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序章〜乙女ゲームは始まらない

すごい名前生成器、めっちゃ便利。

「おはようございますルーファス殿下」

「おはようアリアナ、ところで……」


 私は第一学年の代表委員として生徒会に関わる役目を担っている。今日は学園の休日だが生徒会の仕事を手伝いに来ていた。


「エルマンは具合でも悪いのか?」


 生徒会室に入室するやいなや、そう宣う我がファンタスティーニ王国王太子ルーファス殿下の視線の先には、通夜でもあったかのように暗い面持ちで書類を見つめ、何時もより一段と低い声でなにやらブツブツと呟いている男が居た。

 彼は生徒会会計のエルマン・カザルディ侯爵令息、表向きは知的眼鏡と言う事になっている。


「エルマンはその…リリアーナ嬢に…ちょっと、ね?」


 クスクスと笑いながら流し目でウィンクを飛ばす優男は生徒会副会長のローレンス・シャルパンティ侯爵令息。王子に流し目してどうすんの?ホモなの?ここに腐女子はおらんよ?


「ああ、エルマンの婚約者の?彼女がどうしたんだ?」

「それがですねえ…」


 私は簡潔に状況を説明した。

 エルマン様は昨日、カザルディ邸へ訪れた10歳年下の婚約者リリアーナ嬢に、たまたま眼鏡をかけていない状態でお会いしたら「はじめまして、私はリリアーナといいます。おじ様はエルマンおじ様のお友達ですか?」と尋ねられたそうだ。


「眼鏡が無いと、僕だと認識してもらえない…だと…」


 眼鏡は額に縦線でも付いているのかという暗い面持ちで打ちひしがれている。

 生徒会書記のマルクス様が、その様子に苦笑いをしながらエルマン様の背中を叩いて慰めた。


「うむ、あれはなかなか面白い子だったな、意識か無意識か『〇〇眼鏡は素敵です』とか『〇〇眼鏡は最高です』とか、必ず『眼鏡』が付くんだ」

「頻繁に眼鏡眼鏡と呟いてましたね」

「要するに、リリアーナ嬢はエルマンが好きというより眼鏡男子が好きなんじゃないかな?」

「世界中の眼鏡が消滅して僕だけになればいいのに……」


 エルマン様はどこぞの悪の司令官の如く、机に肘を付き指を組んだ手を口元にあてそう呟く。


「この僕が眼鏡をかけたらリリアーナ嬢のハートはイチコロだね、ほ〜ら!」


 ローレンス様はすっとエルマン様の眼鏡を取り上げると自分の顔に身につけ素敵ポーズを決めている。ジョ○ョ立ちにはまだまだ角度が足りない。

 そして何故かバックに花や星が舞っている幻覚が見える。ウザい。


「ち、違う、リリィは、リリィは眼鏡の僕が好きなんだ…眼鏡をかけてれば誰でもいいなんてこと、決して…いや…だが、あああぁぁ…違う、違う…」


 エルマン様のその呟きは、まるで自分に言い聞かせるかのようだった。

 眼鏡をかけていないと只のロリコン拗らせ男だ。ウザい。

 そしてまたブツブツと何か言いながら貝になって行く、コイツはもう使い物になるまい。

 駄目だコイツ、早く何とか………するのも面倒くさい。


「エルマンはリリアーナ嬢にとってはオヤツを買ってくれる素敵な眼鏡の『おじ様』だろう?好かれていない訳がないさ」


 王太子殿下は白い歯をキラリと輝かせ、フォローになってないフォローを繰り出す。さながらファンサを振りまくアイドルのような笑顔で「ハハッ」と笑いながらエルマン様の背中を叩いた。

 流石メイン攻略対象、笑顔が眩しい。眩しすぎてちょっとウザい。


 はて?攻略対象とはなんぞや?…ですって?お聞きになりたい?なりたいですよね?いやいや、遠慮せずにお聞きになってくださいな!

 私は貴族学園に通う男爵令嬢、アリアナ・カスタルド。厨二病真っ盛りの15歳。

 私は貴族学園の入学式で校門を潜った瞬間にこの世界は「聖輝幻想曲2〜ホーリーライトファンタジア2〜」というキラキラネームなタイトルの乙女ゲームの世界で、自分はそのヒロインだと気づいてしまった。

 件のエルマン様の婚約者、齢6歳の美少女は、本来エルマンルートの悪役令嬢だ。

 子供ならではの傲慢さと残酷さでヒロインに嫌がらせをしてくる。

 しかし、毎年5月に行われる学園祭で出会った彼女は別人だった。

 エルマン様を親戚でもないのに「お兄様」と呼ぶはずの彼女が、何故か攻略対象者達を「おじ様」と呼び、美味しそうにオヤツを頬張る笑顔はむしろ天使。

 悪役令嬢のテンプレか猫目ではあるがむしろそれが可愛らしい。コレがギャルゲーだったら確実に攻略対象だ。

 タッチパネルでツンツン身体を触って「おじ様ったらもう!エッチなんだからぁ」なんてプンプンされたらエルマン様は萌死ぬんじゃなかろうか?

 何だそれ⁉クソ羨ましいぞ眼鏡!私と代われ!私もリリィたんをツンツンしたい!


 さて、その美少女が宣ったのだ、婚約者がいるのに他の女性と仲良くするのは『クズ』だと。

 そのクセやたらと私にエルマン様を推してくるのだが、ごめん、眼鏡は推しじゃないんだ。

 しかも知的クール系って、現実に存在すると正論で心のHPをザクザク削ってくる言動の連発が辛い、後にデレたとしてもその過程に耐えられない。

 しかも今となってはこの有様、拗らせロリコン眼鏡ウザい、無理。


 リリアーナ様は原作とのギャップから転生者では無いかと睨んでいる。しかしその振る舞いは天然モノのお子様で、とても演技しているようには見えない。

 子供相手に迂闊なことをすると後々どうなる事か不安なので今のところ様子見している。


 そんな訳で、一時期はちょっといい雰囲気になりかけていた攻略対象者達は私と一線を引くようになり、今では普通に先輩後輩…上司と部下の関係だ。

 幼い子供に『クズ』と呼ばれる様な行いは宜しくないと心を改めたようだ。一部悔い改めていない輩も居るが、それは後述する。


 しかし、私がこの中の誰かと結ばれないと深刻な問題が発生する。今年の学年末に魔王が復活し、真っ先にこの学園が襲われるのだ。

 そこでご都合主義な乙女ゲーム、真実の愛の力でヒロインは聖女の力に目覚め、魔王を封印するのだ。


 でも待って欲しい、私はこのゲームに推しが居ない。何故なら私がハマったのは無印の方で、涼風暁先生によるコミカライズ版も全巻揃えていた。

 涼風先生の漫画は細々原作と違う設定やストーリーも盛り込んでいて、原作通りでないと不満を漏らす者もいるが私は好きだ。

 無印が良かったから2作目もプレイしたが、今回の攻略対象はツボらなかった。

 シナリオライターが代わったせいでコレじゃない感も半端ない。2作目はコミカライズ版の方が全然面白かった。

 しかも、ゲームのキャラクターが現実に存在するとめちゃくちゃ存在が濃い。クセがあり過ぎて実際に恋愛に発展する気がしないんですよ奥様。


 我が国の王太子、ルーファス殿下は第3学年の生徒会長。

 爽やかさが度を過ぎていて「ネタか?」と思えてしまう。漫画によく居るよねこういう爽やかイケメンアピールしてくる脇キャラ……みたいな。

 いやいや彼はメインキャラだよ!という反論は受け付けない。


 第3学年、生徒会副会長である魔術師団長の息子、ローレンス・シャルパンティ侯爵令息。

 優男のプレイボーイ、普通に無理。私は彼の婚約者様に彼の素行を密告していて、その都度締められているようだが懲りる様子はない。

 しかも、ローレンスルートは悪役令嬢の他にファンクラブが集団で絡んでくるとか絶対に関わりたくない。


 宰相の息子で第2学年の生徒会会計、エルマン・カザルディ侯爵令息。

 拗らせロリコン眼鏡は面倒くさい。詳細は上記のとおりだ。


 第2学年、生徒会書記である騎士団長の息子、マルクス・オブライエン公爵令息。

 融通が利かない堅物気質、プライドも高く騎士道精神云々に拘りがあり過ぎて面倒くさい。

 しかも騎士志望のくせに筋肉の発達がイマイチだ。見目は麗しいがモヤシはお呼びではない。


 ちなみに、私のような学年代表委員は正式には生徒会役員ではない、生徒会役員はほぼ身分で決まる。上位貴族にのみ担うことが出来るという完全なる縦社会だ。

 学年代表委員は成績上位者しか務める事ができないが、名誉職と言う名の体のいい下っ端だとしか思えない。そして奴等はとにかく人使いが荒い。


 ちょっと!この指示書、次の行事に必要な備品のリストが抜けてるんですけど⁉ え?去年と同じ仕様にしてくれ?あの書類の山から探すんですか?てか今日発注しないと間に合わないんですけど⁉ あそこの業者無理聞いてくれないんですよ!

 え?先日の会議の議事録をやっておいてくれって?もっと早く言ってくださいよ!明日提出ですよ⁉ もう仕方ないなあ、録音石のコピーください!今すぐ!

 貴方達優秀なはずなのになんでこういう細い所に抜けがあり過ぎるんですか!

 ああそうですか!上の者は大局を見てるから細い雑務は苦手だと!分かった分かった、やりますよ〜、いいからそれさっさと持って来い!


 そして我等が下っ端ーズの相棒、第2学年学年代表委員のニーノ・ハウィット伯爵令息。

 彼はワンコキャラで一見一番まともそうだが、実は王家の暗部の家系だ。ワンコキャラも実は演技だとか恐怖しかない。

 しかも、婚約者は居ないが同じく暗部家系の幼馴染が嫉妬に狂って本気で殺しに来る。やっぱり恐怖しかない。

 ちなみに、彼を敬称で呼ばないのは本人の希望である。それも人心掌握の為の布石なのだろうか?ニーノ…恐ろしい子……


 え?ニーノ君は今日はお家の事情で欠席ですか?これらの雑務を私一人で熟せと?

 コンコンコン……はいはい、どちら様で……また貴女方ですか?用もないのに休日に生徒会室に押しかけないで頂けます?

 へ?たかが男爵令嬢の癖に生徒会に取り入って図々しいって⁉ やりたいなら喜んで代わってやるからお前等もっと勉強しろ!

 は?休憩するからお茶をいれてくれって?そんなん使用人連れて来るか自分でいれてくれ!


 ああもう!やってられっか!何時かこんな仕事辞めてやる!


 内心活火山のようにグツグツと煮えたぎっているが、そこは腐っても貴族令嬢、表にはおくびにも出さずに笑顔で熟してやりますわ!おほほほほほっ!はい喜んでぇ!


 私は淑女、私は淑女、私は淑女……


 私は女優、私は女優、私は女優……


 私は千の仮面を持っている……


 総じて、二次元のキャラクターとしては魅力的だった彼らは、現実に存在すると世間から浮いてる。しかも相手をするのは非常に面倒くさい。

 そもそもなんで浮気前提で恋愛せにゃならんのよ。なになに?リアリティを追求した結果(公式ファンブックより) だって?こだわるとこそこじゃ無いでしょ!

 悪役令嬢は大体処刑されるか追放されるから大丈夫(公式〜略)って?ご令嬢達が可哀想過ぎるでしょそれ!人でなし!あんたらの血の色は緑色か⁉


 奴等と恋愛しろとか神様は酷いことを仰る。しかも、誰とも結ばれずバッドエンドを迎えるともちろんこの国は滅びる。ヒロインの重荷半端ねぇ…

 人の心は機械のプログラムじゃないんだから、そう都合良く真実の愛になんて目覚める訳がないじゃないか。

 しかし私は無神論者だ、神の奇跡など信じてなるものか。そもそも真実の愛だとかそんな奇跡に頼ろうとするのがいけないんだ。

 魔力を鍛え、光魔法を使いこなし、自力で魔王を封印する。その方が余程現実的ではないかという結論に至った。


 私は手始めとして冒険者ギルドに登録することにした。経験値(体感)を溜めてレベルアップするにはそれが一番手頃だからだ。

 そこで同じ学年に冒険者として活動しているという男子生徒を訪ねた。

 彼の名はダイン・マスガル、マスガル子爵家の次男だ。精悍な顔つきの青年で、筋肉も良く育てていらっしゃる。

 実は彼も騎士団長の息子だが、マルクス様とは身分も育ちも違う。

 マルクス様のお父上は第一騎士団、高貴なお家柄の方々の集団で、王族や王宮を守る近衛騎士団だ。対してダインのお父上は第四騎士団、辺境伯のお膝元、国境の最前線で戦う屈強の戦士達の集団だ。

 ダインは幼い頃から屈強の戦士達と共に己を鍛えながら育ち、12歳から冒険者としてバリバリに活動し、現在、15歳にしてSランク冒険者の資格を持つ猛者だった。


「はじめましてマスガル子爵令息、私はカスタルド男爵家の長女アリアナと申します。実は折り入ってご相談がありまして…」

「え?何?もしかして求婚?」

「違います」

「だよな~」


 少々フザけた感はあるが、貴族と言うより庶民的な雰囲気を持っていて堅苦しい感じがしないのは好感が持てた。

 だが逆に、本当に彼は凄腕冒険者なのかと疑問に思ってしまうほどだ。一見、マッチョなモブというかなんというか……ゴニョゴニョ……


「実は、冒険者登録を考えているのですが、私は初心者なのでご助力頂きたく……」

「あ〜、わかった!OK!OK!」

「宜しいのですか⁉ ありがとうございます!」


 すると、今までのおちゃらけた表情から一変、こちらを品定めする鋭い視線を向けられる。


「ただし、命の保証はしねえよ?それでもやんのか?」

「やらなければならない事情があるのです」


 私もゴクリと唾を呑み込み、真剣な眼差しでそれに答えた。

 ダインは暫く逡巡すると、小さく頷いた。


「冷やかしかと思ったが本気みたいだな?あんた何が出来る?」

「光魔法が得意ですが、風と雷魔法も心得がございます」

「希少な光魔法の使い手か、素質はありそうだな…っと、じゃあ先ずは…」

「何でしょう?」

「その堅苦しい喋り方やめねえ?」

「え、そう?いいの?」

「切り替え早っ!」


 ダインは面食らって目を丸くしたあと、破顔して右手を差し出してきた。


「じゃあ、よろしくな」

「よろしくお願いします!」



「依頼を受ける前に最低限の身のこなしを身に着けろ、魔法攻撃にしろ後方支援にしろ最低限自分の身は自分で守らないといけないからな」

「それは護身術とか?」

「まあな、敵を倒すためじゃなくて、敵の隙をついて上手く逃げるための体術を覚えるんだ」


 受け身の取り方、攻撃の躱し方、身体を拘束された時の抜け出し方等々、多くの身のこなし方を学んだ。


「あとは長時間の移動や戦闘について行く為のスタミナ作りだな」

「それってやっぱり……」

「筋トレだな!」


 うんざりする私とは対象的にダインの顔はとても楽しそうだ。好きなんだろうなあ、筋トレ。そういう顔してる。

 けど、私も弱音を吐いては居られない。魔王との戦いに備えてできる限りのことはしておかなくては。


「よろしくお願いします!師匠!」


 こうして、私は冒険者になるべくトレーニングを開始したのである。


BBAの手慰みにお付き合い頂きありがとうございます。

少しでも楽しんて頂けると幸いです。

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