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フリードリヒの戦場【書籍化】  作者: エノキスルメ
第四章 女王として、この国の新たな庇護者として

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第109話 無力化①

 フリードリヒの率いる三十人の工作部隊がノヴァキア王国南部に侵入したのは、砦の陥落よりも二日ほど前のこと。

 まとまって行動していては目立つため、十人一組の分隊となって川に接近したフリードリヒたちは、ノヴァキア王国側の橋と砦がある辺りからは西にできるだけ離れた地点で、川に面した森に身を潜めた。

 そこで、事前に用意したいくらかの資材と森から得た木材を利用して筏を組み、対岸に敵の哨戒がいないタイミングを見計らい、夜の闇に紛れて川を渡った。渡河は数回にわたって行い、作戦に必要な人員と荷物を運んだ。

 そうして国境を越えた各分隊は、敵の哨戒や地元民に見つからないよう、引き続き森に隠れて周辺を警戒しながら北に移動。事前に目をつけておいた村の近くで合流した。

 その村は人口二百人以上と、国境地帯の農村にしてはそれなりの規模がある。本隊と打ち合わせた砦攻めの決行予定日の前日、侵入部隊の騎士の何人か――オリヴァーなど、重装備のためにエーデルシュタイン王国軍の軍服の面影がない者たちが、ノヴァキア王国軍騎士を名乗りながら堂々と村に入った。

 エーデルシュタイン王国軍が領内に入り込んでいるとは思わなかったのか、村人たちはオリヴァーの名乗りを信じ、命じられると素直に村の中央の広場に集まり、三十人の侵入部隊によって簡単に包囲されてくれた。彼らが逃げたり逆らったりしないよう侵入部隊に剣を抜かせ、幼い子供たちを広場前方に集まらせた上で、フリードリヒは呼びかけた。あくまで穏やかな声と表情で。


「協力してくれれば諸君にも、もちろんこの子供たちにも、決して危害は加えない。子供たちは人質ではない。あくまでも、諸君が我々に協力してくれるという保証を得るための存在だ」


 フリードリヒの言ったことは詭弁であり、自分でもそれは分かっていた。とはいえ、子供を捕らえられては村人たちも逆らいようがない。フリードリヒは幼い子供たち全員と、その面倒を見るための少数の大人たちを村の教会に入らせて閉じ込め、ヤーグとギュンターをはじめ十人を見張りに充てた。

 子供と引き離された村人たちは、フリードリヒの言うことを聞かざるを得なかった。彼ら二百人ほどの村人の中から、背筋の曲がった老人やまだ背が低い未成年など、さすがに兵士のふりをさせるには無理のある者を除いた全員に、王国軍が運んできた装備を身に着けるようフリードリヒは命じた。

 いかにも兵士らしく見える三十人ほどの男には、本物の王国軍の兜と胴鎧を。腰には剣の鞘を模した厚紙や布製の模擬装飾を。そしてそれ以外の者には、兜と胴鎧を模した帽子と布を。髪の長い女性には髪をまとめさせ、帽子の中に隠させた。

 そうして彼らを整列させ、距離を置いて正面から眺めると、十分にエーデルシュタイン王国軍の歩兵部隊に見えた。

 逆らえば子供がどうなるか分からない以上、彼らは素直だった。翌日、侵入部隊に連行される村人たちと共に、フリードリヒは砦へと向かった。騎乗する馬については、村にいた荷馬や農耕馬を借りた。

 途中、森の陰で隊列を整えさせ、砦から視認できる距離まで接近。何も事情を知らない砦の防衛部隊は、狙い通りこちらを本物のエーデルシュタイン王国軍二個中隊と誤認してくれたようで、無防備な北から挟み撃ちをされる危機に抵抗を諦め、南から迫る本隊の降伏勧告に応じた。


 結果として、フェルディナント連隊は一切の戦闘をせず、一人の損害もなく、ノヴァキア王国領土侵入の橋頭堡を得た。

 策としては、かつて北方平原の戦いで、軍人としての初陣の際に使ったものとほぼ同じ。同じ策をこちらより早く編み出したアレリア王国のツェツィーリア・ファルギエール伯爵ならば見破ったかもしれないが、ノヴァキア王国の大隊長に対しては成功した。

 敵の降伏後、フリードリヒはオリヴァー率いる十人に村人たちを預けて村に帰らせ、残る十人を連れて砦に入った。策の種明かしをしてやると、砦の防衛指揮官は驚愕に目を見開いた後、諦めたように苦笑していた。


「ご苦労だった、フリードリヒ。報告を聞こう」

「近隣の村の占領は容易に叶い、こちらの死傷者は皆無です。村人たちはとても協力的でした。明日にはオリヴァーたちも戻ってくる予定です」


 痛い目には一切遭っていないが最後まで怯えた顔をしていた村人たちを思い出し、少しばかり罪悪感を覚えながら、司令部の置かれた主館の一室でフリードリヒはマティアスに報告する。


「そうか、何よりだ……こちらは捕虜への尋問を始めているが、やはりノヴァキア王国が攻勢を仕掛けるつもりであることは確からしい」

「……では、作戦は続行を?」

「ああ。捕虜たちを後方に移送し、オリヴァーたちと合流した後、明後日より作戦を次の段階に進める。それまでは休息をとるといい」

「承知しました」


 フリードリヒは敬礼しながら、今後の行動予定を脳内でなぞる。

 策はまだ最初の段階に過ぎない。ここからが本番となる。


・・・・・・


 協力してくれた村人たちを解放したオリヴァーたちも無事に合流し、その翌日から策は次の段階に移った。

 砦と橋の確保には弓兵部隊が残り、騎兵部隊と歩兵部隊は、数十人ずつの部隊をいくつも編成する。それらの部隊はノヴァキア王国南部、特に街道周辺の村々を訪れる。

 そして、それぞれの村で新たな「協力」を仰ぐ。


「我々の目的は殺戮ではない! 諸君が素直に協力してくれれば身の安全は保障する!」


 五十人を率い、最初の村を訪れたフリードリヒは、馬上から懸命に声を張る。その声を一部かき消すほどの喧騒が、村の中を飛び交っている。


「馬鹿野郎! 手に持つか背負って運べるだけの荷物だと言ったはずだ! 何を家具なんて引っ張り出してやがる! ぶちのめされてえのか!」


 ギュンターが怒鳴ると、三人がかりで棚を家から運び出していた家族が、驚いてその棚を地面に落とす。年老いた父親が家族を庇うように立ちながら必死に頭を下げて謝り、その後ろでは母親と若い娘が、恐怖に身を震わせている。

 怒声を浴びせるギュンターは民から見ればさぞ恐ろしいだろうが、彼もフリードリヒの命令に従い、手は出さない。その様を横目に見ながら、フリードリヒはまた口を開く。


「既に言った通り、持ち出していい財産は手で持てる分、あるいは一人で背負って運べる分だけにしてほしい! 諸君が指示に従ってくれれば、我々も穏便に対応する! 諸君にとっては不愉快なこの時間も早く終わるだろう!」


 フリードリヒの指示を、騎士と兵士たちが実力をもって村人たちに実行させ、荷物をまとめた村人たちは続々と家を出て村の中心の広場に集まる。

 未だ村人が出てこない家に、ユーリカが剣の柄に手を触れながら押し入る。


「は、入ってくるな!」

「持ち出したい財産を持って広場に集まるよう言われたはず。どうして何も準備していないの」


 乱暴に扉を開かれて一瞬怯えた表情を見せた家長らしき男は、入ってきた騎士が若い女性だったからか、一転して強気に言う。妻や子供たちの手前、少しばかり大仰に胸を張ってユーリカの前に立ちはだかる。


「うるさい! ここは俺たちの家だぞ! お前みたいな小娘に――」


 掴みかかろうとした男の足をユーリカは素早く払い、バランスを崩して膝をついた男の首元に、凄まじい速さで抜いた剣の刃を添える。


「……な」

「私たちは自衛以外で実力行使をしないよう厳命されている。特に殺しはできる限り避けるようにと。だから今、あなたの首を刎ねないであげたの。だけどあまり逆らうようなら、命令も変わるかもしれない。自分と家族の命が惜しいなら指示に従って」


 無表情で、底冷えのする声で言いながら、ユーリカは男から離れて剣を鞘に収める。


「わ、分かった。悪かった。もう馬鹿な真似はしない」


 よほど肝が冷えたのか、男は真っ青な顔で立ち上がりながら言った。男の後ろでは妻であろう女性と、二人の子供が衝撃に固まっている。


「百秒待つ。それまでに荷物をまとめて出てくるように」


 そう言い残し、ユーリカは家を出た。

 それから間もなく、全ての村人が広場に集まった。皆できるだけ多くの財産を持ち出したいようで、大人たちはもちろん子供も荷物を背負わされ、両手にも何かしらを抱えている。

 それらの村人の間を、騎士と兵士たちが歩いて回る。村人たちが抱えている荷物の量は問題ないので、確認するのはその内容だった。


「食料は避難の道中で消費する分だけだと言っただろう。この量の麦は駄目だ。一袋だけにしろ」


 麦を五袋も抱えていた村人から、兵士がそう言って四袋を没収する。同じように、麦や野菜、干し肉などの食料を取り上げられる村人は多い。


「鶏を抱えていくつもりか? それは……フリードリヒ様、どうします?」

「まあいいだろう。手で抱えられる財産であることは間違いない。認めるよ」


 指示を仰いできた兵士に、フリードリヒは答える。それを聞いて、鶏を抱きかかえている村人が安堵の表情を見せる。

 そうして点検が終わった後、フリードリヒは全体に呼びかける。


「さて、諸君。協力に感謝する。おかげで迅速に事が終わった……それでは、諸君は自由だ。王都ツェーシスまで逃げれば、諸君の庇護者たるノヴァキア王家がきっと保護して面倒を見てくれるだろう。皆、行っていい」


 フリードリヒが手で村の出口を示すと、村人たちはしばらく逡巡した後、まずは村長一家が歩き出す。それをきっかけに、他の村人たちも続く。生まれ育った村にやはり未練があるらしく、何度も村を振り返りながら歩いていく。泣いている者もいる。


「大丈夫だ。長くとも一、二年もすれば両国の争いも終わり、君たちはこの地に戻って村の復興に取り組めるだろう。戦場となる地から一時的に避難するだけだと思えばいい」


 気休めではあるが、フリードリヒは村人たちの背に、そのように慰めの言葉をかけた。

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