あなたのせいよ
明けましておめでとうございます。
長らくお待たせしました。第一章の最終話です。
お楽しみください。
暗闇に佇む影がある。
その影は凪のように静かで穏やかであった。
影は舞台へと進む。スポットライトが当たる。
舞台に純白の衣装を纏った少女の姿が現れる。
何物にも侵されない、すべての穢れをはね返すような白だった。
『菅生 麻衣』。俺は誇らしげに彼女の名前をマイクで告げる。
次いで二人の女性にライトがあたる。
『進藤 愛』『観月 涼子』。俺は感謝と敬愛を込めて紹介する。
アンデルセン作『パンを踏んだ娘』。
菅生が童話の世界に誘う。
「助けて!沈む。沼の底まで沈んでしまう!」
菅生の叫びは悲痛だった。
「なぜ私だけが罰を受けるの。この地獄の苦しみを味わうべき人間は、他にも一杯いるでしょう!」
怨嗟の声は深い悲しみに溢れていた。
「なんてかわいそうな。罪を犯したら、どれだけ謝っても許しは得られないの。神様どうかお助け下さい」
少女の祈りは、昨日までの練習とまるで違っていた。
慈愛に満ち、清らかな、穢れを知らぬ新雪のようだった。
その隣で手話をする進藤は涙ぐんでいた。
神の恩寵を与えられた罪人のように。
「小鳥は集めたパンくずは自分では食べず、お腹を空かせた他の鳥に分け与えました」
やはり昨日までの菅生と違う。
哀しい自虐的な語り口ではなく、切なく、憐憫の念が滲んでいた。
「そして分け与えたパンくずが、あの日踏みつけたパンと同じ量になった時、小鳥は真っ白なカモメになりました。……カモメは太陽の光の中に飛んでいきました」
語り終えた菅生は天を仰ぐ。カモメの姿を追うように。
会場は、しいんとしている。
雪の壁に囲まれ、音が吸い込まれる冬の日を思わせた。
何かを感じたのだろう。子供たちは身動き一つできないでいる。
パチパチパチパチ。小さな拍手がする。
勇者決定戦をすると言っていた例の少年だ。
彼の拍手が呼び水となり、次々と拍手が続いていく。
場内は大歓声に包まれた。
朗読会を終え、菅生と進藤は二人きりで話している。
俺と観月さんは席を外した。
立ち会うのは野暮というもんだろう。
観月さんと目が合う。
お互い「ふふっ」と微笑う。
大変だったね。よかったね。
声には出さないが、そんな気持ちが伝わってきた。
「……今日はありがとう。また会ってくれるかな……私の気持ちの整理がついたら」
進藤は不安気に尋ねる。
「うん、待ってる。いつまでも待ってる!」
はじける笑顔で菅生は応えた。
進藤と観月さんは車に乗り、去っていった。
菅生はいつまでもその方向を見つめていた。
俺は何も言わずその横に立っていた。いつまでも。
どのくらい時間が経ったのだろう。菅生は俺がいる方向に向きなおし、語り始めた。
「加賀見、ありがとう。あなたのお陰で愛ちゃんと話すことが出来た」
「俺はなにもしていない。進藤さんがここに来たのは偶然だし、今回のことがなくてもいずれお前たちは出会っていただろう」
「ううん。仮にいつか出会えたとしても、今みたいな気持ちで向き合えなかったと思う。こんな結果にならなかったと思う。こんな気持ちになれたのは、あなたのお陰。それだけは解る」
菅生は真っすぐな目で俺に言った。
「さあ、俺たちも引き上げるか。木戸先生に報告もしなければいかん」
「そうね、じゃあちょっと反省会をしようか」
菅生は悪戯っぽく微笑む。
「出来立てのアンケートを貰ってきたわ。『お姉さんのお話がわかりやすかったです』『インゲルがかわいそうって気持ちがよく伝わってきました』……どうよ」
菅生は得意気にふふんと鼻を鳴らす。
「お見事です。昨年とは大違いだな」
俺は素直に称賛の声を上げる。
「あんたのもあるわよ。『お兄さんの声がうるさくて頭に響きます』『乙女の頭をチョップするのは止めてください』」
なんでしょうね、このピンポイントの発信源は。
菅生はなおも続ける。
「……『そして一番キライなのは、夢の中まで追いかけてきて……離さないことです』……」
菅生は口を一文字に閉じ、何かを訴えるように俺を見つめた。
「……それは俺に責任はないんじゃないか」
「いいえ、あなたのせいよ」
爽やかな、五月の風が流れていった。
未熟な若者を癒すような、励ますような、祝福するような優しい風だった。
俺はこの風をこれからも忘れないだろう。
投稿期間が空いて申し訳ありませんでした。
第一章終了です。ここまで見て頂き、ありがとうございました。
第二章もすぐ開始します。
今度は投稿期間を空けないように頑張りますので是非ご覧ください。
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