Boy Meets Ghost ~ボーイ・ミーツ・ゴースト~
「えーと、それじゃあ『児童読み聞かせ』は菅生 麻衣さんと加賀見 昂司くん。菅生さん、加賀見くんに内容の説明してもらえるかな」
木戸せんせえ、この怨霊と二人きりになるのですか。
「……菅生です。わたしは去年も読み聞かせをしたので、……その内容をお話します」
「……よろしく、加賀見です」
好意のかけらもない挨拶が交わされた。
「開催場所は県立中央図書館。対象は近隣の学童クラブの児童たち……」
蝶がはためくような消え入りそうな声で、彼女は説明を続ける。
決して悪意がある訳ではない。だが明確な隔意を感じる。男性だから、女性だからとかいう物ではない。まるで人の世界と別の住人のような、相容れない存在のような。
「……今のところ決まっているのはそれくらい。読み聞かせの題材は学園が指定するからあとはその連絡待ち。わたし達が準備するのはそれからになります」
正直、彼女とは胸襟を開く関係を築けると思えない。
だが俺の目指す理想郷は、もっと果てしなく険しい。
彼女一人と上手くやれず、どうして白雪姫の世界を創れるだろうか。
こんなとこで躓いていたら、楽園には到底辿りつけない。
放課後、俺は中央図書館にいた。やるからには手抜きはしたくない。それには現場を知らなければ。
図書館と聞いていたので、古めかしい、こじんまりとしたものを想像していたがまったく違った。そこは県の複合施設で、広大で、図書館はその一部でしかなかった。入館するとゆったりとしたロビーだった。大理石が敷き詰められ、三階まで吹き抜けで、ここだけで教室4個が入る。中には劇場ホール、温水プール、トレーニングルーム、プラネタリウムが併設されていた。
図書館に入り、レファレンスコーナーで朗読会について聞いてみる。図書館主催で行うが、会場は120名収容の中ホールを使うとのこと。思ったより大掛かりだ。
ほんとに大丈夫なのかよ、あの菅生と俺で。一抹の不安がよぎる。
「王子さまが進むと茨は道を開け、その先には王女さまが眠っていました。王子さまは王女さまに近づくと、口づけをしました」
聞き覚えのある声が流れてくる。
菅生だ。読み聞かせスペースで、子供たち相手に絵本を読んでる菅生がそこにいた。俺は菅生に向かって歩きだした。
「よう」
「……ストーカー?」
「ご自分が一目惚れされるほど魅力的だと?」
「……一体なんの用」
「お前さんに用はないよ。こちとら転校してきてまだ一か月。図書館がどんな所かも知らないんだ。一度見ておきたいと思うのは当然だろ。たまたま見かけたんで挨拶した。それだけだよ」
「そう。挨拶が終わったんなら、気がすんだでしょう。ごきげんよう」
菅生はこちらに顔も向けず、つまらなそうに話す。
読み聞かせを受けていた子供の一人が、とことこと俺たちのところにやってくる。
「なあなあ、兄ちゃん。これって『ちわげんか』ってやつか?」
どこで覚えてくるんだ、そんな言葉。
「いいか、少年。これは『ちわげんか』ではなく『いがみあい』っていうんだ、覚えておけ」
「『あい』って『あいしてる』の『あい』か?」
「まあ、似たようなもんだ」
「いい加減なこと言わないで」
「似たようなもんだろ。どっちも己の譲れん気持ちだ。方向性が違うだけ」
俺たちのやりとりを、子供たちが不思議そうな顔で見ている。
ああ、そうだ。打てる手は打っておこう。
「今度中ホールでお話の会するんだけど、知っている?」
「うん、聞いてるぜ。姉ちゃんがやるんだってな」
「出来たら友達を誘ってくれないか。たくさん来て欲しいんだ」
「心配すんな。いっぱいくるぞ。勇者決定戦やるからな」
「勇者決定戦?」
「予選は姉ちゃんの話に悲鳴をあげたり、目をつぶったり、耳をふさいだりしたら失格」
菅生の話は肝試しか。
「決勝は、地面にささった『勇者の剣』を引きぬいて、一番早く帰ってきたやつが優勝」
「勇者の剣?」
「ああ、これだよ」
少年は携帯の写真フォルダを開いて見せる。
「卒塔婆じゃねえか、これ」
お寺に立ち並ぶ卒塔婆が写っていた。なんちゅう罰当たりな。
「かっこいいだろ、これ。なんかわかんねえ呪文も書いてある」
俺はこんこんと説教した。知らないって怖い。菅生みたいな紛い物じゃなく、マジモンがやってくるぞ。
子供たちが帰り、俺は菅生に呼び掛けた。
「なあ菅生さん、俺たちがやるのは百物語だったっけ」
「……」
「怪談をするなら今のままでもいいが、朗読をしたいのなら手直しがいるんじゃないか」
「わたしのやることにケチつけないで」
俺はバックの中からクリアファイルを取り出す。
「ここに昨年のアンケートがございます。
『お姉さんの話が怖くて、夜トイレにいけません』『グレーテル、お前の兄を殺して煮て食うから大鍋の準備をしろ、という魔女の声が恐ろしくて眠れなくなりました』 ……子供を怖がらせてどうする」
菅生は沈黙する。わかっているのだ、彼女も。このままではいけないと。
「別に菅生のことを否定する気は無い。ただ改良できることはすべきだと思う。ペアを組んだ以上、その手助けをしたい」
悔しそうに、苦悩の表情を菅生は浮かべる。
「わかった。すべてを壊すというのではなく、ブラッシュアップをするというなら受け入れるわ」
少し、歩み寄れたかな。
「けどこんな状況で、木戸先生もよくお前に一任したな。昨年一緒にやった奴はどうしたんだ」
「……アンケートの最後を見て」
「えーっと『庄田のお姉ちゃんが優しかったです。汗をかいてるとハンカチでふいてくれました。その後ハンカチをクンカクンカ匂ってたけど、僕くさかったのかな』『お姉ちゃんがとてもきれい好きでした。服についていた髪の毛をとってくれました。それを捨てたりしないでジップロックに入れて持って帰ってくれました』…………」
これ、アカンやつだ。
「庄田さん、今年もやりたがっていたけど、ストップかけられて」
当たり前だ。よく学園そのものが出禁にならなかったな。
………どうすんだ、これ。
同時進行で二作品連載しています。「彼女は拗らせた恋をする」こちらもご覧ください。
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