*12 自分の言葉で伝える勇気と真実と、気付いたこと
「もちろん、説明したからって、みんながみんな理解して受け入れてくれるとは限らないと思う。俺が親戚に説明した時もそうだったから」
知っている。僕だって、BLUEのことを以前のクラスメイトや、友達だと思っていたやつらに説明しようとしたことがあるから。両親だってそうしようとしてくれていた。
でも、ほとんどが門前払いだった。悪魔の子の上に嘘つき。そんな風に自分に都合のいいように言い訳するな。そんなことも言われたことだってあった。だからこそ両親は僕を育てていくのに疲れ果て、ついには僕を棄てたんだから。
「だからきっと、説明しようとしたって無駄だよ。あの黒田とかなんて僕の話をハナから聞こうともしないよ」
「いままでは、そうだったかもしれないけど……でも、この先もそうだとは限らないだろ」
「そんなの気休めだよ。ヒトは変わらないし、そもそも、話すくらいで変わるなら、BLUEはもっと知られているはずじゃない?」
「そうやって、やる前から諦めるのか、碧。たしかに、黒田は話を聞いてくれるかもわからない。でも、他のみんながそうだとは限らないじゃんか」
「じゃあ訊くけど、もし説明してもうみんなが信じてくれなかったり、納得してくれなかったりしたら? それこそ、僕はもうクラスには戻れないし、ひとりに……」
「俺がいるよ、碧。他の誰も碧を信じなかったとしても、俺は、碧の言う事が嘘じゃないのを知っている。だから、絶対信じる」
渋川は僕の目を見つめてはっきりとそう断言した。まるで誓いを立てるようにまっすぐに言うものだから、つい、反らしそうになる。
ほんのついさっきまでぐしゃぐしゃに崩れた気持ちだったのに、ほんの少しずつだけれど、大丈夫かもしれない、と思い始めている自分もいる。もう立ち直れないかもしれないと思っていたのに……渋川の言葉が僕を救ってくれたのだ。
揺るがない渋川の想いを知り、僕は胸がいっぱいになり泣きそうになる。もう何度今日は泣けば気が済むのだろう。悲しみや悔しさしかなかった涙が、嬉しさや喜びを含むようになるなんて思いもしなかった。しかも、こんな短時間に。
ただ一つ不安がまだあるとすれば、クラスのみんなが僕の言葉に耳を傾けてくれるかどうかだ。
「でも……みんな、ぼくの話なんて聞いてくれるのかな……教室にだって、入れてくれるか……」
「大丈夫、俺がなんとかするから。ね、五島先生」
それまでずっと僕らのやり取りを傍で見守っていた五島先生に、渋川は確認を取るように声をかけ、先生はにっこりとやさしく微笑んで頷いてこう言ってくれた。
「渋川君がいるなら、きっと大丈夫よ。それでもダメだったら、私を呼んで。いつでも駆けつけるから」
「先生……ありがとうございます」
お礼なら彼に言いなさい、と先生はそう言いながら仕事机に向かっていき、僕は改めて渋川に向き合う。いつもの懐っこい、だけれど誰よりも信頼のおける彼の目を青い視界に映し出し、僕は笑いかける。
「ありがとう、渋川。また、力を借りてもいいかな?」
渋川は僕の言葉に大きく破顔し、まるでヒマワリのような笑みで答えた。
「もちろん、碧のためならなんだってするよ」
そう言いながら交わした握手は、初めて交わした時よりもうんと特別な感情の気配をまとっていたけれど、いまはまだ、その存在に僕は気付いていないふりをするんだ。
だってそれはきっと、向けられても彼を困らせるだけだから。
五島先生に間に入ってもらって、荒木先生に帰りのホームルームでBLUEについてと、僕の病状についての話をみんなにしたいと申し出た。
荒木先生も朝の騒ぎを知っていたので、僕の様子を見に来てくれたので、その時にお願いしてみたのだけれど、少し考えた末に許可をしてくれた。
「話をするのはいいが……その、森藤の気持ちとしては大丈夫のなのか? 無理にみんなの前にでなくても、プリントにしたりとか……」
「いえ、ちゃんと、自分の言葉で伝えた方がいい気がするんです。もちろん、資料みたいなのがあれば一番いいんだろうけど……とにかく、朝のことは誤解だって伝えたいんです。このままだと、みんな間違ったことを覚えてしまうから」
僕が語気強めにそう言うと、荒木先生はそうだな、とうなずいてくれて、それなら話してみなさい、と言ってくれたのだ。
そうして、五島先生が急ぎで用意してくれたBLUEについての資料を手に、すべての授業が終わったあとに僕は渋川と一緒に教室へ戻った。
あらかじめ荒木先生が僕から話があると言っていてくれたのか、教室に入るとみんな席についていたけれど、今朝のことがあるからかなんだかお通夜みたいな空気だ。黒田に至っては、恨みがましそうな目でこちらをにらんでいるようにさえ見える。
誰ひとりなにも僕の悪口を言ってはいないけれど、疑わしいような、探るような眼を向けている。いまから何を言われるのか、興味と不安が入り混じったような眼差しだ。それが一層僕の緊張を煽る。
先生と渋川に資料を配ってもらい、僕は教団の前に立って教室中を見渡す。40人近いみんなの目が、一斉に僕と、渋川に注がれ、足がすくみそうだ。
一歩後退りしそうにさえなっていたその時、「碧、」と小さな声で渋川が僕を呼んだ。視線だけを向けると、彼もまた僕に視線を向けている。「大丈夫、俺がいる」そう、励ますような目をして。
それがどれだけ心強かっただろう。緊張はしていたけれど、不安な気持ちはうんと少なくなっていく。
僕は一つ深く息を吸いつつ目をつぶり、手の中の資料を撫でる。
――大丈夫、やれる。
呪文をかけるように呟き、僕は口を開いた。
「えっと……僕のために時間を遣わせてしまってごめんなさい。でも、どうしてもみんなに知ってもらいたくて、先生にお願いして、話をさせてもらうことにしました」
震えそうな声でそう切り出し、一つ、息を吐く。指先は震えているけれど、大丈夫だと胸の中で繰り返す。
「僕は、BLUE、というとても珍しい病気です。まずこれは……資料にもあるように、みんなにはうつりません。空気感染をしたり、触って感染したり、ということはありません。遺伝性の病気、というやつです。確立としては、数千万人に2~3人くらいで、日本には僕を含め、10数人くらいしか患者さんはいません」
資料に目を通しながら、みんながじっと息を潜めるように僕の言葉を聴いてくれているのがわかる。まだ、向けられる視線の中には不安げなものも多いけれど、それでも、朝の棘のある物よりうんとマシだ。
続けて僕は資料をめくり、言葉を継ぐ。
「BLUEは発症すると、体の一部が青くなります。僕の髪や目が青いのはそのせいなんだ。青くなる理由はよく解っていないけれど、ヒトによっては、肌が青くなることもあります。でも一つだけわかっていることがあって、体内、つまり、内臓が青くなることで、この場合は、血の巡りが悪くなるからで……僕がこの前倒れたのは、この症状が悪くなったからでした」
僕の病状の現状を口にすると、途端に教室の空気が凍り付く。朝の罵られたところが甦っているのか、それとも、倒れた原因に驚いているのか、わからないけれど。もしかしたら、ニュースの患者のように死ぬんじゃないかって思われているのかもしれない。
だから僕は、慌てて、「あ、でも、検査で命に関わることはないとは言われたんで。薬も飲んでるし」と、付け加えると、あからさまにホッとした空気に変わった。
そこまで言い終えて、少し離れて荒木先生と並んで僕を見守っていてくれた渋川の方を見ると、渋川は少し頷いて、言葉を継いでくれた。
「だからさ、碧はいままでと同じようにクラスの仲間として接していいんだ。確かに病気は心配だけれど、腫れ物みたいにしなくていい。碧は、碧のままだから」
その言葉に、クラス中が納得したような顔をし、僕の方を改めて見つめてくる。その眼にはもう、不安なものが混じってはいない。
どこまで伝わったのかは正直わからない。でも、話さないでいるよりは誤解は少なからず解けている気はして、僕は改めてみんなに言った。
「そんなわけで、あと残り数か月、僕を3の2の仲間でいさせてください」
そう告げた途端、どこからともなく拍手が聞こえ始める。それはやがて教室中に広がり、大きな拍手とやさしさのこもった眼差しが僕を包んでいた。
「まあ、だからみんな、これからも森藤と仲良くすること」
そう荒木先生が場をおさめ、僕と渋川は自分の席へと向かう。席について渋川と顔を見合わせた瞬間、力が抜けるほどホッとしていた。
「ちゃんと言えたじゃん、碧。すごいよ」
そう渋川が僕にだけ聞こえるように言い、懐っこいやさしい笑みを向けてくる。それが、僕の胸の奥をやさしく突き、甘く締め付ける。
教室では荒木先生が改めて今回の件で話をしていたけれど、僕の感心は隣の彼の横顔に向いていた。木漏れ日のようにやさしくキラキラした笑みが、眩しい。
彼がこうして傍にいてくれたから、いま僕はここにいられる。それが何より嬉しい奇跡であることは確かで、そう思うだけでまた青い視界が揺らめいてしまいそうになる。ただ、彼を見つめているだけなのに。
「渋川が、いてくれたからだよ」
小さなちいさな声でようやく返した言葉が、彼に届いているのかはわからない。届いていて欲しいのかさえも、わからない。
わかっているのは、僕は、彼をただのクラスメイトや友達だとは思えなくなってきていること。そして、それに名前があること――彼を好きだということだ。




