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レッツ・レッスン ヒア・ウィ・ゴー

放課後、俺と菅生は膝を突き合わせて話し合っていた。



「今年の題材はアンデルセンの『パンを踏んだ娘』。それを朗読担当と司会・演出担当の二つに分担してやるわ」


「『パンを踏んだ娘』?アンデルセンでもその話は聞いたことがないな。どんな話なんだ」


「まあメジャーな話ではないからね。あらすじはこうよ」







インゲルという、美しいけれど見栄っ張りで高慢な少女がいました。彼女の家は貧しく、奉公にでることになりました。ある日のことインゲルは里帰りすることになり、主人から新しい服と靴を買い与えられ、おみやげにパンを持たせてもらいました。インゲルは帰って、きれいになった自分を見せびらかせてやろうと思いました。


帰る途中に沼があり、道が溢れた水でぬかるんでいました。このままでは靴や服が汚れてしまう。インゲルはぬかるみにパンを投げ入れ、それを足場にして渡ろうとしました。すると足を乗せるとパンは吸い込まれるように沈み、インゲルは沼の底まで沈んでいきました。



沼の底には悪魔のお婆さんがいました。悪魔はインゲルを地獄に連れて行き、像にして飾りました。像になったインゲルの顔に、カエルや蛇が張り付いてきます。けれど体は動かせないので払い除けることがきません。激しい空腹に襲われます。足元にパンはあるのですが手はぴくりとも動かないので食べることもできません。終わりのない苦しみに、インゲルは恨みの声をあげました。


「何故あれしきのことで、こんな目に合わないといけないの。なんで私だけが罰を受けるの」



インゲルのことは地上にも伝わっていました。沼に沈んでいくのを見ている人がいたのです。その話を聞いた人はみんなこう言いました。「なんて罰当たりな娘だ。地獄に落ちて当然だ」と。それを聞いたインゲルは、より一層苦しみました。


だけどたった一人、インゲルのために涙を流す少女がいました。

「なんてかわいそうな。罪を犯したら、どれだけ謝っても許しは得られないの。神様どうかお助け下さい」

少女はインゲルのために来る日も来る日も祈りました。この涙はインゲルの心に響きました。この祈りはインゲルの心の闇を晴らしました。


そして時は流れ、おばあさんになった少女は天に昇っていきました。

神様の前に立った少女は祈ります。「インゲルをお助け下さい」と。

その祈りはついに届き、インゲルは小鳥に変わり、地上へと羽ばたきました。



小鳥となったインゲルはパンくずを一生懸命集めました。

集めたパンくずは自分では食べず、お腹を空かせた他の鳥に分け与えました。

来る日も来る日も分け与えました。

そして分け与えたパンくずが、あの日踏みつけたパンと同じ量になった時、小鳥は真っ白なカモメになりました。カモメは太陽の光の中に飛んでいきました。







「ざっとこういう内容」


「ストーリーがハードだな。アンデルセンなら『人魚姫』とか『みにくいアヒルの子』の方が受けると思うんだが」


「まあ一般向けならそうでしょうけど、うちはミッション系だから」


「どういう意味だ?」


「他所だと『パンを踏んだ』って『食べ物を粗末にする』って意味だけど、うちだと違ってくる。パンはイエス様の肉体の象徴。それを踏みつけたということは、七つの大罪の『高慢』を犯したことになる。その贖罪として七つの美徳の『慈愛』を積むことで許されるという話なのよ」


「……布教活動の一環か」


「まあ、どの世界もシェア争いは大変だから」


「この内容を菅生の通常モードでやったらどうなると思う」


「……」


阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図まちがいなしだぞ。どうする」


「……どうしろっていうのよ」


「まずは話し方だな。ぼそぼそ喋るのと、声が小さいのをなんとかしよう。腹式呼吸やったことはあるか?」


「なるべくお腹から声を出すようにはしている」


「……やっぱり解ってないな。腹式呼吸はお腹を動かして息をするのとは違う。お腹ではなく横隔膜を下に動かすことで、肺が下へと膨らんで、より多くの空気を取り込める呼吸だ。ちなみに横隔膜とは肺の下にくっついている筋肉性の膜のことだぞ。腹式呼吸の利点はたくさん空気が入ること。それで息を使った声の抑揚や声量がコントロールできるようになる。そして上半身がリラックスできることだ。

う~ん、分かりやすく説明するから、鏡の前に立って深呼吸してみてくれるか」


 菅生は怪訝な表情で鏡の前に立ちスゥーと深呼吸した。


「肩が上がったのが分るか。これが腹式呼吸と違う『胸式呼吸』の特徴だ。胸式呼吸は肺に空気が入ると肩と胸が膨らみ、上半身がこわばってしまう。腹式呼吸だと肺が空気をたくさん取り込めるから、上半身がこわばることなくリラックスした状態になる。朗読や歌に最適なのが腹式呼吸なんだ」


「なんとなく分かった。それを教えてくれる。わたしもできる限りのことはする」


「言質はとったぞ……」


俺の台詞を聞いた菅生はびくりと顔を引きつらせた。





「唇を合わせて口を閉じろ。口を尖らせて、リラックスして息を吐く。そして唇をプルプル震わせる。それを10秒続けろ」


「なにこれ」


「リップロールだ。呼吸筋トレーニングになるし、声量コントロールもできる。なにより表情筋の訓練にもなるからお前にはぴったりだ」


「うぐ、震えが上手くできない」






「舌を前歯の裏に軽くつけ、息を吐き出しながらトゥルルルという音を出せ」


「なんなのこれ」


「タングトリル。滑舌がよくなるし、声のこもりも解消できる」


「うう、舌がつりそう」





「疲れた。舌がつる、喉が痛い」


菅生が死んだ魚の目をしている。


「ほらこれでも飲め」


俺はマグボトルから紙コップにドリンクを移し、菅生に渡した。


「ありがと。何この緑色、抹茶?」


「有名劇団特製のドリンク。喉の痛みにいいそうだ」


「ふーん。しごくだけじゃなく、一応ケアも考えていたんだ」


菅生はごくっと飲むと動きが止まり、目をまんまると見開いた。


「まずっ。苦味と甘みが混ざってマジまずい。なんてもん飲ますのよ」


「うまいとは一言も言っていない。味の良し悪しより効能だろ」


「効率、成果だけを考えて人の心は置いてけぼり。……あんた、幸せな死に方しないわよ」


「……そうだろうな」


「合わないわね、わたしたち」





同床異夢。冷たい言葉が彼らの間に横たわっていた。



本日二話投稿予定です。


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