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二度目の手合わせ

「それじゃ、始めるんだいにっ!」


 煙が晴れたのを皮切りにおなつは駆け出した。

 目を爛々と輝かせる幼女は、満面の笑みでこちらへ向かってくる。走りにくそうな下駄を履いているにも関わらず、まっすぐと、体をよろけさせることもなく距離を縮める。


「……ッ。」

 

 杭を握る手に力を込める。もちろん相手を傷つけないよう、握るのは本来土に埋まっている先端部分だ。

 昨日手合わせした際におなつが怯懦(きょうだ)になっていたのを見るに、抜いた今でもわずかな効果があるのだろう。

 もとは荒御魂を封じ込めていた祠の周りに打たれていた杭。扱いには気をつけたいが、


「てーいっ!」


 おなつの踵が振り下ろされる。杭の両端を持ち、攻撃を相殺する。

 耳に入るのは木と鉄が激しくぶつかる音。鉄杭から伝わる振動で両腕が一瞬痺れる。


「くっ。」

 

 正直気を使う余裕なんてない。


「ふんっ!」


 一瞬でも気を緩めれば、昨日のような凄惨な目に遭う。

 かと言って、反撃を仕掛けることもできない。相手の攻撃を(かわ)すので精一杯だった。


「避けてばっかで、つまんないんだにっ!」


 小さい身体はよく跳ねる。踊るように飛んでくる回し蹴りが俺の鼻先を掠めた。


「どんな妖異も、戦闘スタイルに必ず癖がある。リクくんには見抜けるかな?」


 後ろの方で声がする。愉悦に浸るような笑い声は集中力を切らす不快なものだった。

 額の汗を拭う。今は目の前の相手だけを見ろ、と自分に言い聞かせて深呼吸をする。

 おなつの攻撃はシンプルだ。体当たりか足技がほとんど。威力はあれど、慣れれば動きの予想はしやすい。


「ぐっ。」


 ただ、それに自分の身体が追いつかない。もどかしい。

 おなつの蹴り技が鳩尾(みぞおち)に入る。勢いそのまま真横に吹っ飛ばされ、地面に転がる。自分の身体がゴムのように弾むたびに、息が詰まった。


「にひっ、気持ちいいんだにっ!」


 無邪気に笑う幼女の声を聞きながら、鳩尾を庇うように撫でた。

 咳き込みながらゆっくりと身体を起こす。


 ——癖、か。


 昔遊んだコンシューマーゲームに巨大なモンスターを狩るアクションゲームがあった。

 モンスターたちの動きは数パターンしかなく、最初は勝てなかった相手にも、繰り返し挑むことで容易く狩ることができるようになった。

 

 ——強攻撃を仕掛けてくる飛竜種のモンスターに手こずったんだっけ。


 ゲームは何度もやり直しが効く。負ければ対策を立て直してまた挑めばいい。

 でも、それは現実世界に適応されない。

 息を整えながらおなつを睨む。彼女はぴょんぴょんと、楽しそうに跳ねている。


 ——どうしてそこまで跳ねる?

 

 考えてみれば、おなつは無駄な体力を使っているように見える。

 まるで自分の中でリズムを作り、それに合わせて身体を動かしているようだった。

 幼稚園児が音楽に乗って支離滅裂にカスタネットを叩くような。

 俺からすると到底理解し難いが、本人にしか分かり得ない旋律を自由に奏でている。それが彼女にとっての正解であるようだった。


『——気持ちいいんだにっ!』


 思い返せば、戦闘中に抱く感想としてはどこか違和感がある。


「そうか。」

 

 一つ、確信とまでは言い切れないが、心当たりを持つ。

 おなつは単体攻撃を仕掛けてこない。いつもコンボ技だらけ。まるで舞うように、楽しそうに、時折混ぜてくる頭突きが彼女の中での強攻撃なのだろう。

 自身の中で作るリズムに体の動きを任せている。完全に感覚で戦っている。

 なら、彼女に勝つ方法はひとつ。


 ——そのリズムを、崩せ。


「うん?」


 おなつのように俺自身の中でもリズムを作る。

 違和感に気がついたのか、顔をしかめるおなつだったが、またいつものステップで前進してくる。


「よし。」

 

 一撃目は必ず右足の回し蹴りか踵落とし。その次にはすかさず左足の攻撃を入れてくる。三歩下がったあとは体当たり。余裕があるときは百パーセント頭突きだ。


「お前の言う気持ちいいって、ここだろ。」


 最初の右足の蹴りが飛んでくるタイミングで顔の横に鉄杭を構えた。風を切るおなつの右足は、俺の顔面を蹴る前で止まる。

 ごっ、と鈍い音が聞こえた。目だけを動かして杭の先を捉えると、目を点にしたおなつの姿があった。


「ふふ、やーらし。」


 ケタケタと笑うヤマツミの声で、自分の失言に気づいた。


「違う、今のはその、言葉の綾だ。」


 変に身体が熱くなる。


「いだぁぁぁぁぁぁあい! もいちゃの読みが外れたんだにぃぃぃぃ!! ああああ!!」


 顔を赤くする俺の横で、幼女は涙目になっている。

 絶命してしまうのではないかと不安になるような濁点混じりの絶叫が山に響き渡った。

 おなつは右脛を両手で抱え、和服に土がつくのも厭わず地面を転がった。

 ポンっと音を立てて幼女の周りを煙が包むと、再び姿を現したおなつはたぬきの姿に戻っていた。


「捕まえた。」


 おなつの両脇を抱えて持ち上げる。ヤマツミはおなつを肥満たぬきだと揶揄するが、たぬきの体重の基準がわからないため、太っているかどうかの判断はできないが……言われてみれば重い気がしなくもない。


「へぇ。昨日の今日でここまで。」


 パチパチと、重い拍手をしながらヤマツミが近づいてきた。


「ヤマツミのヒントのおかげで勝てました。」


「そう。勝てた、ねぇ。そうなら良かったね。」


 山の神は含みのある言い方をした。

 例えるなら、エンドロール後のポストクレジットシーンを匂わせるような物言い。


「どう言うことだ?」


「ぶんぶくの術……!」


「へ?」


 両腕におさまっていた幼女が袖から出した葉を頭に乗せる。すると煙に包まれた彼女はみるみる重く、小さくなっていく。


「あっ。」

 

 抱えきれなくなり、手からこぼれた幼女は真っ直ぐに落ちていった。


「いっっっっってぇぇえ!!??」


 刹那、つま先に筆舌に尽くし難い痛みが走った。

 思わず涙も出た。制服の汚れなど気にする暇もなく、土の上で悶絶した。

 地面を思い切り叩いても痛みが逃げることはない。

 ふざけんな。まじで。

 やり場のない不満をぶつけるように拳を叩きつけたが、しばらく痛みは続いた。先ほどのおなつと同じような動きをしている自覚がある。情けない。

 額を地面につけてうずくまる。つま先に何が落ちたのか確認したくて、ゆっくりと顔を傾けた。


「え。」


 目の前には真っ黒な鉄塊——茶釜が転がっていた。


「あははっ、今日はおなつの勝ちだね〜。」


「ふんっ。転んでもタダじゃ起きないんだにっ!」


 茶釜から声がする。そのままカタカタと自発的に揺れると、ぴょんと跳ね、ヤマツミの胸に飛び込んだ。

 ヤマツミの腕の中に収まる茶釜の隙間からドヤ顔を決めるたぬきは、これ見よがしに声を高らかにしてみせた。ヤマツミの「重……。」と不満を漏らす声は届いていないようだった。

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