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フリードリヒの戦場【書籍化】  作者: エノキスルメ
第四章 女王として、この国の新たな庇護者として

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第110話 無力化②

 村に入って村人たちを追い出すまで、かかったのは二時間程度。最初にしては上々だと思いながら、フリードリヒは部隊の皆に次の指示を出す。

 兵士たちが種火となる焚き火を起こし、木材や太い枝の先端に布を巻いた簡易的な松明に、火を点けていく。

 これから、村の傍らに広がる農地、そこで実る収穫間近の麦をはじめとした作物が燃やされる。家屋や倉庫に備蓄された食料も、建物ごと焼き払われる。家畜はエーデルシュタイン王国側に連れていかれるか、この場で処分される。

 これもまた、フリードリヒの考え出した策だった。

 まず、かつて自身が使ったのと同じ手を使って国境の砦を無血開城に追い込む。そうすることでこちらは損害なく国境突破を達成でき、さらにノヴァキア王国の軍勢が進軍してきた際に、砦を拠点とした持久戦や、撤退時の追撃阻止などの策に出られることを防げる。

 次に、ノヴァキア王国南部、特に敵が進軍してくるであろう街道周辺の村や小都市から住民を追い払い、実った作物を燃やして収穫できないようにし、食料が蓄えられた家屋や倉庫も焼けるだけ焼き払う。

 そうすれば、戦いが始まる前に敵を消耗させられる。ノヴァキア王国軍はエーデルシュタイン王国軍ほど補給体制を洗練させておらず、進軍を想定していない南部国境地帯に関しては特にそれが顕著。荷馬車などを使っての補給には限界がある。そうなると道中での補給は必須。街道周辺の物資を焼き尽くしておけば、敵は進軍の道中でも、こちらと戦う際の後方支援でも、食料を手に入れることに苦労する。

 腹を空かせた兵は弱い。ただでさえ寄せ集めの軍勢で進軍しなければならない敵は、さらに弱軍と化す。

 物資そのものだけでなく現地の民もいなくなることで、ノヴァキア王国側は民兵も、荷運びなどの雑用を行う軍属の労働者も徴集できない。敵は軍勢を補強することもできず、進軍するほどにただ弱っていく。

 さらに、ノヴァキア王国に与える影響はこの戦い限りのことではない。

 ノヴァキア王国南部は、王領に食料を供給する穀倉地帯としての一面も持つ。そこで実った作物や、蓄えられた食料、農民たちが暮らすための家屋を焼くことで、この地は穀倉地帯としての能力を当面失う。作物を焼かれた農地は向こう数年は収穫量に影響が出る上に、その農地を耕す農民たちを村に戻すには、家屋を立て直さなければならない。

 結果、穀倉地帯の復活には、相応の時間と費用がかかる。王国南部を復興させるまでは、ノヴァキア王国は王領社会の維持にも苦労することとなる。再軍備や再攻勢を行う余裕はない。

 そうした状況は、ノヴァキア王国がアレリア王国に完全に併合された後も変わらない。

 戦場後方での補給ができない以上、アレリア王国も新領土となるノヴァキア地方からエーデルシュタイン王国に攻めることは難しい。今後は東でリガルド帝国と対峙することになる以上、その最前線となるノヴァキア地方の復興をあまり遅らせるわけにもいかず、アレリア王もしばらくは穏便な統治をせざるを得ないと考えられる。

 結果、このノヴァキア王国南部を荒らすだけで、エーデルシュタイン王国は長期的に北側の脅威を排除することが叶う。こうして時間を稼いだ上で、しばらくは西の国境の守りに注力し、その間に戦力を増強してゆくゆくは北の国境の守りも固めることができる。

 かつてバッハシュタイン地方をファルギエール伯爵の軍勢に荒らされたとき、エーデルシュタイン王国は大変な迷惑を被った。その経験を参考に、策としてさらに発展させたのが、今回フリードリヒが考案した焦土作戦だった。

 一石二鳥にも三鳥にもなる苛烈な策が、今まさに実行されていく。よく実った麦に放たれた火は瞬く間に広がっていき、数時間前まで平和だった農村の家々は、今は赤い炎と黒煙を空に向かって吐き出している。


「……こんなに生ぬるいやり方でいいんで? 敵地の民に手を出さないだけじゃなく、財産まで持たせてやるなんて」


 その様を見守っていたフリードリヒは、ギュンターからそのように問われ、微苦笑を零す。


「ノヴァキア王国とこの先も永遠に敵対するつもりなら、民から全財産を接収して着の身着のままで追い出したり、場合によっては兵士たちに殺戮や暴行をさせたかもしれないね。だけど、暴虐なアレリア王を打ち倒してアレリア王国の覇権主義を終わらせた後は、ノヴァキア王国とはまた友好関係を築ける可能性がある。であれば、できるだけ禍根を残さないようにするためにも、国家にとって最も大切な財産たる民は大切に扱わなければならない。殺さないのは当然、暴行も厳禁。そして彼らの今後の人生への配慮を示した証として、持てる財産の持ち出しも許したんだ」


 オスカル・ノヴァキア王も、その世継ぎであるユリウス・ノヴァキア王太子も、話の分かる人物であるとフリードリヒは聞いている。こちらが確実な国境防衛のための最善手としてやむを得ず国境地帯での焦土作戦をとり、その上で数年内の復興が叶うようできる限りの配慮はしたと、彼らならば理解してくれるだろうと養父マティアスも語っていた。


「それに……下手に民を殺してしまうよりも、生かして王都に向かわせる方がかえってノヴァキア王家の負担になるものだよ。ノヴァキア王家は王領社会の維持に必要な穀倉地帯を失った上に、そこから避難してきた民をしばらく保護して養わなければならないんだから。ただでさえ食料が不足する状況下でね」


 民の庇護は為政者の責務。家名の名誉のためにも、ノヴァキア王家は彼らを見捨てて飢え死にさせるわけにはいかない。避難民の世話までするとなれば進軍に際しての補給はさらに困難になり、すなわちこちらは完全勝利により近づく。


「……なるほど。正規軍ってのは考えることが多くて大変ですね」

「フリードリヒほど多角的な視座で考えられる者は、騎士の中でも稀だろうがな」


 感心と驚き、そして畏怖の交ざり合った表情で呟くギュンターに、オリヴァーが苦笑交じりに言った。


「さて、十分に火も回っているようだし、そろそろ次の村に行こうか」

「ここから一番近い村ってことは……俺たちが村人を砦まで連行して協力させた例の村だよな。昨日の今日でまた剣で脅されて、今度は家も農地も焼き払われるとは。あいつらも災難続きで気の毒なこった」


 フリードリヒの言葉にそう返すヤーグの声は、言葉とは裏腹にいつも通りの軽い調子だった。


「こちらも軍務でやってることだからね。大きな勝利と平穏のために、小さな犠牲を許容してもらわないと。彼らとしては到底納得できないだろうけど、今は家も農地も諦めてもらおう」

「へえ、なかなか容赦ないな。最初の『協力』のこともあるし、少しくらい甘く扱ってやるのかと思ったぜ。例えば、家を焼くのだけは勘弁してやるとか」


 意外そうな顔を見せるヤーグに、フリードリヒは首を横に振る。


「下手にそんな措置をとったら、後で困るのは村人たち自身だよ。周りの村や都市が尽く家屋を焼かれているのに、彼らの村の家屋だけ無事だったら、戦後に彼らがどんな目で見られるか。砦を降伏に追い込む僕たちの作戦に『協力』したことと合わせて、裏切り者として迫害されかねない。だから、彼らの村も同じ扱いをする方がかえって優しいことになるよ……せいぜい、今回以上に優しく丁重に追い払うことくらいかな。僕たちにできるのは」


 それを聞いたヤーグも納得したのか、小さく肩を竦めて見せた。

 間もなく出発準備を終えたフリードリヒたちは、破壊した村を後にする。

 激しく燃える農地と家々を去り際に振り返りながら、フリードリヒの口からはため息が零れた。


「自分で発案したこととはいえ、見ていて気分のいいものじゃないね」


 フリードリヒの初めての戦いは、故郷ボルガを盗賊から守るためのものだった。

 自分が今やっていることは、あの盗賊たちと大して変わらない。誰も殺したり傷つけたりはしておらず、それどころか持てるだけの財産を持たせる配慮もしたが、向こう数年の間とはいえ、無辜の民から故郷とそこでの生活の基盤を根こそぎ奪っていることには違いない。

 盗賊に立ち向かったあの日の自分は、異国の地で人里を焼き払った今の自分を見てどう思うだろうか。


「でも、フリードリヒが考えたことなら正しいに決まってるよ。あなたがどこで何をしても、私は変わらないから。これからもずっと」


 傍らのユーリカに言われ、フリードリヒは彼女を振り返る。大きな黒い瞳と、赤い唇に彩られてニッと広がる口元。いつもと変わらない、今までと何ら変わらない、魅力的な笑顔だった。


「……ありがとう、ユーリカ」


 私はあなたのいる場所に一緒にいるし、あなたのすることを一緒にするの。ユーリカが度々語る決意の言葉を頭の中でなぞりながら、フリードリヒも笑みを返した。

 自分はとうの昔に、素朴な平民であることを止めた。今の自分はエーデルシュタイン王国に仕える軍人であり、エーデルシュタインの生ける英雄の継嗣。自分が守るべきはエーデルシュタインの土地、民、王家。

 守るべきものを守るためなら、他国の人間の災難どころか、戦友たちの死でさえ許容すると決意したのだ。その自分の支えとして、ユーリカは今も変わらず傍にいてくれるのだ。

 だから、何も嘆く必要はない。何も悩むべきではない。これでいい。

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― 新着の感想 ―
・本当にこの姉弟はそっくりだと思いました。
[一言] ノヴァキアを短期間で無力化するってどうやるのかと思えば焦土作戦かあ 同じ赤髪の姉弟として畑を焼くのも運命か…
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