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フリードリヒの戦場【書籍化】  作者: エノキスルメ
第三章 この国が私たちの家

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第75話 帰郷②

 フリードリヒたちは間もなく広場に面した教会の正面入り口に辿り着き、そこでブルーノが集った住民たちを振り返る。


「さあさあ皆、こっからは家族の再会の時間だ! これ以上はフリードリヒとユーリカの邪魔をしちゃいけねえ! 俺たちは解散するぞ!」


 住民たちを呼び集めた張本人とは思えない彼の言葉に、フリードリヒとユーリカは顔を見合わせて小さく吹き出した。一方の住民たちは、ブルーノの言葉が尤もだと思ったのか、それぞれの家や仕事場に素直に帰っていく。


「それじゃあフリードリヒ、それとユーリカも。帰る前にもう一回くらい声かけてくれよな!」

「分かったよ。色々ありがとう、ブルーノ」


 自身も退散するブルーノを見送り、フリードリヒは教会を向く。

 と、丁度そのとき。扉が開き、現れたのは老修道女アルマだった。おそらくは先ほどまで教会の前でくり広げられていた騒ぎが何事かと確認しに来たのであろう彼女は、フリードリヒとユーリカを見ると、一瞬固まる。そして、目を大きく見開く。


「まあ、フリードリヒ! ユーリカ!」

「お久しぶりです、アルマ先生」

「会いに来たよ」


 フリードリヒは微笑を浮かべ、ユーリカは満面の笑みで、それぞれ言う。


「なんとまあ、二人とも立派になって……よく来てくれましたね」


 扉の前の石段を降りて歩み寄ってきたアルマは、感慨深げに言いながら軍服姿の二人を頭からつま先まで見回す。両手を広げて抱擁を求める彼女にフリードリヒも応え、ユーリカも無邪気な子供のように彼女に抱きつく。

 アルマの顔には優しい笑みが浮かんでおり、彼女が纏う空気は柔らかい。二年前までとは随分と印象が違った。

 自分たちがもはや彼女から指導を受ける立場ではなくなったためか。あるいは、彼女自身が以前よりも老いたが故の変化か。フリードリヒは再会を喜びながらも、少しの寂しさを覚えた。


「アルマさん。表で何があった――おお、フリードリヒにユーリカじゃないか!」


 続いて登場したのは老司祭だった。教会の責任者として、孤児たちの法的な保護者として、かつて庇護を与えてくれた彼ともフリードリヒたちは再会を喜び合う。


「さあ、二人ともお入りなさい。ボルガを旅立った後のことを、あなたたちの口から聞かせてちょうだい」


 そう言って招き入れるアルマに従い、フリードリヒとユーリカは教会の扉を潜る。子供の頃を過ごしたかつての家に足を踏み入れる。


・・・・・・


 その日はアルマや老司祭、その他の修道女や孤児たちとひたすらに語らいながら過ごした。何度か手紙を送って近況は知らせていたが、やはり直接顔を合わせると会話は弾んだ。

 主に話していたのはフリードリヒとユーリカだった。ボルガで平穏な日々を送る皆にとって、王国軍人として波乱に満ちた日々を送る二人の話は興味深いようだった。

 戦いの話になると、孤児たちは派手な武勇伝を喜んだが、修道女たちは心配そうな顔を、そしてアルマは微かに悲しそうな顔をしていた。

 そのまま夕食も皆と共にし、教会の客室に泊まった。今や王都の屋敷暮らしのフリードリヒたちにとって、田舎都市の教会の夕食はとても質素なものだったが、懐かしい顔ぶれと共に囲む懐かしい食事だからこそ、素朴で美味だった。


 翌日の午前中は孤児たちと遊んでやったり、久々に教会の農園の手入れを手伝ったりして過ごした。まるで、子供の頃に戻ったかのような穏やかで豊かなひとときだった。

 ドーフェン子爵家の直臣である代官の顔を立てる意味もあり、代官屋敷に招かれて昼食をとった後は、街の顔見知りへの挨拶回りをした。かつての得意先や、常連として通っていた店の店主たちは、すっかり立派になった「孤児上がりのフリードリヒとユーリカ」を大変に歓迎してくれた。

 うちの農地でとれた野菜をやると言って袋いっぱいに持たせてくれる自作農もいれば、問答無用で新商品の菓子を振舞ってきて、フリードリヒが美味しいと答えると「ボルガの英雄フリードリヒにも美味いと言わせた菓子」として売るのだと喜ぶ現金な料理屋の店主もいた。

 ボルガの住民たちは、相変わらず素朴で気のいい連中だった。良くも悪くも。それがフリードリヒには懐かしく、嬉しかった。

 行く先々でやたらと持たされた農作物やら菓子やらの土産は、連隊本部に持って帰るのも難しいので全て教会に寄付した。


 そうして楽しく一日を過ごし、また翌日。確実に領都へと帰還できるよう、フリードリヒとユーリカは朝のうちにボルガを発つ。

 出発準備を終えた二人を見送るため、教会の前、広場にはまた住民たちが集まっている。


「それじゃあブルーノ。君も頑張って」

「……なあ、フリードリヒ」


 一言かけてそれで彼への挨拶を終えようとしたフリードリヒを、ブルーノは呼び止める。


「あのさ……色々と悪かったよ。ガキの頃のこととかさ。ほら、俺お前にとっては嫌な奴だっただろ? ユーリカにも、化け物女とか言ったりさ。そういうの、謝らせてくれ。悪かった」


 言葉選びは拙いが、表情には精一杯の申し訳なさを込めているブルーノを、フリードリヒは目を丸くして見る。本当に、彼は変わったのだなと思う。


「分かった。僕は君の謝罪を受け入れる。君の僕に対する過去の振る舞いを赦すよ」

「私も、全部赦してあげていいよぉ?」


 フリードリヒが答えると、ユーリカもそう続けた。

 過去のブルーノは確かに嫌な奴だったが、幸いにもフリードリヒたちは、稚拙な悪口を投げられて不愉快な思いをした以上の害を被っていない。まだ本当に幼かった頃、フリードリヒが何度かおやつなどを取られて泣かされた程度で、以降は喧嘩を仕掛けられてもユーリカが全勝したので実害は皆無だった。

 そして、今やフリードリヒたちは、ブルーノよりも遥か上の立場にいる。なので二人には過去を水に流してやる心の余裕があり、だからこそ彼を赦した。


「そ、そうか。ありがとよ……俺、本家の養子になったら従妹と、つまり死んだ従兄の妹と結婚することになってるんだ。子供が生まれたら、昔の俺みたいな悪ガキにならないようしっかり教育するよ。教会の孤児を虐めさせたりはしねえ」

「それは何よりだよ。仕事でも家庭でも、君が幸運であることを祈ってる」

「おう。俺も、お前らが無事なように神に祈るぜ。教会にも真面目に顔を出すよ」


 握手を交わし、フリードリヒは今度こそブルーノとの別れの挨拶を終えた。

 その後も他の顔見知りたちと別れの言葉を交わし、代官からも挨拶を受ける。

 最後に、教会の皆と向き合う。修道女と孤児たちと話し、そして老司祭から言葉をかけられる。


「お前たちはこのボルガを旅立ってから、しっかりと自分たちの道を歩んでいる。もはや何も心配はしておらんよ……どうか、この先もご武運を。騎士フリードリヒ・ホーゼンフェルト殿。騎士ユーリカ殿」

「感謝します、司祭様」


 一人の騎士として言葉を受け、フリードリヒは軽い敬礼で応えた。ユーリカもそれに倣った。

 老司祭は深く頷いて後ろに下がり、アルマが二人の前に立つ。


「今さら私が何かを言う必要もないでしょう。私があなたたちを思い、毎日祈りを捧げることは変わりません。時々そのことを思い出してくれれば、それだけで十分です」


 二人を傍に抱き寄せたアルマは、それから静かに呟く。


「……願わくば、この先もう一度、あなたたちに会えますように」


 彼女のその言葉に、フリードリヒはやはり、老いを見た。自分たちよりも背の低い彼女が、より一層小柄に見えた。


「また会いに来るよ、アルマ先生」

「必ず来ます。それまでどうか、お体に気をつけて」


 二人でアルマをそっと抱き締め、そして離れる。


「皆さんの歓待と見送りに心から感謝を。それでは」


 最後に王国軍騎士として言い、フリードリヒは馬に乗った。同じく騎乗したユーリカと共に、故郷を発った。

 ボルガの住民たちは、二人の姿が遠くなるまで見送り続けた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 毎回骨太な話でとても楽しく読んでます [一言] やっぱり改心する場面はいつ見てもいいですね。フリードリヒが言った通り、許せる範囲に収まってたからこそですけど
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