愚者2
彼楽観的すぎないかって言ってたけど
生きていていいことなんて、何もなかった。
目に見えていたものだけが正しいとは限らないこと。
自分の気持ちを最優先することが正解だとは限らないこと。
同じ境遇の同年代の奴らが味わうことのないような経験を、ボクはした。
唯一信頼していた人たちはボクが死なせた。
何も残っていない、そう思った。
ずっと前からボクに向けられていた善意を蔑ろにし、突き進んだ。
その結果、一人になることを選んだ。
大切にしてくれていたことに、傷ついて気付いた。
だからこれ以上、大切に思ってくれていた人たちを傷つけないためにも一人になった。
だからこれは、少しくらい触れてもいいと
そんな考えを持ったボクへの罰なんだろう。
薄れていく意識の中、これまでのことが頭の中をぐるぐると巡る。
「隠れなきゃ」
鉛のように重たい体を引き摺りながら歩く。
ここにこのままいたんじゃまた魔物が寄ってくる。
前が見えない。
目をやられたのかもしれない。
壁の隙間に座り込む。
回復魔術、使えればよかったな。
ここで自分のできないことに縋ったって仕方がない。
できることをやらないと。
周囲に魔物の気配がないことを確認し、外傷を確認する。
暗闇に慣れていなかっただけで、目はやられてはいなかったらしい。
だんだんと見えるようになってきた。
血で固まってしまった服を引き剥がす。
「?」
どこも怪我をしていない。
確かに、あのゴブリン、いやオークに攻撃され致命傷レベルの傷を負ったはずだが……
腕も足も、何も問題がない。
ヘルカ、はもうダメだろう。助けられるとは思わない。
なら他にボクと同じようにこのダンジョンに転移させられた人がボクの傷を癒してくれた、のか。
何はともあれ、生きていることに感謝だな。
剣は、ダメそうだ。
根本からポッキリと折れてしまっている。
3年間ずいぶん酷使してきたのだ、仕方がないだろう。
一応ないよりはマシだろうから柄の部分だけでも持っておこう。
頭が酷く重い、倦怠感も強い。
まだ万全ではないのだろう。
こういった状況、何をどうすればいいのだろうか。
ヘルカのいない今、わざわざ危険を犯して進むこともしなくていい。
ボク一人ならばまだやりようはある、が。
ここのダンジョンの難易度も未知数だ。
先ほど遭遇したオークレベルの魔物がゴロゴロ出てくるのであればボクは即座にミンチにされて今度こそこの世とはさよならだ。
今の所ボクの周りには全く魔物の気配がないがいずれ血の匂いを嗅ぎつけた魔物が寄ってくるだろう。
この場からは移動するにしても移動することによって魔物との遭遇率は上がる。
やはり、当初の予定通り魔物が発生しない階層を探すしかないだろう。
まともな武器もない状態で移動するとなると、接敵は避けるべきだろう。
弱い魔物がそれらしいものを持ってくれていれば助かるが、そんな都合のいい話はないだろうし、持っていたら別に弱い魔物じゃないだろう。
剣聖、であればこんな状況簡単に打破するのだろう。
そもそもこんな状況にならないだろうしな。
無い物ねだりをしたってどうにもならない。
今は進もう。
「しめた! 水だ!!」
水源、これがなければボクは悶え苦しみながら死んでいたところだった。
よかった。飲み水にはこれで困らないだろう。
よほどの毒でない限り煮沸すれば飲めると思うが、、、
水面に映った自分顔に、違和感を感じる。
「耳が、長い?」
これじゃあ、まるで……エルフみたいじゃないか。
どっちが上で、どっちが下に向かっているかわからない。
だがここら一体は大体探索し尽くした。
ボクがマッピングを終えたのは2階層分。これだけで一ヶ月ほど費やした。
この階層で出るモンスターは基本的にゴブリン、コボルト、ホグバットの三体。
3体とも、Gランクの魔物だ。
知能の少ない魔物で連携もないので4、5体ほどならボク一人でも対処は難しくない。
耳が長くなって色々と気づいた。
まず肌が黒くなっていた。元々白い方ではなかったがしっかりと黒色になっている。
次に目、目が真っ赤だ。視力も数段上がったようだった。
体の調子はとても良く、むしろ前よりも早く動けるし気配の感知もかなりできるようになった。
どうしてこうなったのか、考えてもどうせわからないから考えていない。
木の弾ける音が心地いい。
これから食べるものがこれらでなければ。
コボルトの串焼きにくにホグバットのスープ。
流石にゴブリンは硬いし臭いし汚いし、ゴムを噛んでいるかのようだった。
食べた後に腹を下した。
消去法でコボルトを食べるしかない。
だが、コボルトが美味いわけもなく、噛みきれない程ではないが硬く、臭みが強い。
香辛料でもあればまだマシになるのだろうが、あるわけもない。
そしてホグバットのスープ。
ホグバットは火で直接熱するとすぐに焦げてしまうのでスープにしかできない。
内臓を取り除いて、何度も洗浄して長時間煮込むのだがそれでもアンモニア臭が強く、最悪の味だ。
それでも食べないよりはマシだろう。
水源はあるし、魔物を殺せば食糧は手に入る。
この階層にいれば死ぬことはないだろう。
あとは途中で探索に来た冒険者等に助けを求めて、一緒に地上へ出る。
のが最善だろう。
が、ここ二週間人の気配すらなかった。
思ったよりも深い階層にいるのか、そもそもボクが放り込まれたダンジョンがまだ未発見のものなのか。
というか、そもそも。
珠のようなものが爆発して、気がついたらここにいた。
あの現象が何かは見当もつかないがあそこら辺一帯、爆発で吹き飛んでいたとしたら。
ボク以外の人間も同じ状況になっていると考えるのが妥当、だろう。
人に遭遇しないのは迂闊に歩き回って体力を消耗するよりも同じ場所にとどまり、救助を待つのが得策だと考えているからだろう。
ボクもそうしているし。
この階層は魔物が弱い、他の階層もさほど強い魔物はおらず、危険を犯して進む必要がない。
そんなレベルのダンジョンなのかもしれない。
なら、そろそろ皆動き始めるだろう。
地上へ出るために。
ボクが調べた階層は脅威になる魔物はいない。
急拵えとはいえ木刀もある。
戦うことはできずとも逃げるには十分だろう。
「進むか」
ゴブリンの硬すぎる内臓で作った水筒に水を満タン入れ腰にかける。
匂いはきついが多分、大丈夫。
だと、思いたい。
どちらに進んだかの目印を残してボクは坂を登った。
「ギャギャァ!」
飛びかかってくるゴブリンを木刀で叩きつける。
階層を上がる階段を抜け道の3階層目に足を踏み入れた。
この階層の魔物も大体はゴブリンくらいしか出てこない。
あとはスライムが何匹かいたくらいだろうか。
空間把握能力が上がったおかげでゴブリンがどこにいるかが手に取るようにわかる。
飛び出してこない限りは極力戦闘はしないように立ち回っている。
「やっぱ、人いたのか」
あの日以来、他の人間を見ていなかった。
だから少しだけ安心をした。
このダンジョンにいるのはボクだけではなかったと。
同時に不安と恐怖が押し寄せてきた。
もう、動かないその人間たちはゴミのように積み上がっていた。
首があらぬ方向に曲がっている者、腕や足の本数が足りないもの、服を着ているペシャンコの肉塊。
多分これは、ボクも遭遇したあいつのせいだ。
命があって、よかった。
「生きる、ためだ」
まだ使えそうなものを探す。
「片手斧、か」
持ち易い、なんだか手に馴染むな。
他にも、腰ベルト、水筒、干し肉などの軽食、ポーションがいくつかあった。
「これは、魔道具か」
死体から綺麗なローブを引き剥がす。
こんだけ死んでれば血の海だったはずなのに、このローブはシミひとつなく綺麗だった。
これもいただくとしよう。
追い剥ぎをみたいなことをしたが、これもボクが生きるためだ。
まぁ、ここでダンジョンに吸収されるくらいならボクが使ったほうがマシだろうし。
干し肉をひと齧りする。
「うんま」
久しぶりのまともな肉、感動するほど美味しい。
贅沢って、幸せなんだなぁ。
装備も整ったことだし、本格的に進んでいこう。
出口が見つからないにしてもせめて美味しい魔物がいる階層くらいには行きたいな。
ーーーー
ヴィルヘルム・ヴァレンシュタイン
年齢 13歳
種族 ダークエルフ(仮)
状態 呪い
装備品 クリアローブ・ハチェット
持ち物 干し肉、水筒、回復のポーション、スタミナムポーション
所持金 銅貨五枚
ーーーー
階層を上がって少し経った。
出てくる魔物も少し変わった。
「クルルルルル」
この階層はさっきまでの迷路型とは一風変わって、だだっ広い空間がずっと先まで続いている。
空を舞う鳥型の魔物はずっとボクの周りにいる。
恐らく油断したタイミングなどを狙って襲おうとしているのだろう。
冒険者ではない死体がいくつか転がっていた。
下の階層ではほぼ見なかっただけで人はいたようだ。
「ゼアッ!」
人の声に思わず味を隠す。
……。
「別に隠れることもないか」
声のする方へ行くと数人の冒険者らしきものたちが魔物と戦い終わったところだった。
さっきの死体といい、装備がかなり整っているな。
魔物も大規模に狩ったようで死体の回収をしている。
その中のなんだか見覚えのある顔が。
「あれは、酒場の」
名前は、知らないな。
ミクモとかいうやつがリーダーだった冒険者たちだ。
姿が変わっているけど、あの一瞬しか顔を合わせていない。
他人の空似的な感じで行けばバレないだろう。
が、なんて声をかけようか。
ヤァ、から入るか?
しばらく人と喋っていないから話し方を忘れた。
まずい、行ってしまう前に何か、何か言わなければ。
ぐるぐると考えているとボクに絡んできた酔っ払いと目があった。
「そこ、コソコソ見てんのは誰だ?」
ギロ
物凄い眼光で睨まれている。
当然の反応だろう。
こんな状況だし。
ボクは武器を床に置きて両手をあげてゆっくりと立つ。
「敵意はない、
周りに人もいない。 ボク一人です」
敵対してしまってはこの先の結末は火を見るよりも明らかだ。
とりあえず話を聞いてもらわなければ。
「お前も災害に巻き込まれたくちか」
「災害、じゃああなたたちも気がつくとこのダンジョンに?」
「そうだな」
原因は、やはりあの珠だろう。
「五年もの間、一人でどうやって生き延びた」
「え、五年?」
何、言っているんだろうか。
五年、って聞き間違いか?
「ボクはこのダンジョンで一ヶ月しか生活していません」
「それは、冗談でも言っているのか?」
大男たち冒険者が武器を構えた。
冗談、じゃない。
くそ、嘘でもいいから合わせておくべきだったか。
あまりに動揺しすぎて声が出てしまった。
どうする、逃げるか?
「ターロイさん、彼多分、
魔物ではないのですが、多分ダークエルフっぽいです
どうしますか」
「……そうだな、一度ミクモのとこで判断してもらおう。
俺があいつを縛る」
どうやら彼らの中に鑑定士がいたようでボクの身元がある程度保証されたようだ。
多分を二度も使っていることは気になるけど。
拘束されるのはまあ、仕方ないだろう。
にしても、ボクはやっぱりダークエルフになったのだな。
モヤっとはするが別にこだわりがあったりしたわけじゃないから気にすることでもないか。
「少しの間、拘束させてもらう」
拘束するとはいいつつもお粗末なものでロープで両腕を縛られたくらいだ。
それも痛くないよう緩衝材を挟んでくれている。
「俺はターロイってんだ、よろしくな」
ボクを縛って引っ張っている男はターロイと名乗った。
筋骨隆々、大柄な肉体からはオークを彷彿とさせる。
背中に背負った大斧は酒場の時に見たものとは少し違う気がする。
「ボクは、ヴァンです」
「ヴァンか、よろしくな」
ターロイはニカっと笑った。
彼はいい奴だった。
歩きのスピードも身長の低いボクにあわせてくれているし、段差のあるところだと引っ張り上げてくれる。
多分酔い方が最悪なだけで普段はいい奴なのだろう。
このパーティーのメンバーもターロイを尊敬しているようだし。
はてさて、これからどうなることかと思ったがなんとかなりそうだ。
「ミクモ、ダークエルフがダンジョンで迷っていた。
一応拘束はしてあるが特に敵意なんかはなさそうだ」
集落らしきところに入った後、一つだけ大きくて豪華な家に連れて行かれた。
ここでミクモが暮らしているそうだ。
ダンジョン内で資源に余裕があるわけでもなさそうだというのに、傲慢なやつだな。
「ターロイ、
俺はいつも言っているだろう。 拘束などしなくていいと」
僕らを見るやいなや金髪イケメンは嫌味を放った。
「だが、もし悪意のあるやつだったら」
「もし悪意があったとしても、俺が片付ける。
ダンジョン内で辛い思いをしてきたんだ。 拘束するなんて可哀想じゃないか」
辛い思い、ね。
死んでたら辛かったかもな。
「す、すまねえ」
「全く、ターロイお前は少し臆病すぎるぞ?」
う〜ん、ボクはターロイのやり方に賛成だな。
ミクモとかいうやつ、少し楽観的過ぎないか?
このやり方、いつか失敗するだろう。
「拘束して悪かったね。
俺はミクモ・オサムだ」
前々から思ってたが変わった名前だな。
北の方の出身か?
「ボクはヴァンです。
よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」
ボクはミクモと暑苦しい握手をし、晴れて集落の一員として認められた。
「ここは二年前にできたダンジョンのオアシスを利用してできた集落だ」
ターロイは面倒見がいい。
拘束の紐はそもそも緩めに結ばれていたというのに外した後、治癒のポーションまでかけてくれた。
あの玉座みたいなとこでふんぞりかえってる金髪野郎の五十倍くらいいいやつだ。
「あの災害、あれの原因はダンジョンが発生したかららしい」
「ダンジョンが?」
ターロイは色々と語ってくれた。
ダンジョンが発生する際、膨大な魔素を取り込む必要がある。
そのため一度辺りを分解して自らに取り込んで再構築してダンジョンが出来上がる。
だから分解しやすくて量が確保できる地下にダンジョンはよく発生する。
だがしかし、今回は規模が異常だった。
発生源は地下深くにあったそうだがその核となるものが大き過ぎて地上諸共取り込んでしまったようだ。
我々が分解されなかったのは構造が複雑だったから助かったのではと言われているが本当のことはあまりわかっていないらしい。
ただそのままの形のままダンジョンに取り込まれてしまい、大パニックになったそうだ。
冒険者だったらまだ冷静に対処できたかもしれない。それも、万全な状態であれば。
この災害の一番の問題は急にランダムでダンジョンの中に飛ばされること。
つまり、何の準備も装備もなくダンジョンに放り込まれてしまったのだ。
ダンジョンに装備なしで移動むなど子供でも理解しているほど愚策、冒険者であったとしても生還するのは至難の業だ。
さらに一般人なんて即死秒読みだ。
まあだけど何や感やあって何人かで集まり、細々と生活をしていたらしい。
そんな時にミクモが現れ、魔物は一掃。
オアシスも発見し、この集落を作ったそうだ。
そのためミクモがこの集落のリーダー的立ち位置で色々と指示を出しているそうだ。
「お前の部屋はあそこの3階だ。
何か困ったこととかあったら相談してくれ」
ダンジョン内で建築したにしては立派なものだ。
普通に村にある木造建築の宿屋と同じレベルだな。
これは嬉しい。
「ありがとうございます。 ターロイさん」
「あ、あぁ」
取られていたものを返してもらってターロイとは別れた。
扉を開けて中に入ると一回は酒場になっていた。
今は全然人がいないがちらほらと酒を飲んでいる人がいる。
静かな酒場だ。
「あら、見ない顔だね。
新入りかい?」
男まさりな口調に少しハスキーな声、緑髪の女将さんが元気に迎えてくれた。
「えぇ、今日からお世話になります。ヴァンと言います」
目が合った。
何だか見覚えがあった。
顔には鋭い魔物の爪で傷がついていた。
「ヴァンちゃんっていうのかい、よろしくね!
あたしはヘルカってんだ!」
ヘルカ、その名を聞いて心臓が跳ねた。
外見は似ても似つかない。
全身に脂肪がついていて球体を彷彿とさせるまさに肥満体だ。
でも、その顔には面影があった。
「ヘル……カ、さん」
「何だい? あたしの顔に何かついているかい?」
確かについてるはついてるが、ボクのこと覚えていないのか。
「ここがあんたの部屋だよ。
何かあったら遠慮せず言いにきな
飯は朝と夜の二食ちゃんとあたしが作ってあげるから下にきな」
一通りの説明を終えてヘルカはドスどすと下に戻っていった。
五年、か。
災害はおそらく魔法的力が働いて発動した。
だからボクは五年後に飛ばされてあの状況になったと考えていた。
だけど、ヘルカはここにいた。
あんな姿だ、まだ確定ではないのだけど……。
難しいことが起こりすぎだ。
考えても何もわからない。
「あー、頭痛い」
最近、よく休めていなかった。
気を緩められる状況ではなかったし、満足に栄養も取れていない。
あー、ベットがある。
こんなダンジョンにもベットがあるんだな。
もう今日は何も考えずに寝よう。
これからのことは次起きた時のボクに任せよう。
今は、休みたい。
彼も大概ですね




