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カミサマの享楽

「だって、わざわざ人間を助ける義理、私にはないし。」


 ヤマツミは口元に人差し指を当てて顔をやや傾けている。飾り気のない言葉で答えたかと思うと、さらにこう続けた。

 

「ああでも、リクくんは私の期待を裏切らない限り、見殺しにはしないから安心して。」


「期待って……。」

 

 俺は唾を飲んだ。彼女は敵に回したくないと思った。

 ヤマツミは理不尽で、己の快不快を指針とし、おまけに享楽主義といった要素まであるように思われた。

 サグジとは違い、ヤマツミには神様を名乗る説得力があった。


「こいつの言うこと信用せん方がええ。ロクなことならんで。」


 それ故か、サグジの言葉に耳を傾けようとは思えなかった。先ほどから沈黙を貫いているカンナビはというと、口を挟めないのか、二柱の神を交互に見ては短いため息を吐いている。


「曲がったことが嫌いなところとか、勢いで神様殴っちゃうところとか! これを面白いと言わずしてなんと形容しようか。」


 ヤマツミの瞳には俺の呆けた顔が映っている。それがわかるほどに近い距離で、彼女は目を爛々と輝かせていた。

 

「人間は嫌いだけど、それは自分のことしか考えてない人のことね。リクくんは誰かのために怒れるし、つまらない人間じゃないでしょ?」


 はい、としか言わせてもらえない雰囲気だったのに、嘘はつけなかった。

 気づいたときに俺が口にした言葉は、自己を否定するものばかりだった。


「……俺は利己的で、受動的で、積極性もないし、あんたのイメージしてる人物像とは、かけ離れてますよ。」


 ヤマツミは二度瞬きをすると、俺から距離を取った。彼女は貼り付けたような笑顔を消すと、ほんのり口を尖らせた。

 

「じゃあさ、自分のせいで祠が壊れたんじゃないって知った今、村のことなんてどうでもいいって思う?」


「それは。」


 妖異が視えるだけの自分に何かできるなんて思わない。ここは神やカンナビのような特殊な人間に任せてしまいたい、なんて考えがないわけでもない。

 それでも、俺らでなんとかしようって最初に巻き込んだカンナビとの同盟をここで解消させて、知らぬふりをしてしまうというような無責任な選択肢は、自分にはなかった。


「やっぱり面白いねリクくん。あんまりにも可哀想だからさ、荒御魂、祓ってあげよっか。」


 ヤマツミは眉尻を下げて歯を見せると、願ってもない提案を口にした。


「本当に?」


「ただし、この山に害をなすやつだけね。」


 俺が言い終わらないうちに、ヤマツミは被せて言った。山に限定する理由は何かと訊くと、それはね、と溜めて


「私の山だから。」


 手を広げたまま得意に答えたヤマツミは、その手をスッと上にあげた。


「なんや始まったわ。」


 横槍を入れるサグジは諦めたようなため息を吐いた。

 なにが、と聞くよりも先に柔らかい土の地面に鮮やかな双葉がいくつも芽を出した。

 そのまま地面から目を離せなかった。双葉はやがて蕾をつけ、小さな花を咲かした。

 赤、青、黄、白、まるで花畑のようにヤマツミを中心に地面がカラフルに染まっていく。

 目の前で大掛かりな手品が行われているようで、心が奪われた。


「私はね、この山を自由に操れるの。」


 声がしてようやく顔を上げることができた。彼女は蔦だけではなく、山全体を操れるのだと言う。


「まあ逆にいえば、この山出ちゃうと何もできないんだけどねー。」


 ヤマツミは苦笑しながら肩をすくめた。

 物騒なことを言ったり、蔦で神を叩きつけたりする意外にも、可愛らしい技を使えるのだと、そのギャップにほんの少しだけ和んだ。場違いな感想なのは分かっていたが、彼女の見た目のせいもあってか、緊張で固まっていた頬の筋肉が緩んだ。


「すごい。」


 思わず感嘆の声を上げるカンナビも、ヤマツミの能力に魅入っていたようだった。


「巫女の君は?」


「え。」


「リクくんに着いてきたってことは、一緒に荒御魂を祓う約束でもしたの?」


 ヤマツミはテンションを変えずにカンナビに話を振った。


「はい……。」


 元はと言えばカンナビから手伝わせてほしいと頼んできたのに、彼女の返答は歯切れが悪いものだった。

 

「年増、こいつ雷も当てられへん無能巫女やで。」


「おいサグジ。」


 呼びかけたはいいものの、そこから先は言葉にできなかった。俺にはまだカンナビの能力の詳細がわからない上に、なかなか対象に雷を落とせないのは彼女なりの悩みであるようだった。下手なことを言うと傷つけてしまいそうで、カンナビの様子を伺った。


「ふーん、そうなの。」


「えっと、当たりは、しました……サグジ様に。」


「サグジに?」


 ヤマツミは声を一層大きくしてカンナビの話題に食いついた。申し訳なさそうに頷くカンナビとは反対に、また先ほどの笑顔に戻ったヤマツミは声を出して笑った。


「あははっ、なんでサグジにばっか罰当たってんのよ、神なのに。」


 俺は思わず笑いに釣られそうになって上がる口角に力を入れて自制した。

 思い返せば俺に殴られて、カンナビに雷を当てられて、ヤマツミに上空から叩きつけられてと、二日間だけでもサグジは散々な仕打ちを受けている。


「せやからあんとき殺しとくべきやってん。余計なことしよってからに。」


 舌打ちをするサグジを気にも留めず、ヤマツミは笑い続けている。


「助けて正解だったね、リクくんに負けないくらい面白い彼女連れてきてくれるんだもん!」


「だから彼女じゃないです。」


 俺がわざわざ「カンナビ」と苗字で呼ぶのも、周りに噂されたくないからだ。女子が男子の名前を下で呼ぶよりも、男子が女子の名前を下で呼ぶ方が「付き合っている」という目で見られやすい。俺はともかく、カンナビに申し訳ないと思った。男子生徒に良く思われていない自分が恋人であるメリットもないし、そもそも友達、になったばかりだし。

 それにカンナビは異性と付き合う、といったことにも興味がなさそうだと思った。


「そんなんどうでもええわ。で、自分今日二回目やで。」


 サグジの使う二人称の「自分」が誰を指すのかわからなかった。


「何が?」


 それが俺に向けられたものだとわかるのに、少しの間を要した。

 サグジは眉間に皺を寄せている。


「オレ、不必要に呼び出すなっちゅうたやんな。」


「いやでも、鈴を鳴らして現れたのはヤマツミで……。」


 助けを求めるようにヤマツミの方を向いたが、彼女はピンと来ていないようだった。


「鈴? ああ、昨日サグジに投げられて怒ってたやつ?」


「はい。え、この鈴を鳴らしたから来てくれたんじゃ。」


 ポケットから出した鈴をヤマツミに見せつけた。揺れた鈴がリンと鳴った。


「ごめん、知らない。」


 顔の前に持ってきた右手を振りながら、ヤマツミは否定した。

 そしてある一つの予想が頭に思い浮かんだ。それはどうしようなく外れて欲しいものだったが、サグジが腕を組んで一定のリズムで人差し指を二の腕に当てている様子を見るに、その願いは早々に打ち砕けた。


「もしかして、お前限定なのかよ!」


 荒げた声により、数羽のカラスが木々から飛び去った。

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