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フリードリヒの戦場【書籍化】  作者: エノキスルメ
第二章 罪には等しく罰が伴う

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第64話 終息後①

 幕切れはあまりにも唐突で、あまりにも呆気ないものだった。

 ヒルデガルト連隊からの援軍や、王領から集められた徴集兵も合流し、総兵力が四千を超えた王家の軍勢が編成と進軍準備を進めていた最中。バッハシュタイン公爵領都レムシャイトより、元はコンラートの護衛を務めていた近衛小隊が解放され、オストブルク砦に生還した。

 彼らがコンラートとエルンストより預かっていたのは、アレリア王国の軍勢の撤退と、降伏の意思を伝える書簡だった。

 その翌日には、コンラートとエルンスト、そして武装解除した公爵領軍の残存兵力がオストブルク砦に到来する。

 万が一を警戒して戦闘に備えた軍勢を背後に従え、クラウディアは彼らと対峙する。今や王家の敵と化した実の弟を、無表情で見据える。


「謀反人エルンスト・バッハシュタイン公爵。そして……コンラート・エーデルシュタイン王子。お前たちは降伏の意思があるそうだが、間違いないか」

「はっ。アレリア王国側がこの計画から手を引いた今、もはや勝機なしと考えるに至り、我々は一切の抵抗を止めて王家に降伏いたします」


 護衛の近衛騎士に囲まれたクラウディアの問いかけに、答えたのはエルンストだった。


「この場で何か、申し開きはあるか」

「……ございません」


 さらなる問いに、今度はコンラートが答える。悲しげな彼の表情とは対照的に、クラウディアは無表情を決して崩さない。


「そうか。それでは……この謀反人どもを捕らえよ!」


 クラウディアが高らかに言う。弟であるコンラートを含めて拘束するよう命じる。王太女の言葉に従い、グスタフ率いる近衛隊が即座に動き出す。

 貴人であるコンラートとエルンストは怪我などさせないよう、あくまでも丁重に。その他の騎士や兵士はやや乱暴に。降伏した全員が、迅速に拘束されていく。


・・・・・・


 その後は淡々と、戦後処理が始まる。

 まずは領都レムシャイトが制圧され、王家の管理下に置かれる。降伏した罪人たちは王都へと護送され、今後の沙汰を待つ。

 王家の率いている軍勢のうち、一部は回廊を塞ぐように兵力を張りつけ、アレリア王国の兵力が引き返してきて余計なことをしないよう睨む。

 公爵領内の治安維持、土地や民の被害状況の確認にも人手が割かれる。

 ツェツィーリア・ファルギエール伯爵率いるアレリア王国の軍勢は、レムシャイトに集積されていた物資を撤退ついでに荷馬車と馬ごと奪い、今回の出征費用を多少は取り戻せるであろう金目のものを公爵家の屋敷から奪い、さらにはレムシャイト周辺の農地の麦を焼けるだけ焼いていった。撤退までの僅か数日で、見事な手際だった。

 本来であれば今後の国境防衛に投じるはずだった物資や資金、そして今年の王領と公爵領で消費するはずだった麦の一部の消失は、少なからぬ痛手。王家はこの損失を埋め合わせ、さらには領主家と領軍を失ったバッハシュタイン公爵領の社会を、今後も重要な穀倉地帯として機能するよう迅速に立て直さなければならない。

 それが大仕事になるのは、謀反の終結から間もない現時点でも明らかだった。

 多くの者が忙しく働く中で、フリードリヒもまた、マティアスの伝令役として動き回っていた。


「――なので、アルブレヒト連隊が兵力常駐の態勢を整えるまでは、フェルディナント連隊が引き続き回廊防衛のために部隊を置くそうです。願わくば二週間以内に、交代で大隊規模の戦力を置いてほしいとホーゼンフェルト閣下は仰せです」


 この日もマティアスより伝令任務を命じられたフリードリヒは、レムシャイトに置かれたアルブレヒト連隊の連隊長執務室を訪れ、レベッカ・アイゼンフート侯爵に伝える。

 元々はバッハシュタイン公爵領軍が一個大隊を常駐させ、監視と警備を担っていたエルザス回廊だが、その公爵領軍を頼れなくなった今、王国軍が中心となって防衛兵力を割くしかない。

 現時点では即応部隊であるフェルディナント連隊が歩兵一個大隊に弓兵一個中隊を合わせた部隊を割き、そこに貴族領軍や傭兵を加えた五百人規模の防衛兵力を置いているが、フェルディナント連隊の主任務は二つの平原にいざという場面で駆けつけること。貴族領軍にはいつまでも頼るわけにはいかず、傭兵はあくまでも補助戦力。

 そのため当面の間は、国内防衛と共に予備軍を兼ねているアルブレヒト連隊から一個大隊が回廊に派遣され、常駐することが決まっていた。防衛任務の引継ぎの実務は、連隊同士で行われることとなっている。


「分かった。既に部隊内で人員の調整を進め、後方の拠点にも伝令を出しているので、早ければ一週間で常駐の態勢は整う。そう長くは待たせないとホーゼンフェルト卿に伝えてくれ」

「了解しました。確かにお伝えします」


 レベッカの言葉に、フリードリヒは直立不動の姿勢で答える。


「伝令ご苦労だった。ところで、聞いた話では卿も大活躍だったそうだな、フリードリヒ・ホーゼンフェルト」

「……はっ。若輩の身ながら、微力を尽くしました」


 レベッカはあまり周囲に関心を持たないことで有名。まさか雑談のような会話を振られるとは思っておらず、フリードリヒの返答は少し遅れる。


「策を講じて二十人で敵の砦に乗り込むことが微力か。そう言われると、今まで具体的な戦功の少ない我らアルブレヒト連隊としては、立つ瀬がないな」

「し、失礼しまし……」

「いや、別に嫌味のつもりではない。変なことを言って悪かった」


 レベッカの言葉は本当らしく、彼女の表情はあくまで穏やかだった。

 昨年の社交の場で彼女がマティアスに向けていたものと同じ微笑。おそらくは関心のある相手にのみ彼女が向けるのであろう表情が、今はフリードリヒに向けられていた。


「……私一人の力で成した戦功ではありません。後ろにいるこの騎士ユーリカをはじめ、多くの騎士や兵士たちの奮戦があったからこそ、オストブルク砦の奪還は果たされました。英雄的な活躍の末に散った戦友たちの犠牲があったからこそ得られた勝利でした。私はただ、私の役割を果たしたに過ぎません。他の皆と同じように」


 フリードリヒが答えると、レベッカは少し驚いたような表情を見せる。


「ホーゼンフェルト卿も以前に同じようなことを言っていた。養子とはいえ、やはり子は親に似てくるのだな……後ろの騎士は昨年の宴でも卿の護衛を務めていたな。卿と共にホーゼンフェルト家の庇護を受けた幼馴染がいると聞いたが、その者が?」

「はい。彼女は同じドーフェン子爵領の教会で、孤児として共に育った仲です……絶対の信頼をおける、私にとって大切な仲間です」


 レベッカの問いに、フリードリヒはそう言って首肯する。このような場なのでユーリカとの関係はぼかしつつ、しかし彼女が特別な存在であることを明言する。

 それを聞いたレベッカは、おそらく二人の関係を察したのか、柔らかい表情になる。


「そうか。貴族にとって絶対的に信頼をおける存在は貴重だ。大切にするといい……任務と無関係な話で引きとめてすまなかった。行っていい」

「はっ。それでは失礼いたします」


 フリードリヒは敬礼し、ユーリカもそれに倣い、二人は退室する。


・・・・・・


 それから間を置いて、レベッカは傍らの副官、自身の父親の代から仕えているアイゼンフート侯爵家の側近に向けて口を開く。


「……あの顔立ちと、ユーリカという名前。間違いないな」

「はい。まさか生き延びていたとは思いませんでした。それも、あのように人間らしく成長しているとは」


 副官は主人であるレベッカの言葉に頷きながら、そう答える。

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