1話 あれから
「くしゃっ。」
晴れて表面は白っぽく粉が吹いたように凪いでいる紺青の海を一隻の軍船が帆を張り航行していた。
魔導師団の軍船の甲板の手すりにもたれかかっている少女はくしゃみのせいか鼻をすすった。
団服の上からオレンジ色のローブに身を包んだ少女はプラチナブロンドの髪をおさげの三つ編みにして緑色の美しいつぶらな瞳で広大な海をジッと眺めていた。
魔導師団
土の師団 団員
スピカ・オルガント「…嫌だな、海賊退治なんて。」
スピカはため息をつき、愚痴をこぼした。
「…しかも、オリ―と一緒だなんて。」
すると、背後から一人の人物が駆け寄った。
同じような服装で緑色のローブに身を包んだ銀髪ツーブロックショートでちょっとイケメンの眼鏡をかけた青年だった。
魔導師団
風の師団 団員
オリバー・ウィンドルス「…聞こえてんぞ、コラ。」ゴチン
オリバーはスピカの頭を軽くドツいた。
ちなみに『オリ―』とはオリバーの愛称である。
「痛ぁぁ。」
スピカは涙目になりながら、頭を押さえて悲鳴を上げた。
「ったく。」
オリバーはやれやれと肩をすくめた。
「そんな気持ちじゃ、任務に支障をきたすぞ。」
「…オリ―って本当、口うるさいな、そんなんじゃ、モテないのに。」
スピカは小声で愚痴った。
「あぁ、なんか言ったか。」
オリバーは渋い顔をした。
「別に。」プイッ
スピカは目を背けた。
「…小姑メガネ。」
スピカはまた、オリバーの悪口を呟いた。
ゴチン
「聞こえてないとでも思ったか。」
また、オリバーから頭上に鉄拳制裁を食らった。
「相変わらず、オリ―は乱暴だね。」
すると、背後からある人物が現れた。
鮮やかで綺麗な水色のウェーブヘアをなびかせ、手を後ろに組んで魅惑的な胸部が揺れ、青いサファイアの様な瞳で食い入るように見つめてくる少女がゆっくりと歩み寄ってきた。
少女は少し露出の多いセクシーなタイトナイトドレスの上から紺色のローブを羽織っていた。
魔導師団
海の師団 団長
シャルロット・アムピトリーテー「…女の子を殴るのはよくないよ。」
シャルロットはおっとりと微笑んだ。
「キゥ!」
肩から青いリスの使い魔『ルビー』が鳴いた。
どうやら、ルビーも賛成だと返事をした様子だ。
「そうだ、そうだ、この暴力メガネ!」
スピカは頭を押さえながら賛同した。
「…そんなことをぶつくさ文句言う、暇があるなら下船の整備でもしろ。」
オリバーは不機嫌そうに眼鏡をクイッとあげて皮肉を込めて言った。
「ちぇ。」
スピカは本音を漏らした。
「…オリ―。」
シャルロットが少し浮かない顔でオリバーに声を掛けた。
昔は温厚だったオリバーがなんで、気早な性格になったのか知っていた。
「やっぱり、シリウスのことを気にしているんだ。」
シャルロットは浮かない顔で呟いた。
「…あのバカ、どうして海賊なんかになったんだよ…。」
オリバーは少し肩を落として、シャルロットの言葉を遮った。
かつて、親しかった友達が海賊になったことにショックを受けて苛立っていたのだ。
「…見つけたら絶対に鉄拳を食らわせてやる。」
握り拳を作ったオリバーは眉間にしわを寄せた。
「……相変わらず、オリ―らしいね。」
コクリと頷き、シャルロットは甲板の手すりを握りしめた。
「……シンなら絶対に強引にシリウスを海賊から引き抜くかもね。」
シャルロットは青い空を見上げて、ボソリと本音を漏らした。
そして、右手につけていた青、水色、紺、白のビーズがランダムに並ぶお守りのブレスレッドを暗い顔でジッと見つめた。
「キゥ。」ペロ
心配したのかルビーがシャルロットの頬をペロリと舐めた。
「……ありがとう、ルビー、いつも励ましてくれて。」
シャルロットは微笑み、ルビーの頭を撫でた。
「キゥ。」
ルビーは笑顔で元気一杯の声で返事をした。
「……シンの分まで頑張らなくちゃね。」
「キゥ。」
(見ていてね、シン。)
シャルロットとルビーは互いを励まし合いながら青い海を眺めた。
「……シャロちゃん、まだ、シンのことが。」
その様子をスピカはジッと寂しそうに見つめた。