あれ? 転校生?」

「ああ、そうだ。森藤碧くんだ」


 職員室の応接コーナーに顔を出してきた渋川というその生徒は、目ざとく見慣れない僕の姿を見つけ、目を向けてくる。その眼が、一瞬、おや? といった感じに見開かれるのを、僕は見逃さなかった。


(ああ、また気味の悪い見た目のやつがいるって思われているんだろうな……こいつチャラそうだし、きっと教室に行って、僕のことを面白おかしく言いふらすに違いない……)


 ありありを予想ができる展開に溜め息すら出ない僕は、無表情のまま軽く頭を下げ、すぐに視線をそらし、彼の存在など無視しようとした。

 それなのに、渋川は全く予想外なことを口にしたのだ。


「へぇ、名前にぴったりなきれいな髪と眼の色だな」


 きれい? この髪が? 瞳が? いままで言われたこともない言葉に思わずもう一度渋川の方を振り向くと、彼は人懐っこそうな顔をして僕に微笑みかけている。


「俺、渋川朝陽(しぶかわあさひ)。同じ3の2。よろしくな」


 そう言って差し出された大きくて指の長い手を、僕は思わず取り、握手を交わしていた。いままで、この髪色や目を見て僕に握手をして来ようとした人なんていなかったのに。

 何なんだ、こいつ……そう、面食らいつつ警戒心を全開にしていると、荒木先生が呑気ににこにこしながらそんな僕と渋川の姿を見て、石井先生と話している。


「渋川はね、見た目こんなですけど懐っこいんで、森藤くんもすぐにクラスに馴染めますよ」

「それは頼もしいです。よろしくね、渋川君」


 転校生である僕ではなく、石井先生や荒木先生が勝手に僕の今後に安堵して、その上この渋川に託そうとしている。しかも、託される渋川もまたまんざらでもない顔だ。


「うぃっす。任せて下さい。俺、大船(おおぶね)なんで」


 それは大船に乗ったつもりでいてくれ、と言いたいんだろうか。ツッコむ気力もないほど、僕を置き去りにして勝手に話を進めていく周囲に腹を立てつつも、僕はだんまりを決め込んでいた。言い返す労力も惜しいほどに、僕はこの学校に馴染む気がないからだ。

 どうせ、この渋川だって、転校生が珍しいから、いまだけこうやって絡んでくるだけだろう。三日もすればきっと飽きていなくなる。そう、思っていた。いままで、僕の周りにいたやつらはみんなそんなやつばかりだったから。


「まあとにかく、渋川は教室に行きなさい。すぐに森藤と向かうから」

「あ、じゃあ、みんなに転校生来るって言ってもいいっすか?」

「大袈裟に触れ回らなきゃ、いいぞ」


 荒木先生の一応の忠告を聞いているかいないのか、渋川は、「いぇーい」なんて言いながら職員室を出ていく。去り際に、僕の方を振り返って小さく手を振ったりなんかして。


「よかったね、もう友達出来そうで」


 石井先生は勝手にそう言って安堵していたけれど、僕には不安材料ができたに過ぎない。それでも、高校卒業までの残りの日数を、彼と過ごすことになる。

 初日早々にうんざりする想いと不安を覚えながらも、なにかくすぐったい何かを感じていたけれど、僕はそれに気付かないふりをして、荒木先生と教室へ向かった。




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