グラッド
森から出ると其処に魔の兵士達がよろめきながら立っていた。
ライザはレイリーの前にリューイ キース ユーゴ ケインはそのライザの前に出て魔の兵士達と相対した。
「どけ!」
魔の兵士達の後ろから声が響きグラッドが姿を見せた。
「グラッド!やはりお前が来ていたか…」
リューイの冴えた声が鋭く響く‥
「これは これは《守護の騎士》のおでましという事か…どうりで森の力が強まった訳だ。おかげで森の側にいた可愛い部下達が消滅してしまったではないか…しかし私に気づかれる事なく此処まで来るとは 褒めてやろう…特にリューイお前の気に私が気づかない筈はないからな。やっと其処まで成長したか…」
その言葉にその場の空気が一瞬震撼した。
「馬鹿げた事を…あたし達は《守護の騎士》お前を消し去る者よ。当然の事だわ。」
凛とした声が響きレイリーがグラッドの前に進み出た。
「レイリー嬢…私の愛しいレイリー嬢ではないか…あの儚げな其方も私好みだったが…より美しく成長され強さも秘めた其方は素晴らしく魅力的だ。」
「あなた好みと言う言葉は返上させて頂きますが、その他の言葉は褒め言葉としてお受けするわ。」
グラッドはフッフッと鼻で笑うと言った。
「本当に ますます私好みの様だ。しかしその心は今だに揺れている様だな…それなら其方に相応しい姿になるとしよう。」
グラッドは言うともう一つの顔であるリューイの兄イレイザの姿となった。
そしてレイリーに優しく呼びかける。
「レイリー 此処へおいで…そうすれば何も不安はなくなる。私の気持ちはいつも其方の側にある‥分かっているだろう。もう思い悩む事はないんだ。愛しいレイリー さあおいで 其方を愛している」
そう言って腕を広げた。
レイリーの足が一歩踏み出した。
「駄目よレイリー!行っては駄目!」
ライザが叫んだ。
レイリーはそのライザの声に振り向くとフッと微笑んだ‥ライザはハッと気づいた…その時
「外野がうるさいようだな。」
グラッドが自分とレイリーを囲む様に結界を張った。
「しまった結界を張られたか。」
キースが言った。
「俺達はまた此処でレイリーが囚われるのを見てるしかないのか!」
ユーゴが唇を噛む。
「大丈夫だ。」
ケインが呟くように言った。
その声に キースとユーゴがケインの顔を見る。
「ええ そうね。彼女が見せたあの微笑み‥あれは『風のリー』時代に
大丈夫よという合図だった。
ライザの声は落ち着いていた。
優しい風が吹き抜けた。
その風で魔の兵士たちがまた消えていった。
「この風は レイリーの心が安定しているという証だ。」
リューイが言った。
「これが《風のリー》と呼ばれたレイリーの力か‥」
「結界の中からでも彼女は風を操れるのか…」
ユーゴの声
消え去る魔の兵士達を見ながらユーゴとキースが言った。
「グラッドは気づいていないのか…」
ユーゴが結界の中を見ながら言った。
「ああ俺が結界の中と外を繋ぐ気を断ち切った。中には伝わらないし見えない…」
「リューイ‥お前…」
キースの囁く様な声
「それが今の俺の役目だ。俺達はただレイリーを信じて待つだけだ。」
それは信念に満ちたリューイの声だった。四人はその言葉にただ頷くだけしかできなかった。
結界の中ではグラッドがレイリーにまた優しく囁きかけていた。
「さあ これで此処は二人だけの空間だ。外の事は何も考えなくていいんだ。ただ私がいて其方がいる‥それだけだ。さあおいで私のレイリー 其方の望む安らぎも、其方の求める愛も此処に‥この腕の中にこそあるんだ。その顔も身体も‥心さえも私の胸に預けるがいい…私一人が其方の全てを受け止める事の出来る者だ。さあ…おいで…」
レイリーは誘われる様に広げられた腕の中にその胸に顔を埋めた。
「愛している…」
リューイによく似たイライザの声でグラッドが囁く。
レイリーは今はイライザの顔をしたグラッドを見上げた。その指がレイリーの顎を少し持ち上げキスをした。それを受け再びその胸に顔を埋めるレイリー…
それを見ていたリューイの胸中は穏やかではなかった。
グラッドがレイリーに口づけた時、自分の唇にも温もりが伝わってきたような気がした。そして気づいた。今のはサーシャのブレインへの愛なのだと‥それはその愛がグラッドへも伝わったという証だという事に‥しかし目の前の光景は自分の愛する人と自分の兄のキスシーンに違いはなかった。心に傷みが走った。リューイは思わず目を逸らしていた。
「見たか!これでレイリーは再び私のものだ‥」
グラッドの高笑いが響く…
「それは どうかしら‥」
レイリーの冷静な声が聞こえた。
次に聞こえたのは
「どうしたというのだ‥この熱いモノはなんだ。体が‥体が動かない‥」
呻くようなグラッドの声‥その姿は既にグラッド自身だった。
「今のは サーシャの愛‥そしてこれはサーシャのあなたへの想いの全てよ。受け取ってブレイン」
レイリーの右手は何か光るオーブを持っているようだった。そしてそれをグラッドの胸に押し当てた。オーブはグラッドの胸に吸い込まれるように消えた。
「ウッ」
胸を押さえ崩れる様に膝をつき片手で体を支える。
その時リューイもまた胸を押さえ踞っていた。
「リューイ 大丈夫か…」
ケインが素早く駆け寄ると小声で言った。
「何でもない‥大丈夫だ。」
リューイは答え立ち上がった。
「これは グラッドにもサーシャの想いが伝わったという事だな‥」
「ケイン…お前 どこまで知ってる…」
「少しだけだ。パレスに戻った俺は次の朝、散歩していて偶然二人の話しを聞いてしまった。グラッドが本当に欲しがったのは、お前の身体だという事 何故ならリューイ お前がブレインの生まれ変わりだからだ。そしてレイリーはその恋人サーシャの生まれ変わり…俺が聞いたのはそれだけだ。後は聞いてはいけないような気がして俺はパレスへと戻った。」
「そうか‥」
目の前でグラッドがふらつく足で立ち上がった。
「レイリー…何‥故‥だ…」
グラッドが荒い息の下から言う。
「サーシャの安らぎが愛があなたの側にあるように、あたしの望む安らぎも求める愛もあたしの愛する人の側にしかないわ。サーシャの全てを思い出して‥ブレイン‥」
グラッドの周りを光が囲んだ。
「その名を言うな…私の中で何かが疼く‥」
そう言って顔を上げたグラッドの面差しは、イライザでもなくグラッドでもなくリューイによく似たブレイン‥その人の顔だった。レイリーの頬を涙が伝う‥
次の瞬間光の力が急速に増し魔の結界を弾き飛ばした。
結界が消えた後 グラッドの姿は無くレイリーが一人そこに立っていた。
「レイリー 奴を消滅させたのか!」
ユーゴが聞く。
「いいえ まだ時がきていないわ。あたしはただ時が満ちる為のきっかけを作っただけ‥」
ユーゴの隣を見るとキースがリューイを見ている。そして自問するように呟く。
「どういう事だ…光が結界を弾き飛ばす前に一瞬見えたグラッドのあの姿‥あの顔は…リューイ お前だった。」
レイリーは少し息を呑んだ。
「詳しい事は後で話すわ。今は一刻も早く街へ…」
レイリーが促す。
「そうだな。今は魔と戦っている人達を救うのが先決だ‥違うか!」
ケインが言った。
「その通りだ。急ごう。」
ユーゴがキースに言った。
「分かった。」
六人は城都を目指した。