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フリードリヒの戦場【書籍化】  作者: エノキスルメ
第六章 かつて我々は敵だった

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第178話 ヨルゴス・カルーナ

 カルーナ王国での日々を、ヨルゴス・カルーナはあまり憶えていない。今より三十余年前、侵略によって滅びゆく故国を去ってルディア大陸のザンギア王国へと亡命したとき、ヨルゴスはまだ五歳だった。

 幼き日の曖昧な記憶と、共に亡命した臣下たちから語り聞かされた話でしか知らないカルーナ王国。ヨルゴスにとってそれは、人生をかけて取り戻すべきもの。国の再興を成さないという選択はあり得なかった。


 世代を重ねて血のほとんどはルドナ大陸西部人となったが、元々、カルーナ王家はルディア大陸からルドナ大陸西部へと流れ着いた移民の末裔。先祖はルディア大陸での権力争いに破れ、命からがら逃げ出した貴族だった。新天地で再起を果たし、ついには一国を築くまでに至った。

 そんなカルーナ王家で言い伝えられてきた教訓。それは、世界の幸福は有限であり、幸福を掴むには力が必要であるということ。

 弱さ故にかつての故郷で安寧を失い、富も権勢も領地領民も失い、不幸のどん底まで落ちたからこそ、二度と同じ目に遭わないために強くあることがカルーナ王家の務めとされた。限られた幸福を奪い合うこの世界で、奪われる側ではなく奪う側であり続けることが絶対の正義であると、ヨルゴスも幼い頃より女王たる母から言い聞かされた。それだけが、唯一憶えている母との思い出だった。

 だからこそ、使命を果たすこと叶わず死んでいった母の、兄姉や親類たちの無念は想像に余りある。

 またもや奪われた安寧を、富と権勢を、領地領民を取り戻す。奪う側に返り咲く。それは一族の尽くを失いながら一人生き残った、ヨルゴスの使命だった。生きる意味だった。だからこそ、遠い先祖の生まれ故郷であるルディア大陸でヨルゴスは生き抜いた。


 機会はついに訪れた。アレリア王国は戦争で大敗し、覇王は死に、穏健派の王のもとで王権は弱まった。この機を逃せばカルーナ王国再興は叶わないだろう。そう考え、ヨルゴスは五千の軍勢と共にルドナ大陸西部に帰ってきた。

 この身体を流れる一族の血に応えるために。南で待つ妻と子のために。自分を家族のように受け入れてくれたザンギア王家に、兄弟のように育った現ザンギア王に報いるために。必ずカルーナ王国を再興し、自分が手にするべき幸福を掴み取る。そう誓いながら、ヨルゴスは今、カルーナの地に踏み入る。

 旧ファーロ大公国との国境であった大河。そこを渡る橋を越えれば、いよいよ思い出の故国の地。あえて馬を下りて第一歩を踏み出し、土を踏みしめ、帰還を実感する。


「御帰還おめでとうございます、陛下」

「……ああ。だが、陛下と呼ぶのは気が早いぞ、ザテッド」


 ルディア大陸で出会い、共に傭兵団『カルーナの顎』を大きく育ててきた側近に、ヨルゴスは苦笑交じりに答える。


「これまで待った年月を考えれば、もはや王座を取り戻したも同然でしょう。ここはあなたの国なのですから、堂々と王を名乗られればよろしい。そうすれば将兵もますます意気込んで付き従います」


 浅黒い肌の側近は、硬い髭に包まれた顔に不敵な笑みを浮かべて言う。ヨルゴスは少し思案した後、側近の言葉に理を認めて頷く。


「そうだな。私は今より、亡国の王子ではない。カルーナ王ヨルゴスだ。そう名乗ることにしよう……そしてお前は、カルーナ王国軍の将ザテッドだ。俺が真に王座を取り戻したら、立場に相応しい爵位と広大な領地を与えよう。これまでの貢献にようやく報いてやれるな」


 ザテッドはヨルゴスがまだ十代の頃から、亡国の王子がいずれ大成することに賭けて付き従ってくれた。ルディア大陸の戦場で、彼には何度も命を救われてきた。


「ははは、お仕えしてきた甲斐がありましたな。それでは、王の軍勢を進めましょう。反乱軍との合流を急がなければ」


 側近に促され、ヨルゴスは再び騎乗する。乱雑に伸びた髪を揺らしながら馬を進め、その傍らにザテッドが、そして後ろには軍勢が続く。


 あと少しで、悲願が叶う。


 全てはこのためにあった。私兵を集め、鍛え、将として実力を磨き、そしてついに舞い戻った。アレリア王家に媚びることで生き長らえたルカッティ子爵を捨て駒とし、ファーロの地に上陸を果たした。かつて匿ったカルーナの王族を見捨てたファーロの地を、報復の意味も込めて蹂躙しながら、いよいよこうしてカルーナの地に入った。

 弱体化したアレリア王家の軍勢を撃滅すれば、敵はいなくなる。東の隣国エーデルシュタイン王国からは援軍も来ているようだが、アレリア王家の軍勢が消え去れば本国に逃げ帰ることだろう。

 敵がいなくなったルドナ大陸西部は、蹂躙し放題となる。カルーナ王国を再興しつつ、ファーロの地やロワールの地、アレリア王国の旧来の領土、いずれはさらにその先まで支配域を広げる。もっと強く、もっと巨大なカルーナ王国を築き上げてみせる。より大きな手で、より大きな幸福を掴み取ってみせる。

 そうすることで初めて、亡き一族の魂も報われることだろう。一族の教えを語ってくれた母も喜ぶことだろう。一族に応え、母に応え、そして自分は真にカルーナ王家の一員となる。


 あと少し。あと少しなのだ。


・・・・・・


 エーデルシュタイン王国よりアレリア王国へと派遣された援軍は、カルーナ地方北東部にて、反乱軍およそ一千五百と対峙していた。

 援軍を率いるフリードリヒとしては、反乱軍はこちらを撃滅して他の反乱軍やヨルゴス・カルーナの軍勢と合流すべく、積極的に勝負に出てくる見込みが大きいと当初は考えていた。しかし予想に反して、敵側は小都市に籠り、防衛戦の構えを見せていた。

 守りに入るというのであれば、それはそれで構わない。一定規模の敵を包囲して都市に釘づけにするだけでも、ツェツィーリア・ファルギエール伯爵率いるアレリア王国側の軍勢に対する十分な援護となる。そう考え、フリードリヒは反乱軍の籠城する都市を包囲。アレリアの軍勢が反乱軍やヨルゴスの軍勢を各個撃破することを期待しつつ、気長な持久戦に臨んでいた。


「今日も敵側に目立った動きはありません。周辺に敵の増援なども見当たりません」

「そうか、報告ご苦労……これほど戦況に動きがないと、さすがに将兵たちも退屈だろうね」


 副官グレゴールの定期報告を受け、フリードリヒは微苦笑交じりに言う。

 対峙する反乱軍は、こちらの軍勢二千が迫った時点で既に籠城しており、攻撃の素振りも見せない。こちらも兵力の損耗を避けるため、派手な攻勢には出ていない。定期的に弓兵部隊を接近させ、矢を撃たせ、敵が反撃の態勢を整える前に下がる……という牽制を行わせるのみ。牽制を指揮する弓兵大隊長ロミルダが適切に引き際を見定めてくれるおかげで、今のところ少数の負傷者が出ているのみで、死者はない。

 楽ではあるが、ぬるい戦い。将兵の気が緩むのは必然だった。


「はっ。連隊の将兵は自主的な鍛錬や小隊内での模擬戦などで暇を潰しているようですが、やはり気が抜けてきた者も多いようです。貴族領軍や傭兵については、より弛んでいる有様かと……部隊長たちに命じ、今一度気を引き締めさせましょうか?」

「いや、あまり厳しくしても集中力を欠くだけだろう。戦況に動きがあれば、また気を引き締めさせればいい。軍規だけは厳守するよう、部隊長たちに伝えておいてほしい」

「御意」


 グレゴールは敬礼し、フリードリヒ専用の天幕を出ていった。

 一人になったフリードリヒは、腰かけていた簡易寝台に寝転がる。天幕の天井を見上げながら嘆息し、


「……早く帰りたい」


 王都ザンクト・ヴァルトルーデで自身の帰りを待つ、妻ユーリカと娘カサンドラを思いながら呟いた。


・・・・・・


 それから数日後。相変わらず動かない戦況を前に退屈していたフリードリヒのもとへ、ツェツィーリアより緊急の伝令が送られてきたと、グレゴールから報告がなされた。

 フリードリヒが急ぎ司令部天幕へ行くと、そこで待っていたのは集合を済ませたフェルディナント連隊幹部たちと、一人の若い騎士。その騎士はファルギエール伯爵家の紋章が刻まれた銅板を見せ、自身がツェツィーリアの遣いであることを証明した上で緊急報告を行う。


 ヨルゴス・カルーナの軍勢がファーロ地方に上陸。掠奪を行いながらカルーナ地方を目指して東進している。おそらく、現在は既にカルーナ地方に入り、反乱軍の残存兵力と合流し、さらに傭兵や民兵を加えて兵力を増している。

 アレリア王家の軍が現在擁する兵力では、ヨルゴスの軍勢と真正面から戦うことは戦力的に厳しい。なので、ヨルゴスの軍勢がアレリア王国の旧来の領土まで侵入する事態を防ぐため、北進した上で要塞に籠城し、ヨルゴスの軍勢を迎え撃つ。

 ホーゼンフェルト伯爵におかれては、可能であれば対峙する反乱軍を撃滅した後、こちらに合流し、ヨルゴスの軍勢を挟撃してほしい。籠城に適さない一部の部隊――騎兵部隊の一部と猟兵部隊を、後ほど助力としてそちらへ派遣し、指揮権を預ける。そちらの裁量で活用してほしい。

 以上が、ツェツィーリアからの言伝だった。


「ヨルゴス・カルーナ……なんて野蛮な戦い方だ」

「まったくです。王族の誇りも何もあったものではない」


 報告を終えた伝令を下がらせた後。ヨルゴスのあまりの手口に、フリードリヒが半ば唖然としながら言うと、騎兵大隊長オリヴァーが憤りを感じさせる声で同意を示す。


「閣下、いかがいたしましょう?」

「……そうだね。さすがに、反乱軍と睨み合っただけでさらなる戦いを拒否して帰るわけにはいかない。ファルギエール伯爵の求めに応じるかたちで動こう」


 グレゴールに問われたフリードリヒは、しばし思案した上で答える。

 いくら敵側の練度が低いとはいえ、二千の兵力で千五百が籠城する都市を落とすのは容易ではない。まともに攻めるのであれば。

 しかし、搦め手を用いるのであれば勝ち目は十分以上にある。こちらの兵力損耗を避け、さらには隣国の領土内をあまり荒らさないよう配慮していたからこそ積極的な攻勢には出ていなかったが、手段を選ばず勝ちにいくのであれば手はある。


「まずは、包囲を解いて少し退く。その後で……オストブルク砦とノヴァキア国境の再演だ」


 グレゴール。オリヴァー。ロミルダ。リュディガー。トーマス。頼れる連隊幹部たちを見回し、薄く笑みながら、フリードリヒは言った。

オストブルク砦の攻防戦も描かれる『フリードリヒの戦場』書籍2巻、いよいよ明日に発売日を迎えます。

すでに多くの書店で店頭に並んでいるようです。

書籍版だけの書き下ろし外伝2編(王国軍の裏話/若き日のマティアスとジギスムントの話)も収録されています。


たくさんの方に新刊を手に取っていただくことで、書籍シリーズとしての継続が叶います。

フリードリヒたちの戦いが完結まで続くよう、応援をいただけますと幸甚です。何卒よろしくお願いいたします。


挿絵(By みてみん)

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