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自由の星の下で  作者: そーゆ
新たな故郷へ
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第二十六話:故郷の残響

無政府地帯の鉄路は、ルスラントの自由を遠く試していた。マンフレート・ベルンハルトとナディア・シュミットは、フライエス・オイローパの任務――奴隷の脱走ルートと赤剣団の動向確認――を背負い、蒸気機関車でクロイツベルクへ向かった。ナディアの乗り物酔いは、列車の揺れと共に収まり、希望と疲れが二人を包む。クロイツベルクの街に降り立った二人は、ナディアの故郷、ペトロパブル近郊の村から来た少女たちと出会う。無政府地帯の混沌の中で、故郷の記憶がナディアの心を揺さぶった。


クロイツベルクは、無政府地帯の中心に広がる荒々しい街だった。旧帝国の石造りの建物が、戦争の傷跡と共に立つ。崩れた時計塔、錆びた鉄骨、難民のテントが混在し、埃っぽい通りには馬車とトラックが往来する。市場では、干魚や粗末な布が売られ、武装した傭兵が闇取引を囁く。レーテの統制は届かず、フライエス・オイローパの赤い旗もまばらだ。赤剣団の影が、路地の奥で息を潜める。


蒸気機関車がクロイツベルク駅に滑り込んだ。黒い車体から煙が上がり、汽笛が埃っぽい空を裂く。マンフレートは、ライフルを肩に、ホームに降り立った。「ナディア、着いたぞ。連絡員が市場の近くで待ってる。気をつけろ、赤剣団がうろついてる」彼の革のコートは泥に汚れ、だが目は鋭く街を睨んだ。自由を守る決意が、彼を突き動かした。


ナディアは、リュックを背負い、ホームに飛び降りた。金髪を赤いスカーフでまとめ、青い瞳は街の喧騒を映す。「マンフレート、なんか賑やかだね。パパの村とは全然違うけど……生きてる感じ」彼女の声には、故郷――ペトロパブル近郊の焼けた村――への思いが滲んだ。列車の揺れで青ざめた顔は回復し、笑顔が戻っていた。「さあ、行こう! 任務、ちゃんとやらないと!」


駅の出口で、難民の群れが二人を押し分けた。子供が空き缶を手に物乞いし、商人が怪しげな薬を叫ぶ。マンフレートは、ナディアの手を握り、群衆を抜けた。「ナディア、離れるな。この街、油断できねえ」ナディアは、頷き、スカーフを握った。「うん、マンフレクト。一緒だよ。フラームの光、ここにも届けるよね?」



クロイツベルクの市場は、街の心臓だった。木の屋台が並び、魚の塩漬け、干した果物、鉄のナイフが積まれる。難民の女が布を織り、傭兵が弾薬を値切る。煙と汗の匂いが漂い、遠くで馬のいななきが響く。二人は、フライエス・オイローパの連絡員――ヤンの仲間――を探し、市場の奥へ進んだ。連絡員の目印は、赤いリボンのついた革の鞄だった。


市場の角で、ナディアが足を止めた。屋台の陰で、粗末な服を着た二人の少女が、干しリンゴを手に話し合っていた。14歳ほどの姉らしき少女は、黒髪を三つ編みにし、鋭い目で周囲を警戒。10歳ほどの妹は、そばかすだらけの顔で姉にしがみつく。ナディアは、少女たちの訛りに耳を奪われた。「マンフレクト、待って。あの子たち……ペトロパブルの話し方だ」


ナディアは、屋台に近づき、少女たちに声をかけた。「ねえ、あなたたち、ペトロパブル近郊の村出身? 私もなの。こんなとこで会うなんて……」彼女の声は、震え、故郷の記憶――両親の歌、焼けた家――が蘇った。姉の少女、アンナが、警戒しながら答えた。「ペトロパブル? ああ、うちの村、5年前に焼かれた。なんで知ってる? お前、誰だ?」


マンフレクトは、ライフルを下げ、穏やかに言った。「俺たちはフライエス・オイローパの市民軍。任務で来た。ナディアの故郷がペトロパブル近郊で、びっくりしたんだ。悪い奴じゃねえよ」妹の少女、リタが、目を輝かせた。「市民軍? フラームの光、ほんと? 奴隷、解放されたって、噂で聞いた!」


ナディアは、しゃがみ、リタの手を取った。「うん、ほんとだよ。レーテ、変わったの。民主化、奴隷解放……私たち、戦ったんだ。アンナ、リタ、いつ村を出たの?」アンナは、目を伏せ、呟いた。「5年前、赤剣団が村を焼きやがった。パパとママ、死んで、難民で逃げてきた。クロイツベルクで、なんとか生きてる」


ナディアの瞳が、潤んだ。「私も……パパとママ、火事で。村の川、覚えてる? 夏に泳いだよね?」アンナは、驚き、頷いた。「ああ、柳の木のとこ! お前、ほんとにペトロパブルの子だな」リタが、笑い、ナディアのスカーフを触った。「お姉ちゃん、赤いスカーフ、かっこいい! 村に帰れる?」



市場の屋台で、四人は語り合った。アンナとリタは、奴隷解放の混乱でクロイツベルクに流れ着き、市場でリンゴを売って暮らしていた。ナディアは、ペトロパブルの記憶を共有した。川沿いの柳、夏の祭り、両親が歌った子守唄――焼けた村の断片が、少女たちの言葉で生き返った。「アンナ、村の教会、鐘の音、覚えてる? 毎朝、響いてた」ナディアの声は、懐かしさに震えた。


マンフレクトは、静かに聞いていた。少女たちの話は、彼に遠い友の笑顔を思い出させた。自由の夢を語った彼女は、もういない。だが、ナディアの故郷への愛が、彼の心を温めた。「ナディア、いい奴らだな。アンナ、リタ、フライエス・オイローパの仲間にならねえ? 任務、助けてくれると嬉しい」


アンナは、首を振った。「市民軍は無理だ。リタを守るので精一杯。でも、情報ならやるよ。赤剣団、市場の裏で武器取引してる。気をつけな」リタが、付け加えた。「お姉ちゃん、昨日、黒いコートの男、変な箱持ってた! 怖かったよ」ナディアは、二人を抱きしめた。「ありがとう。アンナ、リタ、村に帰れる日、絶対来るよ。一緒に帰ろう」



夕暮れ、市場で連絡員と合流した。革の鞄に赤いリボンを巻いた男――フライエス・オイローパのスパイ、クラウス――が二人を迎えた。「マンフレクト、ナディア、よく来た。奴隷の脱走ルート、クロイツベルクの北だ。赤剣団が武器庫を隠してる。アンナの情報、役に立つ」クラウスは、地図を広げ、計画を説明した。「明日、ルートを調べる。赤剣団が動く前に、報告をパウルスブルクに送る」


マンフレクトは、ライフルを握り、頷いた。「了解。フラームの光、赤剣団に消させねえ」ナディアは、アンナとリタを見送り、呟いた。「マンフレクト、ペトロパブル、こんな遠くても、繋がってる。村、帰るよ。絶対」彼女の青い瞳は、市場の喧騒を越え、故郷の川を見ていた。


クロイツベルクの夜が、二人を包んだ。赤剣団の目は、市場の裏で光る。ナディアの故郷の絆は、自由の試練に新たな火種を灯した。

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