遠い記憶
彼らは予定通りホテルで休暇を過ごすと一度 家へ戻った。
各リーダー達で拠点で暮らせる者はまた拠点に戻る事になった。
レイリーは迷わず拠点で暮らす事を選んだ。
「レイリー様がお戻りになったようですね。」
テリーがリューイに言った。
「そのようだな‥あの場所は彼女にとって一番居心地がよく、力も増大させる事が出来るからな。そしてあの場所にいる時の彼女が本来の彼女であり、一番輝いていた‥俺はそんな彼女といられる事が嬉しかった。」
「オーナーひとつ お聞きしたい事があります。オーナーがレイリー様を愛していなかった‥騙していた…とその事実をレイリー様がお知りなったと聞き及んでいます。しかし私の知る限りレイリー様に対するお気持ちは以前から偽りなど無かった筈です。それなのに何故レイリー様の誤解を解こうとなさらないのですか?」
「確かに偽りは無かった‥しかし全部が全部ではない…」
リューイは言った。
出会った頃は戦えない足手まといとなる彼女の気持ちを自分に向かせて戦う者達にとって、有利な立場を確保しようと思っていたのだと‥でも彼女を見ているうちに自分の考えが間違いだという事に気付いた。彼女は戦いたかったのにその術を知らないだけだったと…
「オーナー…」
「彼女は今夜眠りについて知るだろう‥今のグラッドが誰なのか…本当は誰が生まれ変わりなのか…そしてレイリー自身の使命と自分が誰の生まれ変わりかという事を‥全てを知った時の彼女の反応が俺は恐いのかもしれない‥だから誤解されたままでいいと‥その方が自分の気持ちが楽だとそのままにしているんだけど思う。離れている方が突然 背中を向けられるよりショックが少なくて済むからな‥だらしない男だな‥俺は…」
リューイは自嘲するように笑いながら拠点のある方を見つめた。
レイリーは庭の一角にいた。その視線の先に一人の女性がいた。
(あれは あたしだ‥遠い過去あたしだ‥)
レイリーは思った。
あたしは夢の中で遠い昔の自分自身を見ているのね。
レイリーにはその女性の胸のときめきさえ感じられた。
誰かと待ち合わせしているんだわ。そう感じた時声がした。
「サーシャ」
彼女の顔を喜びが包んだ。
「ブレイン」
彼女はそのままブレインの胸に飛び込んだ。
彼を想う強い気持ちがレイリーの中にも流れ込んできた。
ブレイン…あれはあのリューイによく似ている青年は魔導士グラッド…そう間違いなく彼はあのグラッド‥あたしにはわかる‥あたしは彼を愛していたの…
その時サーシャとブレインの思い出がレイリーの脳裏に甦った。彼らは祝福された恋人同士の筈だった‥でも時の権力者がサーシャの能力を欲しその能力だけでなく彼女自身をも自分だけのものにしたいと望んだ。権力者はその立場と権力にモノを言わせて二人を引き裂いた。二人はその手から逃れる為に此処で待ち合わせた。二人が逃げようとしたその時、権力者が二人の行手を阻んだ。
「ブレイン お前を反逆の罪で処刑する。」
権力者はサーシャの腕を掴み自分の方へ引き寄せた。
それを合図に部下が彼を取り囲み捕まえようとした。ブレインはその能力で攻撃を全て防いだ。
捕える事が難しいと察知した権力者は潜ませておいた銃兵士に合図を送った。
ガガーン 銃声が響いた。
ブレインは眼の前で崩れゆくサーシャの姿を見た。
サーシャはブレインの危険を察知し権力者の僅かの隙を見てその手を振り解きブレインを庇った。
「サーシャ‼︎」
ブレインは彼女の倒れくる身体を受け止める。
突然の出来事でそこにいた者達はその場を動けなかった。
ブレインは能力でそのままそこにいる者達の動きを止めた。
「サーシャ…サーシャ!!」
ブレインは腕の中の彼女に呼びかける。
サーシャは眼を開けるとブレインを見た。
「ブレイン…無事‥ね」
「ああ 俺は大丈夫だ…」
「良‥かった‥あたし‥あな‥たを守れた…のね」
「そうだ。そうだよ…君は俺を守ってくれた‥だからしっかりしろ…これからも俺と一緒に…」
「あたし…いつも‥思って‥いた…何か‥の時‥は‥あな‥たを…守ろうっ‥て…いつも‥守って‥もらって…いたから」
「サーシャ…ありがとう‥愛している…」
「ブレイン…あたしも…ずっと‥ずっ‥と…愛…して…いた…わ…」
サーシャは微笑むと息を引き取った。
「サーシャ…!」
ブレインは叫び彼女を抱き上げると権力者を憎悪に満ちたその瞳で睨みつける。
「俺は‥お前達を許さない…覚悟しておくんだな…」
ブレインが言うと、彼の周りに激しい風が起こりその姿を隠した。風が収まった時そこにブレインの姿は無かった。
サーシャを失ったブレインの心は憎悪に満たされ荒んでいった。サーシャの中にあったブレインの優しさや暖かさは消えていき冷酷な残忍さが増えていった。そんな風に変わりゆくブレインの姿をレイリーはとても悲しく辛い思いで見ていた。そしてそれは自分の中のサーシャの気持ちだと感じた。
ブレインは自ら魔の道に入り顔を変えて《魔導士 グラッド》を名乗った。
まもなくして権力者を魔の力によって滅ぼしその地位と権力を手中に収め君臨した。
そこまで見た時レイリーは、張り裂けそうな胸の傷みを感じその瞳からとめどなく涙が溢れた。
やがてブレインは聖なる力と心を持つ司祭によって殆どの力を封じられた。彼は自分に残った僅かな力をオーブと呼ばれる小さな珠にすると倒れた。
レイリーの意識はオーブを追った。そのオーブは権力者の手から手へと渡りその権力者達の欲望や憎悪等を取り込みオーブの中でその力を増幅させていった。
月日は流れそのオーブはその血を持つまだ少年の面影が残る若い青年を呼び寄せた。
しかしその青年はそのオーブに触れようとしなかった。そこへもう一人の青年が来てそのオーブに手を伸ばした。その二人の顔はもう誰かも覚えていないが、レイリーがまだ幼い頃何度か遊んだ少年達だった。
「兄さん 駄目だ!!」
そう叫んだ時は遅かった。
「ワァー」
もう一人の青年の叫び声が響いた。彼の手が触れたオーブは邪悪な気となって彼の身体を取り込む様にその中へと入っていった。
全てが消えた時、彼は《魔導士 グラッド》の顔を持っていた。
グラッドは不敵に笑うとその姿を消した。
「兄さん…」
残った青年は崩れる様にその場に膝を付くと
「クソッ…」
そう言って地面に拳を叩き付けた。
その時少年の面影が残ったその顔は青年の顔へと変わった。
レイリーはハッとして目が覚めた。
「リューイ…」
彼女はそう呟くとベッドの上に身体を起こした。
あれがリューイという事は《魔導士 グラッド》はリューイの兄様 イレイザ…」
レイリーはベッドから降りると窓のカーテンを開けた。朝の光が部屋の中へ拡がった。
レイリーは朝食を摂ると散歩へ出掛けた。夢の中で見たブレインとの待ち合わせ場所に見覚えがあった。そこはリューイとレイリーが二人で過ごす事の多かった場所でもあった。
レイリーは拠点の裏庭へ向かった。そこへ着くともう一度その場所を見回した。
やはりこの場所だわ。ブレインとサーシャが最も多く過ごしたのは…
「レイリー」
リューイが姿を見せた。
「どうして‥此処へ…」
レイリーが聞いた。
「此処で待っていれば、夢に導かれた君が来ると思ったから…」
リューイは答えた。
「リューイ あなたは覚えていたの‥まだ幼なかった頃 一緒に遊んだのを‥」
「ああ 覚えていた。前の戦いの時、君に会ってすぐにわかった…」
「そう…あたしは夕べ夢を見るまで忘れていたわ…」
「そんな事だろうと思った‥俺を見ても何の反応もなかったからな…」
「じゃあ グラッドは本当にイレイザ…」
「ああ 残念ながらな…」
「あたし あの頃 イレイザが大好きだった。強くて優しくて大きくなったらこの人のお嫁さんになれたらいいなって思っていた。時が流れて面影は薄れてしまってもイレイザへの気持ちがあったという事は、何時もあたしの中にある。イレイザは初恋だったの。…そのイレイザがグラッドだったなんて‥こんな風に会う事になるなんて…そんな…」
それはレイリーの悲痛の叫びのようにリューイには聞こえた。
「あのオーブは俺を呼んでいたんだ。あの森で遊んでいて誰かに呼ばれた様な気がしてそっちに意識を向けた途端、俺は操られるようにあのオーブの前にいた。手を伸ばそうとした時、俺の中で誰かがそれを制止した。それで俺は自分を取り戻した。その時…急に歩き出した俺を追ってきた兄貴をあのオーブは操って自分に触れさせた。同じブレインの血を持つ者と気付いてな…」
「ブレインの血を継ぐ者って‥だって彼はあの時自分の魔力をオーブに変えて亡くなったんじゃないの…?」
「いや 彼は助けられたんだよ。あの後通りがかった人に助けられて、手厚い看護を受けて意識を取り戻した。」
でも彼は何も憶えていなかったとその精神さえも魔道に入る前のサーシャと過ごしていた頃の彼本来の精神に戻っていた。そして彼は助けてくれた人の所で働き気に入られて、請われるままにそこの娘と結婚し子供にも恵まれた。」
ブレインと妻は平和な時を過ごしていたが、ある日オーブを手にした権力者の力がその街を襲い彼の妻はその戦いに巻き込まれて亡くなったという。
彼はその頃 光の波動を使えるようになっていたので司教の下で働く様になり、権力者と相対した事があった。それによってオーブつまりグラッドは彼の存在を知り最も魔道の力を効率良く使える自分の身体を手に入れようと執拗に狙ってきた。そしてある時グラッドは彼に言った。
「この力はお前の力だ。お前は俺なんだ」
と…その言葉をきっかけにブレインは全てを思い出し同時に聖の力が全て彼に戻った。ブレインは全てを司祭に話し、子供を司祭に預けグラッドを封じる為に出掛けた。そして仲間達と共に死闘の末グラッドを封じて帰って来た。彼はその時 息子に言った。
「グラッドを消滅させる事は私の血筋の者には出来ない。でも必ずグラッドを消滅させる力を持つ人に巡り逢うだろう‥グラッドの封印はやがて解ける…そしてグラッドが完全に目覚めた時その人は現れる。だからそれまでは〈守護する者〉の一人として生きていくんだ。」
その後 彼は言葉通り守護する者として生涯を生きた…彼の息子もまた…そしてその血を引く一つが自分の家なのだと言った。
「守護する者の中でも封じる力を持っている俺の家はブレインの血筋…そして俺はブレインの血を濃く引く者‥だからオーブが最もほしがったのは、俺の身体 俺自身…それが魔力を最大限に生かす事のできる者だからさ‥今度は君の番だ…俺はブレインの血を引く者だから彼がその血の中に生まれ変わるのはわかる‥でもどうして君がサーシャの生まれ変わりなんだ?」
「良くある話しよ。彼女には双子の姉がいた。これは前の戦いの時 貴方があたしの記憶を封印した。その後〈風のリー〉として目覚めた時、サーシャが夢の中で教えてくれたの。当時 双子は不吉だとされていた。だから双子が生まれると一人を里子に出した。でもサーシャの両親は、里子に出して幸福に生きる事が出来ればいいが辛い目に合ったら可哀想だと思い聖女の下に預けた。」
成長するに従い二人には聖の力がある事がわかった。聖女の元に預けられた姉の方がより強い力だったので、聖女になる為の勉強をしていたという。姉の存在を知っていたサーシャは時々会ったりしていた。姉の存在は固く口止めされていたので誰にも言わなかった。サーシャは亡くなる時その精神を無意識のうちに姉へ送っていた。その精神を姉は受け止め受け入れた。
「やがてサーシャの姉は聖女となり、その時の国王と愛し合い結婚をし子供を産んだ。彼女の力は女の子へと引き継がれそしてあたしへと受け継がれた。」
レイリーが答えた。
「そうか‥グラッドが完全に目覚めたから俺達は巡り逢った‥」
「ええ 封じる力と消滅させる力を持つあたし達がね…そしておそらくオーブが貴方を呼んだのは、貴方が既にあたしと出逢っていてそのあたしの波動をオーブが感じたから…」
「俺達が自分の使命に目醒める前に俺という存在を自分の中に吸収しようとした…封じる力と消滅させる力…どっちかが欠ければグラッドの力は再び甦る事が出来る…そうだろう…」
リューイは言った。
レイリーは黙って頷いた。