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フリードリヒの戦場【書籍化】  作者: エノキスルメ
第六章 かつて我々は敵だった

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第177話 凶報は不意に

 勝利の後。ツェツィーリアはクアンカの城門前に野営地を移すよう命令を下した上で、自身は直轄の部隊五百を率いて都市内に入った。港から侵入した別動隊五百と合流し、クアンカの占領作業を開始した。

 司令部として接収するため、ルカッティ子爵家の屋敷に向かうと、既に屋敷内の掌握を進めていた部隊の長が敬礼で迎える。


「ご苦労。ルカッティ子爵は?」

「我々が到着したときには、夫人と共に自決しておりました。嫡子が合計三人おりますが、まだ幼いため、現在は軟禁しております……子爵夫妻の遺書もございました。反乱の責は自分たち領主にあるため、自分たちの命と引き換えに嫡子と臣下たちの助命、領民の保護を求める旨が記されておりました」

「……そうか」


 部隊長の報告を聞き、ツェツィーリアは僅かな時間、目を伏せる。

 己の信念に従って蜂起し、敗北すると命をもって全ての責任をとろうとする。最後まで庇護下の者たちの無事を求める。それは貴族として敬意を表すべき姿勢だった。ルカッティ子爵はアレリア王家から見れば裏切り者だが、少なくとも臆病者ではなかった。

 現国王サミュエル・アレリアは、寛容な治世を己の方針としている。おそらくルカッティ子爵の嫡子たちは、貴族であり続けることはできずとも、命と当面の生活については保障される。


「遺体と嫡子たちはくれぐれも丁重に扱うように。臣下や使用人に対する暴力なども硬く禁ずる」

「はっ」


 部隊長に命じたツェツィーリアは、元はディオニシオ・ルカッティ子爵の執務室であったらしい一室に入ると、ようやく一息つく。

 それからしばらくして、別で動いていた副官ローズが報告に訪れる。


「城壁内での抵抗はなくなり、秩序は維持されております。こちらの戦死者は新たに百程度、負傷者は二百程度。対する敵側ですが、最終的な死者は五百、負傷者は同数程度と見られています。捕虜は正規軍人と傭兵が多くを占めています……武器を捨てて都市外へ逃走したり、都市住民の中に紛れたりした民兵が相当数いるようですが、事前のご命令通りの扱いでよろしいですか?」

「ああ。その他の民との区別がつかない以上、追っても仕方がない。抵抗を止めれば罪に問われないのだと他の反乱軍に理解させる前例にもなる。そのまま見逃していい」

「御意のままに」


 ツェツィーリアの命令に、ローズは丁寧に一礼して答えた。彼女の所作や話し方の抑揚は、彼女の叔父であるセレスタンによく似ている。


「……後は、ヨルゴスの軍勢を迎え撃つだけだな。引き続き抜かりなく事を進めよう」

「はい。勝利は必ずや閣下の手に」


 かつての副官にやはり似ている目で、ローズは頷く。


 ヨルゴス・カルーナの軍勢の上陸地点は、こうして掌握した。こちらの動きを知らないままにヨルゴスたちがやってくるなら迎え撃つまで。ヨルゴスがこちらの動きを察知して上陸地点を変えようとしても、急な予定変更で大軍を動かそうとすれば必ず無理が出る。橋頭堡の確保に手間取ったところを強襲すれば、最も無防備な状態の敵軍を一方的に攻撃することができる。

 少し前には、エーデルシュタイン王国からの援軍――血縁上の弟にあたるフリードリヒ・ホーゼンフェルト伯爵率いる軍勢が、カルーナ地方に入ったと報告も届いた。まだ勝ったと言いきることまではできないが、順調に事は進んでおり、こちらが有利な状況であるのは確か。

 アレリア王家の困窮した現状を考えると上出来。このまま最後まで計画通り進むことを、ツェツィーリアは強く願っている。


・・・・・・


 それからしばらく、静かな時間が流れた。


 ツェツィーリアは将兵に休息をとらせつつ、移動を命じられればすぐに動けるよう準備をさせ、ヨルゴスの軍勢を迎え撃つ体制を整えた。周辺の沿岸部に斥候を張り巡らせ、船団が接近してきたらすぐに対応できるよう構えた。

 他の反乱軍については、数百から千程度の軍勢が合計で五つ、蜂起したとカルーナ地方各地より報告がなされた。いずれも港湾都市クアンカからは距離のある内陸部を起点に動き出している。

 エーデルシュタイン王国からの援軍は、カルーナ地方に入ってから間もなく、反乱軍のうち比較的大きな二つの軍勢が合流した千五百ほどの軍勢と接触し、対峙しているという。それ以外の反乱軍、合計で千強は、カルーナ地方西部に移動しており、そこで集結するものと見られている。

 残りの反乱軍の過半を引きつけてくれたエーデルシュタイン王国の軍勢は、援軍として十分な役割を果たしてくれていると言える。その他の反乱軍も、小勢が集まったところで指揮系統も整っておらず、さしたる脅威にはならない。集結地点に選んだ場所も悪く、しばらくこちらへは近づいてこないはず。

 後は、間もなく接近してくるヨルゴスの軍勢の迎撃に注力するのみ。予想の中では最良に近い戦況に、ツェツィーリアは安堵していた。


 その安堵を踏みにじるように凶報が舞い込んだのは、間もなくのことだった。


「閣下! ファーロ地方より緊急報告です!」


 ツェツィーリアの執務室へ飛び込んできた騎士ローズは、敬礼もそこそこに再び口を開く。


「ファーロ地方西岸の港湾都市エルクマールを、ヨルゴス・カルーナの軍勢と思しき船団が襲撃しました! 既に上陸し、占領したものと思われます!」

「……その手があったか」


 凶報を聞いたツェツィーリアは、苦虫を噛み潰したような表情で言う。


 ファーロ地方を上陸地点として選べば、ヨルゴスの軍勢はカルーナ地方で待ち構えているであろうアレリア王家の軍勢の妨害を受けることなくルドナ大陸西部の地を踏むことができる。元が小国であったファーロ地方は人口が少なく、その港湾都市も小さなものばかりであるため、たとえ抵抗を受けたとしても占領は容易。

 都市の規模が小さい代償として、都市に蓄えられている物資も少なく、五千の軍勢を進軍させる橋頭堡とするには補給の点で難があるが、その問題は上陸地点がファーロ地方であるが故に解決できる。

 ヨルゴスはカルーナ地方で下手に掠奪をはたらけばカルーナ人からの支持を損なうという不利益があるが、ファーロ地方では掠奪によって民心を損なっても害は少ない。カルーナ王国を再興した後にファーロ地方まで版図を広げるつもりだとしたら、いずれ力ずくで征服する地で今反感を買っても何ら気にする必要はないだろう。ヨルゴスの軍勢は、まるでイナゴの群れのように掠奪で腹を満たしながら進軍することができる。


 戦力を完全に保ちながら上陸を果たし、進軍を成し、カルーナ地方へ到達すれば、迎えてくれるのは反乱軍。彼らと合流し、さらに現地の傭兵なども抱き込めば、ヨルゴスの軍勢はすぐに千単位で規模を増すだろう。

 カルーナの地をアレリア王家から解放するために帰還を果たし、アレリア王家の軍勢をも上回る兵力で突き進む亡国の王子。十分以上の勝ち目があると考え、圧政からの解放を夢見て、その戦列に加わろうとするカルーナ人は増える。そうなれば、最終的に総勢一万を超える大軍勢となってもおかしくない。

 一方でこちらの兵力は、クアンカ攻略戦で多少損耗して五千五百ほど。現地の駐留部隊の残存兵力から幾らか合流させても六千程度。そして、エーデルシュタイン王国からの援軍はカルーナ地方北東で反乱軍を引きつけており、合流はしばらく叶わない。

 ヨルゴスの軍勢が迫ってくれば、過半を徴集兵が占めるこちらの軍勢は、まともに会戦に臨んでも勝ち目は薄い。そもそも、不利な戦いを前に逃亡が相次ぎ、六千のうちどれほどの数が残るか分かったものではない。


 ヨルゴスから見れば、圧倒的に有利な状況を作ってアレリア王家の軍勢と戦える効果的な上陸作戦。しかし、彼はこの作戦を成功させるために、クアンカで蜂起したルカッティ子爵を見捨てたかたちとなる。

 己のために蜂起したカルーナ貴族を捨て駒とし、大義名分なしに他地方へ上陸し、その地を好き放題に踏み荒らしながら進軍する。あまりにも滅茶苦茶で乱暴な戦略。


「とんでもない奴だな、亡国の王子は」

「はい。まるで蛮族の戦い方です」


 ツェツィーリアが呟いた感想に、ローズもヨルゴスへの嫌悪を隠さず頷いた。

 そんな副官の反応に微苦笑を零しつつ、ツェツィーリアは思案する。

 この状況で、アレリア王家の軍勢としてとれる選択は限られる。その中で最もましな選択肢は、果たしてどれなのか。


「……北へ退こう。そこでエーデルシュタイン王国からの援軍を待ちながら籠城戦だ」


 現状で掴み得る唯一の勝ち筋。それはエーデルシュタインの生ける英雄との共闘。

 そう結論づけ、ツェツィーリアは言った。

『フリードリヒの戦場』書籍2巻の書影が公開されています。

今回はフリードリヒとクラウディア・エーデルシュタイン王太女にフォーカスがあたっています。


挿絵(By みてみん)


今巻でも岩本ゼロゴ先生に素晴らしいイラストとキャラクターデザインを手がけていただきました。


2025年1月25日にオーバーラップノベルス様より発売です。

皆様よろしくお願いいたします。

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