In other words
菅生と深夜の電話した次の日、俺たちは待ち合わせて街に出かけた。
「やっぱり行かないとダメ?」
うるんだ瞳で菅生は訴えかける。往生際の悪い奴だ。
「昨日お前言ったよな『人を怖がらせる奴は最低だ』と」
「うん」
「昨日鏡に写った自分を見て悲鳴をあげたのは?」
「わたしです」
取調室で自白する犯人のように力なく答える。
「ならその鬱陶しい髪をどうにかしようか」
「美容室ぐらい、わたし一人でも行けるわよ」
「お前一人だと、ちょっと切って、はいお終いだろ。今と変わらん」
「うう、鬼、悪魔」
「怨霊にいわれてもな」
美容室でヘアカタログを見ながら菅生が問いかけてくる。
「ねえ、あんたはどんな髪型がいいと思う?」
「俺がどう思うかより、どんな自分を演出したいかだろ」
「いいから、あんたの好きなのを教えなさい」
「好きなのっていわれてもな、よくわからん。とにかく重すぎず、柔らかい感じにしたらいいと思うぞ」
横で美容師さんが生暖かい笑顔で見ている。
「それじゃあ、ミディアムレイヤーはどうでしょう。レイヤー入れたミディアムレングスです。レイヤーで軽い感じになりますし、女性の柔らかさがだせますよ。清楚な印象ですし、巻くとかわいくアレンジできます」
美容師さんが何か呪文を唱え、写真を見せた。
「「じゃあそれで」」
海の事は漁師に問え。俺たちに異論はなかった。
「なんか落ち着かない。ビキニアーマー着て歩いている気分」
「妙にリアルな例えだな」
美容室をでて、前髪も切り、軽やかになった菅生がつぶやく。髪が整っただけではない。これまで重い髪に隠されていた瞳が露わになった。それは少し前までの虚ろなものではない。色鮮やかな光を放っていた。
街を歩く。これまでと空気が違う。道ゆく人たちが振り向き、菅生を見ていく。
菅生は怯えた表情をしている。俺は右手を伸ばし、菅生の左手をぎゅっと握る。
「な、なにを……」
菅生は顔を赤らめ、引き攣った表情で俺を見つめる。
「逃がさないからな」
菅生は一層顔を赤らめ、うつむく。
「次いくぞ」
「へっ、次って?」
震える声で菅生は問う。
「デパートの化粧品売り場」
菅生は表情も動きも固まってしまった。
「ひぇ。いいわよメイクなんて。まだ高校生なんだし」
「なにいってる、若さに甘えるな。島じゃ海の照り返しが強いから日焼け止めはマストだし、化粧水もよく使ってた。隣の源じいもばっちりしてたぞ。」
「わたしの知ってるメイクとちがう……」
「高校生ならメイクしなくて、スキンケアをするぐらいでいいと思いますよ。洗顔と保湿と日焼け止めかな。
洗顔はぬるま湯で顔を洗い流し、洗顔料をしっかり泡立てて、皮脂が出やすいTゾーンから。頬や目もとは皮脂が少ないので軽く優しく洗って下さい。
保湿は肌にうるおいを与えるため化粧水をつけましょう。化粧水だけだと水分が蒸発して肌が乾燥するので乳液もつけて下さい。
日焼け止めをしないで紫外線に当たると、角質が固くなって乾燥や毛穴の目立ちの原因になってしまいますので使いましょうね。
そして大切なのが肌質です。オイリー肌、乾燥肌、普通肌、混合肌とあります。肌質によってスキンケアも変わりますので、どれになるか見ていきましょう」
デパート一階の化粧品売り場、菅生は虚ろな眼でお姉さんの説明を受けていた。
「疲れた」
デパート屋上のベンチで、基礎化粧品の袋をかかえた菅生がつぶやく。空を見つめる目の焦点があっていない。表情は死んでいる。が、お姉さんにしっかりメンテしてもらった肌はつやつやだ。
風に吹かれ、軽やかに舞う黒髪は暮れゆく夕日を浴び儚い憂いを放っていた。
「これでも飲んで元気をだせ」
俺は買ってきたミルクティーを菅生に渡した。
「……これだけじゃ足りない」
菅生はすすりながら不満をのべる。
「もっと甘い飲み物がいいのか、それともホットドッグでも買ってこようか」
「違う。あれ」
菅生が指さす先には茜色に染まる観覧車があった。
ゴトゴトと小さな音をたて観覧車は登っていく。
「加賀見、今日は悪かったわね。色々付きあわせて」
「恨みごとを言われるとばかり思っていたんだが」
「……わたしそこまで恩知らずじゃないわよ」
暮色蒼然の移ろいゆく空の色を眺めながら菅生は言った。
「なんでだろうね、昨日と世界が違ってみえる」
「きれいな夕日だからな。それに見てる場所も高い」
「見ている場所が違うか。そうかもね。わたし今、世界の誰より高い所にいる」
「大げさだな。デパートの観覧車だぞ」
「ううん、大げさじゃない。ここは星の世界に限りなく近い場所」
「……昇天するんじゃないぞ。まあ喜んでもらえてなによりだ」
俺たちは頂上へとゆっくりと登っていく。
太陽は徐々に輝きを失い、優しい光を放つ月が姿を現す。
今日という日が終わりを告げようとしている。
「明日も朗読の特訓があるのよね」
「ああ、しんどいかもしれないが形になるまでもう少し我慢してくれ。目途がついたら練習は止めるから」
「だれも止めろとは言ってないでしょ。ここまで来たら最後まで面倒みなさい」
菅生は口をとがらせ、すねたような表情をする。
「何が言いたいんだ。練習がきついんで減らしてくれって話じゃないのか」
「そういうことじゃなくて、あんたが色々やってくれてる事を認めているというか。つまり何を言いたいかというと……」
菅生は顔を背け、白く輝き始めた月を見ながら静かに言った。
「ありがとう」
最後の「ありがとう」には色々な意味を込めています。皆さん想像してみてください。
連載二作品同時進行、流石にきつくなってきました。皆さまの応援が活力になります。ブックマーク、いいね、お願いします。