戦いの序章
ユーゴとリューイは仕度を整えるとその日の内にシルキー国へと出発した。 馬上でユーゴはリューイに言った。
「なあ リューイ。レイリーの誤解を解いた方がいいんじゃないか?」
「何だよ 急に…」
「いや会議からずっと考えていたんだ。このままだとお前 辛くなるばかりじゃないかと‥」
「ユーゴ…」
「だって そうだろう…会議の時レイリーに向けて言ったあの辛辣な言葉‥あれは嫉妬からくるものだろう。」
「…そうだ…」
リューイは自嘲気味に笑いながら答えた。
「あっさりと認めたか…」
ユーゴは言った。
「悪いか…それにお前に誤魔化しは通用しない…」
「フッ それだったら尚更 お前の気持ちをレイリーに伝えて誤解を解いておくべきだろう‥そうすればレイリーだって素直にお前と向き合える…このままだったら向き合う場さえレイリーには‥レイリーだけでなくお前自身にもないという事だぞ…」
「分かった。考えてみるよ…でも今はシルキーでの事が先だ。何が待っているかわからない。慎重に行こうぜ…」
「ああ…」
二人はシルキーの最初の街 近く迄来ていた。
同じ頃 パレスの庭にいたレイリーの下をライザが訪れていた。
「どうしたのライザ…」
「たまにはレイリーとゆっくり話しをしようと思って…」
「改まって話しなんて‥何かしら…」
「そんな事言って分かっているでしょう。どうして私が此処に来たか…レイリーあなたは本当は今でもリューイを愛しているのでしょう。」
その言葉にレイリーは何も言わずライザに背を向けた。その背中にライザは続けて言った。
「会議の時、リューイの問いにあなたは必要とあればそうすると…今迄もそうしてきたしこれからもそのつもりだと答えた。確かにあなたはそうする事も厭わないと思うわ…だけどあなたはそうした事をやった事はないわ‥今迄だってそういう場に何度も遭遇してきた筈よね‥それでもあなたはそれを上手く切り抜けその話術だけで必要な情報を収集してきた。でもあの言い方だとそうは聞こえない。敢えてそう言ったのはあなたの気持ちがリューイに伝わらないというもどかしさと苛立ちからよね…違う?」
「その通りよ‥」
「だけどあんな言い方をしたら、余計にリューイの気持ちを逆撫でするだけだわ。」
「分かっているわ…わざとそうしたんだもの…」
「レイリー…」
「記憶を取り戻した時、封じる時のリューイの言葉も思い出してあたしはあの人に愛されていなかったんだという事を実感したわ。でもあたしのリューイへの想いは変わらなかった。」
そう そして思った。あたしがリューイを想う事はあたしの自由だと…でもリューイがあたしの想いを拒絶しているのなら、いつかはその想いを断ち切らなければならない時は来る…そう思っている。このまま共に行動していく以上あたしは自然にこの想いを消す事は出来ない。だからあたしはリューイに対して心を閉ざしあの人に嫌われる様にしてきた。そうしていればリューイをあの人への想いを忘れる事が出来るんじゃないかと…彼があたしを嫌ってくれれば諦められるそう思った事をそのままライザに伝えた。
「レイリー その必要はないのよ…リューイはあなたを愛しているわ。」
「有難うライザ…でもそんな慰めはいらないわ。」
「慰めじゃない事実だ!」
レイリーとライザの背後からケインが言った。
「悪いと思ったが 話しは聞かせてもらった。」
続けてキースが言った。
振り返ると彼等は自分達の方へ歩いてくる所だった。
「ケイン キース。」
「俺達はリューイに対する君の誤解を解こうと思って来たんだ。どうやらライザに先を越された様だけどな…」 キースが言った。
「このまま二人がお互いの気持ちを隠し傷付き辛さに耐える姿は見たくないんだ。」
ケインが言った。
「ねえ レイリー 思い出してみてよ。リューイと過ごした日々を…その一つ一つの言葉に‥仕草に リューイの愛を感じた事があったでしょう…それが真実なのよ。」
「じゃあ何故リューイはあたしに自分の事を忘れさせたの‥戦いの記憶を封じたの?」
「それは リューイが自分を許せなかったからだよ。君を守る事が出来なかった自分を許す事が出来なかったんだ。」
ケインが言った。
「リューイは今でも自分を…君をグラッドの手から守れなかった自分を責めているんだ。」
キースが言った。
「そんな‥あれは‥あたしの未熟さが招いた事よ…責められる冪は誰でもない…あたし自身だわ…」
レイリーは言った。
「レイリー それでも男にとって自分の愛する女性が自分の目の前で…自分にはどうする事も出来なくて、他の男の手に奪われていく‥それは締め付けられる様な苦しみと苦さと貫かれるような痛みが此処に突き刺さるんだ…」
ケインは自分の胸をトントンと叩きながら言った。
「これは間違いないぜ…何て言っても俺は経験者だからな…」
ケインのその言葉にライザとキースは驚いてケインの顔を見た。
「フロールの事…」
レイリーは静かに言った。
「フロールは俺の恋人だったんだ。」
ケインはライザとキースに話し出した。
そのフロールをどうしても自分のモノにしたいと思っていた男がいた事…そいつが『魔』に魂を売り渡し力を手に入れた。キースが友人達と一緒に彼女が避暑を過ごしている別荘を訪ねた時、庭から彼女の悲鳴が聞こえ庭に行くと彼女を腕に抱いたやつがいた事…キースは彼女を助けようとしたがその動きを奴に封じられてしまった。その男はその目の前で彼女を自分のモノにしてみせた。そしてそのまま連れ去ろうとした。その時彼女は相手の腰にあった剣を引き抜き相手を斬りつけ返す剣で自らの命を絶ったという。男が斬りつけられた事でキース達は自由を取り戻した。
「しかし 奴は力を使って逃げ延びた。」
「それで今 そいつは…」
キースは聞いた。
「前の戦いの時、グラッドの部下になっていたから消し去ってやった。」
ケインは答えた。
「そんな俺だからあの時の あの忌まわしい時のリューイの痛みは分かる。正直言って俺はまたフロールと同じ事が起こるんじゃないかと思った。実際君はその力を暴走させ自分をも切り裂きそうな勢いだった。リューイはそんな君を自分が傷付く事も怖れず抱き締めた。愛していない女性にそこまで出来ない。レイリー君だってあの時のリューイのぬくもりを覚えているだろう…」
ケインは言った。
(そうあの時確かにリューイは、その胸にあたしを抱き寄せてくれた。そして確かに言った。『すまないレイリー許してくれって』って『愛している』って…)
「ごめんなさい…一人にして…」
レイリーは背中を向けて歩き出した。