9 成長させる為に ~2~
「何を考えてるんですかマリさん!! Cランク冒険者を騙してAランククエストと嘘をついただけでなく実はSランクに登録されている魔物を1人で戦わせるなんてッ! こんなの冒険者免許停止処分じゃ済まない案件ですよッ!!」
今までない気迫で怒るララに対して、一切動揺する様子を見せないマリーンは落ち着いた様子で煙管を吸う。
「だからお詫びに来たっていってるでしょ。 あんまりカリカリすると老けるぞ」
「だったらッ! だったら最初っから正式な手続きと思いある行動をしてください! だからいつまで経ってもギルドの借金返済が減らないんですよバカぁぁッ!」
「バ、バカとはなんだバカとは。 自分でいうのもあれだが、こんな見た目でも歳はそれなりに行ってるおばさんだぞ私は。 もう少し年上への敬意という物をだな」
「敬意を見せてほしければそれなりの行動を示してから言ってください! マリさんのバカバカバカァァッ!!」
ララの正論にぐうの音も出ないのか、マリーンはここでようやく困ったような表情をみせた。
「・・仕方なかったんだよ。 今回は色々な事情があってフェンリルを見つけなければならなかったし。 それに何より彼の為もあったしね」
「へ、ボク・・ですか?」
急に指名を受けて動揺するナナシノだが、マリーンは気にせず話を進める。
「ナナシノ君。 今回の出来事でキミが手に入れた物はなんだと思う?」
「え・・えっと・・・報酬?」
冒険者になる為に上京して早1年。
今まで日銭を稼ぐための仕事はいくらかしてきたがあれだけの報酬を手にするのは初めての事だった。
それはとても嬉しくて、心が躍っていた事が自分で分かる。
「確かにキミは今回のクエストで膨大な報酬を手にする事ができた。 でもね、キミはそれ以上に大きなものを手に入れたんだよ」
「それ以上に大きなもの?」
「経験だよ」
答えを言葉にして出したマリーンの声を聞いて、ナナシノは胸の辺りが暑くなった。
「キミは今まで周囲から役立たずや無能と罵られてきて自分には何もない人間だと思い込み続けてきた。 そのせいで何かを達成するという経験を積む事もなく今まで生きてきたんだ」
マリーンの言う通り、ナナシノが今まで過ごしてきた中で達成感を得た事はほとんど無いに等しいものだった。
たまに出来なかった事が出来るようになった事や、やり遂げた事があったとしても周囲からはそれが当たり前だと言われ褒められる事も称えられる事もなかった。
しかし、今回のクエストでは近くにマリーンが見張っていたとは言えあのフェンリルを1人で倒す事ができたのだ。
その時の身体全身から込み上げてきた熱量は確かに、達成感に溢れでていた。
「スライムも倒さなかったキミがSランクの魔物を1人で倒した。 此れはキミのこれからの人生で絶対に役に立つ経験だ。 それを実感してもらう為に私はCランククエストだと言ってフェンリルが出現するであろう神域に案内したんだ」
確かに、マリーンの言う通り今回のクエストの事をナナシノは生涯忘れる事はないだろう。
無理だと思っていた現実の壁を自身の力で乗り越えた経験と達成感は、たった1日の出来事で殻に籠っていた自分に光が差し込まれたような気がしたから。
「・・・はぁ。 あーもぉーわかりました! 分かりましたよぉ~! それなりの理由があってマリーンさんがこういった行動にしたのかはよくわかりました!」
「おぉ! 流石はギルド一の美人職員!」
「し・か・し!」
このまま褒めて怒りを鎮めようとしたマリーンの考えを一蹴するかのようにララは座った目でマリーンを見る。
「今後、勝手にこのような行動をされた場合はギルド長に報告してそれなりの処分も検討しますので! どうかご自重してくださいね!」
「そうかそうか! それじゃあ今回の件は水に流してくれるんだね!」
「仕方ありませんからね。 今回だけですよ!」
ララは腕を組んで椅子に座り、2人に用意した同じ飲み物を飲む。
「それで? 確か書類を渡しに来たと言っていましたが何の書類を?」
そこで冒頭にマリーンが言っていた話を思い出し、ララは話を切り替えた。
「それはね~・・これだよこれ」
「ん~~? 魔物のテイム申請許可書? マリさん何か魔物をテイムしたんですか?」
テイムとは魔物を手懐けて従わせる魔術の事だ。
魔術で召喚されて契約する使い魔とは違い、魔物が自分の意志で人間を主として認め従わせる魔術である。
しかしこれは高難易度な魔術とされ実際に扱う事が出来る人間は数えるくらいしか存在しない。
「そうなんだよね。 私もまさか成功するとは思ってもみなくてさ。 実は困ってるんだよ」
「マリさんが困惑するなんて珍しですね。 一体どんな魔物をテイムしたんですか? 何故か魔物の種類を記載する箇所には何も書かれていませんが」
マリは煙管を最後の一吸いを終えて一拍おく。
「実は、フェンリルのテイムに成功したんだよね」
「そうですかフェンリル・・・の・・・」
「へ~、フェンリルの。 そんな魔物いつのま・・に・・」
ナナシノとララの視線が合う。
しばらく見つめ合う形で動きを止めた2人は数秒後、再度ギルドの外まで響く大声を上げた。