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自由の星の下で  作者: そーゆ
新たな故郷へ
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第二十九話:鉄路の試練

クロイツベルクの駅は、埃と喧騒に包まれていた。錆びた看板、木造のホーム、煙を吐く黒い蒸気機関車が、緑ウクライナへの道を待つ。市場の裏でならず者の目が光る中、マンフレート、ナディア、アンナ、リタは、クラウスに見送られ、SLに乗り込んだ。クラウスは、革の鞄を握り、言った。「俺は港で船の手配を続ける。緑ウクライナで合流だ。ならず者に気をつけろ」


マンフレートは、ライフルを肩に、ホームを睨んだ。「クラウス、了解。俺たちが緑ウクライナに着くまで、連合の情報を集めといてくれ」彼の革のコートは泥に汚れ、だが目は鋭く光った。自由を守る決意が、彼を突き動かした。かつての友の笑顔――もういない彼女の絆の夢――が、心に宿っていた。


ナディアは、赤いスカーフを握り、微笑んだ。「マンフレート、アンナ、リタ、行くよ。ペトロパブルの子たちが待ってる。緑ウクライナ、絶対たどり着く」彼女の金髪は陽光に輝き、青い瞳はホームの喧騒を越え、故郷――ペトロパブル近郊の焼けた村――を見ていた。川沿いの柳、両親の歌が、胸に響いた。


アンナは、黒髪を三つ編みにし、リュックを背負った。「ナディア、ならず者が鉄路をうろついてる。気をつけよう」14歳の少女の目は、鋭く周囲を警戒した。10歳のリタは、そばかすだらけの顔でナディアの手を握った。「お姉ちゃん、緑ウクライナ、魚いっぱいだよね? ペトロパブルの歌、歌える?」ナディアは、笑い、リタの頭を撫でた。「うん、リタ。一緒に歌おう」


SLの汽笛が鳴り、列車が動き出した。木の座席の客車は、煤と油の匂いに満ち、窓は埃で曇る。難民の家族、商人が乗り合わせ、ざわめきが車内に響く。マンフレートは、窓の外――無政府地帯の荒野、崩れた橋――を警戒した。「ナディア、アンナ、リタ、武器を確認しろ。ならず者が来ても、負けねえ」


列車が無政府地帯の森に差し掛かった正午、突然の銃声が車内を裂いた。窓が砕け、乗客が悲鳴を上げた。黒いコートの強盗グループ――元赤剣団のならず者――が、馬とオートバイでSLを追う。15人ほどの集団が、機関銃と手榴弾で襲いかかった。リーダーの男が、拡声器で吠えた。「降伏しろ! 荷物と奴隷、置いてけ!」


マンフレートは、座席の下に隠れ、ライフルを構えた。「ナディア、アンナ、リタ、伏せろ! 戦うぞ!」彼の声は、戦士の冷静さで響いた。ナディアは、リュックから手榴弾を取り出し、アンナに渡した。「アンナ、ピンを抜いて、窓から投げて!」アンナは、頷き、震える手で手榴弾を投げた。爆発がオートバイを吹き飛ばし、強盗が叫びながら倒れた。


ナディアは、ピストルを握り、窓から狙撃した。「マンフレート、右の馬、撃って!」彼女の青い瞳は、ペトロパブルの記憶を燃やし、戦士の覚悟に変わった。マンフレートは、ライフルで馬上の強盗を仕留め、車内に叫んだ。「乗客、隠れろ! 俺たちが守る!」リタは、座席の下で震え、呟いた。「お姉ちゃん、怖い……でも、緑ウクライナ、行くよね?」


強盗のリーダーが、手榴弾を車内に投げ込んだ。マンフレートが飛びつき、窓から投げ返した。爆発が森を揺らし、強盗の半数が逃げ出した。ナディアは、ピストルでリーダーを狙い、肩を撃った。「ペトロパブルの仇、許さない!」彼女の声は、故郷の川に支えられていた。残りの強盗は、森の奥へ退却し、銃声が遠ざかった。



襲撃が収まり、車内は血と悲鳴に包まれた。窓は砕け、座席は弾痕でボロボロ。乗客の数人が負傷し、子供が泣き叫ぶ。マンフレートは、弾薬を確かめ、ナディアに言った。「ナディア、怪我は? アンナ、リタ、大丈夫か?」ナディアは、額の擦り傷を押さえ、頷いた。「平気。リタ、怖かったね。もう大丈夫だよ」


アンナは、リタを抱き、呟いた。「ナディア、マンフレート、強えな……市民軍、ほんとすごい」リタは、涙を拭き、笑った。「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ヒーロー!」その時、車内の奥から、落ち着いた声が響いた。「負傷者はいるか? 医者だ、手当てする」50代の男――白髪交じりの医師、ヴィクトル――が、医療鞄を持って現れた。


ヴィクトルは、負傷者の応急処置を始めた。腕を撃たれた商人に包帯を巻き、足を折った難民に副木を当てた。「落ち着け、緑ウクライナに着けば、病院がある」と、乗客を励ました。マンフレートは、ヴィクトルに近づき、言った。「医者、助かる。ならず者、追い払ったが、また来るかも。緑ウクライナ、知ってるか?」


ヴィクトルは、頷いた。「沿岸州の生まれだ。日本連邦の保護国で、ウクライナ人や難民が暮らしてる。ならず者の襲撃、最近多い。君たち、市民軍か? いい腕だ」ナディアは、微笑み、言った。「ペトロパブルの子たちが、緑ウクライナにいるの。私たち、帰るんだ」



戦闘の緊張が解け、車内は静けさを取り戻した。だが、ナディアの喉が渇きに耐えきれなかった。彼女は、座席の近くに置かれたガラス瓶を見つけ、蓋を開けた。「マンフレート、水、飲んでもいいよね? 喉、ガサガサ……」彼女は、瓶を傾け、無色の液体を一口飲んだ。だが、すぐに顔を歪め、咳き込んだ。「うっ、まっず! これ、水じゃない!」


マンフレートは、瓶を奪い、匂いを嗅いだ。「ナディア、吐け! これは消毒用のエタノールだ、毒だぞ!」彼は、ヴィクトルの鞄から嘔吐薬――イペカクシロップ――を見つけ、ナディアに飲ませた。「ナディア、飲め! 早く!」ナディアは、渋々シロップを飲み、顔を青くした。「マンフレート、気持ち悪い……うう!」


ヴィクトルが、急いでナディアを車内のトイレに連れた。狭い木の個室で、ナディアは便器にしがみつき、激しく嘔吐した。胃の中のエタノールが、苦い味と共に吐き出される。マンフレートは、トイレの外で背をさすり、叫んだ。「ナディア、全部出せ!」アンナとリタは、ドアの外で震え、リタが泣いた。「お姉ちゃん、大丈夫? 死なないよね?」


ナディアは、嘔吐が収まり、顔を拭いた。「マンフレート……恥ずかしいよ……ペトロパブルの川、水、こんな味じゃなかった……」彼女の青い瞳は、涙で潤んだ。マンフレートは、苦笑し、水筒を渡した。「ナディア、戦場でならず者倒す奴が、エタノールでこれか。」彼の声には、温もりが滲んだ。


ヴィクトルは、ナディアの脈を測り、言った。「軽い中毒だ。吐かせたのは正解だ。緑ウクライナに着くまで、安静にしろ」ナディアは、頷き、リタの手を握った。「リタ、ごめん、怖かったね。緑ウクライナ、絶対行くよ」


鉄路の果て

SLは、夕暮れの無政府地帯を進んだ。窓の外は、荒野、難民のテント、ならず者の影――混沌の世界だった。マンフレートは、ライフルを握り、ナディアに囁いた。「ナディア、緑ウクライナに着いたら、ペトロパブルの子たちに会える。ならず者、追いかけてくるだろうが、俺たちが守る」ナディアは、微笑み、スカーフを握った。「うん、マンフレート。ペトロパブルの歌、緑ウクライナで歌うよ」


アンナは、地図を広げ、言った。「鉄路の終点、港町だ。そこから船で沿岸州。ならず者のキャンプ、近くにあるよ」リタが、目を輝かせた。「お姉ちゃん、魚、食べれるよね? ヒーロー、みんなで!」ヴィクトルは、医療鞄を握り、呟いた。「緑ウクライナ、俺の家だ。君たち、いい旅仲間だな」


SLの汽笛が、荒野に響いた。ならず者の目は、鉄路の果てを見つめていた。緑ウクライナへの旅は、ペトロパブルの記憶と自由の試練を乗せていた。

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