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フリードリヒの戦場【書籍化】  作者: エノキスルメ
第四章 女王として、この国の新たな庇護者として

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第102話 ノヴァキア国境防衛戦①

 統一暦一〇一〇年。三月の中旬。アレリア王国の王都サンヴィクトワール。

 その南にある王城に、王家の近衛部隊たる「王の鎧」が総勢千と、王領防衛を主任務とする王国軍精鋭部隊のうち千五百が集められていた。

 全員が完全装備での集結。その目的は、例年春に行われる閲兵式だと説明がなされている。

 完璧に整列した彼ら二千五百の精鋭の前に、間もなく国王キルデベルト・アレリアが登場。非常時の軍の集結場所も兼ねた、王城の広大な中庭に、より一層の緊張感が漂う。

 専用の豪奢な軍服に身を包んだキルデベルトは、演説用の壇上に立つ。居並ぶ全員が一斉に敬礼し、それぞれの拳が鎧を打つ力強い音が、乱れることなく響く。

 壮観な光景に軽く手を挙げて答えた後、覇王は口を開く。


「我がアレリア王家が誇る『王の鎧』の騎士と兵士たちよ。そして、王家の所領の守護者たる精鋭たちよ。お前たちの王家への忠誠と、使命を果たす覚悟は、この整然とした様にこそ表れている。誠に頼もしいことだ。この国の主として嬉しく思う」


 君主の称賛に、二千五百人の軍人たちは微動だにせず、しかしどこか誇らしげな空気を放つ。


「さて。お前たちは今日、閲兵式のために集結したのだと、部隊長より説明を受けていることだろう。だが、実際は違う……お前たちはこれより王都を発ち、敵国たるノヴァキア王国との国境地帯へと向かう。生意気な北東の小国を奇襲し、これを征服する」


 キルデベルトが続けて語ると、さすがの精鋭たちも表情と姿勢の静止が崩れた。一体どういうことなのか、と疑問を語る、小さなざわめきが広がる。


「静まれ! 国王陛下の御前であるぞ!」


 一喝したのは、「王の鎧」の隊長であるパトリック・ヴィルヌーヴ伯爵。これから行われる奇襲作戦について、事前に知らされていた数少ない一人だった。

 パトリックのすらりとした長身とは裏腹に力強く低い声が響き渡ると、精鋭たちは軍人としての本能で命令に従い、即座に黙る。


「精鋭たるお前たちにまで計画を秘匿していたことは詫びよう。だが、敵への大規模かつ完全な奇襲を成すために、我がアレリア王国の偉大なる勝利のために、これは必要なことだったのだ。お前たちならば、いつ如何なるときも戦う準備ができていると信じるからこそ、今この場で初めて計画を明かしたのだ。王都郊外では既に大規模な輸送部隊が待機し、お前たちの行軍に必要な物資を運ぶ準備を済ませている。この私もお前たちと共に発つ。これは親征であり、ノヴァキア王国との決戦に向けた進軍である。進軍の果てに勝利を掴めば、お前たちの活躍はアレリア王国の歴史に永遠に刻まれることだろう! 再びこの王都に帰り着いたとき、民衆の大歓声がお前たちの凱旋を迎えることだろう!」


 自信と誇りに満ちたキルデベルトの声には、不思議な力があった。

 覇王の演説が騎士と兵士たちの心から戸惑いを取り除き、戦いへの高揚を与えた。キルデベルトが語るほどに、二千五百人の士気は高まっていった。


「これは国王たる私と、誇り高き王国軍人たるお前たちの、栄光に向けた前進である! 騎士たちよ! 兵士たちよ! 我に続け!」


 キルデベルトが語り終えたとき、もはや覚悟のできていない者はいなかった。


・・・・・・


 ノヴァキア王国とアレリア王国との国境は、北西から南東にかけてはしる長大な山脈から成る。

 南東でユディト山脈とぶつかるこの山脈には、一か所だけ大きな切れ目が存在する。そこを塞ぐように造られているのが、ノヴァキア王国側の国境防衛の要たるヴァンター要塞だった。現在、この要塞には三千近い兵力が集結し、アレリア王国による大規模な攻勢に備えていた。

 三月の下旬。アレリア王国の大規模な増援部隊が迫っているとの報告が、ヴァンター要塞にもたらされた。それからわずか二日後、ノヴァキア王国側がさらに兵を集めて備える暇もなく、総勢二千五百ほどの戦闘要員と補給部隊から成る軍勢が要塞の目前に姿を現し、対峙した。


「……本当に、二千を超える軍勢の進軍の兆候を、こちらの間諜が掴み損ねるとはな。いざこうして見てしまったとなれば、敵側が一枚上手だったと認めざるを得まい」


 要塞の城壁上。元より国境地帯に置かれていた敵の攻勢部隊と、新たに到着した増援部隊、総勢七千もの大軍を睨みながら呟いたのは、ノヴァキア王国王太子ユリウス・ノヴァキアだった。

 そう遠くないうちに王位を継ぐ予定である彼は、実績を重ねて次期国王としての威容を高めるため、そしてアレリア王国との大規模な戦いにおける父王の名代として、要塞防衛の総指揮官の立場に置かれていた。

 ユリウスの視線の先にあるのは、アレリア王家の旗と並ぶ、ファルギエール伯爵家の家紋が記された旗。

 かつてノヴァキア王国の隣国だったミュレー王国を攻略した、当代ファルギエール伯爵ツェツィーリアの智将としての評価はユリウスも当然知っている。このような奇襲を成したのはおそらく彼女の手腕だろうと、半ば確信する。


「だが、この規模の敵を前にしても、ヴァンター要塞が落ちることはないな?」

「仰る通りにございます、殿下。必ずやアレリア王国の軍勢を撃退し、国境を守り抜いてご覧に入れましょう」


 ユリウスの言葉に答えたのは、パウリーナ・バリエンフェルド子爵。ノヴァキア王国軍において女傑として名高い彼女は、要塞防衛を担う基幹部隊の将であり、この場においてはユリウスの参謀を務めている。

 山脈という天然の防壁と融合したヴァンター要塞は、まさに難攻不落の要害。上り坂を塞ぐように築かれた、高く頑強な石造りの城壁は何人をも通さない。城壁上には様々な防御設備を備え、それらは特に城門の直上や周囲に多く配置されている。敵兵が門を破壊し、あるいは城壁を乗り越えようとしても、これらの防御設備と兵士たちがそれを絶対的に阻む。

 そして、この要塞の最大の特徴であり、防衛の要となっているのが、要塞の左翼側に築かれた支城であるレコア砦。

 要塞の傍らに並ぶ山々のひとつ。その中腹を削るようにして築かれたレコア砦は、前面と両側面の三方を急斜面に囲まれている。それらの急斜面を敵の軍勢がまともに上ることは叶わない。

 そして後方は、急な角度でそびえ立つ崖に守られている。まとまった数の敵兵力が山脈の中を進み、壁と呼んでも差し支えないこの崖を下りて砦に侵入することは非現実的。すなわち、敵軍はどの方向からもレコア砦を攻略する術がない。

 砦への入り口は細く、山脈のノヴァキア王国側にあり、険しい山々を越えて敵が侵入することは容易ではない。侵入したとしても、馬車がすれ違うこともできない峠道を通って砦の門を攻めることなど不可能。鉄壁の守りは揺るがない。

 主城たるヴァンター要塞と同じく難攻不落のこの砦に置かれているのは、八台の小型カタパルトと八台のバリスタ。そして、熟練の長弓兵が百。レコア砦そのものが北西、すなわちヴァンター要塞を向いて築かれており、要塞の城壁に迫る敵の軍勢を容易に狙うことができる。

 おまけにこの砦はヴァンター要塞よりも高所に位置しており、砦からの攻撃は容易に届くが、砦への攻撃はまともに届かない。高性能の長弓を用いようとも砦まで矢の有効打を到達させるのは難しく、バリスタやカタパルトなどの大型の兵器は、ヴァンター要塞の正面の上り坂には据えることもままならない。

 結果、ヴァンター要塞を攻める敵は、頑強な城壁や防御設備に前進を阻まれ、頭上から攻撃を受け、さらに右方向のレコア砦からも矢や投石の猛攻を受ける羽目になる。

 国力からして大軍を用意することが難しいノヴァキア王国が、西の国境を守り続けるために作り上げたのが、このヴァンター要塞とレコア砦から成る防衛体制だった。二つの要害が組み合わさることで生まれる防衛力は凄まじく、かつての隣国ミュレー王国も、一度たりとも国境を突破できたことはない。現在の隣国であるアレリア王国は、これまでの小競り合いでは城壁に触れることすら叶っていない。

 今回の戦いでも、ヴァンター要塞とレコア砦は持ちこたえる。ノヴァキア王国の国境防衛線は決して破られない。ユリウスやパウリーナ、全ての騎士や兵士たちが、そう信じていた。


・・・・・・


「それにしても、相変わらず敵ながら見事な守りだな」


 多くの騎士と兵士が城壁上に立つヴァンター要塞と、およそ二時方向の山の中腹に鎮座するレコア砦を眺め、キルデベルトは呟く。

 総勢七千の兵力が並ぶアレリア王国側の陣営、その最奥に位置する本陣。キルデベルトの傍らには側近であるツェツィーリアやパトリックがいる。


「ですが、この要害が鉄壁の異名を誇るのも今日までのこと。必ずや、この私が陛下に勝利を献上いたしましょう」


 いつものように穏やかな微笑を浮かべ、ツェツィーリアは言った。キルデベルトはそれに薄ら笑いを返す。

 そして、居並ぶ騎士と兵士たちを見回し、口を開く。


「アレリア王国の精強なる軍人たちよ!」


 七千の注目が、一斉にキルデベルトのもとへ集まる。


「今日、私は新たな勝利を大陸の歴史に刻む! お前たちと共に刻む! 勝利には栄誉が伴い、戦功には褒賞が伴う! お前たち全員が勝者として王国中の尊敬を集め、称えられる! 目覚ましい戦果を挙げた者には金を下賜しよう! 価値ある首を持ち帰った者には騎士号を下賜しよう! 敵将バリエンフェルド子爵やユリウス王太子の首を取った者には爵位と領地を下賜しよう!」


 キルデベルトは宣言した約束を必ず守る。功労者には必ず相応の褒賞をもって報いる。側近であり師であるロベール・モンテスキュー侯爵が配下を従わせる手法を学び、真似た結果として。

 実際に、かつて征服した国の将を討ち取った雑兵に、男爵位と小さな領地、貴族となるのに必要な教育を与えたこともある。

 覇王が言葉通りに報いてくれることを知っているからこそ、騎士と兵士たちの士気は上がる。覇王の演説が、彼らの野心に火をつける。


「この勝利がアレリア王国の誇りある未来を作り、お前たちの輝ける未来を作る! 力の限り戦え! 私は全て見ている!」


 高らかに宣言したキルデベルトに、騎士と兵士たちは拳を突き上げながら応える。

 国王陛下万歳。覇王に栄光あれ。

 無数の声が戦場を包む。その熱量は、キルデベルトを十分に満足させるものだった。


「これでいいだろう。ファルギエール卿。始めてくれ」

「御意のままに。では、まずは城攻めの常道から……弓兵および歩兵前衛は前進!」


 主君の言葉に頷き、ツェツィーリアは命令を下す。

 その命令が士官たちを介して陣営前方まで伝えられ、まずは最前面にいる千の弓兵部隊が前進を開始。続いて、三千を超える歩兵前衛も進む。

 侵略者の大軍が坂を上り、ヴァンター要塞の城壁へ迫る。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ドイツの電撃戦を彷彿とさせますなあ
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