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バイト先を探そう

 放課後、俺はこの村でアルバイトとして雇ってくれそうな店を何軒も回った。ミナカミが教えてくれたところは、確かにどこも男手を必要とするような店だったが……。


「あー、そこそこ、もうちょっと強く。」


「こう……ですか?」


 カラカラと扇風機に取り付けられたテープと、ノイズがかかったラジオが流れる店内。

 着古された薄紫のカーディガンは、ところどころ毛玉ができている。癖のある白髪を耳の下で切り揃えた老婆の背中を、力を入れて揉む。

 親指がコリコリと、固まった筋肉をほぐすのがわかる。これ以上力を入れたら折れてしまいそうな華奢な体に、最大限気を使わせて親指で円を描いた。


「ありがとぉ、楽になったわ。」


「それはよかったです。」


「はい、これお駄賃。」


 老婆が差し出したのは、旧硬貨の五百円玉だった。


「ありがとう、ございます。」


「”まつかぜ屋”で好きなお菓子買っておいで。」


 完全に孫扱いだ。村にある駄菓子屋であろう店名を挙げられても、それがどこにあるかわからない。


 老婆が営んでいた中古家電屋を後にして、他の店を転々としたが、今日の稼ぎは五百円と、きゅうり五本と、豆腐一丁。


「いや無理! そもそもどこも時給千円切ってるのが信じられん。」


 帰り道、手に抱えた今日の収穫を睨んだ。紙袋の中は青臭かった。

 夏は畑仕事が忙しそうだが、賃金がもらえるというより、そのまま野菜がもらえそうな環境だった。それはそれでありがたいのだが、畑で海産物は育たない。


「もっとこう、効率よく稼げる方法……。」


『——ほな、身体で払ってもらおうか?』


 いつかサグジに言われたことを思い出して背筋に冷たいものが走った。それは最終手段でも、できればやりたくなかった。

 ため息を吐いて(そび)える山を眺めた。荒御魂を祓い、村を守ることが果てしないゴールに思えて肩を落とした。


「山……?」


 そういえば昨日、ミナカミが教えてくれた情報は人手を必要としている店だけではなかった。

 俺は荷物を持ったまま、夜の(とばり)の降りた山へ足を踏み入れた。


 * * *


「えっと。」


 ヤマツミに会う方法がわからず、壊れた祠の前で立ち尽くした。


「かけまくもかしこき、山祇(サンギ)……?」


 祖母に教わった祝詞の冒頭を唱えるも、続きは出て来なかった。

 確か、三柱それぞれに捧げる祝詞があったはずなのだが——。


「その呼び名、好きじゃないんだよねー。」


「う。」


 顎に手を当てて考えていると、少女の声と共に体が重くなるのを感じた。振り返ると、後ろから腰に手を回すヤマツミの姿があった。


「やあリクくん。」


「びっっっくりした。」


 反射的に地面を蹴ってヤマツミの腕を振り解いた。反動で紙袋が少し破れてしまった。

 流石に失礼だったかと、素直に謝ったが、ヤマツミはその反応さえ面白がるように顔に笑みを浮かべている。


「それで、私に何か用?」


「それが。」


「もしかして、お供え物?」


 ヤマツミが指差したのは俺の持っている紙袋だった。


「えっとこれは。」


「見せてよ。」


 ヤマツミはグッと距離を詰めると、紙袋の中を覗いた。

 

「へえ、きゅうりだ。《《おなつ》》にでも食べさせようかなぁ。」


「おなつ?」


「ああ、店に住み着いてるたぬき。好き嫌い激しくて全然野菜食べないんだよね。」


 ヤマツミの方から店の話題を出してくれたのは好都合だった。


「……あの、それ全部あげるんで、その、ヤマツミの店に連れてってくれませんか。」


 このチャンスを逃すわけにはいかない。今度は俺の方から迫ると、ヤマツミは半歩下がった。


「……いいよ。」

 

 ヤマツミは一瞬視線を外した。明らかに迷いがあった。笑顔は崩さないままだったが、その声には少し元気がなかった。


「ありがとうございます。」


 無理にとは、といつものように気遣う言葉を投げる余裕はなかった。

 一縷(いちる)の望みに賭けて、俺はヤマツミの背中を追った。

 

「ここに人間が来るの、いつぶりだろう。少なくとも、年号が変わってからはリクくんが初めてだね。」


 山を登る途中で呟く彼女の声から、息の上がった様子は感じられなかった。


「そう、なんすか。」

 

 反対に、俺は滝のような汗を流している。

 生まれて十六年、これほど舗装されていない坂道を二十分以上も登ったことはなかった。

 この息切れの原因を汗で肌にまとわりつく制服のせいにしてしまいたかったが、一歩前を歩くヤマツミはフリルのついた和装メイド服だ。言い訳は出来なさそうだった。

 これは彼女がカミサマだからなのか、はたまたこの村に住む者に体力があるのか、都会で育ったがために判断できなかった。

 そんなことを考えながら、俺は肺いっぱいに酸素を取り込みながら足を前へ前へ出し続けた。


「着いたよ。」


 やがて傾斜が緩やかになると縁側のある和風の建物が見えた。カンナビの住む古民家と比べるとサイズ感もかなり小さく、こぢんまりとしていた。

 玄関に続く石畳を踏みながら進むと、ヤマツミが引き戸を開けた。


「ただいまー。」


「ヤマツミ遅いんだに‼︎ もいちゃ、お腹が空いたんだに‼︎」


 内装を確認するより先に、小さな影が走ってきたかと思うと、ヤマツミにくっついた。


「えーお昼あんなに食べたのに?」


 ヤマツミが胸に張り付いた茶色を引き剥がすと、潤んだつぶらな瞳と目が合った。

 その生き物は目の周りが黒く染まった特徴的な顔の作りをしていた。犬、にしては小さく、丸みを帯びたフォルムをしていた。


「ああ、この子がおなつね。」


 ヤマツミは毛むくじゃらを抱えたまま俺に見せるように振り返った。


「な、なんだいに? この人間、もいちゃのことが視えるんだに?」


「え、たぬきが……喋った?」


 喋る動物なんて人間の他には、インコやオウムくらいしか知らない。理解が追いつかず、荷物を持ったまま立ち尽くすことしかできなかった。


「なんかこの人間、様子が変だいに。」


 不思議な語尾のたぬきは目を丸くさせてヤマツミの背中に隠れた。


「平気だよ。彼、面白いから。」


「答えになってないんだに。」


 俺を訝しむたぬきにヤマツミの影から睨まれた。

 この歳になってもカミサマが視えるというのは、それくらい珍しいことなのだろう。

 となると、そのたぬきも超常的な何かなのだろうか。


「店に住み着いてるたぬきって。」


「そう、この子がおなつ。」


 おなつと呼ばれたたぬきは顔色を変えなかった。俺に対する警戒心をむき出しにしたままだった。

 そんな緊張を解くように、ヤマツミは灯りをつけて手を鳴らした。


「ようこそ。私の営む甘味処、『チロリン亭』へ!」


「って言っても、もう何百年も前から店は閉めたままなんだいに。」


 おなつが口を尖らせる割には、薄暗い店内は比較的綺麗に掃除されていた。埃は舞っているが、特に気にはならなかった。


「なんでやらないんだ?」


 テーブルには白いレースでできたクロスを撫でた。内装は喫茶店のようなレトロな作りで、SNSでよく流れてくる店と似た雰囲気を醸し出している。

 アクセスこそ大変だが、隠れ家的な面もあり、人気が出るような気がしなくもない。


「わざわざこんなところまで来る信仰心のある村人はもういないのよ。私たちの姿だって、常人には視えないんだし。」


 その声にはどこか切なさを感じた。

 ヤマツミは、本当はこの店をもう一度営業したいんじゃないだろうか。

 全部予想、というより妄想に過ぎないが、意を決して尋ねてみる。


「……あの、俺をここで雇ってくれませんか。」


「無理。」


 間髪入れずに要望を突き返された。そう簡単にはいかないようだった。

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