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フリードリヒの戦場【書籍化】  作者: エノキスルメ
第六章 かつて我々は敵だった

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第183話 シャテルロー要塞攻防戦②

 ヨルゴスは、どうやら軍勢を三手に分けるようだった。エーデルシュタイン王国の援軍に向けられたのが、四千五百ほど。そしてシャテルロー要塞に向けられるのが三千ほど。本陣に残るのが一千五百ほど。

 要塞に籠るアレリア王家の軍勢を押さえつつ、援軍であるこちらを倍以上の兵力で殲滅するのが作戦か。本陣の一千五百は予備兵力。そのように推測し、フリードリヒは薄く笑む。敵の動きは概ね予想通りだった。自分がヨルゴスの立場でも、まずは援軍を会戦で倒すことで邪魔者を排除し、同時にアレリア王家の軍勢の士気を完全に打ち砕いた上で、要塞攻略に注力する。


 しかし、ヨルゴスの思い通りにさせるつもりはない。

 総勢四千五百の部隊は、戦意も高くこちらへ接近してくる。敵軍のうち、ヨルゴスの手勢や貴族領軍や傭兵など、まともな訓練を受けている者は三千程度と思われるが、そのうち半数程度はこの部隊に配置されているようだった。どうやら側面にはクロスボウ兵なども並べられており、一定の騎士対策もとられている。

 戦い慣れた職業軍人を中核とし、敵側の倍以上の兵力を揃えれば、緩やかな丘の上の高所をとられていることなど大した不利ではない。正面からぶつかり合えば、数の有利に任せて勝てる。常識的に考えれば。

 しかし、こちらの装備は敵の常識の範囲外にある。


「放て!」


 敵を射程圏内に収めたらいつでも射撃を開始するように。そのような命令をあらかじめ与えていた弓兵大隊長ロミルダが、直轄の一個中隊に命じる。それを受け、フェルディナント連隊の弓兵のうち百人が矢を曲射する。

 彼らが装備しているのは、エーデルシュタイン王国が新たに開発した複合弓。

 かつてのアレリア王国との決戦で、王家はリガルド帝国より貸し出された漆黒弩のいくつかを、紛失を装って手に入れた。それを解析し、これまでのものより性能の良い複合弓の材料と製造方法について、ある程度を把握した。

 そうして少数量産された最新式の複合弓百本が、実戦での試験を兼ねてフェルディナント連隊に預けられている。細かい加工方法までは完全に解析できていないため、性能では帝国の漆黒弓に及ばないが、それでも従来の弓よりは確実に高性能。丘の中腹に布陣しているために高所の有利も得て、複合弓から放たれた矢は長い放物線を描きながら飛翔する。

 未だ弓の射程圏内にはいないと思っていたのであろう敵部隊の将兵は、予想外に早く矢の雨を浴びたことで、明らかに動揺を見せる。前進の足が鈍り、その間にも次々に矢を受けて少なからぬ損害を出す。


・・・・・・


「くそっ、どうなっている! 何故この距離で矢がまともに届く!」


 ヨルゴスより預けられた四千五百の部隊を率い、エーデルシュタイン王国の援軍を撃滅するために前進していたザテッドは、前衛が矢の雨を浴びる様を見て悪態をつく。

 距離を見誤るはずがない。ということは、敵の弓の射程がやけに長い。ルディア大陸にはない技術を使った複合弓か何かか。

 推定される敵の弓兵の数に比べて、降ってくる矢の数は少ないが、このままのろのろと前進を続けていては被害が拡大する。同時に将兵たちの動揺も。四千五百のうち三千程度はただの民兵であるため、戦意を挫けさせてしまうと戦力として使い物にならなくなる。

 民兵たちが勢いを失って怖気づく前に、矢の雨を走り抜けてひと息に敵を殲滅するべき。そのためにも、まだ少し遠いが突撃してしまった方がいいだろう。

 そう判断したザテッドは、新たに命令を下す。


「突撃! 突撃だ! 肉薄すれば敵もそうそう矢を放てなくなる! 一気に押し潰せ!」


・・・・・・


「……やっぱり突撃を急ぐか。良い判断だ」


 敵部隊の動きを見ながら、その最後方に位置する指揮官らしき男に視線を向け、フリードリヒは呟く。


「全軍後退。くれぐれも陣形を崩さないように」

「はっ」


 フリードリヒが新たに発した命令に副官グレゴールが頷き、伝令たちに指示を飛ばす。

 全体に命令が伝わり、丘の中腹に布陣していたエーデルシュタイン王国の援軍は、徐々に後退する。迫りくる敵を見据えながら、各部隊長の声に合わせて一歩ずつ着実に下がる。

 結果、ただでさえ早急に突撃を開始し、ゆるやかな上り坂を駆け上がっていた敵部隊は、さらに長い距離を走る羽目になる。そうなると、体力的にも個人差の大きい敵兵たちの足並みは大きく乱れる。消耗戦力として先頭を走らされていた民兵たちのうち、体力のある者たちは先行し、体力のない者たちは置いていかれる。

 結果、数百人だけが先走る。このまま激突すれば、正面では一時的にエーデルシュタイン王国の援軍が数の有利を得る。


・・・・・・


「まずい! 突撃停止! 停止しろ! 一旦下がれ!」


 これが敵の罠だと気づいたザテッドは怒鳴る。が、もう遅かった。ただでさえ命令を発する後方との距離が開いている最先頭の民兵たちは、仲間と並んで突撃する高揚感に包まれているために興奮し、新たに発せられた停止命令を認識しない。

 そして、一部の民兵たちだけが中途半端な突撃を敢行する。長い疾走の末に疲れた軽装の民兵たちは、職業軍人ばかりで構成されたエーデルシュタイン王国側の戦列を打ち破ることなど到底叶わない。将兵たちの築く重厚な壁に激突し、すぐに蹴散らされて背中を見せ、そこで自分たちが先走っていることにようやく気づく。

 周りを見回せば、突撃したのは自分たち数百人だけ。これで敵うはずがない。そう考えたらしい民兵たちは、いとも簡単に壊走する。それを、エーデルシュタイン王国側の将兵たちは追撃する。


 仲間が逃げてくる様を見た後続の民兵たちも、突撃は失敗して自分たちは敗けていると認識し、疲労も相まって逃げ腰になる。壊走する仲間が隣を過ぎ去れば、次に迫ってくるのは、坂を下る勢いも乗って突撃してくる敵軍の壁。その壁に飲み込まれたい者などいるはずもなく、民兵たちは次々に逃走する。

 こうなると、民兵の逃げる波はもはや止まらない。民兵だけでなく、一部の傭兵や正規軍人さえも逃げ始める。四千五百の兵力を誇った部隊は、あっという間に半数ほどにまで規模を減らす。正規軍人と傭兵の大半、そして度胸のある民兵だけが残る。

 その残り半数も、無秩序に逃げ惑う仲間が邪魔で隊列を組みなおすこともままならない。その間もエーデルシュタイン王国側の突撃は迫り、さらには矢の雨も未だ飛来して集中力を乱す。近づく敵に対してザテッドの周囲に並ぶ味方弓兵も矢を曲射するが、その数は少なく、牽制の効果は限定的となる。


「押し止めろ! 敵の突破を許すな!」


 こうなったら、せめて完全に壊走する事態は防がなければならない。後方、ヨルゴスのいる本陣にこの敵軍が突撃することだけは許されない。ザテッドは守りに徹することを決め、並ぶ将兵たちを鼓舞する。

 そして、今度はエーデルシュタイン王国の援軍が攻めるかたちで激突。数の不利を縮め、さらに丘を下る勢いが乗ったエーデルシュタイン王国側が優勢を保ちながら戦う。ザテッド率いる部隊は防戦一方となる。


・・・・・・


 その様を、ヨルゴスも本陣から見ていた。


「珍しいな。ザテッドが苦戦するとは……智将の呼び名は伊達ではないということか」


 ヨルゴスから見ても、敵将ホーゼンフェルト伯爵の戦術はなかなか鮮やかだった。さすがは智将と呼ばれているだけのことはある。エーデルシュタイン王国では、確か英雄などともてはやされているのだったか。

 頼りない民兵の多い部隊を率いながら、敵の巧みな戦術を前に陣形を完全には崩壊させなかっただけ、ザテッドはよくやっていると言うべき。幸い敵の突撃を受け止めることには成功しているようなので、本陣の予備兵力か、あるいはシャテルロー要塞の方へ回している兵力の一部を援護のために差し向けるべきか。

 そのように考えていると――その要塞側を監視していた士官が、新たに報告を叫ぶ。


「国王陛下! 要塞の城門が開きます!」


 それを受け、ヨルゴスは要塞の方へ視線を移した。

 確かに城門が開き、そして中から隊列を組んだ将兵たちが姿を現す。籠城を止め、会戦に臨むつもりのようだった。

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― 新着の感想 ―
2月10日は「後退」の日バックオラーイ!オラーイ!!別作品でも似たことが起きたような気がするのは自分だけだろうか? (苦笑)
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