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フリードリヒの戦場【書籍化】  作者: エノキスルメ
第四章 女王として、この国の新たな庇護者として

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第101話 友好

「――なので、フリードリヒ・ホーゼンフェルト殿と我らがチェスター・カーライル子爵の共闘については、今や帝国中央の貴族の誰もが知るところとなっています。冬が明ければ、広大な帝国領土の隅々まで話が広まっていくことでしょう。私も幾度も耳にしましたが、まさに貴国と帝国の絆を象徴する戦い、誠に素晴らしいことです」

「光栄に存じます。我々の奮戦が両国の友好と共栄に寄与し、安寧を守ることに貢献できたのであれば、これに勝る喜びはありません」


 例年より長く続いた冬も終わりに近づいている三月の上旬。エーデルシュタイン王家が主催する宴の場。例のごとく養父マティアスに伴われて出席したフリードリヒは、冬の街道を苦労して越えて来訪したリガルド帝国の外務官僚からそのような話を聞かされ、愛想よく返す。

 外務官僚の話によると、帰国したクリストファー・ラングフォード侯爵は、両国の友好を守るためにうまく立ち回っているようだった。先のアレリア王国による襲撃は帝国貴族たちの反感と嫌悪を煽り、フリードリヒたち王国軍騎士とチェスターたち帝国軍騎士の共闘は美談として広まり、帝都とその周辺では反アレリア王国の気運が高まりつつ、エーデルシュタイン王国との友好関係に対する支持は概ね保たれているという。


「大使のみならず、大使夫人のご貢献も大きいものと言えましょう。夫人は冬の間中、茶会などに積極的に顔を出され、卿らに救われたお話を語り広めているのだとか。貴族家当主のみならず、その伴侶の方々からも、アレリア王国を共通の敵と見なす声が聞こえています」

「……それは大変ありがたいことですね」


 答えながら、フリードリヒは笑みを深くする。別れ際のメリンダ・ラングフォード侯爵夫人の言葉を思い出す。


「いやはや、卿のご活躍はとどまるところを知りませんな。さすがはエーデルシュタインの生ける英雄が後継者と見込んだ人物だ」

「恐縮です。自分では、いささか過分な評価を賜っていると思っているのですが……」


 こちらはノヴァキア王国から来訪している武官の言葉に、フリードリヒは少し照れたように笑って答える。

 ちなみに、マティアスは領主貴族の重鎮たちと語らっており、近くにはいない。そろそろ一人で社交の場に立つことにも慣れるべきだと言われ、フリードリヒは護衛兼従者のユーリカを傍らに控えさせながら、独力で友邦の要人たちとの歓談に臨んでいる。相手が友好的に接してくれることもあり、思っていたよりは平気だと考えながら語らっている。


「何でも、卿の噂はアレリア王国のロワール地方にまで広まり始めているのだとか。ホーゼンフェルト卿の継嗣ということもあって、新たな恐怖の対象になっているそうですな」

「ええ、存じています……『山から下りてきたユディトの悪魔』でしょう」


 フリードリヒが微苦笑を交えて言うと、ノヴァキア王国の武官も苦笑しながら頷き、一方で帝国の外務官僚はこの話題についてよく分からないらしく、曖昧な愛想笑いで済ませる。

「ユディトの悪魔」の伝承は、国を問わずユディト山脈の周辺に共通して語られている。エーデルシュタイン王国のみならず、ノヴァキア王国やロワール地方の山沿いでも知られている。

 王家が活躍を散々に喧伝してくれたおかげもあったのか、ロワール地方において、自分が厄介な敵として存在を知られつつある話はフリードリヒも把握していた。間諜を通じてエーデルシュタイン王家にもたらされた情報が、マティアスを経由して自分のもとまで届いていた。

 ロワール地方の者たちにとっては恐怖の対象である、エーデルシュタインの生ける英雄。その英雄が突如として養子を迎えた。その養子はユディト山脈沿いの辺境で育った、出自不明の元孤児だという。

 いきなり英雄から見出されて養子となり、いくつも戦功を挙げるような者が、ただの孤児上がりなわけがない。きっと、ユディト山脈に棲むと言われている悪魔が山から下りてきて人間になりすまし、英雄に目をつけられて拾われたのだ。

 語る者たちもどこまで本気かは分からないが、ロワール地方側ではそのような噂が民の間でまことしやかに囁かれているという。


「悪魔呼ばわりには思うところもありますが、恐れられて抑止力となるのであれば、軍人としては悪いことではないと思っています。せいぜい怖がり続けてもらえるよう、これからも勝ち続けなければ」

「ははは。これはまた、なかなか勇ましいお言葉ですな」

「友邦の人間としては心強いかぎり」


 ノヴァキア王国の武官は楽しげに笑い、帝国の外務官僚も「ユディトの悪魔」について凡その意味は察したのか、うまく調子を合わせて言った。


・・・・・・


「――なるほど。ジギスムント陛下はそれほどまでに弱られて」

「ああ。今日明日は大丈夫だとしても、数か月後にはどうなっているか分からない……次に卿が来訪するときには、私は王太女ではなく女王として迎えることになるだろう」


 宴の翌日。ノヴァキア王国から来訪している外務大臣との会談の場で、クラウディアはそのように語る。

 冬の間に、ジギスムントはまた一段弱った。粥などの食事をとることはできており、本人は命が続く限りアレリア王国との戦いを見届ける気力があるようだが、今では起きている時間も減り、生命力の限界が訪れる日はそう遠くないものと見られていた。

 思考を巡らせるだけでも疲労するほどの弱りよう。とてもではないが、たとえ僅かでも政務になど臨めない。


「もはや父に新たなご相談をすることは難しい。全て私が聞き、私が判断を下す。その前提で卿も話してもらいたい」

「かしこまりました。友邦の偉大な君主を見送るときが近づいておりますこと、誠に悲しきことと存じますが、我が主にお伝えし、ノヴァキア王国としてもその日を迎える覚悟をいたしましょう」

「父に対する貴国の敬意、誠に痛み入る」


 外務大臣は厳かに一礼し、クラウディアはそう答えた。


「それで、貴国の国境の様子はどうだ?」

「我が国とアレリア王国との国境地帯において、対峙する敵兵力は昨年の秋までと変わっておりません。総勢で六千五百ほど。王国中央から遠く離れた国境でこれだけの軍勢を維持するのはアレリア王国も容易なことではないようで、食料の集積状況などを見ても、今のところは新たに徴集兵などを増やす兆候は見られません。アレリア王国が攻勢に移るとしたら、動員されるのはミュレー地方の治安維持要員や後方予備兵力を除く四千五百ほど。貴族領軍や傭兵などが追加で動員されるとしても、五千を超える程度かと思われます」


 自国の状況を問われ、外務大臣は淀みなく説明する。


「その程度であれば、貴国の国境防衛線ならば耐えられるな?」

「無論にございます。ヴァンター要塞は周囲の山岳と一体化した、我が国最強の防衛拠点。王国軍と貴族の手勢、徴集兵を合わせて三千に迫る兵力が、かつてないほど固く守っております。たとえ二倍、いえ三倍の兵力に攻撃されようと、容易く防衛を成せるでしょう」

「それは何よりだ。精強なる戦士が揃った貴国のことなので心配はしていないが……こちらの姿勢は変わらない。我が国と貴国は、アレリア王の野蛮な振る舞いに立ち向かう同志である。その事実は揺るがない」


 エーデルシュタイン王国とノヴァキア王国は友邦だが、お互い戦力に余裕はない。隣国にまとまった援軍を送ることも気軽にはできない。

 また、リガルド帝国に直接的な軍事支援を求めることも、できることならば避けたい。助けてくれと頭を下げてしまえば、帝国に巨大な借りを作ることとなる。古くから友好関係を保っているエーデルシュタイン王国はまだしも、以前は帝国と対立関係にあったノヴァキア王国としては、容易に取れる選択ではない。

 だからこそ両国とも、国境地帯の守りを固めることで防衛を成してきた。両国が隙を見せないことでアレリア王国は兵力を分散せざるを得ず、その攻勢には制約が生まれ、結果として両国ともが生き長らえている。

 これまでの侵攻から考えて、キルデベルト・アレリア国王は、征服に至る最後の大攻勢では必ず自らが大将を務め、前線に出てくる。国力で劣るエーデルシュタイン王国やノヴァキア王国が勝負に出るとしたらそのとき。野心旺盛なアレリア王を討ち取れば、少なくとも今のアレリア王国の覇権主義は行き詰まる。規模だけは膨れ上がったかの国は、強き王による統率がなくなればまとまりきれず、そう遠くないうちに瓦解していく。

 それが両国の共通認識だった。なので両国は、それぞれが独力で国境防衛を成して現状を維持しつつ、勝負どころを狙っている。それまでは間違っても対立するわけにはいかないため、こうして両王家は定期的に連絡を取り、情報を共有し、友好関係の維持に努めている。


「形は違うが、今年は両国にとって困難の多い一年になりそうだな」

「はい、殿下。両国が共に厳しい時期を乗り越えられることを、ノヴァキア王家の使者として、心よりお祈り申し上げます」


 小さく嘆息して言ったクラウディアに、外務大臣はそう答えて慇懃に頭を下げる。




 それから一か月と経たない三月下旬。ヴァンター要塞が陥落し、アレリア王国の軍勢がノヴァキア王国領土に侵入したと、クラウディアのもとに急報が届いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] また、先手打たれてる、、、
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