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フリードリヒの戦場【書籍化】  作者: エノキスルメ
第三章 この国が私たちの家
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第94話 時間稼ぎ②

「突撃!」


 敵から見て左翼側に潜んでいた騎士たちに、命令を下したのはフリードリヒだった。即座に、彼を含む十一人の王国軍騎士が木や茂みの陰から飛び出す。

 さすがに待ち伏せされるとは想像だにしていなかったのか。あるいは前進に集中して警戒が散漫になっていたのか。隊列の最も外側にいた敵の猟兵たちは、突然目の前に現れた騎士たちを前に驚愕の表情を浮かべ、何人かは武器を手にする暇もなく斬り伏せられる。


「敵だ! 側面から襲ってきた!」


 仲間に警告を発した敵兵が、それを人生最後の務めとして直後にユーリカに喉を切り裂かれ、倒れる。

 道を挟んだ反対、右翼側からは、チェスターの率いる十一人の帝国軍騎士たちが同じように伏撃を仕掛けた喧騒が聞こえてくる。

 初撃への驚きから立ち直った敵兵たちは慌てて山刀を抜き、戦闘態勢をとろうとするが、まだ万全とは程遠い。重装備に突撃の勢いを乗せた騎士たちを前に、道の方へ押し込まれる。

 予想していたよりも反応が鈍い。やはりいかに屈強な大陸北部出身の猟兵といえども、走りながらの長時間の前進でさすがに疲れているのか。

 対して、王国軍騎士たちは鬼気迫る戦いぶりを見せる。

 グレゴールは連隊でも随一の剣術の技量を惜しみなく発揮し、持久力はともかく対人戦の能力ではばらつきのある敵兵を次々に無力化していく。オリヴァーは自身の左右に立つ小隊の部下たちと連係し、隙を見せない堅実な戦い方で敵兵を面で押し込む。

 ギュンターはその巨躯と怪力を全力で振るい、容易に敵を寄せつけない。暴風のような攻撃を潜り抜けて迫ろうとした敵兵が、失敗して胴から真っ二つに切断され、上半身が臓腑をまき散らしながら吹き飛ぶ。

 ユーリカは軽装の敵兵にも勝る素早さで立ち回り、剥き出しの刃のような殺意を散りばめながら襲いかかる。低い姿勢で剣を一閃して敵兵のくるぶしを切り裂き、頽れるその顔面に剣を叩きつけて目を潰す。絶叫しながら地面を転がるばかりとなった敵兵はもはや無力化されたものとして無視し、次の敵兵に斬りかかる。

 隊列の左端に立つフリードリヒは、ユーリカから離れないよう注意しつつ敵兵と斬り結ぶ。決して仕留めようと無理はしない。守りに徹して時間を稼ぐ。そうして敵兵の注意がこちらに引きつけられている隙に、ちょうど対峙していた敵兵を倒したユーリカが、フリードリヒと戦う敵兵に後ろから迫って首を刎ね飛ばす。

 猛攻を仕掛ける王国軍騎士たちに、敵兵の攻撃はそうそう通らない。金属鎧を装備した騎士たちは、ときには敵兵が振るった山刀を兜で逸らし、胴鎧や籠手で受け止めながら戦う。ユーリカなどは騎士にしては軽装だが、彼女にはそもそも敵兵の攻撃が当たらない。

 奇襲を許すかたちで戦闘に入った敵部隊は隊列も乱れ、内側にいる者たちは戦闘に加われず、数の有利を十分に活かせない。左右合わせて二十二人と数では大きく劣りながら、騎士たちは敵を森に挟まれた道へ釘付けにする。


・・・・・・


「落ち着け! 敵は所詮小勢だ! 多対一で各個撃破しろ!」


 混乱する部下たちの中心で、イーヴァルは怒鳴る。

 が、言葉で指示するように簡単にはいかない。敵は金属製の重装備を纏っており、おまけにさすがは騎士と言うべきか、練度も高水準。連係しての集団戦に慣れている。各々が孤立しないよう、足並みを揃えた戦い方でこちらの各個撃破を簡単には許さない。

 こちらにはクロスボウや弓を装備した者もいるが、伏撃による混乱の中でクロスボウの装填は時間がかかる。弓による攻撃は効果が薄く、味方が駆けまわるその間隙を縫って矢を放ったとしても敵の盾に止められ、あるいは金属鎧に弾かれる。

 猟兵たちも疲労が少なければもっとうまく戦えるはずだが、疲れているところで奇襲を受けたのが災いした。態勢の立て直しに時間がかかっている。

 それでも、数ではこちらが五倍近く。いつまでも敵の猛攻を許しはしない。


「装填したぞ! 射線を開けろ!」


 イーヴァルの傍らにいたアハトが、クロスボウを構えて怒鳴る。そして、狙いを定めて引き金を引く。右翼側から襲撃してきていた帝国軍騎士の一人が、矢をまともに食らって倒れる。

 アレリア王家から貸与されたクロスボウは、距離と角度によっては金属鎧さえも貫く攻撃力を持つ。それがこちらには十挺以上。アハトほど巧みに扱える者は少なくとも、その攻撃は敵騎士たちの連係を阻害するには十分な効果を見せる。

 そして、隊列の内側で態勢を整えた猟兵たちは、奇襲を受けた当初よりも機能的な戦いで敵を押し始める。

 敵がいくら勢いづこうと、いくら鎧の防御力が高かろうと、多勢に無勢。このまま殲滅してしまえば、後は獲物の追跡を再開するだけ。

 そう思いながらイーヴァルが正面に視線を向けると――主のいない二十頭以上の軍馬が、興奮した様子で道を駆け上がり、こちらへ突っ込んでくるのが見えた。


「……クソが」


 思わず毒づくイーヴァル以外にも、一部の猟兵たちが突撃してくる馬に気づく。


「馬が来る! 避けろ!」

「どけ! 早く森に!」


 そのような怒鳴り声が飛ぶが、多くの者は戦いに集中していて正面の道の異変に気づかない。おまけに散開して森に逃げ込もうにも、そちら側には敵の騎士たちが立ちはだかっている。

 左右の森から道の上に押し込まれていた猟兵たちに、質量の塊となった馬の群れが迫る。


・・・・・・


 奇襲を仕掛けて敵部隊の足を止め、その間に森の中へ隠していた馬たちを、数人の騎士が道に出す。馬たちの尻を剣で叩いて刺激し、馬たちを興奮させて道を駆け上がらせ、道の上に釘づけになった敵部隊に突っ込ませる。

 それが、フリードリヒの考えた策だった。

 ただ騎乗突撃をしても、容易に散開して森に逃げ込める敵兵を殲滅しきることはできない。一度の突撃で殲滅できなければ、足を止めて方向転換をする前にこちらの背後を突かれる可能性や、散開したままメリンダとクレアを追う敵兵を取り逃がす可能性が高い。

 なので、あえて馬を降りて側面から敵を挟撃し、足止めしつつ、森の中にいる敵兵を道に押し出してひとまとめにする。そこへ馬の群れの質量をぶつける。

 その策は概ね成功したようだった。操る主がいないために何頭かは狙い通りに駆け出さず、さらに何頭かは道を逸れて森に入ってしまったようだが、残る十数頭は最も走りやすい道を駆け上がって敵陣に突入してくれた。

 体重五百キログラムを超える馬の群れに突っ込まれては、生身の人間はただではすまない。いくつもの悲鳴や断末魔の叫びが上がり、敵部隊は大混乱に陥った。すぐ後ろで起こった異変に、こちらと対峙していた目の前の敵兵たちもさすがに振り返る。

 その隙を、フリードリヒは逃さない。


「今だ! 後退!」


 二十二人では、百人近い敵兵を殲滅できないのは分かりきっている。フリードリヒの命令で、王国軍騎士たちは一斉に戦闘を中止して走る。敵部隊を挟んだ反対では、チェスター率いる帝国軍騎士たちも同じように丘を下り、そして混乱する敵部隊から数十メートルの距離を置いたところ、丘を覆う森が途切れるよりも少し前の位置で合流する。

 フリードリヒは一瞬だけチェスターと視線を交わし、お互いの無事を確認して頷き合う。

 さらに、馬を突進させる役割を担っていた三人の騎士たちも合流。道を塞ぐように、より重装備の騎士や盾を持った騎士が前、そうでない騎士が後ろ、というかたちで素早く二列横隊を作る。

 この時点で、帝国軍騎士が三人、王国軍騎士が二人、減っていた。

 フリードリヒは後列で次の策のための準備を慌ただしく進めながら、横目で敵部隊の様子をうかがう。

 操る主のいない馬の突進などそう長くは続かない。敵部隊を大混乱させることはできても、与えられる物理的な損害は限られる。態勢を立て直す健在な敵兵の数は、白兵戦と馬による突進で減ってもなお六十人を超えているように見えた。

 思っていたよりも素早く立ち直った敵部隊の残存兵力は、鬨の声を上げながら突っ込んでくる。真正面からの戦いとなれば数の不利は覆し難い。敵部隊はこちらの敗北を、すなわち自分たちの勝利を確信している様子だった。

 と、その突撃の先頭を担っていた敵の猟兵たち十人ほどが一斉に転ぶ。

 原因は単純。道を横切るように張られたロープだった。

 沿道の木に片側を縛りつけ、もう片側は道を挟んで反対側の森の中に。フリードリヒたちが通過するまでは地面に垂れ下がり、目立たないよう落ち葉や砂をかけてあったロープは、敵兵たちが通過する直前に騎士一人が全体重をかけて引くことで張りつめた。

 目の前にで隊列を組む騎士たちを見据えて走っていた敵兵たちは、突如として膝ほどの高さにぴんと張られたロープに気づかず、足をとられた。下り坂を走っていた勢いのまま、無様を通り越して滑稽なほどの転倒を見せた。

 そのすぐ後ろを走っていた敵兵たちは、目の前の仲間が倒れて進路を塞いだことで慌てて足を止め、さらに後続の者たちも急停止し、突撃そのものが止まる。

 転んだ敵兵たちの中でもとりわけ不運な者が一人、転倒のはずみで山刀が胴に突き刺さり、死んでいた。それ以外は地面に顔や胸を打ちつけるだけで済み、落とした武器を拾って立ち上がろうとする。

 その隙に、ロープを張った騎士――ヤーグは森から飛び出し、隊列を組む仲間のもとまで急ぎ戻ろうとする。


「この野郎!」

「クソみてえな罠張りやがって!」

「ふざけてんのか!」


 冗談のように単純な罠にかかった敵兵たちが、怒号と共にナイフや地面に落ちていた石を投げつけ、さらには弓やクロスボウの矢まで放ってくる中を、ヤーグは命からがら逃げる。横隊の前列が場所を空けてやると、そこを通って後列に滑り込む。


「ちくしょう! 二度とやらねえ!」

「ご苦労さま。無事で何より」


 悪態をつくヤーグをフリードリヒは微苦笑で迎え、そして敵に向き直る。ケルラ村から拝借したロープ一本と、貧乏くじを引かされたヤーグの奔走のおかげで、敵部隊を近距離で足止めすることに成功した。


「投擲を!」


 フリードリヒが命じると、騎士たちがそれに応える。前列の騎士たちは地面に膝をついて姿勢を低くし、後列の騎士たちのうち数人が、手にしていた麻袋を敵部隊目がけて投げつける。

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