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凡夫道中  作者: カルギウス
消滅する

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2/6

大魔法 聖剣

自信を持ってください

 あの日から三日寝込み、四日落ち込み、五日間いじけている間にこの国を揺るがす大ニュースが発表された。

 エリスが150年ぶりに大魔法聖剣を習得したらしい。

 大魔法聖剣、その名の通り聖剣を召喚する魔法だ。聖剣なんてものは別に、大したものじゃない。

 魔の属性を持つものならば大抵一振りで1000体くらいなら簡単に消滅させ、刃こぼれもせず、壊れることもなく、使用者の全ての行動にバフがかかるくらいだ。大したことない。

 それが150年前に魔王を打ち滅ぼした英雄が使っていた大魔法なくらいだし、大したことない。

 第一魔王がいないんだから使う機会なんてないんだ。だから持ってたって、大したことない。

 全然、大したことないんだ。


「ヴィルヘルム様、その、

 あのゴリラがヴィルヘルム様のへなちょこ魔術と比べて大いに遥かに圧倒的に世のため人のためとなる大魔法を習得したことなんてお気になさらないでください

 大したことありませんから」

「それ、励ましてないことに気づいた方がいいぞ、アルマ」

 わかってる。わかってるさ、比べるものじゃない。

 ましてやあの天才様なんだ、別に気にしてない、気にすることない、気にしたくない。


「はぁー

 ま、切り替えていこう」

 魔術は何もいつまでもこの状態というわけではない、使っていき熟練度が上がれば出力を上げることもできるし、派生して別の魔術を覚えることだってある。

 ただちょっとびりっときてビクッとするだけの魔術のままってわけじゃない。きっと、多分、おそらく。

 それに魔力の使い方だって少しは掴んだんだ。それはかなり大きい。

 魔力の使い方は魔術や魔法だけではない。

 身体能力の強化や武器の強度を上げることもできる。それができるようになったのは3歩ほど前進したと言えるだろう。


「そういえば、

 ヴィルヘルム様がいじけてらっしゃる間に当主様より呼び出しを受けていたのでした」

「お父様が?

 珍しいな、僕のことまだ覚えてたんだ」

 ヴィクトル・ヴァイド、僕の父にしてヴァイド家47代目現当主。

 根っからの実力主義でそれは僕たち息子などにも当てはまる。だから僕は才能がないと見切りをつけられてからは同じ空間にすら入れてもらえていない。

 てっきり僕のことなど忘れているものだと思っていたが、なんのようだろうか。

 とうとう勘当されるのか?


「ヴィルヘルム、よく来た

 まぁ、座れ」

「いえいえ、

 何用でしょうか、当主様」

 僕とこの人はあまり仲良くない。というかそもそもあんまし話したことがない。

 貴族の形としてまあさして不思議でもないよそもこんな感じだ。才のある子、美を持つ子には寵愛を持たざる子たちは道具として自らの家のためになるように使われる。

 まあこの家には実力と美を両方金揃えて生まれてくる子が殆どなんだけどな。


「お前は、出来の悪い子だったな」

 そんなこと、言われずともわかっておりますよ。


「そんなお前を、ほしいと言ってくれる家を見つけた」

 へ〜珍しい。


「何かの間違いではありませんか?

 お兄様方と間違われていらっしゃるとか、そういったこと大いにありうると思うのですが」

 うちは兄弟が多いからな、それに貴族同士のやり取りの中だからな。

 兄の方を婿によこせといったのに名前を間違えて弟の方が来てしまった、なんてよく聞く話だ。


「いや、確かにお前のことを言っていた

 実際に5回ほど私も確認をとったがお前で間違いないそうだ」

 5回って、どれだけ僕のこと馬鹿にしてるんだろうかこの人は。

 てか、とうとう僕も追い出されるのか。

 そうなると、色々とまずいかもな。僕にはまだ、やらなきゃいけないことがあるというのに。


「いっておくが、お前に断る権利などないぞ」

「わかっておりますよ、当主様

 して、婿入りはいつ頃なのでしょうか」

 何も今日明日の話じゃないだろう。


「三日後だ」

「は?」

「三日後、お前の式を挙げる」

 三日後?

 何、いってんだ、このジジイ


「ど、どういうことですか

 まだ会ったこともないのですよ?」

「大した問題ではない、よくあることだ」

 三日後って、確実に前々から話は決まっていたはずだろう。今更三日前に行ってくるなんて、どんな性格してやがるのだか。


「こちらとしても早めに報告したかったのだが、色々と調べるのに時間がかかってしまってな

 遅くなってしまった」

「それでももっと早く伝達くらいできたでしょう」

 三日前に伝えるって、本当どうかしてるって。


「アレクが遠征で確認が遅れたのだ、仕方ないだろう」

 アレクのせいで遅れた?

 わざわざ現地に行って確認をとるほどの相手、ということなのか。そもそもアレクは既婚者だろう。


「まあ、別にいいです。遅れた事に関してはどうでも

 それで、相手は誰なんですか?」

 アレクを直接合わせて確認に行くようなレベルの相手、ヴァイドよりも上位の家系なのか?

 ものすごい歳のとった箱入りおばさんとくっつけられるのだろうか。


「エリアス・ヴァレンシュタイン公爵令嬢だ」

 ヴァレンシュタイン、か。

 この国には三大貴族なるものが存在する。

 一つが僕の家ヴァイド、もう一つがクインズ。

 そしてその三大貴族の中でもずば抜けて偉いのがヴァレンシュタインだ。王族から派生した貴族で実力も折り紙つき、ほとんどが王族の側近として使えている名門一家だ。

 そんな家が僕を婿に入れるなど、信じ難い話だ。

 だがこのおっさんが嘘をつく必要も何もないし、これは本当のことなのだろう。

 つまり、僕は一度も会ったことない女と結婚することになった。


 三日後、か。

 まあ、なんとなく予想はしていたことだ。

 跡取りとしての価値もなく、目立った才もないのだ。そりゃあ縁談の話が来れば懇願してでも承諾するだろうな。

 それがヴァレンシュタイン家ともなれば願ったり叶ったり、放置していたガラクタに物好きが目をつけて高値で買い取ってくれるんだから断る理由なんてどこにもないよな。

 当主の命令とあれば僕も逆らうことはできない。逆らったところで何かが取り消されることもないし、守ってくれるような人もいない。

 第一、僕には社会的価値もこの家でやっていけるような才能も何一つ持ち合わせていない。

 無力だから。

 エリスの才能のどれか一つでも、僕が持っていればこんなことにはならなかっただろう。

 エリスがいなければ母が守ってくれただろう。

 エリスさえいなければ母は死んでいなかっただろう。僕がルーゼと離れ離れになることもなかっただろう。

 エリスさえ、いなければ。生まれてこなければ母が生贄として選ばれ、死ぬこともなかっただろう。

 国は狂っている。

 たった一人の平和な時代の英雄を誕生させるために子供から母親を奪うのだから。


『ヴィリーももう、お兄ちゃんなんだから

 その泣き虫も治さないとね』


 あの頃の母の口癖は今も鮮明に覚えている。

 兄や姉にいじめられて、いつも隠れて泣いていたあの頃の母の口癖。

 何人もの使用人たちが探しても見つけられない僕の隠れ場所を迷うことなくすぐに見つけ出す不思議な母だった。

 お腹の中の子が双子だと分かった時、誰よりも喜んでいた。女の子だと聞いて、経過は順調だと聞いて、予定日はこのくらいだと聞いて、誰よりも喜んでいた。

 我が子のことを聞くたびに嬉しそうに僕に話していた。

 名前はルーゼとルーナにしようってそう話していた。

 二人が生まれた日、誰よりも二人の誕生を心待ちにした母は、もうこの世にはいなかった。

 肉体すら残らず、消滅したそうだ。

 原因はすぐに分かった。

 双子の片割れが神の加護を三つ授かっていたからだ。

 通常神の加護は屈強な精神を持った屈強な肉体の戦士位与えられるものだ。その戦士でさえ神の加護を授かる負荷に耐えきれず肉体を保てなくなるほどその負荷は絶大だ。

 それを赤ん坊が耐え切れるはずもなく、代償に使われたのは生命としてまだ繋がっていたもう片割れの姉妹のナニカと母の肉体だった。

 その子は母の願いとは全く別の名前、国王がつけたエリスという名前になった。

 国中はお祭り騒ぎだった。

 母の死を悼むものはいなかった。

 英雄の誕生に、犠牲など安いものだったのだ。


 皆何かに耐えて生きている。

 それが社会であり、人生だと、昔そう言われた気がする。

 自分なんてものは必要ない、自分を犠牲にし、周囲に合わせ間違わないように生きていく。

 誰かのために、生きていく。

 何も持たない人間はそう生きいくしかない、らしい。

 確かに、夢はない。

 成したいことも、なりたいものもない。

 それこそ英雄になりたいなんて願望はこれっぽっちもない。

 何かに向けて努力をしたとしても、大成するような才能も持ち合わせていない。

 ただ、一つだけ、叶うのならば。

 のんびりと、何者にも縛られずに生きていきたい。

 その時にやりたいと思ったことに挑戦して、本気でやってみたい。

 叶うのならばルーゼとこんな家なんか出ていって家族二人で生活をしてみたい。

 空っぽな人生に何か意味が欲しい。

 それももう、叶うことはないんだけどな。


「ヴィルヘルム様、ヴィルヘルム様、

 どうしたのですか、いつも以上にぼーっとして」

 アルマの軽口も聞き納めか。


「世話に、なったな」

 思えばもう10年くらいの付き合いになるか。


「僕が母様を亡くしてからここまでやってこれたのはアルマ、お前のおかげだよ」

「急に、どうしたのですか

 ご当主様のお話の内容はなんだったのですか?」

 それからアルマに聞いたままを告げた。婿入りの話を

 話したって、どうにかなるわけじゃないんだけどな。


「三日、三日後って、そんな、すぐじゃないですか!!」

「人生は唐突なのさ」

 全ての人生がスケジュール通りに動くことの方が少ない。

 人生設計なんて意味をなさないのさ。


「ヴィルヘルム様は、どう考えているのですか」

 ・・・・・・。


「どうと聞かれてもなぁ、仕方ないんじゃないか」

「それで、いいのですか」

「いいも悪いも、僕が決めることじゃないさ」

「ヴィルヘルム様、あなたがどうしたいのかと聞いているのです」

「僕が・・・どうしたいのか」

「これまでずっと、放置されてきて使えそうだからと勝手に自分の先のことを決められて、

 道具のように使われて、従って、それでいいのですか?」

「今更、そんなこと言えるはずないだろう

 受け入れるしかないんだ、どこにも居場所のない僕だから」

 そう、僕の居場所なんてどこにもない。

 ましてや僕が自由に生きていける場所なんて、この世には存在しない。


「どこにも行ったことのない、臆病者が何を言っているのですか」

「ど、どうしたんだアルマ

 熱くなりすぎだって、落ち着けよ」

「冷静でいられる方がおかしいのですよ、ヴィルヘルム様

 あなたは今から、捨てられるんです

 実の父親から」

 捨てられる、か。


「確かにそうだな

 僕には利用価値がない、ならこの話は絶好の機会だ

 いらない道具を処分できるからな」

「どうしてそんな親の言うことを素直聞くのですか!」

「悔しいとは思わないのですか!」

「確かに、あなたには剣聖の如き剣才も、奇跡を起こすような魔法も使えない」

「でもそんなでも努力をしてきたのはあなたでしょう、振り向いてもらいたくて、褒めてもらいたくて

 認めてもらいたくて、誰よりも努力を重ねてきたのはあなたでしょうっ」

「剣も魔術も血反吐を吐くような思いでやってきたでしょう!」

「それは一番近くで見ていた私が一番よく知っています」

「それでもなんとも思わないような親に、なぜ従うのですか……!」

 気づけばアルマは拳を握り締めていた。

 アルマの声は震えている。涙を堪えているのだろう。

 これまで、僕のことを一番そばで見てきたのは誰でもない、アルマだ。

 僕の無茶な努力にも付き合い、度重なる怪我も文句は言っても丁寧に治療してくれたりしていた。

 僕がエリスに対して抱く感情も、兄弟たちに対する劣等感も、父親に対する憧れも全部、アルマには知られている。


「もう一度聞きます、ヴィルヘルム様」

「あなたは……っ、どうしたいのですか!」

「誰かに決められた人生ではなく、誰かに期待し、希望を抱くでもなく」

「あなた自身が……あなたの本当の気持ちが、今、どうしたいのかを、私は聞いているんです!」

 感情的になったアルマに感化されたのか、いつの間にか心の奥底にしまっていた感情が溢れ出していた。

 アルマの言葉が全て胸に突き刺さる。

 痛くて、苦しくて、それでいて温かかった。


「冒険者になりたい」

「英雄になりたいわけでも、歴史に名を刻みたいわけでもない」

「ただ僕は、僕の冒険がしてみたい」

 小さな頃母から聞いた、母だけの冒険譚。

 憧れた、羨ましいと思った。

 僕もこんな冒険をしてみたいと。


「魔王を討ち果たすような、そんな大層な冒険じゃない」

「僕にしかできない冒険を、やってみたい」

 いつしか僕の頬には大粒の涙が滴っていた。


「なら、いきましょう」

「私、アルマはあなた様の」

「ヴィルヘルム様の専属の従者でございますから、どこへなりともお供いたします」


 これから始まるのは勇者が魔王を倒すための旅でもない、世界一の剣豪を目指す武者修行の旅でも、世界を救うための旅でもない。

 これはこれといって才のない、平凡な少年の当てのない旅、

 その果てに待ち受けるのが何かはまだわからない。

 ただ、この決断はちょっとくらいは世界に干渉するかもね。


人は意外とあなたのいいところを知りません

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