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フリードリヒの戦場【書籍化】  作者: エノキスルメ
第二章 罪には等しく罰が伴う

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第61話 公爵領軍殲滅戦③

「閣下、申し訳ございません。一人突破されました」

「よい。お前たちの落ち度ではない。敵が存外奮戦したたけだ」


 その他の敵騎士の殲滅を終えて報告に来たグレゴールに、マティアスは答える。

 そのとき、戦場が騒がしくなる。フリードリヒたちが振り返ると、敵の予備兵力である百人ほどが戦場になだれ込んでいた。

 乱入した敵兵のうち半数ほどが陣形の北側でこちらの歩兵部隊の横腹を突こうと突入し、残る半数は陣形の南側でこちらの騎兵を牽制しにかかっていた。どちらも、味方の撤退を支援するための攻勢に見えた。


「……やはり、予想通りに動いてくれるな、バッハシュタイン公爵は」


 マティアスがそう呟く。

 敵が本陣に予備兵力を残していることは、開戦の際に確認されていた。それが主力の支援に回るための兵力であると、マティアスは推測していた。

 この予備兵力が戦いの後半で動かされ――敵の本陣ががら空きになることは、マティアスの予想の範囲内だった。


「もはや森の陰に隠れている必要はない。敵本陣の様子を直接見る。前に出るぞ」


 マティアスの指示で、本陣の戦力は前進する。

 フリードリヒたちから見て左手側に広がり、敵から本陣を隠していた森。それよりも前まで進み出ると、十時方向の緩やかな丘の上に、公爵領軍の本陣が見えた。

 そこにいるのは敵の大将であるエルンスト・バッハシュタイン公爵と、旗持ちや直衛が合計で僅かに十数人。


「これも閣下の読み通りですね」

「ああ」


 フリードリヒが言うと、マティアスは頷く。

 兵力不足だが一兵でも多くの兵を戦闘に充てたいバッハシュタイン公爵が、追い詰められた主力を助けるために本陣直衛をぎりぎりまで減らすこともまた、マティアスの予想通りだった。

 無防備な状態となった公爵領軍の本陣に――北の森を回り込むようにして現れた十騎ほどの騎士が迫る。オリヴァー率いるフェルディナント連隊の別動隊だった。

 彼らは伏兵の主力と共に北側の森に潜み、開戦と同時に森を回り込んで敵本陣の北に潜み、敵本陣が無防備になるこのときを待っていた。そして今、好機を逃さず突き進んでいる。


・・・・・・


「敵将は目の前だ! 突き進め!」

「「「応!」」」


 オリヴァーが吠えると、騎士ヤーグをはじめ小隊の騎士たちが威勢よく応える。その中には騎士見習いのギュンターもいる。

 こちらの接近に気づいた公爵領軍の本陣は大急ぎで迎撃態勢を整えているが、騎士数人と歩兵十人程度で十騎の突撃を止めるのは無理がある。そう思っているのは敵も同じらしく、渋る敵将バッハシュタイン公爵を、直衛の騎士たちが説得して逃がそうとしているようだった。

 間もなく、現実を見たのかバッハシュタイン公爵は踵を返して逃走を開始する。それに騎士が一人付き、残る直衛はオリヴァーたちの前に立ちはだかる。


「ここは通さ――」

「死ねえええええっ!」


 迫ってきた敵騎士に対し、ギュンターが突撃の勢いに乗せて、片手で軽々と振った大剣を叩きつける。大剣は馬の頭と敵騎士の胴を両断し、首を失った馬の背で上半身を失った敵騎士がふらふらと揺れ、そして馬もろとも頽れる。

 残る敵も、次々に仕留められていく。どう見ても勝ち目がない状況で、しかし公爵家への忠誠心は厚いのか、直衛の騎士と兵士たちはなかなかしぶとく最後の一兵まで抵抗した。

 結果、オリヴァーたちが敵を殲滅したときには、バッハシュタイン公爵との距離はそれなりに開いていた。


「オリヴァー、追うか?」

「……いや。深追いすると、俺たちだけで敵地の奥で孤立しかねない。ここまでだ」


 ヤーグに答えながら、オリヴァーは主戦場を振り返る。


「敵将は逃げ去った。俺たちの役目は果たした」


・・・・・・


 オリヴァーが視線を向けた、敵味方の主力がぶつかり合う主戦場。

 そこでは、予備兵力の投入もむなしく、公爵領軍が完全崩壊し始めていた。


「おい、公爵家の旗が立ってねえ!」

「本陣がやられた! 公爵様がやられたぞ!」

「じゃあ誰が指揮をとるんだよ! 俺たちはどう撤退すればいいんだ!」


 全体指揮をとるべき大将が不在となり、捕虜回収部隊の隊長も戦死。護衛部隊の隊長は混戦の最中にいて全隊に命令を下せる状況にない。

 そのような状態となっては、公爵領軍はもはや烏合の衆だった。


「西側の包囲が甘い! 荷馬車隊で強行突破しろ! 走れる者は荷馬車の後ろに続け!」


 そんな中で、騎士フランツィスカの周囲にはかろうじて秩序が残っている。彼女の声が聞こえる範囲にいる兵士たちは、彼女以外に従うべき相手もいないため、言われた通りに動いて戦場からの脱出を試みる。

 なんとか少数がフェルディナント連隊から逃れて撤退を開始し、それを見た他の兵士たちは、もはや戦う意味はないと考えて個々の判断で逃走を開始する。それは撤退と呼べる代物ではない。完全な壊走だった。

 その様を、本陣からマティアスたちは見ていた。


「追撃を開始しろ。負傷者は無視していい。未だ自力で走れる者を狙い、しばらく戦線に復帰できない状態にしろ。深追いはするな」

「はっ」


 マティアスの命令を、グレゴールが直衛の騎士たちに伝える。騎士たちは伝令として、歩兵部隊や騎兵部隊のもとへ向かう。


「お見事な勝利でした、閣下」


 フリードリヒがマティアスの隣に並び、そう伝える。フリードリヒの傍らには、敵の返り血に髪を濡らしたユーリカが立っている。


「ああ。だが、敵もなかなか見事な戦いぶりだった……武人でない者が、よくぞあれだけの立ち回りを見せたと言うべきだろう」


 マティアスは自身の勝利を誇ることなく、逆にバッハシュタイン公爵の健闘を称える。

 フリードリヒとしても同意見だった。エルンスト・バッハシュタイン公爵は、誰が見てもよくやった。将としての実戦経験など無いに等しい一貴族が、生ける英雄を相手に独力で戦ったと考えると、最良と評してもいい善戦を成した。

 実際、彼の指揮する捕虜救出作戦は、惜しいところまでは進んだ。相手がより弱軍であるか、率いる将が凡庸な者であったならば、成功していたかもしれない。

 しかし精強なフェルディナント連隊が相手では、騎兵不足やそもそもの兵力不足が故に、決定打を作ることができなかった。

 その結果がこれだった。二百人の捕虜を救出するために領軍の本隊を差し向けたバッハシュタイン公爵家は、それ以上の兵力を失っている。


 最終的に、領都レムシャイトへの逃走が叶った公爵領軍は、解放された捕虜を合わせて三百人ほど。その多くがしばらく戦線に復帰できない負傷者で、戦力になり得るのは僅かに百人足らずという有様だった。

きりのいいところで区切ったため、今回少し短いです。ご了承ください。

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