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フリードリヒの戦場【書籍化】  作者: エノキスルメ
第四章 女王として、この国の新たな庇護者として

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第104話 ノヴァキア国境防衛戦③

 イーヴァルがまともに姿勢を保つことができたのは、最初の数メートルだけだった。

 バランスを崩して身体が傾き、しかし崖の斜面に手をついてなんとか体勢を立て直し、頭を下にして転がり落ちる事態は避ける。平坦ではない崖に何度か腕や足を打ちつけ、それでも懸命に身体を庇うことで骨折は防ぐ。

 そうして下ること数十メートル。擦り傷や痣をいくつも作りながら、イーヴァルは受け身をとってレコア砦の内部に着地した。


「て、敵部隊が後方から侵入! 迎撃を――」


 後方を見張っていた敵兵が、イーヴァルの侵入を見て本隊を振り返り、叫ぶ。イーヴァルはまだ身体に残る痛みをこらえて駆け出し、山刀を抜いてその敵兵を斬り殺す。

 直後、イーヴァルが着地した場所に今度はアハトが着地した。その隣では、一人の兵士が受け身をとり損なって片腕から地面に激突。それでもすぐに発ち上がり、前に出る。

 猟兵たちは次々に崖を下り終えて着地するが、その全員が無事というわけではない。頭から地面に激突し、そのまま動かない者もいる。

 それでも全体で見れば、大きな怪我もなく砦の内部に辿り着いたのが七割以上。負傷しながらも生きて辿り着いた者を合わせれば九割以上。険しい地形に慣れた大陸北部人だからこその結果であり、損害としては概ね許容範囲だった。

 そうして二百人が崖を下り終えたときには、既にレコア砦のノヴァキア王国軍部隊も一部が迎撃態勢をとろうとしている。警備要員として待機していた一個小隊三十人ほどの歩兵と、長弓を構えた弓兵の一部が、後方を向いて隊列を組む。


「皆殺しにしろ!」


 イーヴァルは獰猛に言い放ち、居並ぶ敵兵に斬りかかる。猟兵たちも鬨の声を上げながら続く。


「放て!」


 敵側から声を張ったのは、レコア砦の指揮官と思しき騎士。その命令でこちらを向いていた数十人の弓兵が一斉に矢を放つ。

 イーヴァルは疾走しながら、自身に狙いを定めている敵の弓兵を本能的に見抜き、その弓兵の手から矢が離れる瞬間を勘で見破って身をよじる。勘は当たり、矢はイーヴァルの胴鎧を掠めて軌道を変え、斜め後ろに飛んでいく。

 矢を避けられたことに驚愕しながら次の矢を番えようとする敵の弓兵に、しかしイーヴァルはその隙を与えない。瞬時に肉薄し、弓兵が慌てて構えた長弓ごと首を刎ね飛ばす。

 その横からイーヴァルの顔に至近距離で矢を放とうとした別の弓兵を、アハトが瞬殺する。猟兵たちは何人かが矢を受けて倒れながらも、二の矢を番えようとした弓兵たちと、戦列を組んだ歩兵たちに襲いかかる。

 手練れの弓兵と言えど接近戦には弱い。ノヴァキア王国が誇る百人の精鋭弓兵部隊は、果敢に抵抗しながらも次々に討ち取られていく。そして歩兵部隊は、こちらも決して弱兵というわけではないが、これほど多くの敵が砦に侵入してくることを想定していたわけではない。圧倒的な数的不利を覆す術もなく瞬く間に数を減らす。

 カタパルトやバリスタを操作していた兵士たち、倉庫から追加の矢弾を運んでいた兵士たちも迎撃に加わるが、こちらは護身用の短剣しか武器を身に着けていない。山刀の間合いに対して効果的な抵抗をすることは難しく、やはり呆気なく殲滅されていく。


「おのれ貴様らぁ!」


 自分たちが敗北することを悟ったであろうレコア砦の指揮官は、それでも降伏を試みることはしない。イーヴァルが侵入部隊の指揮官であると見抜いたようで、隙なく剣を構えて迫りくる。

 その勇敢さへの敬意として、イーヴァルは真正面から受けて立つ。

 長剣の重い一撃を山刀で受け流し、そのまま山刀を一閃して首を刎ねようとするが、敵指揮官はそれを金属製の籠手で弾き返す。そのまま左腕を振りかぶってイーヴァルの顔を殴ろうとしてくるが、イーヴァルは姿勢を低くしてそれを躱し、一度下がって距離をとる。

 重要な防衛拠点を任されているだけあって、敵指揮官は一武人としてもなかなかの手練れであるようだった。立派な金属鎧の胴部分を見ると、そこには家紋が刻まれている。どうやら貴族であるらしかった。

 イーヴァルと敵指揮官はそれぞれの得物を構えなおし、再び互いに迫る。敵指揮官が恐るべき速さでくり出してきた斬撃を、イーヴァルは地面の上を滑るように身を低くして躱しながら、足払いを仕掛ける。

 奇抜な動きに虚を突かれ、敵指揮官は足を取られて倒れる。そのときには既に立ち上がっているイーヴァルは、敵指揮官の首元を目がけて山刀を振り下ろす。

 その一撃で勝負は決まったかと思ったが、敵指揮官は倒れた姿勢のまま咄嗟に地面を蹴って頭ひとつ分上に身を滑らせ、イーヴァルの刃は金属鎧の胸を叩くだけに終わる。

 敵指揮官がイーヴァルの足に向けて振り抜こうとした剣、それを握る右手をイーヴァルは蹴りつけて攻撃を防ぎ、その際に身体がバランスを崩したのを逆に利用して、身体を回転させながら山刀の先端を敵指揮官の顔に突き落とす。

 刃は敵指揮官が咄嗟に上げた左手のひらを貫き、その下、兜に守られていない顔の中心を貫き、そのまま骨を砕いて脳を潰し、それで敵指揮官はようやく抵抗を止めた、全身が一瞬震え、それきり動かなくなった。


「……手こずらせやがって」


 立ち上がったイーヴァルはそう毒づきながら、山刀を敵指揮官から引き抜く。

 そして周囲を見回すと、敵の掃討はほとんど終わりかけていた。猟兵たちはイーヴァルの命令通り捕虜をとることはせず、そもそも敵兵は残り少なくなっても降伏しようとはしていない。

 このレコア砦を守りきるか、あるいは死か。その覚悟を決めているらしい敵兵たちの最後の一人が、喉を切り裂かれて血をまき散らしながら倒れる。


「カタパルトとバリスタの射撃用意を急げ! 弓の用意もだ!」


 それを確認し、イーヴァルは次の命令を下す。あらかじめ決められていた役割に合わせて猟兵たちが動き、半数はカタパルトとバリスタの操作に回り、残る半数は敵弓兵の死体から長弓と矢筒を奪う。

 カタパルトとバリスタの操作について、イーヴァルたちヴェレク傭兵団は冬のうちにアレリア王国軍から訓練を受けていた。ノヴァキア王国のものは見た目や細部の作りが多少異なるが、根本の仕組みは変わらないので射撃用意をする分には問題ない。猟兵たちは迅速に次弾を装填し、向きと射角を調整する。

 そちらの準備が進む間に、長弓を装備した半数が、アハトの指示のもとで隊列を組む。大陸北部では生きる糧を得るために日常的に狩猟を行っていたヴェレク傭兵団には、弓の名手が多い。その中でもアハトは随一の弓使いで、だからこそ次期団長として一目置かれている。

 さほど時間はかからず、カタパルトとバリスタを操作する者たちも弓を握った者たちも攻撃用意を終える。それを認めて、イーヴァルは前方、北西方向に位置するヴァンター要塞を見据える。


「……放て!」


 団長の命令に従い、八台の小型カタパルトと八台のバリスタが作動する。大きな石と、柱のように太い矢が暴力的に空気を切り裂いて飛ぶ。同時に、百近い長弓から一斉に矢が放たれ、放物線を描きながら空中を舞う。


・・・・・・


「……何故、レコア砦からの援護が止まった」


 戦況を俯瞰しながら違和感を覚えたユリウスは、その違和感をそのまま言葉にする。

 南東のレコア砦から途切れることなく敵陣に降り注いでいた矢の雨が止み、装填の間を置きながら続いていたカタパルトとバリスタによる攻撃も、数十秒前から一発も飛んでこなくなった。


「まさか、レコア砦にも敵が襲来を? 例の、大陸北部出身の猟兵部隊か?」

「いえ、そんなはずは……件の猟兵も、さすがにそう易々とあの砦に辿り着けるとは思えません。山中の哨戒や戦闘時の見張りも、王家からのご命令通りに増員しています」


 表情を険しくして砦を振り返ったユリウスに、パウリーナはそう答え、自身も砦の方を向く。

 昨年、エーデルシュタイン王国の領土に百人規模の猟兵が侵入し、それが大陸北部からアレリア王国に流れた傭兵であったらしいことは、ノヴァキア王国側にも情報共有がなされている。

 当然こちらも、その猟兵部隊の存在をひとつの懸念事項として対策をとった。ヴァンター要塞とレコア砦を囲む山中の哨戒を今までの二倍以上に増やし、開戦前には通常より多くの見張りを要塞と砦の周囲に配置した。

 大陸北部ほどではないにしても、ノヴァキア王国も大陸西部の他地域と比べれば過酷な自然環境に領土を持っている。そこで生き抜いてきたノヴァキア王国の騎士や兵士たちは、自分たちが山や森の中においても、北部傭兵などには決して劣らない戦士であるという自負を持っている。

 敵の猟兵がこちらの哨戒を潜り抜けて砦の後方への侵入経路を見つけ、砦を制圧できるほどの規模の部隊がそこを通って侵入し、こちらの見張りを全て排除して砦に到達したとは考えづらい。

 自分たち誇り高きノヴァキアの戦士が、まったく敵わないほど優秀な猟兵がこの大陸に存在するとは信じ難い。

 そんなユリウスとパウリーナの考えとは裏腹に、遠く高所に見えるレコア砦の様子はやはりおかしい。カタパルトもバリスタも作動している様子はなく、矢も飛んでこない。

 と、そこで目に見える変化が起きる。ヴァンター要塞の目前、敵の攻勢部隊の第一波がいる位置に狙いを定めているはずのカタパルトとバリスタが、向きと射角を動かし始める。


「レコア砦に味方の姿が見えません! 敵と思わしき軽装歩兵の姿あり!」


 目が良いことを見込まれて旗を用いた砦との連絡役を任されている騎士が、血相を変えてユリウスたちを振り返り、叫ぶ。

 その直後、レコア砦から何かが飛び出すのが見えた。それら無数の点は次第に大きくなり、すなわちこちらに接近してくる。


「殿下!」

「側方から敵の攻撃が来る! 備えよ――」


 直衛の近衛騎士の一人が身を挺してユリウスを庇い、パウリーナが要塞内に向けて声を張ったのとほぼ同時に、本来ヴァンター要塞の敵を討つはずの破壊力が、要塞そのものを直撃した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 少数精鋭で後方からの襲撃で戦況をひっくり返せると気持ちいいですよねえ ロマンがある
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