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河原で

「なんでまた。」


「なんでだろうね。村を作っちゃうところもそうだけど、お互いに手を取り助け合って生きていける強さに惹かれたのかな。」


 ミナカミは懐かしいものを思い出すように、遠くを見つめた。

 彼が思い描くような人間の美しさからは離れたところにいるであろう身内が頭を過り、否定する言葉が喉まで出てきたが、そのまま飲み込んだ。


「ああごめん。人と話すの久しぶりで、つい楽しくなっちゃった。近くまで送ってくよ。」


 あたりはすっかり暗くなり、月光が川の水面でキラキラと反射している。

 俺が家の住所を答えると、槍を持ったままミナカミは歩き出した。


「もう少ししたら、ここで蛍が見えるんだよ。」


 河原を二人で歩いてると、ミナカミがそう教えてくれた。

 蛍なんて生まれて一度も見たことがなかった。お盆に帰る際は、もう時期が終わっていたから。この村の田舎具合を再認識させられるが、それは決してマイナスな意味ではなかった。


「そういえば、どうしてリクには僕たちの姿が視えるんだろうね。」


 独り言とも問いかけとも取れるテンションでミナカミは溢した。


「ずっと信仰してくれてたの?」


 一歩先を歩いていたミナカミが振り返った。そのまま後ろ向きに歩きながら俺の返答を待っている。


「いや、俺はカミサマは、」


 ミナカミが首を傾げると、前髪の隙間から色素の薄い瞳が覗いた。

 月明かりに照らされて、暗闇ながらも何かに期待するような顔が浮かんだ。

 そんな彼の顔を見て、とてもじゃないがカミサマに対して負のイメージを持っていた、とは言えなかった。


「俺じゃなくてばあちゃ……祖母が。」


 咳払いしてそう伝えると、そっか、とより一層ミナカミは笑顔になった。


「昔は、それこそ五百年前かな。そのくらいの頃は、大人にも神の姿が視えたんだよ。」


 それは信仰の強さゆえらしい。今よりもっとカミサマが身近だった時代。人間は神の力や知恵を借りて生活していたらしい。


「今はカミサマが視えるのって七歳までなんですっけ。」


「うん。よく知ってるね。」


「友達の巫女が教えてくれました。」


「それって、もしかして三柱神社の?」


 知っていると言わんばかりに食い気味に詰め寄られて、俺の歩みは止まった。


「そうです。」


「そっかー。彼女にもようやく友達ができたんだね。」


 ミナカミは村のことをよく知っていた。場所も人も、聞けばなんでも答えてくれた。

 ついでにカミサマの中で俺とカンナビの関係を揶揄わなかったのも、ミナカミだけだった。それもあってか、初対面だがなかなかの好印象だった。


「ミナカミは、なんでカンナビが家を継がなきゃいけないか知ってるんですか。」


「ああ、ライカのことかな。その口ぶりだと、彼女に弟がいるのは知ってるね。」


「はい。」


 ミナカミは少し俯いて右手を顎に当てた。言うか迷っているようだった。そりゃカンナビ本人が言いたがらなかった内容を第三者から聞くのも、デリカシーがないと言えばない。


「……その弟、妖異が視認できないらしくてね。能力は使えるみたいなんだけど。」


 それでも、ミナカミは言葉を選ぶように、ぽつり、ぽつりと事情を説明してくれた。


「それが理由ですか。」


「あの界隈では視えないって結構致命的でね。」


 聞けば、カンナビの弟の使う能力は類い稀な才能と呼べるほどの氷を操る能力者だった。ミナカミに言わせてみれば、能力だけ見れば今までの神奈備家の中でも抜きん出ており、術師の中で彼の右に出る者はいないとのことだった。

 俺にはそれのどこが具体的に優秀と称されるのかわからなかったが、カミサマのお墨付きなら俺が訝る理由もないのだろう。


「だからか、あの姉弟はお互いに気を遣っているような気がするな。」


 「まあ、会ったらまたよろしく言っておいて。」と、まるで親戚のおじさんが言うような台詞を置いて、ミナカミは再び歩き始めた。

 カンナビの弟も、それなりの命運を背負っているのだろう。

 俺はひとりっ子だから兄弟を羨ましく思うが、境遇が違えば自身の自由や将来にさえ影響するような存在になってしまうこともあるのだと理解した。


 しばらく沈黙が続いた。コロコロと鳴く夏の虫の声が聞こえる中、ふと、ミナカミに問いかけた。


「そういえば、ミナカミは荒御魂の場所知ってるんですか?」


「え、祠に封印してあると思うけど。」


「それが……。」


 驚いたことに、ミナカミはあの祠が壊れていることは知らなかった。あれだけ村のことに詳しかっただけに意外だった。

 事情を説明すると、「どうりで三百年くらい前から妖異の数が増えたわけだ。」と、一人合点がいったように手を鳴らした。


「残念ながら、僕もどこにいるかまではわからないな。」


 何かわかるかと思ったが、そうも簡単にいかず俺が肩を落としかけたタイミングで、ミナカミは「ただ、」と続けた。


「解き放たれたのが千年前に村を襲ったあの荒御魂なら、山を壊すもの、川を汚すもの、村を襲うもの、の三体なんじゃないかな。力を蓄えているなら、きっと次に現れるのは、この三箇所だと思う。」


「広いですね。」


 山ひとつとってみても、村の半分を囲むほどの広域だ。

 村のどこかで息を潜め、虎視眈々と村を襲う機会を狙っているのだとすれば、あまり悠長なことも言っていられない。一刻も早くサグジの神器を見つける必要が——あるのだろうか。


 正直、ヤマツミとミナカミで事足りそうな気もする。

 山に現れた妖異の類はヤマツミが祓うと約束してくれた。ミナカミだってここまで協力的だ。


「その荒御魂たちって、やっぱりカミサマ全員でかからないと倒せないんですか。」


「んーどうだろう。それぞれ適性があるからね。」


「適性?」


「僕はこの川縁でこそ真価を発揮する。ヤマツミだってそう。村に出現した荒御魂を祓うのに適しているのは、やっぱり彼なんじゃないかな。」


 脳裏に浮かぶのは、関西弁で糸目のあのいけすかない男。

 淡い期待を打ち砕かれ、大きな溜息を一つ吐いた。


「……彼のことだから、協力しないって断られた?」


「え。」


 思わず隣を歩くミナカミの方を向くとバッチリ目が合った。ミナカミはやっぱり、と笑って「無理難題でも押し付けられた?」と聞き返した。


「高天原にある神器を見つけて供物を都度捧げれば協力してやらんこともない……的な。」


「え、あいつそんなこと言ったんだ……。」


 ミナカミの声色からして、サグジの発言に引いてることがわかる。

 眉間にも皺が寄っているのだろうが、目にかかるほど長い前髪に隠れて見えなかった。


「そもそも神器を高天原に置いてきた挙げ句、遊び呆けて出禁になったから何もできないくせに、三百年も村放置して信仰がないのは自分のせいなのに人間に供物を要求するなんて、神の風上にも置けないクズじゃないか。」


 早口でそう捲し立てると、ミナカミから放たれる見えないオーラが一層暗い色になった気がした。

 サグジに対して思っていることはヤマツミと相違なかった。


「それで、リクはどうするつもりなの?」


「そうですね。高天原にある神器は俺じゃどうしようもできなさそうなので、まずは餌付けようかと。」


「なるほど。」


 腕を組みながらミナカミは唸った。


「あの、ちなみになんですけど、そもそも人間が神の住まう場所に足を踏み入れるなんてできるんですか?」


「……一つだけ方法はあるよ。」


 顔を顰めたままミナカミは溜息混じりに答えた。


「サグジみたいに、生贄に選出されて神になれば、高天原にはいける。」


 その瞳に光は宿っていなかった。

 吹き過ぎた夜風が、汗ばんだ背中を撫で、思わず身震いした。

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