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フリードリヒの戦場【書籍化】  作者: エノキスルメ
第六章 かつて我々は敵だった

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第180話 各地の戦況

 ヨルゴス・カルーナの軍勢がファーロ地方に上陸を果たし、兵力を増しながら接近している。その規模は既にこちらよりも大きく、接敵する頃には二倍まで開いているかもしれない。まともに戦えば、不利な状況での激戦となるのは間違いない。


 その噂は、ツェツィーリア・ファルギエール伯爵率いる軍勢の中で瞬く間に広まった。その影響は、軍勢が北進する中での、多くの将兵の逃亡というかたちで表れた。一夜が明けるごとに軍勢の規模は縮まり、昼間でも行軍の休憩中に姿を消す者が続出した。

 疲弊したアレリア王国社会から、半ば強引に動員した徴集兵たち。金で雇っただけの傭兵たち。彼らの多くは、戦いを放棄して逃げ出した。さらに、戦後に入隊したアレリア王国軍の一部将兵さえ逃亡した。元より食い詰めて軍を選んだような者も多く、そうした者たちの忠誠心や士気は決して高くない。このままでは敗けると思い、命を惜しむ者が出るのも仕方のないことだった。

 カルーナ地方駐留部隊にも合流を命じたが、従う者は少なかった。各地に散っている小部隊のうち、素直に合流したのは、あの真面目そうな駐留部隊指揮官をはじめ百人程度だった。


 旧来よりアレリア王国に属する貴族たちも、アレリア王家がヨルゴスに敗北する可能性が高いと見たのか、少なからぬ人数が日和見に走った。彼らは「別動隊としてカルーナ地方との領境一帯を守る」などと雑な言い訳を語り、その実は自領に引き上げてしまった。

 ツェツィーリアは正規軍部隊を逃亡者の追跡に出すことはしなかった。一度逃げた将兵など、無理やり連れ戻してもまともに戦わず足手まといになるだけ。ヨルゴスの軍勢が迫る前に急ぎ移動しなければならないため、逃亡者に構う余裕も、意味もなかった。

 また、ツェツィーリアは一部の部隊――百騎ほどの騎士とヴェレク男爵領軍を手放し、エーデルシュタイン王国からの援軍のもとに向かわせた。これから臨む籠城戦では彼らは真価を発揮できないため、外で戦う援軍に合流させた方が効果的と考えての判断だった。


 結果、ツェツィーリアのもとに残ったのは忠誠心の高いロワール地方出身の連隊と、中央部より動員したアレリア王国軍部隊の過半、合流してくれた駐留部隊の将兵、そして逃げ出さなかった貴族領軍と傭兵と徴集兵。クアンカ攻略戦での損耗もあり、合計で三千ほど。

 この手勢を連れてツェツィーリアが向かったのは、旧来からのアレリア王国領土とカルーナ地方の境界付近にあるシャテルロー要塞。

 古くはカルーナ王国を睨む国境防衛の拠点であったこの要塞は、丘陵と森に覆われた旧国境の一帯のうち、丘陵も森も途切れて通行しやすい小さな平原、そこを通る街道の傍に築かれている。

 もしもカルーナ地方やファーロ地方だけでなく、旧来のアレリア王国領土までをヨルゴス・カルーナの軍勢に蹂躙されれば、アレリア王家の求心力は決定的に落ちる。各征服地の穏健な再独立どころか、旧来の王国領土とロワール地方を維持することさえ困難になりかねない。

 だからこそツェツィーリアは、シャテルロー要塞を防衛線としてヨルゴス・カルーナの軍勢を迎え撃ち、旧来の王国領土にヨルゴスが侵入する事態を防ぎつつ、籠城戦によって兵力差の不利を補い、時間を稼ぐことにした。


「引き続き、こちらの人的損耗は僅かです。新たに増えた死者は八人、重傷者は十四人に留まっています……ですがやはり、士気の低下は如何ともし難く」


 要塞の主館に置かれた司令部で、ツェツィーリアは副官ローズからそのように報告を受ける。


「そうか、死傷者が少ないのならいい。士気の低下については、そろそろ策を打たなければな」


 副官の言葉に、ツェツィーリアは独り言ちるように返した。


 シャテルロー要塞に籠城するツェツィーリア指揮下の兵力三千に対して、ヨルゴス・カルーナの軍勢はおよそ一万。傭兵や蜂起した反乱軍に加え、ヨルゴス有利と見て同調した民衆を巻き込み、進軍中に数が膨れ上がっている。ファーロ地方で掠奪した資金と物資、カルーナ商人による協力などもあり、補給の面でも余裕がある様子。気の早いことに、彼は既に「ヨルゴス・カルーナ国王」を名乗っている始末。

 戦況的には、互いに有利な点と不利な点がある。敵側としては、兵力差がやや足りない。堅牢な要塞を攻め落とすには、籠城側の三倍強の兵力は余裕があるとは言えない。一方でこちら側としては、逃亡に次ぐ逃亡のせいで兵力が半減している上に、敵に包囲されている状況のため、将兵たちの士気が落ち込んでいる。いくら堅牢な要塞の中にいても、将兵たちの戦意が挫けては守りきれるとは限らない。


 この状況で、ヨルゴスはこちらの士気をさらに下げる戦術をとっている。

 日中は不意に敵部隊が接近してきては火矢を放ち、あるいは投石を行う。バリスタやカタパルトなどの大がかりな攻城兵器まで持ち出し、定期的に要塞内に攻撃を打ち込んでくる。そして、夜にも要塞に近づき、やはり火矢や石を放ち、そして大声で騒いでくる。

 おかげで、こちらの将兵はなかなか気が休まらず、心身ともに疲労が溜まる。疲れはさらなる士気の低下を招く。


「敵側にまた夜襲の気配はあるか?」

「準備はしているようですが、やはり小規模です。おそらくはまた嫌がらせかと」

「では、不寝番の者たち以外には一人二杯まで、酒を配るように。不寝番の者たちには、明日の日中に同量を」

「よろしいのですか?」

「ああ。将兵たちも息が詰まっているだろうからな。閉塞感を和らげるためには酒が最も効果的だろう……いっそ、私も皆と一緒に飲もう。将兵たちと共に、敵よりも賑やかに騒いでやろう」


 そう言って不敵に笑ってみせると、ローズも釣られて微苦笑する。


 この戦争はもはや持久戦。フリードリヒ・ホーゼンフェルト伯爵率いるエーデルシュタイン王国の援軍が駆けつけるのが早いか。こちらの士気が完全に崩壊し、それを察知したヨルゴスの軍勢の大攻勢を受けて壊滅するのが早いか。おそらくは、どちらかのかたちで決着がつく。

 士気さえ崩壊しなければ、シャテルロー要塞が陥落することはない。元よりこの要塞はカルーナ地方進軍に際して補給の中継拠点として使用しており、加えてツェツィーリアは反乱鎮圧に失敗して後退した場合に備え、要塞内に大量の物資――食料や薪、矢や投石用の石、油など――を運び込ませていた。三千の将兵が籠っても、数週間は余裕で持ちこたえられる。

 そしてツェツィーリアは、あのフリードリヒならば必ずや対峙する反乱軍部隊を殲滅し、こちらの要請に応じて駆けつけてくれると信じている。そう時間はかからないと確信している。

 だからこそ、将兵たちの士気を保つためならば、戦いの最中に酒を配るという少しばかり危険な賭けもためらわない。


・・・・・・


 ミュレー地方。山岳貴族の手勢による反乱軍は、強固な防衛線を構築して持久戦に臨む構えを見せた。カルーナ地方においてヨルゴス・カルーナの軍勢がアレリア王家の軍勢を打倒するまで、できるだけ多くの兵力を引きつけることが、山岳貴族たちのひとまずの狙いと思われた。


 大軍による進軍の難しい山岳地帯で、複数の砦や城塞都市が並ぶような陣容は、力押しで攻略するのは極めて難しい。そこで、反乱軍鎮圧のために軍を動かしたユリウス・ノヴァキア公爵のとった策が――敵を徹底的に挑発することだった。

 砦や城塞都市に部隊を近づけ、大声で騒がせて山岳貴族を揶揄する。反乱軍を侮辱するような書簡を、矢文としていくつも打ち込む。さらには、山岳貴族の反乱に協力しているであろう近隣の村落を襲撃し、焼く。

 そうした挑発の数々は、ミュレー人にとって長年の敵であるノヴァキア人の軍勢や、山岳貴族に屈辱的な服従を強いたアレリア王国軍が成すからこそ、極めて効果的だった。


「七百人規模か。あの都市に籠っていた反乱軍は五百程度のはずだったが、都市住民の一部も反乱に加わったか?」


 度重なる挑発に我慢しかねたのか、防衛線を構築する城塞都市のひとつから反乱軍が打って出てきた。城塞都市に対峙して挑発に臨んでいた部隊を追い、防衛線から突出して攻勢に出る構えを見せている。そのような報告を受けたユリウスは、敵側の防衛線と対峙する各部隊の後方に控えていた総勢一千ほどの本隊を連れ、迎撃に出た。

 対峙してきた反乱軍部隊は、数的には不利ながら、逃げる様子はない。血の気も多く戦いに臨むつもりのようだった。


「仰る通りかと。斥候の報告によると、増加した分は全て粗末な装備をした民兵のようです」


 ユリウスの疑問に返したのは、エサイアス・バリエンフェルド子爵。かつてアレリア王国との戦いで壮絶な戦死を遂げたパウリーナ・バリエンフェルド子爵の息子で、再建されたノヴァキア家の軍の中核を担う一人。


「では、恐れることはないな……あの覇気がいつまで持つか見ものだ」


 自分たちの故郷を蹂躙し、誇りを踏みにじる敵への憤り。それはユリウスも理解できる。かつて同じ憤りを抱き、今もまだ失っていないからこそ。

 しかし、ただ感情的に憤り、その憤りに任せて武器を取るだけでは故郷を守ることはできない。そのことを、ユリウスは身をもって学んできた。


「モゼッティ卿に合図を。戦いを始めよう」




「……総員前進せよ!」


 ユリウスからの合図を受け、前衛の指揮をとるアンジェロ・モゼッティ侯爵は将兵たちに命じる。

 こちらの兵力は、敵の籠っていた城塞都市を睨んでいた七百に加え、合流した本隊の一千、合計で一千七百。そのうち本隊の半数は別動隊として動いており、この場にいるのは一千二百。

 まずは前衛――アンジェロ直轄の精鋭五百ほどが一斉に動き出す。

 先頭には、アンジェロ自らが立つ。勇ましく前に進む猛将に、忠実な配下たちが続く。

 血気盛んな反乱軍と、精強な鎮圧軍の前衛が激突。この場においては数的に有利で士気も高い反乱軍は、練度でも装備でも遥かに勝る鎮圧軍前衛に拮抗する。

 しかし、あくまで拮抗するだけ。押し勝つことはできない。怒涛の勢いで攻めてくる敵を前に、しかしアンジェロは引かず、だからこそ配下たちも引かない。

 最初は士気高かった反乱軍も、所詮は民兵の群れ。血と泥にまみれた殺し合いの中で瞬く間に士気は落ちていく。


 そこへ、ユリウス率いる後衛が迫る。

 前衛と後衛に分かれた鎮圧軍を確固撃破すれば、勝機はある。そう考えていた反乱軍側も、前衛すら倒せない状況で後衛にまで迫られては、勝ち目がないと考える。まずは民兵たちが逃げ出し、それを止められない正規軍人たちも、徐々に壊走を開始する。

 そうして逃げていく反乱軍は、しかし間もなく退路を塞がれる。鎮圧軍の別動隊、五百が敵側の背後に回り込み、挟み撃ちを実行する。

 民兵が大半を占める寄せ集めの反乱軍。周辺偵察も甘く、容易に挟み撃ちにかかり、すり潰されるようにして殲滅されていく。いずれまた敵対するミュレーの兵力をできるだけ削いでおきたいノヴァキア公爵家の部隊も、アレリア王家に友好的なミュレー王を擁立するには山岳貴族が邪魔なアレリア王国軍も、反乱軍に容赦はしない。

 間もなく、反乱軍は逃亡に成功した少数を除き、全滅する。鎮圧軍の損害は軽微。前衛を指揮したアンジェロも無事だった。


「……他愛もない」


 名目上の大将として勝利を収めたユリウスは、さして喜ぶでもなく呟く。

 ノヴァキア王国の再興を果たす。より盤石な、より有利な状況のもとで。これはそのための過程に過ぎない。


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