第181話 因縁
対峙していた反乱軍部隊を撃破したエーデルシュタイン王国の援軍は、さらなる西進を開始して間もなく、ツェツィーリア・ファルギエール伯爵のもとから送り込まれた部隊と合流を果たした。
その規模は、騎士が五十に猟兵が百。籠城戦の士官としては過剰な騎兵戦力と、野外での遊撃戦の方が力を発揮できる猟兵戦力が、フリードリヒに預けられたかたちとなる。
「ファルギエール伯爵閣下より、この合流部隊の一応の指揮官として任命されております……ヴェレク男爵領軍隊長、騎士アハトと申します。ヴェレク男爵家従士長を務めております」
フリードリヒの面前で敬礼し、名乗ったのは、容姿から大陸北部人と分かる青年。
アハトと名乗った青年や、その部下である猟兵たちの装束から、彼らがフェルディナント連隊にとって因縁の相手である大陸北部出身の猟兵部隊であることは明らかだった。それ以前に、フリードリヒは弓とクロスボウを担いだ目の前の青年の顔に見覚えがあった。
自身の父であるマティアス・ホーゼンフェルト伯爵を奇襲によって殺め、そしてユーリカとグレゴールによって討たれた、あの恐ろしく強い猟兵部隊長。その傍で戦っていた側近格の男が目の前の人物であると、フリードリヒは気づいていた。
父を貫いた矢。それをまさに放ったのがこの青年であると、覚えていた。
そのことはアハトの側も察しているようで、彼は明らかに緊張していた。表情は硬く、額には汗も浮かんでいる。
彼の後ろに控える猟兵たちも緊張を共有している様子で、さらには五十騎のアレリア王国騎士たちも、前回は戦場で戦ったエーデルシュタインの生ける英雄を前に気まずさを覚えていると気配で分かる。
相手側の感情をその態度から読み取った、フェルディナント連隊をはじめとしたエーデルシュタイン王国側の将兵たちも、佇む様はどこかぎこちない。副官グレゴールをはじめとした本陣直衛の騎士たちや、大隊長たち幹部陣などは、いざというときに備えて警戒すら滲ませている。
明らかに重苦しい空気が漂う中で――下馬したフリードリヒは、静かにアハトに歩み寄り、そして手を差し出した。
「エーデルシュタイン王国軍、フェルディナント連隊長フリードリヒ・ホーゼンフェルトだ。かつての戦いで、君たちヴェレク男爵領軍やアレリア王国騎士たちの強さはよく知っている。君たちのような戦士たちと同じ戦列に並べること、誠に心強い。どうかよろしく頼む」
微笑を浮かべ、穏やかな声で、フリードリヒは言った。
軍人が戦うのはそれが務めだからであり、そこに私情を挟む余地はないと。戦争で誰を殺しても喜ぶべきではなく、誰を殺されても恨むべきではないと。亡き父マティアスはフリードリヒにそう教えた。その教えはフリードリヒの中で今も生きている。
その話を、フリードリヒはかつてツェツィーリアにも語った。だからこそ彼女は、フェルディナント連隊と少なからぬ因縁のあるアハトたちを、しかし戦力としての価値を優先して預けてくれたのだと、フリードリヒも理解している。血縁上の姉の信頼に、応えないはずがない。
「……光栄です、閣下」
アハトの表情が和らぎ、彼はフリードリヒの差し出した手に応える。互いに大恩ある相手を奪われた者同士が、今は味方として握手を交わす。
その儀式をもって、両軍の間に漂っていた緊張が和らいでいく。
・・・・・・
その日の夕刻。街道の脇に野営地が置かれる。天幕が並び、夕食の準備が進む。
一方で司令部天幕には、フリードリヒを中心にフェルディナント連隊の幹部と、貴族領軍や傭兵部隊の指揮官たち、そしてアレリア王国側から合流した部隊の長たちが集まる。エーデルシュタイン王国側とアレリア王国側の部隊長たちの顔合わせが行われた後、今後の進軍とその後の戦いについて、現時点で把握されている情報をもとに概要が計画される。
ツェツィーリア・ファルギエール伯爵率いるアレリア王家の軍勢は、旧来のアレリア王国領土とカルーナ地方の境界付近、シャテルロー要塞にて籠城戦を展開している。その現状については、放った斥候より報告がなされている。数日前の時点では、シャテルロー要塞は危なげなく持ちこたえていると。
このまま援軍がたどり着くまで、ツェツィーリアならば持ちこたえるであろうと、フリードリヒは信じている。かつての戦争で恐るべき強敵として立ちはだかった、血縁上の姉の力を疑うことはない。
急ぎ駆けつけようにも、将兵を急がせた結果、戦場に辿り着いたときに疲れ果てていては意味がない。なので援軍の一行は、明日以降も過剰に焦ることはなく、しかし時間を浪費することもせず、着実に前進を続けることが確認された。
シャテルロー要塞に接近して以降の具体的な戦い方についても一応の方針が決定され、軍議はひとまず終了。皆それぞれ自分の部隊のもとへ戻っていく中で――フェルディナント連隊騎兵大隊長である騎士オリヴァーは、ある人物に声をかける。
「失礼、アランブール卿」
呼ばれて振り向いたのは、アレリア王国側より合流した騎士およそ五十騎の指揮官。ファルギエール伯爵が信頼を置く腹心の一人、マチルド・アランブール女爵。
かつて。アレリア王国との戦争の緒戦、山道の戦い。そこでオリヴァーが討ち取った敵側の指揮官ヴァンサン・アランブール男爵の娘。父の跡を継ぎ、武門であるアランブール家の現当主を務める女性騎士。
先ほどの顔合わせの場で、オリヴァーは彼女の家名を聞き、彼女がヴァンサンの娘であると気づいた。マチルドの方も、オリヴァーの名を聞き、その顔を見て、何かに気づいた顔をしていた。
である以上、互いの因縁に触れないまま、騎兵部隊長として互いを信用して協働するのは難しいと、オリヴァーは考えた。
「これから共に戦いに臨む前に、貴女とは一度話しておきたいと思い……」
「……お声がけに感謝します。私も同じように思っていました」
マチルドは薄く笑み、答えた。会話を拒絶するような強硬な態度が返ってこなかったことに、オリヴァーは内心で安堵する。
「……私は、かつての戦い――」
「貴方が、私の父ヴァンサンを討ったエーデルシュタイン王国軍騎士で間違いありませんか?」
さすがに気まずさを覚えながらも、話を続けようとしたオリヴァーを制するように、マチルドの方が切り出す。
「……仰る通りです」
「やはりそうでしたか。あなたに会う機会があれば、聞きたいと思っていたことがありました」
そう言いながら、マチルドは身体ごとオリヴァーを向く。
オリヴァーは緊張を覚えながら身構える。オリヴァーの後ろに控える騎士ヤーグと、マチルドの後ろに控える副官らしきアレリア王国軍騎士が、万が一の事態に備えてさりげなく剣の柄に手を近づける。
「父は強かったですか?」
それが、マチルドからの問いだった。少しの間をおいて、オリヴァーは頷く。
「……はい。彼は凄まじい強敵でした。敵ながら素晴らしい騎士でした。結果として私が勝ち、生き残りましたが、私が死んでいた可能性の方が高かったでしょう」
それは世辞ではなく、オリヴァーの本心だった。本心であることを理解してもらうため、オリヴァーはマチルドを見据え、決して視線を逸らさずに語る。
「彼の剣によって負ったこの顔の傷と共に、私はヴァンサン・アランブール男爵の強さを記憶に刻んでいます。生涯忘れることはありません」
オリヴァーの言葉を噛みしめるように目を伏せたマチルドは、やがて顔を上げる。喜色を浮かべながら。
「……貴方がこれからも活躍を続け、偉大な騎士となることを願います。そうすれば、貴方に傷を負わせた父が強き騎士であったことも、もしかしたら歴史に記されるかもしれませんから。そして今回、父を討った貴方と共闘できることを光栄に思います」
そう言ってマチルドが求めてきた握手に、オリヴァーも応える。
「私こそ光栄です。強き騎士のご嫡女と共に戦えることに感謝を」
互いの騎士としての誇りを示すように、力強い握手が交わされる。




