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「きえええええッ!!!!」
パシン、と頬に鋭い痛みが走った。
「………………え?」
な、なんだ?
いきなりのことで何が何だか分からない。
俺は無意識に痛む片頬に手を当てながら呆然としてしまっていた。いや、そうすることしかできなかったと言う方が正しいのかもしれない。
「ーーふぅ、完璧に決まりましたね。これがシミュレーションの成果というものです」
混乱を隠せないまま、ひとまず目の先に映る光景にピントを合わせると、そこには緑色の髪の美少女が佇んでいた。それも今までお目にかかったことのないほどとびきりの。
え……なにこの人可愛い……じゃなくて!
思わず見とれてしまいそうになるが、今はそれどころではないということに気付く。
何故こんな宇宙を限界突破したような美少女が目の前にいるのか、本当に意味が分からない。分からないがそれ以上に意味が分からないことも山ほどある。
「あ、あの、えーっと……あなたは?」
俺は未だにジンジンと響いてくる頬の痛みを感じながらも、どうにか言葉を絞り出す。
「私ですか? 私は今とてもスッキリしている気分ですよ。腹痛を大便で解消した時くらいのスッキリ度合いです」
「いえ、そういうことを聞きたいんじゃなくてですね……えーとここはどこであなたは何者なんです……?」
ここで初めて周囲に目を配る。
白く明るい巨大な部屋。たぶん神殿などという言葉がしっくりとくるだろうか。そしてそんな場所に俺とこの美少女の二人だけが存在し、顔を見合わせている。
俺は適当な普段着、少女は巫女のコスプレとでもいうべき衣服に身を包まれていた。
「ここは一体どこなのか。そのご質問に仕方なく正直にお答えするのであれば、神々の間で『神域』などと呼ばれている場所ですね。まぁ言うなれば天国的な所ですよ。つまりあなたは死んでしまってここへとやってきた。そこに待ち受けるは慈悲と母性と不健全を兼ね備えた女神様ーー私というわけですね」
「なるほど」
……うん、ちょっと待て整理しろ。
えーと、ようするにここは天国で、さっきからおかしな事をおっしゃられているこの美少女は女神様だと。で、俺はなんか知らないが死んでしまったと。
なるほどそうかそうか死んだんだな俺。
死んだ時の記憶とかは特にないけどもしかして記憶喪失とか?
俺の名前、田中綿歩。特にぱっとしない高校生。彼女なし。うん、大丈夫、家族ことや友人のこと、昨日妹の大事に取っておいたプリンを衝動で爆食いしてしまったことなんかも思い出せる。
はぁ良かった、記憶喪失じゃないならなんとかなるな。
まずはなくなったプリンをどうやって再生させるかを考えないとな……
「とはならないッ! え、俺って死んだの!?」
俺はたまらず叫んだ。
死んだ、だと? 俺やその他の記憶はあれど、死んだ時の記憶なんて一ミリも……
「そうです死にました。因みに死因は私による殺害です」
「とんでもないこと言った気がするけど、え? なんて?」
「学校から帰ってきたメンボさんが自室にいるところを天からビュンっですね。ミステリー作品ばりの密室殺人の完成です」
「ビュンっ、て何!? というか何やってくれちゃってんの!? 俺あんたに殺されたってことだよな? 普通に意味分かんないんですけど!?」
「意味分からない返し! これは意味分からないを反射することで意味分からないのラリーになり本当に意味がわからなくなるという技です!」
「何がしたいんだ!?」
「まっ、とはいえ今回は気分がいいですからっ、特別に理由を教えて差し上げましょうか。因みに目を覚ました最初の方、ほっぺたが痛くありませんでしたか?」
「え? まぁ言われてみれば確かに」
「あれ、私が殴りました」
「本当になにやってるんですかね!?」
「いやー、一回やってみたかったんですよ。よくあるじゃないですか、目が覚めたらそこは知らない場所だったーーってやつ。恐らくそこからは苦あり楽ありの魅力ある物語が始まっていくんでしょう。そんな物語の大事な大事な初っぱなの一番い初手で繰り出される謎のビンタ! これだけで、その物語は一気に台無しになってしまうと思いませんか? その後どれだけシリアスな深みある展開が待ち受けていようともうダメです。初手ビンタが謎すぎて永遠に訳分かんないです」
なにやら急にハイテンションで力説し始めた。怖い。
「っと、まぁだからこそ、そんな機会があれば是非ともやってみたい、試してみたいと思っていたというわけですね!」
「……それで俺に食らわせてみたってことですか?」
「その通り! いやぁ目論見通りやっぱり訳の分からない感じになりましたね。あの空気がたまらなく好きです!」
「はぁ……で、それが俺が殺された理由は結局なんなんだよ……」
「え? 今言ったじゃないですか」
「え? 今って、それってまさかーー」
「はい、私のビンタ受けてほしくって」
女神さんとやらは上目遣いでこちらを見つめてきた。
俺はがくりと地面に膝をつく。
ああ、嘘だ。そんなくそ下らないことの為だけに俺……。
「まあとにかくです、まずは落ち着くことですね。安心して下さい、殺してしまったからにはこの私が責任を持って面倒を見てあげます。あ、面倒みるって言ってもそういう面倒みるという訳ではないですよ。全くメンボさんは随分不潔な考えをお持ちのようですね。殺意が沸いてきました。あっ、だから私はあなたを殺めてしまったというわけですか。先見の明が凄い流石私! やはり私の目に穴はなかったということですね。……そう、密室だけにね、きらっ」
「……」
もうどうにでもなれ。
俺は言いたいことの全てを飲み込み、話を先に進ませるべく大人しく体育座りをした。