第七話:ゲルマニアの亀裂
1958年、ドイツ・レーテ社会主義共和国の首都ゲルマニアは、鉄とコンクリートの要塞だった。ライン戦争とファウストシュラーク作戦で欧州の覇権を握ったこの都市は、民族共産党の「永遠の団結」を象徴する。人民広場には、カール・ラデックの巨大な像が聳え、赤と黒の党旗が風に揺れる。工場は昼夜を問わず稼働し、電灯は夜を昼に変える。だが、その輝きの裏で、亀裂が生じていた。ルスラントの抑圧が民衆の不満を育て、ゲルマニアの心臓で、反ラデックの暴動が火を噴いた。民族共産党内部でも、改革派、共産主義正統派、民族派の対立が、党を内側から切り裂こうとしていた。
ゲルマニアの動乱
ゲルマニアの冬は、ルスラントの凍てつく寒さとは異なる。首都の空は、工場の煤で灰色に染まり、労働者の足音が石畳を響かせる。だが、1945年2月の朝、人民広場はいつもの喧騒を失っていた。代わりに、叫び声とガラスの割れる音がこだまする。群衆が集まり、赤剣団のバリケードに石を投げつけた。「ラデックの嘘を許すな!」「ルスラントに自由を!」――その声は、ゲルマニアのコンクリートの壁を震わせた。
暴動の火種は、ルスラントから届いた噂だった。保護領での食糧不足、強制労働、赤剣団の弾圧。パウルスブルクの市場で囁かれた「フライエス・オイローパ」のビラが、密かにゲルマニアに持ち込まれた。ビラは、ファウストシュラーク作戦の真実――ロシアの民衆を犠牲にしたドイツの略奪――を暴露し、ラデックの「平等」を偽善と糾弾した。ゲルマニアの労働者は、党のスローガン「団結は力、平等は未来」に疑問を抱き始めた。ルスラントの苦しみが、本国の繁栄の代償だと知ったのだ。
赤剣団は、暴動を鎮圧するため、人民広場に突撃した。黒いコートの民兵が、ゴム弾と催涙ガスで群衆を蹴散らす。だが、労働者たちは、工場から持ち出した鉄パイプやレンガで抵抗した。広場のラデック像には、赤いペンキで「偽りの指導者(Falsche Führer)」と落書きされ、党旗が引きちぎられた。ゲルマニアのラジオ局は、暴動を「帝国主義者の陰謀」と報じたが、市民の耳には届かなかった。夜が更けるにつれ、暴動はゲルマニアの工業地帯へ広がり、工場の煙突が炎に照らされた。
暴動の裏で、民族共産党の指導部は、ゲルマニアで緊急会議を開いていた。宮殿の会議室は、鎌と剣の党章が刻まれた壁に囲まれ、赤い絨毯が血のように広がる。カール・ラデック、党首兼主席は、会議の中心に座した。彼の鋭い目は、ライン戦争とファウストシュラーク作戦を勝利に導いた冷酷さを宿していた。だが、今、彼の前には、二人の男が敵意を隠さず立っていた。改革派のリーダーアルベルト・シュペーア。そしてマルクス・レーニン主義の信奉者エーリッヒ・ホーネッカー、核心のカール・ラデック。党は、三つの派閥に分裂していた。
アルベルト・シュペーアの改革派
シュペーアは、50代の建築家出身の政治家だ。戦後ゲルマニアの都市計画を主導し、党の「新世界」をコンクリートで具現化した男。だが、彼はラデックの強硬路線に疑問を抱いていた。「人民指導者閣下、ルスラントの抑圧は逆効果です」シュペーアは、地図を広げ、ルスラントの鉱山と工場の生産低下を示した。「強制労働と監視では、民衆の心は得られません。経済の効率化と統治の緩和を提案します。ルスラントに自治を認め、労働者に報酬を与えるべきです」
シュペーアの声は、会議室に響いた。彼の改革派は、党内の若手技術者や経済官僚に支持されていた。ライン戦争の勝利は、工業力によるものだと信じ、ルスラントの資源を搾取するより、長期的な繁栄を求めた。だが、ラデックもホーネッカーも冷たく笑った。ラデックはこう言いつける「自治? それはテロリストに武器を与えるだけだ。シュペーア、君は資本主義の甘言に毒されている。その気になれば、君を再教育キャンプに送り込むことだってできる。」
エーリッヒ・ホーネッカーの正統派
ホーネッカーは、40代の古参共産主義者だ。マルクスとレーニンの教えを聖典とし、民族共産党の「民族主義」を異端とみなしていた。彼は、机を叩き、叫んだ。「ラデック、君の民族主義はプロレタリアートの団結を分裂させる! ルスラントの民衆は、階級闘争の同志だ。ドイツ人の優越を押し付けるのではなく、国際的な革命を導くべきだ!」
ホーネッカーの正統派は、党の古参労働者層と一部の軍人に支持されていた。彼らは、ラデックによるルスラントの抑圧を批判したが、シュペーアの「資本主義的改革」をさらに嫌った。「シュペーアの提案は、ブルジョワの妥協だ。革命は血と鉄で築かれる。ルスラントの反乱分子は、指導所で再教育すべきだ!」ホーネッカーの目は、狂信的な光を放っていた。
カール・ラデックの民族派
ラデックは、二人を黙って見つめた。彼の民族派は、党の核心だ。ライン戦争とファウストシュラーク作戦を勝利に導き、ドイツ民族の再生を掲げた。赤剣団とレーテ監視局は、彼の忠実な手足だった。「諸君、議論は無意味だ」ラデックは、静かに言った。「ゲルマニアの暴動は、フライエスオイローパの扇動だ。ルスラントの不満は、敵のプロパガンダに過ぎない。我々は、鉄の意志で団結を保つ。改革も国際革命も、弱さの証だ」
ラデックは、会議室の窓から人民広場を見下ろした。燃えるバリケードと、赤剣団の銃口が、暴動を押し潰しつつあった。「私は、ドイツ民族の魂を信じる。ルスラントは我々の資源であり、試練の場だ。反逆者は、指導所でその罪を償う。諸君、我々が恐れる敵は外にいるのではない。内にいる。」
会議は決裂した。シュペーアは、ルスラントの自治案を秘密裏に進めるため、ゲルマニアの経済官僚と接触を開始。ホーネッカーは、正統派の同志を動員し、ゲルマニアの工場でストライキを計画。ラデックは、赤剣団に暴動の首謀者を逮捕させ、レーテ監視局に党内の「裏切り者」を洗い出すよう命じた。ゲルマニアの街角では、赤剣団の検問が増え、市民の目は怯えと怒りに揺れた。
暴動の中心には、フライエス・オイローパの影があった。パルチザンは、ゲルマニアの地下でビラを撒き、ラジオ局にハッキングを仕掛けた。「ルスラントの民衆は奴隷ではない! ラデックの帝国を倒せ!」その声は、党のプロパガンダを掻き消した。シュペーアは、パルチザンとの交渉を模索したが、ホーネッカーは「テロリスト」と断じ、ラデックは「皆殺し」を命じた。三派の対立は、ゲルマニアを内戦の淵に押しやった。
ルスラントへの波紋
ゲルマニアの動乱は、ルスラントに届いていた。パウルスブルクのラジオは、暴動を「一時的な混乱」と報じたが、ノイシュタットの市場では、フライエス・オイローパのビラが囁かれた。ルスラントの民衆は、ゲルマニアの亀裂を希望と見た。だが、赤剣団の監視は厳しさを増し、配給の列には不満の声が漏れた。ゲルマニアの党指導部は、ルスラントを抑え込むため、さらなる兵力を送る計画を立てていた。
遠くノイシュタットの団地では、誰も知らぬ火種が育ちつつあった。マンフレート・ベルンハルトとナディア・シュミットは、ゲルマニアの動乱をまだ知らない。だが、ルスラントの凍てつく大地で、彼らの小さな絆は、大きな嵐に繋がる一歩を踏み出そうとしていた。




