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お弁当、リベンジ

 * * *


「昨日ね、弟とちょっと話せたの。」


 開口一番、ライカはいつもよりテンション高めで身を乗り出してきた。

 と言っても、彼女と親しくない人間から見れば、無機質だと捉えられても仕方ないような話し方だ。それでも、朝から嬉しそうなライカを見ると、こちらまでなんだか嬉しくなってくる。


「よかったな。」


「うん。リクくんのおかげ。」


「行動に移したのはライカだろ。」


 感謝されるようなことは何もしていない。

 背中がむず痒くなった。


「でも、きっかけをくれたから。」


 追い打ちをかけられた。

 どうにも落ち着かず、ひと足先に移動教室の準備を始めた。

 一時間目は生物だ。四階の教室まで移動しなければならない。


 ——四階か。


 考えてみればライカと話すようになって、いや、祠に触れてからまだ数日しか経っていない。ライカがサグジに雷を落としたのも四階だったな、なんてたった数日前の思い出を懐かしむように教室を後にした。



 


「今日のお弁当はいつもと違う。」


 昼休み、隣に座るライカは弁当箱を机の上に二つ並べていた。


「そうか。」


「これ、リクくんの分。」


 手渡されたのは紺色のバンダナに包まれた弁当箱だった。


「あ、そっか。ありがとう。」


 昨日からライカに弁当を作ってもらうことになったんだった。昨日は怒涛の一日だったからか、すっかり忘れていた。


「リクくんのアドバイスを受けて工夫したから、リクくんには食べてもらうつもりだったんだけど……やっぱり迷惑だった?」


「いやそんなことはない。ただ、昨日の夜もお世話になってるから、ちょっと申し訳ないなって。俺は受け取ってばかりだから。」


「バイト代……。」


「それはライカのためっていうか、サグジ(あいつ)のためっていうか、ひいては村を救うためだから別に。」


 ライカの瞳には光が宿っていない。ほんの少し尖らせた口から不満が伝わった。

 彼女が欲しい言葉ではないことを汲み取ると、素直に礼を言って受け取った弁当箱の包みを解いた。

 昨日の夜に食べた唐揚げからもわかるように、ライカの料理の腕前は相当なものだ。

 そんな彼女が工夫した弁当だ。楽しみじゃないわけがない。


「いただきます。」


 弁当箱を開けると、ウィンナー、卵焼き、ブロッコリー、大葉とチーズのちくわ巻きなど、昨日とは違い彩のあるおかずが一面に並んでいた。


「へーかわいい、美味そうだな。」


 まずは花の飾り串が刺さったちくわのおかずを口に運ぶ。大きさも程よく、白ごはんが欲しくなるおかずだった。

 咀嚼しながら二段目の弁当箱を開けると、目に飛び込んだのは満遍なく敷き詰められた、

——いなり寿司。


「ごふっ、げほ。」


 思わずむせると、ライカに心配そうな声をかけられた。


「大丈夫? 口に合わなかった?」


「ちがう、そうじゃなくて。」


 白ごはんじゃないんだ。

 作ってもらっている手前、文句は言わないし言うつもりもないけれど、予想の斜め上で驚きを通り越して、可笑しくて吹き出した。

 彼女にとっていなり寿司は外せなかったようだ。

 

 弁当を半分ほど愉しんだころ、ふと昨日の報告をしようと思った。

 本当は昨日のうちに話しておきたかったが、その話題にはならず、今日まで持ち越してしまった。

 俺は改めて、ヤマツミの店で働かせてもらえることになったこと、ヤマツミの神器はおなつというたぬきだということを伝えた。


山祇(ヤマツミ)様のお店で……いいな。」


 ぽつりとこぼした彼女の気持ちに沿うように、「ライカには、店のメニューを考えてほしい。」と頼んだ。


「いいの?」


「ああ、使える食材の費用を抑えようと思うと、俺があちこち回って収穫した野菜が中心になるけど、夏休みだけの限定オープンだし、負担にならないならメニューはライカに任せたい。」


「わかった。十五種類くらい考えればいい?」


「いや、三種類くらいでいいと思う。」


 気合十分なのはありがたいが、仕事量が増えると捌ききれないこともある。

 そこまで大盛況になる可能性は極めて低いだろうが、念には念を。

 ただの高校生にできることなんかたかが知れている。

 その上、頼りになる大人もいない。カミサマもアレだしな。

 脳裏に浮かぶのは糸目のいけすかない青年と、享楽主義の眼帯少女だった。

 もう一柱、ミナカミに頼む手もある。彼なら快く引き受けてくれそうだが、どうだろうか。一度訊いてみよう。


「そうだ、今度ヤマツミの店に行くか。店の雰囲気見た方が創作のヒントになるかも知れないし。」


「うん。」


 今日の放課後はライカの都合が付かず、土日は俺が村での単発バイトをみっちり入れているせいで時間が取れない。チロリン亭への訪問は月曜日になった。

 だが——。


「あっはは、本当に今日も来たんだ〜。」


 眼帯をつけた少女が嗤う。浮世離れした和装メイド服に身を包む彼女は、耳の下で二つに括られた髪を左右に揺らしている。


「覚悟は決めているんで。」

 

 強くなるための近道。俺一人でも、ここに毎日通わなければならなかった。


「ふんっ、逃げ出さなかった点は褒めてやってもいいんだに。」


 二足歩行のたぬきは、短い手を胸の前で組んでいる。サイズの割には態度が大きい。


「どうも。」

 

 昨日抱いた忸怩(じくじ)たる思いも、そう簡単には消えなかった。

 先の尖った杭を手にして、肩にかけていた通学用カバンを地面に下ろす。

 まだ日は傾き出したばかりで、山の傾斜を朱に染めている。

 生ぬるい空気を肺いっぱいに取り込み、目を見開いた。


「お願いします。」


「じゃあおなつ、行っといで。」


 背中を押されたたぬきはどこからともなく取り出した木の葉を額に乗せて、


「どろんっ。」


 呪文を唱えるとおなつの周りを煙が包む。


「それじゃ、始めるんだいにっ!」


 煙の中から現れたのは短く切り揃えられた前髪にまろ眉が特徴の——少女の姿のおなつだった。

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