*エピローグ
“――難病指定されている、BLUEの症状を緩和し、完治させる特効薬がこの度厚生労働省に承認をされ……”
朝食をとっている時、いつも時計代わりにつけっぱなしにしているテレビから、不意にそんな声が聞こえ始め僕と渋川の手が停まる。
テレビ画面の中はニュースのスタジオの画面に切り替わっていて、そこではキャスターが、どこか見覚えのある医者に今回のニュースの解説を受けている。
「あ、この人僕の主治医だった先生だ」
「え、マジで? すごいね」
「しばらく会わない間に、こんなエライ人になってるなんて知らなかったなぁ」
画面の中のかつての主治医は、僕と渋川が出会った高校時代に同じく出会い、就職をするまでの間お世話になった。いまはBLUEに関しての権威のような存在らしく、今回のことに関してあちこちのメディアに出ているようだ。
「それもだけどさ、碧。薬、薬ができるって話だよ!」
「らしいね」
「らしいね、ってもっと驚かないの? 治るんでしょう?」
思っていたより僕のリアクションが薄いことが不満なのか、渋川は唇を尖らせてわかりやすく拗ねている。僕のことになると、彼はすごく子どもっぽくなってしまうのがおかしくて、いまでもすごく愛しい。
僕はくすりと苦笑し、食べかけていたオムレツを口に入れて咀嚼しながら、「驚いているし、嬉しいよ、ちゃんと」と答える。
「そうなの~?」
「嬉しくはあるけど、僕がその薬で治るほどの病状なのかは、まだわからないじゃんか」
薬の効き目がどれくらいの病状まであるのか、それがまだわからない以上、手放しで僕は喜べない。だけど、僕以外にもいるBLUEの患者に効果があるのなら、もちろん大歓迎だ。
そう理由を付け加えて放すと、渋川は神妙な顔をしてうなずき、そして少ししょんぼりとした顔をする。
「ごめん、俺、単純に治るもんだとばかり思ってた……そうだよな、碧に合うかどうかっていうのもあるもんな」
「うん……でも、朝陽が自分のことみたいに喜んでくれてるのは知ってるし、すごく嬉しいよ」
ありがとう、と僕が言うと、渋川は照れたように笑い、そしてようやくパンをまたかじり始める。
それからふと、その手を停めて何か考える様な顔をして、そっと訊ねてきた。
「治るってことはさ、碧の髪とか眼も、黒くなるのかな?」
「んー……どうだろう……そこはまだ、わかんないんじゃないかな。BLUEは血の巡りが一番厄介な病気だし」
「そっか、そうだよな……」
「青くなくなったら、朝陽は、いや?」
僕に初めて会った時から好きでいてくれている、僕の青い髪と瞳。それが青くなくなってしまったら、彼は、僕のことをもう好きではなくなるんだろうか? かつて、どんな姿でも好きだと言ってくれていたけれど、それはいまでも有効なんだろうか? 過ぎる不安に、顔が強張りそうになる。
渋川は僕の言葉に、あの懐っこい木漏れ日のような笑顔で首を横に振り、はっきりと答えた。
「まさか。俺は、どんな姿の碧も好きだし、愛するよ。そう、誓ったじゃんか」
忘れたの? と苦笑している渋川の笑みに、僕の胸の奥がくしゃりと音を立てて締め付けられる。ああ、彼はずっと変わらないでいてくれているんだな、と。その愛しさに泣きそうになる。
「ありがとう、朝陽……本当に、愛してる」
「俺もだよ、碧。愛してるよ」
青く染まる視界の中で、僕の姿も心も丸ごと愛してくれる彼は、今日も木漏れ日のように微笑んでいる。
だから、今日も僕は青く染まる彼の笑顔に答えるように愛を誓うのだ。
(終)