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なんでこんなことに

「……がみ……かがみ……加賀見……」


俺を呼ぶ声で我にかえる。


「ああ、悪い。なんだっけ」


「塩加減、このぐらでいい?」


結城が小皿に入れたものを味見する。


「ああこのくらいでいいだろう。味噌汁は熱い時は少し薄めに感じるから、少し冷めれば丁度良くなるはずだ」


「なんか今日の加賀見、少しボ~としてない?」


「誰かさんのせいで心労が溜まっているんでしょうねぇ」


俺はおどけたように言う。


そう、結城のせいで気に病んでいるのは事実だ。


結城と木戸先生の前世の話。とても似た話だが、残酷なまでに違う。その命の終え方と、亡くなる時に感じた想いがだ。見捨てられ一人死んでいく結城と、新たな命を紡ぎその誕生に満足して死んでいく木戸先生。

結城があまりに不憫だ。


「なあ、木戸先生とは付き合い長いのか?」


「うん。あの先生二年前まで中等部勤務だったから、かれこれ4年の付き合いかな。でもなんでそんな事を聞くの?」


結城は怪訝な顔で問い返す。


「この料理教室の中間報告をしないといけないだろ。どんな報告をすべきか、人柄を知りたいと思ってな」


「ああ、そういう事。木戸先生の人柄か――。ひたむきで、思いやりがあって、……でも要領が悪いんで損してるって感じかな」


「……なにか、あったのか?」


結城の言い方に、引っかかるものがあった。


「いや、大したことじゃないんだけどね。……アタシね、中学の時いろいろあって学校少し休んでいたことがあったんだ。その時様子を見に来てくれてたんだ、木戸先生」


結城の声がいつもと違う、静かなものになっていく。


「……桜の季節だった。家に引きこもっていたアタシの様子を見に先生がやってきた。でっかい土産を持って。折れた桜の木を、ぶっといのを。アタシ呆れて言ったの『先生、桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿って知ってますか』って。今思えば恥ずかしい。ちょっと尖っていた時期だったからね」


結城は苦笑いをする。


「先生言ったの。『よく知っているわね。でも大丈夫、これは折ったんじゃなく折れてたの。お店屋さんに切花の桜もあったんだけど、なんか違ったのよね。切り枝用に栽培したものだから綺麗だけど生命力が無いというか、力強くないというか。14歳の桜は人生で1回しかないんだから、こういうのを思い出にしようね』って。忘れられない思い出になったわ。これ終わったらどう処分したらいいんだろう、ノコギリあったかな、ゴミの分類はなんだろう……目の前の問題に憂鬱が吹き飛んだわ」


呆れたような、それでもどこか楽しそうに言う。


「追い出すように先生を玄関まで連れていき、そこで目に入ったの、先生の靴が。真新しい、すり傷だらけの、泥だらけのパンプスが。そこで初めてわかったの。この人ほんとに枝を折ってない。ほんとに折れた枝を探したんだ。探して、探して、どれだけ探し回ったんだろうって。ほんとにどれだけ馬鹿正直なんだろうって。……そんな人よ、木戸先生って」


暖かいものが流れてきた。


「今日はこのくらいにしようか、駅まで送るよ」






足が高く上がらない。すり足のように一歩づつ時間をかけて歩いていく。

体中に何かを吹き込まれたように、重く、だるく、立っている事がつらい。

私は力を振り絞って公園のベンチに辿り着き、倒れるように腰掛けた。


「なんでこんなことになっちゃったのかな」


私の胸から、吐き出されるように言葉がでた。ついさっきまで行われていた、やるせないやりとりが頭にこびりついている。

ある生徒が期末テストでカンニングをした。保護者が呼び出され、話し合いとなった。批難の的となったのは私だった。


「うちの子がカンニングしたのは悪いかもしれません。けれどそんな事をするように追い込んだのは木戸先生じゃないんですか」


予想外の言い訳に言葉を失った。


「先生の過度の重圧が、この子を追い詰めたんです。この子もそう言ってました。それにカンニング防止が不十分だったんじゃないですか。そんな隙だらけなら、魔が差してしまっても仕方ないでしょう。うちの子はある意味被害者です」


「期末テスト頑張ってね」その一言をそこまで膨らますか。私は正当な意見を述べようとした。それを学年主任が遮った。


「ええ、ええ。おっしゃる通りです。木戸先生にも至らぬ点があったと思います。しっかり教育しておきますので」


この人は何を言っているのだろう。私立校である以上、顧客でもある保護者にある程度おもねるのは分かる。だがこれは無いだろう。明確な過ちを正さず、弁明の機会を取り上げ、弱い立場である部下に全て責任を押し付け、問題を解決した事にする。こんな事があっていいのか。理不尽な主張は正当な物となり、何が正しいかではなく、誰が正しいかの世界が築かれていく。


結局、私が謝罪文を書く事となった。一体何をどう書けばいいのだろう。


「なんでこんなことになっちゃたのかな。どうすれば良かったのかな。どこで間違えたのかな」


暗い公園に私の呟きは消えていく。


「私、そんなに悪い事したかな。頑張ってと言っただけなのにな。みんなのために、私も頑張っていたんだけどな。部活顧問を掛け持ちして、補習授業も土日やって、保護者会のWeb管理もしっかりして。頑張ってたつもりなんだけど、何がだめだったのかな」


頭の上に栓がされたように、濁った感情が外にでていかず、頭のなかをぐるぐると廻っていく。言葉が滑っていく。考えが零れていく。


……もう、疲れたな。


私は手足をだらりと投げ出し、夜空を見上げた。

ぽたりぽたりと滴が落ちてきた。

降ってきたのかなと思ったが、星は輝いている。

私、泣いているの?こみ上げるものがなく、気づかないまま泣くというのは初めての事だった。






どの位そこにいたのだろう。私は身じろぎもせずに座っていた。


……んせい。せんせい。きどせんせい。


誰かの声がする。ぼんやりと人の顔が見える。

結城さんだ。隣には加賀見くんもいる。私はどうすればいいんだっけ。


「ふらりとも、おうりにかへりなはい。もうなんりらと、おもっへるの」


ああ、言えた。私はやるべき事をできたわよね。


パンという音と共に私の頬に何かが当たった。

結城さんが、私の頬を平手で叩いた。何故か痛みは無い。


「先生!これ何本か分かる?」


私の顔の前に指を立てて、結城さんが問うた。


「……に」


力なく私は答える。


「救急です!場所は○○町の××公園! 意識はありますが、朦朧としていて、ろれつが回っていません。唇が紫色です」


加賀見くんがどこかに電話している。


私は頭に靄がかかったように、意識が薄れていった。






気がつくと、私は色々な機械を体中に付けられ、真っ白なベットに寝ていた。

ぽたっぽたっ、と点滴が規則正しく落ちてくる。


「貴子、お母さんよ、分かる?」


目を腫らし、ぼさぼさの髪をした母が私の手を握っていた。


「ごめんね、ごめんね。気づいてあげられなくて。つらかったよね。もういいいのよ、無理しなくて。ゆっくり体も心も休めていいのよ」


お母さんは何を言っているのだろう。

今何時だ。始業時間に間に合うだろうか。

保護者会報告者の提出は今日までだったけ。

とにかく急がなきゃ。


「学校に、……いく」


そういう私を、母は(いたわ)しそうに見つめた。


「貴子、学校にはお休みさせてもらう様に言っているわ。あなたはここで、疲れた体と心をゆっくりと癒すことだけを考えて」


「私の体……どうなっているの?」


「……落ち着いたら、お医者様から説明があるわ」




本当なら、今頃ショートホームルームしていて、期末テストの採点をしていて、それから…………。



なんでこんなことになったんだろう。

ちょっと鬱展開となりましたが、ネガティブなもの後味の悪いものにはいたしません。もう少しお付き合いください。


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