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妖異

「忠告されたって、俺にできることなんか……。」


 妖異に襲われて死ぬしか俺に残された選択肢はないと突きつけられて、頭を抱える他なかった。しかも自分が死んだ後か同時進行でかわからないが、村も廃れてしまうらしい。後悔しないように生きてきたのにこの上ない後悔で熱が出そうだった。

 昨日のサグジの話によると、村を出ていけば自分だけは助かるらしい。ただ村の退廃を止めることはできない。ここに残ることを選んだとして、自分が死ぬのも村が廃れるのも指を咥えて見ているなんてできそうにもない。

 自分にできることは何かないか考えながら教室に戻ろうと一歩踏み出したところで、黒いモヤが目の端に映った。確かな違和感の先に目を向けると、黒いモヤを纏うネズミのような小動物が、窓の桟を駆けた。


「なんだあれ。」


三狐神(サグジ)様のおっしゃっていた妖異。」


 今まで黙っていたカンナビが口を開けた。いつもの感情の篭らない淡々とした声だった。


「え、あれが? 思ったより小さいな。」


「あの程度なら、私が祓う。」


 教室でサグジを祓おうとした際の鉄の棒を再び構えたカンナビは、小さな妖異に向かって先ほどと同じ詠唱を唱え始めた。窓は完全に閉め切っているのに、どこからか風が巻き起こり、カンナビの髪や制服のスカートをはためかせた。


「天につく玉、地につく玉、人に宿る玉。かけまくもかしこき、三柱の大神が一柱、三狐の力を以てその穢れを打ち祓わん。」


 カンナビを取り巻く空気がパチパチと弾けた。電光が走る。思わず目を瞑りたくなる明るさが煌めく。

 妖異はこちらの様子を伺うようにじっと見つめている。


「電光雷轟、かしこみかしこみもうす。」


 カンナビが唱え終わるや否や、耳を(つんざ)く轟音が辺りを揺らした。それはまるで至近距離に雷が落ちたかのようだった。

 俺は衝撃に驚いて、思わず尻餅をついた。埃の溜まった床にはしばらくビリビリと、スマホのバイブレーションとは比にならないような激しい振動が続いていた。


「……高天野くん。」


「はい。」


 やがてしんと静まり返った廊下で、カンナビが俺に声をかけた。

 ことは済んだはずなのに、いまだに心臓の鼓動がうるさく、緊張が解けなかった。肩をこわばらせてカンナビの様子を伺っていると、彼女は何か言いたげな顔で、俺と目線を合わせるようにしゃがんだ。


「私は妖異も視えるし戦える。」


「だな。」


「巫女の仕事は村を守ること。」


「そっか。」


 期待していた反応と違ったのか、カンナビはほんの少し口先を尖らせた。


「……三狐神(サグジ)様がおっしゃっていた妖異たちの修祓。私も手伝う。」


「え。」


 元凶は俺だ。カンナビが妖退治を買って出る必要はないはずだった。

 それに、村を滅ぼしてしまうような神威的な存在を、人にどうこうできるのだろうか。


「なんでカンナビが。」


「そういう決まりだから。これは妖異が視えて、代々神職を受け継いできた神奈備家の使命。」


 カンナビがグイと距離を近づける。鼻息がかかりそうな距離に思わず唾を飲むが、相手は微動だにしなかった。


「そりゃ、手伝ってくれるなら助かるけど、わざわざお前を危険な目に遭わせるわけには……。」


「でも、やらなきゃいけないの。」


 カンナビの目線がふと下がった。彼女の事情をわかってやることはできないが、それを抜きにしても進んで厄災に巻き込みたくなかった。


「気持ちは嬉しいけど……。」


 カンナビは譲る気がなさそうだった。

 正直、妖異と戦えるカンナビが協力してくれるならこの上なく心強い。もういっそのことオカルト同盟を結んでしまいたいくらいだ。


「……。」

 

 そんな願ったりの状況なのに、快く許諾するのを躊躇った。理由はわかっている。目の前にいる彼女の瞳の奥がほんの少し寂しそうに感じたから。


「あの、さ。そりゃカンナビが協力してくれるなら本当に助かるんだけど、そこにお前の意思はあるのか?」


「どういうこと?」


「なんか、ちょっと受け身っていうか。巫女だからそうすべきってのはわかるんだけど、ぶっちゃけお前進んでやりたいわけじゃないだろ。」


「そんなこと、ない。」


 明らかにカンナビの瞬きの回数が増え、瞳がキョロキョロと動いた。


「その様子だと図星か。」


 カンナビは消え入りそうな声で「ちがう。」と、返した。

 

「巻き込んで、もしカンナビが怪我でもしたら、俺は後悔する。」

 

「でも、それじゃあ、高天野くんは妖異に殺されちゃう。」


「そう、らしいな。」


 カンナビを巻き込むのは不本意だったが、現状手伝ってもらう他に打破する方法はなかった。


「うーん、わかっ、た。」


 承諾してもカンナビの表情は変わらなかった。

 どんよりと気まずい空気が流れる最中、俺とカンナビの間を黒く小さな影が横切った。


「あれ。」

 

 見間違いじゃない。

 数メートル先に先ほどのネズミの妖異が佇んでいる。


「カンナビ、あれって。」


「……ねた。」


「え?」


「祓い損ねた……。」


 冷や汗をびっしりかいたカンナビは申し訳なさそうに口を一つに結んだ。

 妖異の方に目を移すと、黒が落ちた床からわらわら湧いて出てきた赤く光る双眸が俺たちを捉えている。生理的嫌悪感を覚えて、喉の奥でひゅ、と空気の漏れる音がした。


「ど、どうしよ……。」


「どうするの!?」


「もう一回能力を使う。」


 カンナビは立ち上がって再び鉄塊を構えると、先ほどと同じように祝詞を唱え出した。しかし、今度はそんな隙を与えてくれそうにはなかった。

 鼠の妖異たちは束になるとジリジリとこちらに歩み寄ってきた。

 急かすようにカンナビの方を見やるが、祝詞を唱えるのに集中しているらしく、瞼を閉じている。


 ——このままじゃ間に合わない……!


 何か時間を稼げるものはないかと自分の体を触っていると、ポケットに入れた鈴が音を立てた。

 御守りや形見に何か効果があるとは思えず、ここにきて何かを祈ったところで回避できる術はきっとない。だから、


「ごめんばあちゃん!」


 鈴を握りしめた右拳を振り上げて、思い切り投げた。鈴は放物線を描いて闇の中に溶けた。少しでも妖異の気を引けたら、カンナビが雷を落とす隙が生まれる。祖母には申し訳が立たないが、二人とも共倒れにならない方法はこれしか思いつかなかった。


「頼むなんとかなれ!」


 すると、カンナビが言い終わらないうちに、鈴が光出す。

 カンナビが放つ光の種類とはまた違い、柔らかく温かみのある色が辺りを染めた。


「……最悪や。やっぱこの鈴壊しとくべきやったな。」


 光の中から現れた人影に息を呑んだ。

 

「呼ばれたんならしゃーない。昨日の菓子パン分くらいなら、気張ったるわ。」

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