紡ぐ月
一日の休みを入れたおかげか、今日の菅生は練習に熱が入っていた。きっと疲れがたまっていたのだろう。土日の明日明後日は休みにした。休みも大切だ。
土曜の夜11時、携帯の呼び出し音が鳴る。発信者【菅生 麻衣】。何事だ、緊急事態か。
「もしもし」色々な想像を巡らせながら電話にでる。
「ごのぶぁっかやろうー、なんでぇごとずるのー」
涙まじりの怒号が飛んできた。解せぬ。
「落ち着け。何があった」
「何があった?ふざけんな。こんなもんよこしやがって」
「なんのことだ?」
「あんた、昨日『朗読の参考に』ってDVDくれたよね。あれ見てたら、DVDプレイヤーから悪霊が這い出てきた」
「どういうことだ。その悪霊は今そこにいるのか」
「今、車で逃げてる主人公を追いかけている所。あ、写っていたバックミラーから飛び出してきて主人公襲っている」
I see そういうことか。黒崎沙織の朗読会DVD渡したが、間違って彼女出演のホラー映画渡してたんだな。うん、俺が悪い。素直に謝ろう。
「ごめん。俺が悪かった。とりあえずDVD消そう」
「消して大丈夫?デッキから這い出てこない?」
「こないこない。とにかく電源切って」
ぐすんぐすん言いながら菅生は指示に従う。
「本当に悪かった。渡すDVD間違えた。とにかくあれは単なる映画だから」
俺の説明にも菅生はひっくひっくと泣き止まない。
「そんなことは解っているのよ。けど駄目。今にもドアが開いてやってきそうで。どうすんのよ、今日両親いないのに。ねえ、あんた。電話切るんじゃないわよ。切ったらあんたの所に携帯から這い出ていくからね」
生き霊になると仰られるか菅生さん。出来そうなので怖い。
「そもそもホラーってなに。あんな世界、わたし理解できない」
お前がそれを言うか。突っ込みたいところだが、引け目があるのでそれは出来ない。
「なにか気が紛れる面白い話をしなさい。笑えるあんたの失敗談とか」
「笑える話って言われても。難易度高いぞ、それ」
「……なければコイバナでもいいわよ」
「コイバナも『女心が解らないやつ』って言われていたからな」
「どういうシチュエーションで言われたの」
「小学生の時クリスマス会で『サンタの服は何故赤いのか』を力説したんだ」
「どんな話なの」
「サンタの服が赤いのは、スポンサーがコ〇コーラだからなんだ。90年前コ〇コーラが広告で、会社のイメージカラーである赤を着たサンタを使ったのが広まったという説がある。他にも司教の服が赤だったとかあるけど、昔は緑とか紫とかいろんな服のサンタがいたこと考えると、赤がメインカラーになったのはコ〇コーラの影響は無視できないと思うんだ。だからもしペ〇シ・コーラがスポンサーになっていたら、青色一色のクリスマスの世界線があったかもしれない。
そのもしもの世界を語っていたら、女子から『ロマンをぶち壊すな』って叩きだされた」
「それは女子が正しい。コイバナじゃなく、恥ずかしい話じゃない、これ」
笑い声とともに夜は更けていった。
「ああ、笑った。あんた島でそんな事してたんだ」
「楽しんでもらえて何よりです」
「島の生活とこっちの生活、比べてどう」
「生き死にの境界がこっちは曖昧かな。
蛇がでっかい獲物を飲み込んで、細長い胴体の一部だけが5倍に膨れ上がって、それがズルズルと体の下に動いていく光景。そういうのを島では何度も見た。残酷とかいうなよ。これは自然の摂理だ。
俺たちだって釣った魚を捌いたり、鶏を絞めたりしていた。弱肉強食とかいって斜に構えるのも、かわいそう助けてあげてと偽善的になるのも的外れだ。だからこそ『いただきます』『ごちそうさまでした』の言葉の重みが、こっちとあっちでは違っていた。命が無条件で繋がるものではないと解っているから『またね』『久しぶり』に込められる思いが違っていた。
生きるってのは色々な業を積み重ねていくことなんだ。それがこっちは、ぼやけている」
「……島に帰りたい?」
「いや、あそこは素晴らしい所だが、俺は出ていく時期にきていた。ここから次に進まないといけない」
「淋しくはないの」
「……空を見てみな、月がきれいだろ。けど島の月はこんなもんじゃないぞ。
焔のように大きく輝く星、針のように小さく瞬く星、こっちじゃ見えない星を周りいっぱいに引き連れて、女王様の行幸だ。
島は地上の灯りが少ない。その分夜空の迫力は圧倒的だ。こんな夜はみんな月を眺めている。
あいつらと俺のつながりは切れちゃいない」
淡雪のようにとけてしまいそうな、輪郭のぼやけた月が空に浮かんでいる。
「いつか、その星空を見に行きたいわね」
俺たちは月の光につながれて、いつまでも空を見ていた。
前回にも述べましたが、この島は実在する瀬戸内海の島をモデルにしています。
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